So-net無料ブログ作成
前の30件 | -

作業系は見入る [最近のお気に入り]

日本刀よりも身近かつ純然たる刃物感が強いので、
綺麗になるにつれて、怖くなってくる。


https://youtu.be/mUfK3iu7-N4
骨董品店で買った錆包丁を18時間手作業で研いだ結果

庖丁を古い柄から取り外すところで、見ていて滅茶苦茶ひやひやした……。
うっかり手が滑ったら、ざっくり行きそう、切腹しちゃいそう。
なぜもっと錆びまくった、なまくらな段階で取り外さなかったんだ……。
なんか色々とすごい。視聴回数もすごいですね。

「切れ味の良い刀で上手い人が介錯すると、ほとんど痛くない、斬られたとも気づかない」
と時代劇などで、よく目にするたび、
まあ鈍らで下手な人なら当然苦しいだろうけどねえ……(いくらなんでも言い過ぎでしょ)
と思っていましたが、
どんどん綺麗に研ぎこまれてくるにつれて、
本当なんだろうな……という気分にさせられます。

最終的に、金属ってすごいな! 青銅器時代とか習ったもんな……
という感覚に到達した。

作業空間と生活空間を陰陽で区別するとかかな [さ行]

インテリアに昔からかなり興味があり、
かつまた自宅のインテリアに常に問題を抱えている。
家具調度を愛でることが基本的に大好きでもあるので、
インテリア系の雑誌やサイトをよく見る。
で、最近ようやく気が付いてきたのだが、
こんなの参考になりゃあしないじゃん、という事です。

別に、天井がすっごい高くて、
暖炉全室完備、マントルピースが大理石、
ドアのノブの位置も高くて、カーテンでドレスを仕立てちゃえるような超豪華なお屋敷の、
温室とか庭園とかを一般にも公開してます、別館は美術館です系の住まいのインテリアが、
参考にならないなどと文句を言ってるんじゃありません、私は。
むしろ、作家として参考になるので、そういうのはもっとやってほしい。
海外版のELLE DECORとか、目の保養。

使えない、現実味がない……と感じるのは、
実用的な暮らしぶりを提案しているインテリア雑誌です。
何人暮らし・何平米・築何年
みたいな実例を挙げて、あなたの住まいでもきっと役立てられるインテリアとリフォームを紹介、
これ系の雑誌の、いかに私にとって役立たずな代物であることよ。

想定空間で住人が、仕事をしていないんですよ。暮らしているだけ。
家では料理して、食べて、テレビを見て……あるいは音楽を聞いて、
着替えて、寝るくらいの用向きしか想定されていない。
あとは水回りの場所を確保。
暮らしと収納の空間。以上。

オサレな窓辺に、
キッチンカウンターよりも細い、窓の桟かと思われるほどのオサレスペースがあって、
そこに薄いノートパソコン、オサレなマグカップと、可憐な花の一輪挿しかなんかが置いてあって、
私らしいプライベート書斎! 
みたいな態で紹介されているスペースとか、Huh? 
書斎、舐めてんのか?

スマフォやタブレット端末の普及により、
インテリア雑誌にうっすいノートパソコンの置かれているスペースがあれば、
昨今、まだましなほうです。
断捨離という造語の概念が日本に広まった弊害で、
日本の実用系インテリア雑誌は、もうほとんど清潔で明るい刑務所ですよ。
スウェーデン、ノルウェーの刑務所でググったらいいよ。そっくりだよ。

実際は、家で仕事をする人は結構いる。
むしろ増えてきていると思う。
みんながみんな、文筆業とは限らないけれども、
PCを使って在宅勤務とか、スカイプを使って会社に業務連絡とか、
多様な働き方をしている人が増えてきているわけで。
SOHOビジネスとか、自宅でのダブルワークとか。
さまざまな分野の同人作家さんとか、
社会人でも専門学校や大学の科目を履修したりする人も居るし、
自宅に本格的な作業・勉強スペースが必要な人は、認識されている以上に存在すると思う。

ところが趣味に重点を置いたインテリアなどの特集だと、
ギターが壁にいっぱい飾ってあるとか、
マウンテンバイクやスポーツサイクル系の自転車が壁にいっぱい飾ってあるのとか。
なんだかんだ収集系の趣味のコレクションの飾り方みたいな視野ばかり。

それらも大切だけれど、もっとこう、
家でがっつり作業をしたい人の為のインテリア雑誌や、特集はないものか。

省スペースでどれだけ本や資料を安全に配置し、地震にも怖くない作業要塞を設けられるか。
配線コードをすっきりできるコツ、コードレス化は不都合もあるので、その辺の選択と工夫とか。
作業場兼自宅を、システマチックかつ機能的に、散らかりにくいようにする動線づくり。

生活スペースが作業スペースに占領されないように、
それでいて作業場が生活空間に侵食されないように、
限られた空間で双方が違和感なく共存できる、文具とか家具とか、照明の選び方。

そういう個人ビジネス系インテリアのコツに、特化した雑誌を、誰か作ってくれまいか。
サイトでもいい……。
需要有ると思うんです。

近々グラブルが進撃とコラボしてミカサが確定報酬っぽい [最近のお気に入り]

一箇月以上ブログを更新しないと身辺を問われ、生存の安否を気遣われるので、
最近わたしがニコニコ動画で「とりあえずマイリスト」に登録したMMDを、
上二つ(最近登録した順に)こちらにシェアしておくことにいたします。

ブログが放置気味だった理由はいくつかあるが、
ブログ更新に使っているFirefoxの字体が、
ついにGoogle Chromeや、IEで多用されているのと類似の、
横長に平べったい、まるっこい字体(メイリオ)がデフォルトになりまして。

更新のテンションがダダ下がり、放置していました。
(メイリオ、わたしには少々気持ち悪いというか居心地悪い……。)

〇【MMD刀剣乱舞】ぼくらはみんな意味不明【大典太光世】 (2:35)
http://nico.ms/sm31820567

大典太光世と前田家で共に過ごした前田藤四郎君の姿が、ちらほらとよぎるのと、
大典太さんの逸話にちなんだ、鳥がバサバサおちてくる場面にそそられて、
リストに登録した記憶が。
蔵にずっと仕舞われていた過去というのは、刀剣男士にしてみれば座敷牢なんだな……。

〇【人力文アル】送墓唄【小泉・若山】 (3:30)
http://nico.ms/sm32092880

こちら「人力」というボカロなんですね、人が歌ってるのかと聞きまごう部分が。
こういう世界観は好物です。
動画の小泉八雲と若山牧水は、うちでは全然育っていません。

文アルは、最近その分の時間をすべてグラブルに移行し、
島崎藤村、国木田独歩、高村光太郎、北原白秋、小林多喜二、太宰治、江戸川乱歩
このあたりがうちでは上位レベルですが、
『坊ちゃん』のステージ攻略中のままで止まっています。

グラブルの画面がサクサク進むいっぽう、文アルは画面が重すぎだし、
たとえば刀剣乱舞はクリックすると画面が切り替わるけれども、
文アルは、起動画面も、勝利画面も、文豪ボイスも、
クリックしても全く切り替えがきかないところが、扱いにくくて。
放置していたのですが、『斜陽』イベントで、久々にログインしました。

相変わらず私と運営との文豪に対する解釈違い、乖離具合が甚だしいが、
さすがに『斜陽』イベントは、やっとかないといけない気がした。
文豪の生原稿の画像も確認したかった。

採算の算出法? [さ行]

最近の東京の寒さと暗さには、ゴシック大好き・太陽は恐ろしい系のさすがの私もひく。
ドン引きである。
雨と宵闇に有難味がなさすぎる。

つい先ほど、霧雨の降りしきる中、
出かける用事があったついでに、お役所に不在者投票におもむいた。
が、想像以上に長蛇の列。
(あ~?)
ってなりました。

今迄、不在者投票というと、平日の昼間にしか行ったことがなかった。
やはり土曜の夕方は混むのか……と思いつつ、
若干、二の足を踏みつつも、列の最後尾につこうとしたところ
「ただいま投票まで、40分ほどお待ちいただいております」

帰ってきました。

明日は悪天候が見込まれるので、
今日中に済ませておこうと思ったのだが、
いいよもう大人しく明日行くよ……。

関東地方の台風直撃は月曜みたいだから、たぶん大丈夫だよ……。
投票所、けっこう遠いんだよなあ……。

つか全国的に台風直撃なのだ。
火曜日くらいまで延長してほしい、切実に……。
これ台風直撃地方でのアクセスの悪さに、不平等具合がすごいでしょう。

お役所の出口付近で、
「もうほんと日本人ってばかだよ、馬鹿まじめだよ」と、
長時間待って投票を終えたらしきおばさんが、その連れに猛烈に愚痴ってるのにすれ違いました。
いやほんとそうですよねーと相槌を打ちたかった。
寒くて暗くて、目くばせ一つできなかったが。

すごすごと帰ってきながら、
人はなんだかんだ困難な状況になっても、必ずやりたいことは達成するものだ、
という理論はわりと嘘だなあ……と。
必ずしも逆境に意欲がかきたてられるとは限らない。
時には、むしろ削がれる。おおいに削がれる。

本が平積みに置かれている作家と、
注文して取り寄せないと手に入れられない作家の本とでは、
アクセスに違いがありすぎる。
便利過ぎても有難味がないけれど、
すぐ手に入らなければ面倒になって、そのままになっちゃう場合もありうるよな……。
なにしろ無くて生きられないものじゃないのだ。
魂の暮らしぶり、その質を変えはするが。

と、ひょんなことから自分の置かれた作家としての立場に照らしあわせて、
嘆かわしく憂鬱が増すのだった。
世の中の不公平感をむやみに失くすことは不自然だが、
機会の平等は絶対必要よ……。

人気作家は売れるから本が刷られる。
しかし私みたいな作家の場合、本が刷られなければ、人に読んでもらえないんだから、
そもそも読者に届かない。
それでどうして売り上げの実績が云々だから今回は残念ながらとか言えるんだ……

みんな最初に同じ冊数だけ刷り、
みんな最初に同じ数の書店に、
同じ冊数だけ並べて、
その統計を取って優劣をつけるのでなければ、
実績データとしても不完全、不健全なのである。

(もっといえば、有名作家はそれだけ名が知れていて、
広告しなくともみんな知ってるんだから、
無名作家にスポットを当てないと、機会均等とは到底、呼べないのだが……
これはいったん置いておくとしてもだ。
無名作家の本が部数も少なく、本屋にも置かれないなら、
どうやって売り上げの実績を出せるのか教えてほしい。

伊勢志摩に住んでいる友人がいるのだが、
伊勢志摩の書店で私の本が置いてあるところは、一箇所もないと言っていた。
今までに一度たりとても見たことがないと。伊勢志摩の人が読書しないわけじゃなかろうに。)

また短期間ではなく、長期スパンにわたっても調べないと、
短期間だけのデータでは、どうしても、すぐ読みおえられる本の売り上げが伸びやすくなる。
長期的な目算を視野にいれないのは、データに不備があるといえはしまいか。

この手の世の中にある不公平感が簡単になくならないのは、
機会の平等に対する是正をすることで、
誰かが逆に損するから、
という見方が強いが、
損するというよりも、そのために労力を割くのが面倒くさいからなだけな気がする。
(それを大局的に損と呼ぶのだ。)

「不平等における得しない側」にいるマイノリティごときのために、
マジョリティの俺様が心を砕き、対策を講ずるのが馬鹿馬鹿しい、ってのが有るんだろう。
心を砕き、手を尽くしたなら、その分の見返りを求めたくなるんだろう。
(マジョリティは見返りなど求められないのに……。)

という感じで、やはりマイノリティはマイノリティぶりを自分の力で脱却できないシステム、
どうにかならないか。
生きにくい。

便利と負担の境界線 [は行]

昨年あたりから「最近、映画がつまんないんだよね」モードに突入し、
購入したまま放置している積みDVDが20本を超えて、
めっきり映画を見なくなっていた。

先日の『ダンケルク』でスイッチが切り替わったらしく、着々と消化しつつある。
良い映画もあれば、今一つなのもある。

映画を見なくなっていた理由はいくつかあって、
その一つには、2箇月前にデーブ・スペクターがこの記事*の中でも言及していたが、
最近、ハリウッド映画が「海外でもウケやすい大味なアクションや、コミック原作ばかり」で。
おまけにリメイクが続くので、娯楽作としては楽しめなくもないのだが、
今一つ、斬新な衝撃とか、地味にしみじみ味わえる良さのある作品に、
巡り合いにくくなってきた気がしていたからです。

日本でも、歴史ドラマなど、本能寺とか関ヶ原とか忠臣蔵とか新選組とか、
あの手この手で幾度となく作り変えては、やっていて、
アニメのリメイクも続いているし、そのクラスタのファンとしてはリメイクは嬉しいのだ。

ただ純粋に、新しいストーリーに出あってみたい!
と思っている場合、アメコミのリメイク等は、続くとさすがに大味で飽きてくる。
技術は磨かれて、目には楽しいけれども、世界観は目新しくないし、話の大筋も知っている。
作品の世界観に馴染みがあるという点は、
大衆の集客には多分、手っ取り早いプラスになるんだろう。だからやるのだ。

かつては映画館で眠っちゃうなど考えられなく、
寝不足で見に行っても、見終えた後は目がギンギンに冴えて映画館を出る感じでしたが、
昨今では、わりと寝落ちしがちです。
中盤の派手なアクションシーンで、5分程度だけスリープ……からのログアウト……。

また私には吉祥寺のバウスシアターが閉まったのが存外、大きかった。
吉祥寺の映画館は、誕生月だと男女問わず誰でも割引価格で映画が見られる(身分証提示)。
かつては誕生月など、通い詰めていました。
しかしここ数年、誕生月に映画を見にいく習慣がぱったり途絶えた。
見たい映画がやっていないんだもの。
たった一つの映画館が閉まっただけで、
こんなに自分の行動パターンに影響が出るのか……と痛感せざるをえない。

でもまあ、私が映画を見なくなっていた地味に最大な原因は、
利用していたDVD宅配レンタルシステムの所為だろうなあと、自己分析しています。
毎月、毎月、4本分の映画が送られてくるタイプに8年くらい契約していました。

見たい映画を30本くらい予約しておいて、
その中でレンタル可能なものが、毎月2回にわけて2本ずつ送られてくるシステムで、
延長料金が取られない。かわりに、DVDを返却しないと次の2本分が送られてこない。
繰り越しできる枚数は限られています。

で、そのとき自分が見たい映画が必ずしも送られてこないのだった。
自分が予約した映画ではあるんですが。

馬鹿っぽいノリの映画を気楽に見たいと思っているときに、
死ぬほど重いタイプの実話映画が届いたり、
じっくり文芸映画を楽しみたいと思っているときに、
アクション大作が届いたり……。
おしゃれな恋愛映画を見たい気分のときに、
戦場で泥水を啜る系の映画が届く。逆もまたしかりだ。

いずれも自分自身が見たいと思って予約していた作品であろうとも、
さすがにちょっと辟易(へきえき)してくる。
殺伐としたマフィア映画を見たいときに、
夢いっぱいのファンタジー大作が届いたりすると、正直、うんざりする。

名作や大作は、作品のパワーに引っ張られて、
私個人の気分など良くも悪くもお構いなし、
圧倒的な力技で感動させてくれるんですが、
そういった名作は、年にそうそう出くわせるもんではない。

そのうちに、レンタルDVDが届くのが、
子供の頃、毎月の通信教育が届いたときのあれ、
「うぇ~来ちゃったよ」という微妙なストレス、負担にしか感じられなくなって、
楽しみのはずの映画が、ひたすらこなしていく仕事と化してくるんです。

ゲームだったら日課やマンスリーの任務をこなすと、それなりに報酬をくれるし、
やらなければやらないで問題ないが、
DVDは見終えて送り返したら、また次がすぐ届くわけで、
便利なのを通りこして、DMみたいに鬱陶しくなってくるんです。
そして見ようが見まいが毎月定額、引き落とされる。
ノルマの持ち帰りをしているみたいに、もう勘弁してほしくなり……。
今では、この手のレンタルを利用するのは止めにしていますが、
おかげで、めっきり見なくなっていた。

思えば、アメリカで足しげく映画館に通って、週に3本ペースで見ていた時も、
面白い作品もあれば、つまんない作品もあった。
100本のうち、10本良ければ、上々だった。
うち3本が私好みの映画だったらラッキーだった。
それでも映画を見ること自体が気分転換で楽しかったんですよね。
英語の勉強になるという、言い訳にもできた(笑)

それが昨今では2時間のタスクと化して、
ディスクをプレーヤーに入れる作業がすでに面倒くさい、
と思うくらいになっていたのである。

そこで何本かネットレンタルを利用してPCで映画を見もしたが、
これもまたメリットとデメリットがある。
ちょうど、紙の本と、電子書籍と、どちらが扱いやすいかといった争点と、似ているかも。
実際のところは、紙の本と電子書籍の違いは、
映画館での映画鑑賞と、自宅PCでの映画鑑賞、という差が相応の比較対象だと思います。

*


日本的美意識 [な行]

カズオ・イシグロがノーベル文学賞を獲ったことが話題ですね。
「カズオ・イシグロは日系ギリス人で、日本語はしゃべれないし、英語で話を書いている。
なのに、まるですっかり日本人扱いの日本文学扱い。日本人てば調子いいよ。
おいしいところにとっつきたがる、すぐ尻馬に乗りたがる」……的な発言もチラホラと見かけます。

たしかに、日本の研究土壌では予算や着眼点その他が認められず、
海外にいわゆる研究的亡命を果たし、アメリカで永住権あるいは市民権すらをも取得し、
海外で研究した成果が認められた、研究者の功績を「日本人研究者の功績」
として扱って憚らない、昨今の現状に関しては、
私は「恥ずべきだ」と思う。改めるべきだと。

しかし、カズオ・イシグロに関していうと、
彼の作品は、日系人作家だということを抜きにしては語れない部分が色濃く出ていると思うので、
よくある、「なんでもかんでも日本産扱いしてフィーバーしたがる」というのとは異なるのではと。

(あと彼は日系二世(?*)イギリス人。
これは単に私がアメリカに留学した時に感じた個人的な経験にとどまるが、
二世の人は、日本人のわたしが想像している以上に、
排除するにせよ取り入れるにせよ、日本や日本文化を意識していた。
場合によっては日本人以上に、日本的な価値観に縛られている人も少なくないのだった。)

といっても、私はカズオ・イシグロのファンでも何でもないし、
それどころか、映画化している作品しか知りません。
だから何言ってんだお前、と思われても仕方ありませんが。

ただ、カズオ・イシグロがブッカー賞を受賞した『日の名残り』
この映画化された『日の名残り』――アンソニー・ホプキンス、エマ・トンプソン主演
この映画が、わたしは異常なほど大好きでして。

キャスティングも良い。主演二人のほかにも、
クリストファー・リーヴ、彼は落馬事故で首下が不随になり、
車椅子生活を余儀なくされた挙句に、数年前に亡くなりましたが、
まだ事故前の、まったく壮健な状態で出演している。
よくも悪くもアメリカ人らしい言動をかます役どころが印象的です。

ヒュー・グラントも、今みたいに女ったらしのキャラが定番になる前で、
まだ映画『モーリス』のクライヴ役の余韻を引きずっている、
名家出の品の良い、ちょっと影がある若者で出てきます。

とにかく私はこの映画が大好きで、
アメリカ留学中にビデオを見つけたときに即買いしました。当時は高かった。
ビデオというところがポイントで、まだDVDなんて無かったんだ!
ビデオだから一回見るごとに擦り切れて、劣化してくわけです。
見るときには、こと好きな作品のビデオのときには、
気合いを入れて巻き戻しとかなるべくしないで、一気に脳裏に焼きつけるように見るんですよ。
そうやって幾度となく見てきた。

(似たような舞台設定であるテレビシリーズ『ダウントン・アビー』を何シリーズも見るのであれば
正直、『日の名残り』の映画を百回、繰り返し見たい派なのである。)

『日の名残り』の映画に日本人は一人も出てこない。
日本の話題も全く出てこない。日系人も居ないどころか、アジア人も出てこない。
ユダヤ人とドイツ人とアメリカ人とフランス人は、ちらっと出てきますが、
がっつり英国人の英国映画。
それでも猛烈に日本ぽい侘び寂びが、いたるところに滲み出てるんです。
無視できないほどに。

それが英国のお屋敷の作品世界に、絶妙にマッチしている加減がたまらないし、
作品世界にそこはかとない影を落としていて、それが妙に腑に落ちる、深い味わいと化している。

カズオ・イシグロは映画化に恵まれている作家だと思います。
映画がいわゆる「原作レイプ」に陥っておらず、
作品へのリスペクトがちゃんとなされていて、文学の端正な三次元化に仕上がっている。
まれにみる成功例といえるケースな気がしています。
タイトルもすべて、映画が小説タイトルのままですしね。

映画『わたしを離さないで』の原作小説『わたしを離さないで』は、
「エモ系ディストピア小説で、淡々とひたすら嫌な感じの展開が続く」
といった一部批評を先に目にしていたので、
そのいっぽうで過剰なまでな絶賛組も多く、遠巻きにしたまま、
正直、いまひとつ気乗りしないで映画を見に行った。が、
好き嫌いはともかくとして、これもとても良く仕上がっている映画でした。

この作品にも日本人は一人もいないし、そもそもイギリスなのかどうかもわからないような世界観。
ディストピアな世界線で描かれるSF(?)なんですが、
施設内の雰囲気はイギリスっぽい風景1930~1950年くらいの設定に映る。
でも一歩、施設の外に出ると1990年の世界が広がっているんですけど。

主人公の「苦難」を受け入れようとする姿勢と言動に、共感できるところは少なかったが、
(私ならば何としても逃げ出す、抜け出す努力をするので)
これもまた、カズオ・イシグロが書きそうな世界であることよ、という……。
「耐え忍ぶ、我慢は美徳。それが他人(ひと)の為になるならば」
という観念が、美しい哀れみを誘うという展開なんですよ。

「自己主張は悪」
「自分の感情があるのも本当」
このジレンマの存在を認識しつつも呑みこんで、流されていく感じです。
日本文化に根強く宿る「美意識」じゃありませんか? 
(私個人はその精神を美意識とは呼びませんが。)

これらはしかし、私が勝手に「日本的な精神性が強いなあ」と感じとっているだけだし、
作中のそこはかとないペシミズム、
清貧に宿る孤高さ……(下手すると、しみったれた感じになりうるギリギリ手前)な感じは、
カズオ・イシグロ独自の個性なんであって、日本文化は関係ない、
と言われれば、それまでか。

『上海の伯爵夫人(The White Countess)』という映画がある。
カズオ・イシグロのオリジナル脚本。
監督は、『日の名残り』のときのジェイムス・アイヴォリー。
この作品、私、好きなんですが、
これは珍しく日本人ががっつり出てくる。
日本人役は真田広之です。

この真田広之が、かっこいいのだ。英語もとても自然。
英語で台詞を言わされているという感じがまったくなくて、
ふつうに役になり切って、その役どころが英語で会話をしている。

カズオ・イシグロのオリジナル脚本なので、
監督やプロデューサーに「こういう作品書いてね」と言われるがままに
脚本を仕上げる、ライター稼業の脚本とは、わけが違います。
映画化ありきで、カズオ・イシグロがお話を作ったのだ。

主役は、『イングリッシュ・ペイシェント』のレイフ・ファインスと、
ナターシャ・リチャードソン(リーアム・ニーソンの妻で、近年スキー事故で亡くなった)。

ナターシャ・リチャードソンの実母はヴァネッサ・レッドグレイヴで名女優ですが、
このヴァネッサ・レッドグレイヴが、作中では義伯母役をしてます。お姑側の伯母さま役です。

白系ロシア人の亡命貴族が上海に落ち延びて、租界で貧しい暮らしをしている。
(タイトルのThe White CountessのWhiteはこの白系から来ている。)
いっぽう、事故で妻と小さい娘を失い、自らも盲目となったアメリカ人の元外交官役、
レイフ・ファインス。
二人が出会います。

おりしも日中戦争がくすぶりそうな不穏な時代で、
日本人であるマツダ(真田広之)は戦争勃発までの根回しに暗躍している、謎めいたキャラクター。

真田広之の役は敵役であり(べつに愛情関係はからまない。政治的に敵役)、
いってみれば悪役なんですが、
そのカッコいいこと! 悪いのにですよ。
とにかく知的で有能だし、気品があるし、礼儀正しいし、
それがわざとらしい、あからさま感じではなくて、日本人だから滲み出てくる知性、
という描かれ方です。
日本人独自の気骨を持って、スマートに行動する。

欧米映画の作中で、日本人が日本人役で、わざとらしくなく、こうもカッコよく描かれている作品、
私はほかに出会ったことがありません。
(無害な空気みたいな役とか、ユーモラスなあるいは滑稽、もしくは粗野なのとかばっかり。
『ラストサムライ』は信念があって良かったですけど、あれは侍がテーマだし、
ちょくちょく不自然さは有りました。)

これは日本人作家であったなら、
日中戦争の準備のために暗躍するマツダ役を、ここまで格好よく描くことに躊躇しただろう。
又、日本にゆかりのない作家が書いた場合、ほぼ間違いなくこのマツダ役は、
下品かつ横暴に描かれたのではなかったか。
日系人カズオ・イシグロは恥ずかしげもなく、マツダをここまで格好良く、上質に描く。

ほかにも歴史的な視点と扱い方が、
カズオ・イシグロが日本と全く無縁の作家だったら、こうは書かなかっただろう、
というのを色濃くうかがわせるのだ。

とはいえ、これはあくまでも私の感じかたに過ぎません。
未見のかたは、とても良い作品ですし、
これを機会に、映画『上海の伯爵夫人』おすすめです。
日本ではメロドラマやラブストーリー扱いになってますが、
そういうレベルの映画じゃないです。
カトリーヌ・ドヌーヴの『インドシナ』を髣髴(ほうふつ)とさせる大河ドラマ。
亡国の民の描きかた、
〇系人という、二つの祖国を持っている者特有の悲哀とか強さとかが際立ってます。

後半、どの船に乗ったら逃げられるか、という場面に至っては、
なにしろ主人公の目が見えないので、並大抵の切羽詰まった感じゃない。
どの役者も鬼気迫る演技力。
かといい無様に錯乱したりしないから、見ごたえがあります。

*


『ダンケルク』の映画体験 [た行]

映画『ダンケルク』見てきたんだが、公開中の映画については無料放送などではないし、
一斉放送ともちがって時差もあるので、
古い映画以外は、映画の内容についてブログに書かないようにしている(今回も書かない)。

単に私個人の映画体験の部分だけについて書いておくと、
私はこのところ映画館で全く映画を見ていなかったので、
刺激が強さが尋常ではありませんで、
軽くシェルショックレベルに疲弊した。

must-see movieであることは確かなのだが、
見るならば体調万全な時にいったほうがよろしいかと。
心底、真面目に、そう感じました。

画面が揺れて酔うとかはありません。むしろ美しい。
血とか内臓とか派手なスプラッタも皆無。
しかし音が、えげつない。音響が。

心身ともに「今日なら余裕でいける」という日に一人で行きましたが、
消耗すること甚だしかった。

だいたい映画を見ると、しかも戦争映画などの場合はとくに、
残酷だろうと苛酷だろうと、泣きはらそうと不条理に歯噛みしようと、
アドレナリンが出るらしく(当社比)
皮肉にも元気まんたんになって映画館を去るというのが、私の常なのだ。
ダンケルクはしかし、そういう私に活力をもたらしてくれる映画では全くなかった。

勇気をもらうとか、悲劇に涙するとか、
怒りに震えるとか、ショックに打ちのめされるとか。
はたまた人間の愚かしさに嘆くとか、
そういう感情に火がともるタイプの映画でなかった。

嘔気と腹痛が波状攻撃で絶え間なく打ち寄せてくるような音響(音楽とも効果音ともつかぬ低音)と、
壮大で圧倒的な絶景(戦争映画にもかかわらず、陶然となるほどの景色)との、
このダブルバインドが、どんどん感情を殺しにくるんで。

クリストファー・ノーラン監督がCGを全く使わず、生映像にこだわって撮影したらしいですが、
おかげで臨場感が異常。
初めて見る光景なのに、なんかわかるこの感じ、
というリアルな追体験を否応なくさせられます。

しょっぱなズキュンという銃声でまず私、ビクッて身を竦めましたから、文字通りに。
そんなリアクションしてるの映画館で私だけでしたが。皆なぜ平気なんだ。猛者なのか。
(ちなみに映画館は、 空いている頃合いを見計らって行ったこともあるが、十人ほどしか居なかった。)

昨日ラスベガスで銃乱射事件があったばかり、その報道を見聞きしたばかりで、
頭上から銃声が降ってくると、
胃がすくむ……常に気が抜けない。

天国と地獄の立ち位置が、戦況の風向き、自然状況の潮目の変化で、
あっという間に入れ替わることの連続で、
(精神的な)窒息と過呼吸が交互にくる息苦しさ。
苛酷でした。

以下、忘備録的な小さなネタバレ感想。


やったぜ活撃 [活撃/刀剣乱舞]

活撃/刀剣乱舞 #13 『活撃』

最終回。
文句のつけようもなく、面白かった!
圧倒的な作画、動き、内容も期待以上に期待に応えてくれる最終回で、王道展開。
見終わって打ちのめされて無口になる感じでした。

これまでの視聴では、なんか色々と引っかかるところが多々あり、
その不服の感想を、ここでぶちまけておかないとすっきり眠れません、
みたいな心地が勝(まさ)っていましたが。

正直この最終回の直後は、胸がいっぱいで、はぁと重くため息ついて、終わりにしたい。
子供の時、『天空の城ラピュタ』を初めて見て、
胸がいっぱいでなんか無口になって、しばらくラピュタのことを誰にも話したくなくて、
ややあって、今度はラピュタを誰かと語りたい、布教したくてたまらなくなった、
あの感じが。
活撃最終回にぎっしり詰まってた。

堀川国広が、
「出てきていいよ。ここならだれも居ないから。さっき土方さんの部屋に居たでしょう。気付いてたよ。久しぶり兼さん、来ると思ってた」
というシーン。
そうそうこれだよ、堀川国広はこういう感じなんだよ――と、ようやく胸の痞えが取れる。
こういう……控えめな振りして、いつのまに核心につけこんできそうな抜け目なさがあるんですよ、
堀川国広には。
可愛い顔して用意周到、じっくり一つのことを企んでいながら、機転が回るかんじよ。

それが活撃では初回、未熟な刀剣男士としての堀川国広、その初陣から始まって、
ほんと、一時はどうなることかと思ったわ。

純真だけど馬鹿じゃなく、それどころか世間通だから怖いんだよねぇ堀川君って、
という、私がなんとなく思い描いている雰囲気の堀川国広になるまでに、
欲を言えば、途中経過を作中できちんと描いてほしかった。

最終的に、3年間、土方さんに同行して新選組やってるあいだに、
我々の望む堀川君になっているという禁じ手、裏技で、帳尻を合わせてきてくれました。

「鉄の掟」は、鉄之助の鉄にかけているのかと思っていましたが、
今回、和泉守兼定が、局中法度のことを「鉄の掟」と言っていたので、
なんだ……やっぱりその意味だったのか……。

しっかし堀川君が、兼さんに土方さんの最期を見届けさせてやりたい、と思っていて、
かつまた歴史は変えたくない、と思っているのはわかる。
果たして、どうするつもりなんだろう。
(どんな腹づもりでいたのさ?)

新政府軍に追い詰められた土方さんが、堀川国広(脇差)で、腹でも切って自害して、
そのときに兼さんに土方さんの介錯でもさせる目論見なんだろうか? 
和泉守兼定が和泉守兼定(打刀)自身を使って主の首を斬るのか。
その土方さんを介錯した刀を、鉄之助に遺品として持たせるつもりなんだろうか。
「武士よりも武士らしく」かつまた「土方さんの最期をみとる」
という両方が叶えられる……。
私が堀川君だったらそう仕向ける気がするけど……。

刀(刀剣男士)と持ち主とは、
「刎頸(ふんけい)の友」ともいえる絆で結ばれている、
と、そんなスタンスで攻めるアニメの流れじゃなさそうだ。
小説ならまだしも、たぶんアニメだとえぐくなりすぎるし……。

活撃は海外ファンにもわかる言葉遣いを、ことさら選んでいる気がする。
海外ファンの見識を忖度して、小学生レベルの説明の台詞が多かった、
と私は勝手に思っている。(おかげで刀剣のアニメにしては不自然なまでに健全路線。)
だから、まあそういう介錯なんてのは、刀のアニメであれ、積極的には見せない側面でしょう。

土方さんに兼さんが詰め寄るシーン、
「生き様」とか「覚悟」とか、そういう台詞は人間が安易に使うとすごく安っぽくなりがちで、
そういう言葉を平気で口に出すキャラを私は警戒・敬遠しがちなんですが、
刀剣男士が「生き様」「覚悟」と口にするときの、板についた自然さよ。
人の姿をしていても、本質の魂が刀なんだなあ……と思わせてくれる、良い台詞でした。

話がついて、兼さん、ようやく馬に乗る。
いや……でも新選組の馬を一頭、乗ってきちゃって良かったのか?
物資が不足し、たてこもったりして大変な戦況に立たされている土方さんたちなのに、
その馬を奪ってきちゃうか! 歴史を変えないためにあえて地味に足引っ張ってんの?

ともあれ、あの場面で兼さんが馬に乗らないほうが不自然だし、
乗馬する兼さんは想像どおり颯爽として恰好良かった。

ノーマンズランドで落ちあった刀剣男士みんなの、ひらっひらした衣装が、
ここぞとばかりに草原で風にあおられて、
そうだよ! これだよ! そのためのこういう衣装だよ!

それからはもう神作画と桜吹雪の嵐で、息をつく間もなく素晴らしかった。

期待通りに、三日月宗近も、骨喰も、薬研も、蜻蛉切も、鶴丸も、
実によい頃合いで助太刀に登場。
三日月が来ることはお約束の流れで当然わかっていたけれど、
波が打ち寄せるような音とともに、桜吹雪がぶわっとなって、
花びらの渦中に三日月が現れたときに、
よしきた!!!

かつて鶴丸が初登場で現れたときと同様の、
この圧倒的劣勢な戦況がこれでひっくり返るぞという期待感、
もう勝ったも同然だあああ神作画~、
という高揚をひしひしと噛みしめる。

あとはもう、
・骨喰と薬研の粟田口兄弟の共闘。回転斬りしまくる!
・兄者の「膝丸」呼び。
膝丸の「あの兄弟に負けてられないな、兄者~」からの、
兄者が弟を「膝丸」と呼びかけるやつ。華麗に敵へと斬りこみながら、大丈夫か膝丸、息してるか。
・大典太と蜻蛉切、この両者の組み合わせとは思いつかなんだ。蜻蛉切、大太刀にリベンジ。
・鶴丸と三日月の連携プレー。かつて組んでたのか、どうりで息がぴったりですよ。しかしこの両者は本当に嬉しそうに、かつまた美しく戦うよね。まさに刀剣乱舞、ここに極まれり。

という名シーンが、立て続けに押し寄せて、
ばっさばっさと時間遡行軍をなぎ倒していると、そこに堀川君が助太刀に!
王道の大団円、
土方さんの死はあっけなくも感傷的でほろ苦く、活撃はきちんと終わるべくして幕を閉じ、
終わり良ければ総て良しでした。

エンディングで、
刀剣乱舞(ゲーム)の刀剣男士を描いたイラストレーターさんの名前がずらっと出てきて、
刀剣乱舞のゲームをはじめて3年弱――。
画集で見慣れた、目に馴染みのあるイラストレーターさんの名前が、
同窓生とか先輩の名前を見るような感慨深さであることよ。
わー! 
妙な親近感が。

劇場版始動!
わかる……この活撃、劇場版ありきで作られていた感じがする。
劇場版くらいの時間で、神作画のアクションをメイン、もっとギュッと詰めて作ったら、
相当、クオリティたっけーものが出来あがるわ。
今からもう待ちきれない。
(そのときには活撃審神者、ほんとに要らない。
活撃審神者に関しては、登場した意味が未だにわからないよ……。)

そもそもこのアニメ、今になってみると、
全部で本来12回の内容を、無理に13回に引き延ばしたんだろうなあ、
そう思えばこれまでの、間延びした色んな粗(あら)が、腑に落ちます。

徹頭徹尾とはいかなかったが、最初と最後が最高だったし、
本当に良かったです。中盤の第一部隊の回も良かった。ありがとう活撃。
深夜アニメを全部リアタイして、その都度、毎回感想をブログにアップするなんてマメなこと、
気づいたら私ほかのアニメでしたことないよ。

とりあえずサウンドトラックのCDは入手しました。
グラブル(ゲーム)とのコラボでも、戦闘中に活撃のテーマ音楽が流れるたび、
この曲……良い……ゲームの周回には正直うんざりしてきてるけど、
音楽につられてつい頑張っちゃう……ううう……
病みつき気味になって曲が抜けない状態が続いたので、降参して買いました。

デザイン公開 [初の短編集]

これまで、Canvaで作ったデザインをいちいちダウンロードし、
サイズを当ブログ用に適当に小さく調整。
その小さく調整しなおしたデザインを、ブログにアップロードという面倒くさいステップを踏んでいたが、
ブログ上に埋め込みコードを貼ることで容易にシェアできると知った。

手腐レ風切り貴方まで: 中里友香短編集』をダウンロード購入してくださった読者の人には、
良い状態でデザインを見てもらえる! つもりでいるのですが、
Kindleは機種によって白黒にしか出ないものもあるらしい。
表紙以外、全部白黒って……なんてことだ! 電子書籍のメリット半減ではないか。
機種によって見え方がかなり違うというのは、電子書籍のメリットですよね。
紙の本ならこんな心配はいらぬ……。
一長一短ありますね。

カラーもOKなKindleの機種か、タブレット端末ならベストな状態で見られるはずですが、
ダウンロードする端末が小さいスマフォだったりすると、
その画面より大きくして画像を見られないということもあり、
ここでひっそり公開することにしました。
読者の方はけっしてデザイン目当てで、
私の短編集をダウンロード購入してくださるわけではないだろうし……。
まだダウンロード購入されてない方にとっては、こんな感じの世界観の短編集なんだな……と、
より伝わりやすいかと思うのだ。

スライドショーにできます。
https://www.canva.com/design/DACY0Yba_7I/Lg9w9Kx1Y4uUPO1VCkSR4A/view?utm_content=DACY0Yba_7I&utm_campaign=designshare&utm_medium=link&utm_source=sharebutton

しかしこの方法だと、ダウンロードする前の状態で公開することになるので、
「葉コボレ手腐レ死人花」
「奥付」
に使っている有料素材の花に網目が入って見えるわ……。
(Canvaの有料素材はダウンロードする時点で決済されるので、
ダウンロード前だと透かしが入った状態になるんですよ。)

実際のKindle版では、もちろん網目は入っていません。

Kindleは現在、JPGファイルしか使えないので、
JPGに変換したときベストになる状態を想定して作っています。
ですので、JPGにする前の時点で公開するこのスライドショーは、
厳密にいうと、キンドル上とちょっと見え方が異なります。

グラブル山姥切もパーティに無事に編成できました。 あとは期間中に上限解放を [活撃/刀剣乱舞]

活撃/刀剣乱舞 #12 『箱館戦争』

今回が最終回だと思って見ていましたが、
次回が最終回なんですね。
最終回の一つ前だけあって、気合いが入っていて、
製作側の気迫がひしひしと伝わってきて、とても良かった。

物語の展開としては、正直、御都合主義の最たるもの――。
物語には、たとえSFだろうとファンタジーだろうと、作中の世界におけるルールってのがあり、
そのルール作りがSFやファンタジーの肝だし、
異世界の世界観を堪能する醍醐味だったりするわけなのだ。が、
活撃の場合、その設定が、謎のゆるふわ具合で進んでいく。

当然、物語の展開もいちいちカオスすぎて、もうつっこみが追いつかない。
もはや、突っこみする気も起きない。
むしろ、活撃においてそんなこと、いちいち気にするのは無粋!
今回、カオス具合が振り切れていて、とりあえず物凄くワクワクした。
もう有難う、活撃、ありがとうである。

赤々とした焼け跡の渦中で対峙する、堀川国広と和泉守兼定という構図は、
胸が熱くなる、充実してくるものがあり、
いつまでもこの対峙を見ていたいくらいだった。
なんだったらみっちり本気で一戦交えてほしかった。
が、あくまでも堀川君が丸腰……ではないが、おのれの武器を手にせず、
捨て身で兼さんと向き合って、真剣かつ冷静に挑発しているので、
いっぽう抜刀して刀を振り上げた兼さんとしては、
武器を手にしているのに、(本来ならば相棒かつ助手の)堀川君を前に、
精神的には徒手空拳っていう。そのあべこべ具合が、まことにグッとくるのでした。

この両者の対峙あるいは和解は次回に見送りで、
いきなり審神者が出てきて、じゃあ箱館行っちゃいましょうよ、となるところは、
お前、おちょくってんのか、ってレベルでいい加減だと思いましたが。

一転して箱館戦争にて、
第一部隊が、時間遡行軍を相手に華麗に助太刀に入ってくる戦闘シーンで、
もう、本当に活撃に感謝しかできなくなった。
期待していなかった分、猛烈にテンションがあがりました。本当にありがとうございます……。
短いシーンでも充実していて、とても良かった……。

隊長・山姥切をはじめとして、髭切、膝丸、大典太が神業具合を発揮して、
ほんと理想的にアニメで具現化されていて素晴らしかった。
とくに山姥切国広は活撃で、ひときわ愛されてる感じがする。
(欲を言えば、国広兄弟同士として、これまでに山姥切国広が堀川国広に、
なんらかの助言を与えるシーンがあっても良かったんじゃないかと思うが。
骨喰と薬研は、藤四郎兄弟としての会話があったのだからねぇ……。)

第一部隊があくまで助太刀というスタンスで、箱館戦争に登場してきたのも良かったし、
うち三日月と骨喰がまだ来ないので、こちらは次回に持ち越しできっと必ず登場して、
良いところで助太刀に入ってくれるにちがいないし。
無論、第二部隊の薬研、鶴丸、蜻蛉切も、最高にかっこいい頃合いで、加勢に来るに決まっている。
ああ、もう今から次回へのワクワクが止まらない。

「時間遡行軍、その数、およそ千体!」
ってな台詞を聞いたときに、いくら最終回を派手にするったって、
そりゃちょっと盛りすぎなんでは、
千体とはアルジャジーラもびっくり、ざっくりの勘定すぎる……と思いますが。
そこまで煽ってくれたら、もう期待するしかないじゃない。

しっかし審神者もわざわざ来るなら、
そうだ、忘れてましたが、これを……と、
去り際に刀装とか馬装備を置いていくとか、お守りを託していくとか、
来たなら来たなりに気の利いた仕事をしたらどうなんだ、とは思います。
(活撃審神者に厳しい、わたし視聴者審神者である。)
そうすれば兼さんも、あんなに走り回らなくても、
箱館戦争の山道で馬を飛ばせる。
ゲームの設定から逸脱しないし、そのほうが、かっこいいと思うしな。

堀川君が土方さんの助手として、
誠の印をつけた黒い服を着て、しれっと一緒に居るシーンで、
やるな……こいつ……さすが……。
と内心でニヤッと笑いそうになりました。楽しみだ、次回がとても楽しみだ。

第二部隊の兼さんたちおよび第一部隊は審神者の力で、
時空を超えて箱館戦争にやってきたわけですが、
いっぽう第二部隊から自らはぐれた、堀川国広は、どうやって箱館戦争まで来たんだろうか。

薩摩藩邸の火事の時空で土方さんを見つけだして、新選組に入って、
そこからずっと土方さんの助手をして、
土方さんがどんどん北へ北へと……ついには五稜郭に到達するまで、
近藤さんを失い、沖田君は病に倒れ……だんだらの羽織姿を黒服に改めて……。
一度ならず二度までも、そういう辛苦を共にしながら、ずうっと同行してきたんだろうか。
とすると年季がちがうぞ。

あるいは刀剣乱舞のゲーム内で堀川君が極の修行で新選組に潜入したみたいに、
堀川君は独自の旅道具を持っていて、時空を渡れたんだろうか。
この辺のSF的な部分は、活撃の作中でくわしく解明されることがなさそうだけれど、
個人的には気になります。


グラブルと活撃のコラボが評判良くてやろうかすごく迷っている [活撃/刀剣乱舞]

活撃/刀剣乱舞 #11 『鉄の掟』

かつて(2~3年ほど前)アルドノア・ゼロというアニメがありまして、
音楽が『進撃の巨人』の澤野弘之さんで、
なんか良さそう~と思って見だしたのだった。
それなりに毎度、一喜一憂しながら、次回の展開を楽しみにしつつ見ていたのだったが、
1クールの最終回を見終えたときに、

……あ、これは……アニメと私の大変不幸な出会いだった。
これ以上なにかあるかと深追いして関わろうとしないことが、一番得策だ。
長い人生、いろんなアニメを見てくれば、たまにはそういう、
反りの合わないという作品もあるよね、さようなら……

と、2クール目をけっして見ないことを固く決心させるに至る作品だったのですが、
今回の活撃はアルドノアの最終回を見終えたときの感覚に限りなく近かった。
(まだ最終回じゃないから希望はある。)

色々と場面展開がおかしかったですね。
つなぎ方? 

しょっぱなから、
堀川国広が宿屋に戻っていない、え、どこいったんだって時点から始まるところで、呆気。
いくらなんでもそれじゃ、第二部隊が無能すぎる描きかただし……、
こんのすけ、おまえ何のために同行してるんだ。
その無駄にハイテク機能を装備してるのは、なんのためだ。
部隊の刀剣男士ひとりを見つける機能がないってことが、にわかには信じられないで、
視聴者審神者、困惑してます。

活撃の兼さんて難しそうな顔してるばかりで、面白みがないだけでなく、統率力もないの?
堀川が一時、行方をくらます展開にするにしたって、もうすこしなんかやり方が有ったろうに……。

火事が起きたと思ったら、あっという間にあらかた焼け落ち、
その渦中に立っているのに、一面、焼けあとになっていたり、
この場面の次に、この場面がなぜこう続く……ということの連続で。
もはや活撃の登場人物のうちの誰かの悪夢を、仮想現実として味わわされている感じが。
ひょっとしてそうだったんだろうか。

堀川君は兼さんの羽織をいつのまにゲットしてたんだか、
それにしても意外にも今回、一番まともに感じるのが堀川国広だった。

この活撃の世界観と設定なら、おそらく歴史抑止力が働いて、
土方さんを箱館戦争で死なせないように細工しても、
2205年の歴史に問題はおきない気がするよ。

意図的だろうとなかろうとだ、あんなに矢鱈と人が死に、歴史が史実通りになっていなくとも、
「歴史抑止力が働いて2205年の歴史は変わっていません」
ってことの連続なのだ。
悩むだけ損だから、もうやってみなよ、応援するよ。
(駄目なら、さらに時間を戻ってやりなおせばいいだけじゃない?)

土方さんって有名だけど、一人の侍に過ぎないし。
かりに新選組をまるまる助けても、あの分ではおそらく歴史は、歴史抑止力が働いて、
2205年時点ではべつに変わってない気がするよ。

活撃の和泉守兼定が、今回のラスト、あれで本当に堀川国広を折っていたとしたら、
原作ゲームの世界観や設定と、乖離がはなはだしすぎて、
脚本にも兼さんにも私は超幻滅しますが、
それはそれである意味、アッパレと言わざるをえない、振りきれっぷりではある。

こと、原作ゲームで堀川国広を極の修行に出した審神者からしてみますと、
そこまでやってくれれば、公式公認の二次創作として、
原作とは完全別物、別ルートとして咀嚼できます。

が、おそらくは思わせぶりな次回への引きに違いなく、
次週、軟着地して一期を終えそうな予感がしています。

ところでタイトル『鉄の掟』は、刀剣男士の守るべき掟と、
新選組の局中法度にかけているのかと思って見ていたのですが、
これは鉄之助(市村鉄之助)の鉄にかけた、鉄の掟、なんですね。
鉄之助、すごい美少年でした。

で、グラブル――


カーディガンと前あきセーター(その2) [初の短編集]

http://blackcrosssanatorium.blog.so-net.ne.jp/2017-08-30
カーディガンと前あきセーター(その1)の続き。

カーディガンという語は、クリミア戦争で活躍して、
その名をとどろかせたカーディガン伯爵にちなんで、つけられた名称です。

クリミア戦争といえば、ナイチンゲールが活躍した戦争ですが、
日本のウィキペディア(https://ja.wikipedia.org/wiki/カーディガン)によると、
================
クリミア戦争のバラクラヴァの戦いに於て無茶な突撃を行った事で有名な、英国陸軍軽騎兵旅団長の第7代カーディガン伯爵ジェイムズ・ブルデネル(en:James Brudenell, 7th Earl of Cardigan、1797年10月16日 - 1868年3月28日)が考案、その名前の由来となっている。
怪我をした者が着易いように、保温のための重ね着として着られていたVネックのセーターを前開きにしてボタンでとめられる様にしたのがその始まりと言われている。
================

このように書かれていて、引用文献も添えられているのだが、
はっきりって、これは間違いというか……誇張を多分に含んでいる。

クリミア戦争で活躍したカーディガン伯爵にちなんで、
怪我人のケアに便利な、ボタンで前開きにできるセーターがカーディガンと名付けられた。
ここまでは良いんですが、
カーディガン伯爵が、カーディガンという前開きセーターを考案したというのは、言い過ぎかと。

英語でちょっとググってみても、まず、そんなふうには出てこない。
またカーディガン伯爵にちなんで呼ばれるようになったカーディガンは、
袖なし前あきボタン、ジレスタイルの編み物をいうようです。

そもそも長袖前あきのセーター(つまり今で言うところのカーディガン)は、
カーディガンという名前を付けられる前から、この世に普通に存在していた。

17世紀にはフランスの漁師が厚手の前あきセーターを着ていたというし、
長袖前あきの編み物は、ほかにも長いものはローブと呼ばれ、物珍しい衣服ではない。
わりと一般的に着られてきている。
ローブの短いバージョン(今でいうカーディガン)も当然あったわけなので、
今のカーディガンが、カーディガン伯爵による発明品とみなすのは、誤解を招く。

実際のところ、今、我々がカーディガンと聞いて思い浮かべるカーディガンを、
カーディガンという名称で広めたのは、コ・コ・シャネルのようです。
当初は男性の服だったカーディガンを女性向けにして発表したら、
男女問わず、たちどころに流行したらしい。

又、ボタンで留めるのがカーディガンというイメージが強いものの、
前開きでさえあれば、ボタンで留めるタイプでなくとも、
カーディガンと呼ばれることもあることは、我々も昨今、知っているとおり。
トグルで留めたり、ひもで結んだり、ブローチで留めたり、いろいろできるのがカーディガン。

かつてボタンは贅沢品であって、高価な一点もの。
昔はボタンの数に税金がかけられたそうです。
(どのくらい昔の話なのかが、よくわからないのだが、想像するに、相当な昔。
私はアメリカ留学時に、大学の先生から授業内の雑談でそう聞いた。)

ボタンは特権階級の贅沢品という概念は、その後もずっと受け継がれてきてるんですよね。
上流階級のご婦人のバッスルスタイルのドレスの背中に、
ずらっとこれ見よがしに、くるみボタンが並んでいるのなんか、
装飾・ファッションとしての意味合いだけでなく、
上流階級なめんなよ! という暗黙裡の印でもあるわけだ。
あんなに隙間なくボタンを並べなくとも、機能的には留まるもの。

男性の軍服などにも、重たくないのか……というレベルでキラッキラしたボタンが、
やたらとついているのは、
ボタンに服を留め、装飾する以上の価値があった、名残のはず。

前あきセーターをボタンで留めるスタイルが確立したのは、
ボタンが実用品として一般社会に広まるだけの、1800年代~の産業革命があってこそ。
『風切り羽の安息』の舞台は、由緒ある英国ボーディングスクールで、
生徒はいわゆる資産家の坊ちゃまばかり揃っている。
時代はヨーロッパの産業革命の渦中あたり
(一番産業革命が早かった英国においては産業革命後期くらいか)です。
生徒の一人が、はしりのボタンで留める前あきセーター、いわゆるカーディガンを着ていて不思議はない。

問題は、時期がクリミア戦争よりちょっと前、ということである。
カーディガンという名称が存在しなかったのに、カーディガン姿と言っちゃうのは、どうなんだ。

ティモシー・ギャレットが着ていたのは、今でいうところのカーディガンに間違いはなく、
しかも物語の舞台設定はさておき、読者は現代日本の読み手である。
そもそも日本語で物語を書いていること自体、ある種おかしい、矛盾といえば矛盾なのだし、今更だ。

日本人が「カーディガン姿」と書いてあるものを読んで、
思い浮かべる一定の共通概念のシルエットがある以上、
「前あきのセーター姿」と書いてあるものを読むより、
「カーディガン姿」のほうが、すんなり頭に入ってくるはず。

『風切り羽の安息』はミステリマガジンに掲載されたのが初出で、
雑誌掲載とは、私の短編に初めて触れる人が大多数なわけです。
第2回アガサ・クリスティー賞を受賞した『カンパニュラの銀翼』の刊行よりも前に、
「中里友香・入門編」といった感じで接してもらうための短編だった。
引っかかる言葉はなるべく避けたほうが賢明……。

と、カーディガン姿と書いて発表したわけですが、
いざ数年経って今になってみると、そのほうが個人的によっぽど引っかかるのだった。
多分、クリミア戦争、という言葉が作中に全く出てこなければ、
「カーディガン姿」と書いたまま、私は直さなかったと思います。
ただ、クリミア戦争という言葉が出てくるからには、ちょっと……と逡巡しまして、今回、
手腐レ風切り貴方まで: 中里友香短編集』に収録するにあたり、改めました。

一語を変えるとき、そこだけ変えるとかなり違和感が出てくるんです。
絵筆で例えると分かりやすいが、
勢いよくバッと塗り付けてあった油絵を、後世になって修繕するときに、
一部を直すとそこだけ色浮きしたり、筆跡の凹凸が違ったり、勢いが遮断されて不自然になりがち。
細心の注意を払って、復元しなくてはならない、あれです。

文章も、概して一語だけを入れ替えると、文章の流れが途絶えたり、
脳裏に浮かび上がるイメージが微妙に異なってきたりするので、
その辺を考慮しつつ、前後左右を見極めつつ、
ちくちくと目立たぬように……目立たせないために、周辺の語彙を改めることになるのだった。

また当時は編集部に、
「まだ『カンパニュラの銀翼』の刊行前です。
この台詞(後述)はシグモンドが冷酷なイメージに映るおそれもあるので、避けた方が無難かも」
と言われ、
そんなもんかな~と、時間が差し迫っていたこともあり、
すんなり受け入れて削除した台詞がありました。

今はもう『カンパニュラの銀翼』が刊行されているわけだし、
シグモンドの性格が、その台詞なしの短編だと単に、クールなわりに意外と世話焼き……
そんな一面的な印象になりがち。
その分、とっつきやすいともいえるかもしれませんが。
あとになって、
……やはりここは残したままで載せてもらいたかったなあ! と。 

シグモンドという人格に定着している猜疑心と用心深さ、
辛辣に見せかけた思いやり、冷やかしめいた物言いで相手に感謝させる隙をつくらない、
素っ気なく、ともすると冷淡な優しさとか、
一筋縄ではいかないタイプの奥行きの深さがチラと一瞬だけ覗く、
「私に濡れ衣でも着せる気なのか」
この台詞が有るのと無いのとでは、
私からすると大違いなのだった。

削除する前はそんなに気にしなかったのですが、
失くして初めて重要さに気がついたんだよ的な――削除してから後悔したのだ。
今回、元の通りに復元できて良かった。

蛇足のループ [活撃/刀剣乱舞]

活撃/刀剣乱舞 #10 『忠義の向かう先』

いやぁ今回は背景がとにかく綺麗で、
この江戸時代の坂道よ、江戸時代の三条大橋よ、江戸時代の梅園よ、
ああ、江戸時代の世界観の再現が実に自然に繰り広げられていて、すごすぎるわ……。
と、目を奪われることしきりでした。

いつになく背景が際立って綺麗に思えたのは、
話の筋……(脚本)がひときわ退屈だったから、つい背景に目が行ったのかも。
面白い回と退屈な回が、だいたい交互に構成されているんだな。学んだ。

同じような言動の繰り返しなんですよね。

「え、歴史通りじゃないってこと!?」
とか、まただよ、又、こんなこと言ってる――
くどいよ……さすがにもう耳にタコができるよ……その先に進んではくださるまいか。
検非違使が出てくる伏線なんじゃないですか? 

一期の最終回、最後の最後で、検非違使が出てくる段取りか。
検非違使に囲まれて、第二部隊が絶体絶命の大ピンチに陥ったところで一旦終わり、
《第二期制作決定!!》で、一期を締めるおつもりか。

小学校高学年向けにいつもわかりやすくガイド役を有難うな堀川国広は、
今回は小学校低学年くらいにも、分かりやすい言動になっていて、
そこまでやってくれなくても、
画面の向こう側の審神者はじゅうぶん話についていけてるから――。

堀川君につられて、兼さんまで言動が青くさくなりまくり、
土方さんを歴史的には価値がない人物だったが俺は好きだったとかいう類の言動をかまし、
そんなふうに世間通ぶって、歴史通ぶってディスってみせる必要がありますか、中二か。
当時刀だったんだからさ、土方さんを通しての世界しか知らなかったんだからさ、
「坂本龍馬のように大きな未来を描ける人ではなかった」とか知ったかぶれるのは、後付けの理屈。
それを今になって口に出しても、兼さんが卑怯な奴にすらみえるだけなんだが。

(三日月宗近は、かつての主について問われたときに、パーフェクトな答えをしてたのに。
人の印象など月の満ち欠けと同じで、一概に言い切れぬ、という旨の回答をしてたってのに。)

前回の、坂本龍馬と陸奥守が接点を持ってしまうエピソードが良くできていたのに、
今回は、その蛇足みたいに、和泉守兼定と堀川国広が土方歳三に出くわすって、
扱いがぞんざいすぎる……。
名場面にもなり得ただろうに……もうちょっと場面を練ってくれてもよかったんじゃないか。
せっかく兼さんが涙を流すも、私にとっては感情移入ができるだけの下地が調っていなかった……。

沖田総司がちらっと出てくる。
しかし活撃中で沖田組の刀剣男士、加州清光と大和守安定は存在してない、その違和感もつのる。
沖田組が登場しない、活撃中に存在しない設定ならば、それは構わない。
だったら沖田総司を登場させる必要も特に感じられない場面で、
「沖田さんだ! 兼さん。沖田さんを見かけたってことは、ひょとして土方さんも近くに」
というシーンは不必要どころか、むしろ邪魔なわけだし、
いろいろとチグハグでは。
(のちのち、沖田組が登場するのであれば、わかるんですが。出てくるのかなあ。)

蜻蛉切があの巨体とあの衣装に、槍をかかげて、
真っ昼間に京都の往来やら、梅園に居るということ自体が、
なんで職質されないのか……。夜ならば、江戸時代の夜は本当に暗かろう、
画面のこちら側にいる視聴者には伝わっても、
渦中にいる人間にはわからないだろうと、そう思ってやりすごせるのですが。
雨が降ってるわけでもない。あんなに晴れて、人も大勢いるところで、
どう考えてもおかしい設定なので、
龍馬よりもずっと目立っていて危険人物ふうな見てくれをしてるのに、
新選組は攘夷派にしか目がいかない病なのか? 重度な職業病?
新選組の能力値すら危ぶまれてきちゃうんですよ。

とまあ、いろいろが引っかかっているのを、
なるべく気にとめないそぶりで見続けていることに骨が折れて、
本来ならば感傷的になるだろう場面を、これでもかとお膳立てされても、
すでに食傷気味に。
(あとたぶん私は活撃タイプの感傷と相容れないんだ。)

堀川君の言動が、まだそんなこといってんのか……! という感じで、
堀川君のこの言動に、視聴者審神者(つか私)がそういった感覚を持たないためには、
これまでにもっと細やかな堀川君の内面の描写や、感情の起伏、機微が描かれていてほしかった。
というか本来、堀川国広の相棒であるはずの兼さんが、
活撃では、敵方の龍馬の刀だった陸奥守とやけに意気投合してるので、
ゲームの世界観ともずいぶん異なるし、
一部にサーヴィスするあまり、物語性は蔑(ないがし)ろ感があって、モヤっとする。
堀川君としたら居場所がなかろう、立つ瀬ないよね……。

これまでの法則からいうと、次回はきっと絶対に面白いはずで、
いよいよ一期の佳境に入っていくわけですし、期待しながら、
来週も相変わらず正座でリアタイ待機です。

カーディガンと前あきセーター(その1) [初の短編集]


手腐レ風切り貴方まで: 中里友香短編集

さて今回、電子化にあたって、すべての短編を加筆修正したのだが、
一番手を入れたのは必然的に『貴方綴り』
三田文学に掲載されたのは2004年。
当時は落選作の掲載という性質上、がっつり校正できなかった。
手を入れた箇所も、それでかえって誤りを増やした部分もあった。
デビュー前で不慣れゆえに、わたしの校正の赤の入れ方が編集側にうまく伝わらなかったのだ。

又、時代がかった繰り返し記号、(「あゝ」等)を使いたかったのだが、
使っていなかったので、その辺を、当時、本当にやりたかったように直しています。

とはいえ、今の感覚で文章を直してしまうと、別作品になってしまう。
ここはどうしてもちょっと……と、気に掛かって仕方がない所以外は、
当然、当時のままです。

一番、手を入れずに済んだ作品が、『葉コボレ手腐レ死人花』
これは編集部が誤ったルビをふったり、
或いは、私がふっておいたルビを、はからずも取られてしまった箇所などを、
自分好みにルビをふりなおしたりと、
その手の、ごくマイナーな修正にとどまります。

たとえば、私が
・杜若(かきつばた)紋

としたところが、
・杜若紋(かきつばた)
と誤ってルビがふられていた。

私としては、紋(もん)とルビをふらずとも、誰でも読めるだろうと、
杜若の部分だけに、ルビを入れたのでしたが、出来あがって蓋を開けると、
あらら、こういったミスが出るんだな……。
以降、私は一つの単語の読めない部分にだけルビをふる、ということをしなくなった。
勉強させてもらった。

この小説には当時、挿絵があったのだが(今回は挿絵は入りません)、
その挿絵がSFJ掲載時、ネタバレ状態で入っていた。
とある人物が、とある人物を殺す、読者を驚かせたい場面で。
つまり抜刀して殺す描写よりも、手前のページに、
殺害シーンの挿絵ががっつり入った。そのせいで、先の展開がもろばれに。
初見は愕然とした。
それが自分には、ずーっと引っかかっていたんです。

おそらくは挿絵が仕上がる前に、挿絵の部分を予測し、ページを仮確保しておいて、
挿絵が上がってきた時点で、文章を読まずに、ただ当てはめたんだろう。

これに関しては、すごく迷った末に、あとで編集部に控えめに抗議した。
編集部も陳謝してくださったが、出てしまったものは取り戻せない。
ようやく、読んでほしい状態で提供できて、数年もたったあとですが、ホッとしています。

そんなこのたびのキンドル化にあたって、すごく悩んだ加筆修正部分はというと、
まぁカーディガンでしょうなあぁ。
『風切り羽の安息』(2012年ミステリマガジン掲載)の作中に出てくる、
カーディガンという単語で。

シグモンドが一夏、ラテン語講師を受け持った、英国の名門ボーディングスクール。
その寄宿舎の敷地内にある古井戸のところで、
生徒のセルジュ・アンブローズが、ティモシー・ギャレットと初めて言葉を交わした。
その、事の発端となる当時を思い起こして、
アンブローズがシグモンドに語って聞かせるシーンです。

アンブローズは、ギャレットが「カーディガンを着ていた」といった趣旨のことを話すんです。
ミステリマガジン掲載時には「カーディガン」姿と書いた、この単語の選択について、
私は悩んだ。末に、
「前あきのセーター」という語に直しました。
なぜか。

~続く~

―情報再掲―


刀剣男士冥利 [活撃/刀剣乱舞]

活撃/刀剣乱舞 #9 『元の主』

今回は、面白かった。
人情味あふれる第二部隊にとってのこれが王道、という感じの展開でしたね。
陸奥守吉行、よっ! ほんと刀剣男士冥利に尽きるねっ! でした。
刀剣男士となった自分が期せずして元の主の龍馬と再会して、
寺田屋事件で負傷した龍馬を窮地から救う。
しかし名乗らず、好印象を残して、別れるって。
なにそれ私が刀剣男士だったら、絶対やりたいわ。

それにしても、ゆるふわ日常系アニメの刀剣乱舞『花丸』ですら、
大和守安定が、元の主の沖田君と出くわして、大ジレンマに陥るというのに。
(池田屋で元の主の沖田総司と、期せずして出くわした安定が、
沖田君に声をかけられただけで闇落ちしそうに目が曇り、
戒めとして加州清光に貰っていた髪飾りをぶっこわしてまで、沖田君を追いかける。
このシーンである→https://youtu.be/FnNBsMvMUlg
ぶっ倒れた沖田君の窮地に手を貸したくも、貸すことが許されず……歴史を変えてしまうからだ、
加州清光にぐらぐら揺さぶられ、涙ながらに説得されて、ようやく自分を取り戻し、
窮地に陥った沖田君を放置して、去るしかなかった。苦渋の選択をするのにだ。)

基本シリアス展開のはずの、こちら活撃は、
その辺の設定というか大前提の掟というか……が、すごーく緩い。ぬるかった。
どちらの刀剣男士の立場が嬉しいかというなら、
そりゃ陸奥守吉行のほうがお得に決まっている。

元の主に、刀剣・陸奥守が自分の愛刀であることを、ぼやきじみて自慢されるとかって、
(それを聞かされているのが当の陸奥守自身であるとかって)、
なにそのシェイクスピアのお気に召すまま的シチュエーション。
こういうエピソードは一回は見ておきたいですね。

しかしだ、物語の展開として実に都合よく(……登場人物としては実に不都合なことに)
「歴史通りじゃない……これは歴史が……動いている……!?」
という台詞がもう今までに何べん発せられてきただろうか。活撃。
歴史が史実通りに動いていない、その根本的な理由がついぞ明かされる気配もなく、
物語としては、
それってどうよ! 適当過ぎるよ!
と、思わなくもありませんでしたが。

戦闘シーンは誰もかれもが皆それぞれにかっこいいし、
……兼さん、迷いのない太刀筋がかっこいいなあ……ああ堀川と息があってるなあ……
薬研、さすが夜の路地が得意なんだな……
蜻蛉切は、いつも一本気ってかんじの槍筋だな……
鶴丸は遡行軍を薩摩藩邸門前で待ち受けるとき、白いお召し物で地べたにあぐらかいて座って待つんですか、余裕ですね……。
京都の町並み、板塀とか色々リアルだし、
時間遡行軍の登場の仕方も、良い感じにまがまがしいし、
細けえことはもういいや~!

龍馬が口を開いたとき、
この声……そしてこのナチュラルな土佐弁……ひょっとして小野D?
たしか声優の小野大輔さんって、高知県出身で、土佐弁ネイティヴだったような……。
土佐の家具屋さんのおうちの人だよね、オーディオCDで言ってたの聞いたこともあるもん……。
と、エンディングのキャスティングを見たら、思ったとおり小野Dでした。

花丸で沖田君役だったのも小野大輔ですよね。
小野Dは刀剣乱舞で「元の主役」をやらないと、どうにかなるのか、そうなのか。
どっちも全く違うタイプの元の主で、どちらも役に、はまっていました。

ところで陸奥守が抜刀した時、龍馬が一瞬、ハッとしたような表情を見せますが、
顕現した陸奥守が持っている陸奥守は、
龍馬が当時、携えていた陸奥守と姿かたちがだいぶ変わっていて、
焼けて、打ち直されて、刀もまっすぐになって、刃文も異なっているので、
龍馬がそれと気づくはずはないんですよね……。

打ち直される前の、龍馬の手にしていた自分本体で、敵を一刀両断する場面は胸熱でした。

気になるのは、堀川国広――彼は刀だった時の記憶が欠落しているんだろうか? 
記憶がないという骨喰よりも、よっぽど、ちょっとずれた発言をしますよね。
龍馬が死ぬまで添い遂げたい、刀剣・陸奥守のありかたを知って、
「それって……そんなのって……」
と、堀川国広は最後に一人で感傷的につぶやいていました。
いや、でもそれって刀剣としては、普通だよね?
堀川国広だけ、刀剣男士としての自覚とか自我が記憶喪失なみな気がする。
意味があるんだろうか。

刀剣男士の、歴史的に有名な元の主は、誰であれまあ死んでいる。
主が死んだことのない刀剣男士は居ないはず。
元の主が死んでいるということは、刀の自分が主を守れなかった、敗れたということだ。
たとえ病で死んだのだとしても、病を祓えなかったという事になりますし。
陸奥守に限らない、いってみれば皆、敗れた刀剣が顕現しているわけですよね。
長い間存在し続けている、刀剣男士ならではの、あるあるというか。
敗れてもなお、強く、美しくあらねばならぬのが刀剣の性(さが)というのが、
刀剣乱舞の大前提にあると思うんだが。

まったく使われたことのない、主といえる主を持たぬ刀剣も例外的に居るには居るが、
そっちのがずっと稀だもの。で、堀川国広はその手の、未使用組の一振りではない。

以前、大太刀の存在を理解していなかったことといい、
一回折れて、二振り目堀川国広だったとしても、ちょっといろいろ腑に落ちない。
そろそろ作中で説明が欲しいところ。
いちげんさんの視聴者にもわかるガイド係だから、とかな恐れがないでもない。
だとしたらあえてすっとぼけた質問をしたり、すっとんきょうな発言をしてるんですね、
さすが補佐役、気が利くなあああ。

不具合修正報告(*8/27追記しました) [初の短編集]


手腐レ風切り貴方まで: 中里友香短編集

先日、アマゾンKindle限定で刊行いたしました、
手腐レ風切り貴方まで: 中里友香短編集
こちら、これまでのキンドル版と同様、縦書き、リフロースタイルで配信中ですが、
マイナーな不具合が生ずることがわかりました。

文字サイズにより、まれに改行部分が文頭にあたると、一行アケ状態で出るときが。
え、こんなところで章が変わる?
という行があく場合がありました。
(しかし文字サイズを変更すると直るので、当初は不具合だと把握していませんでした。)

リフロースタイルに良く起こりがちなデメリットなのだと思っていたのですが、
黒十字サナトリウム』や『黒猫ギムナジウム』では、このような状況にならない。

とすると、これは不具合……。
禁則処理的な何かがうまくいってないのだ。

この不具合、どうして生じていたかというと、
自分は文書作成において、文末改行を通常、Enterキーで行っている。
そのせいでした。
(すべての文末Enterが、章末扱いで表示されるわけではなかったので、
当初は原因が分からなかった。)

一般的に、わたしだけでなく多くの人が文書作成時、
文末改行にEnterキーを使っていると思います。
しかしEnterキーは厳密にいうと、本来、章末に使うキー。
文末の改行はShift+Enterでなくてはならなかった。

これはHPなどの文面を、Wordにコピペすると差がクリアにわかりますが、
Shift+Enterの文末には↓下向きの矢印が出る。
Enterの章末には、よく見慣れた直角に折れた矢印が出てきます。

これを自分は使い分けていませんでした。
Kindleが提供するファイル形式は、限りなくHPなどのフォーマットに近いので、
そこをきちんとやらねばならなかった。

これら文末改行部分を、
Shift+Enterに改めました。
そのうえで動作確認をいたしましたところ、正常に読めることがわかりました。
現在、問題は解消済みです。

また、小説内における傍点の部分が、
フォントサイズによっては適切に表示されない箇所がありました。
そちらも併せて修正いたしました。
現在は、いずれのフォントサイズでも正しく表示されると確認済みです。

いずれも内容には差支えありませんが、リーダビリティを左右するもので、
せっかく早めにダウンロードしてくださった方には、本当に申し訳ありませんでした。
上記の不具合は、いずれも修正済みで、
正常な状態で読めることを確認済みですので、
お手数ですが、これまで購入されたかたは、更新してくださいますようお願いします。
通常は、自動更新になっているかと思いますが、
念のため、更新のやりかたを記しておきます。

================== ・Kindleアプリ左上の「ライブラリ」をクリック。 ・ライブラリに行ったら、ライブラリの右横にあります円形やじるし(矢印二つで円になっている) その矢印をクリックします。「同期して新しいアイテムをチェック」の矢印です。 ================== 以上です。 これにより最新のコンテンツに更新されるはずです。

*追記しました。2017/8/27---------→(ここから)
上記の方法では更新されないことが分かりました。
(上記の打ち消し線部分は、端末の同期設定のやりかただ……。)
正しくはこちら→本の自動更新をオンまたはオフにする
https://www.amazon.co.jp/gp/help/customer/display.html?nodeId=201252670

ご自身で本をすでに購入しており、自動更新にしないで改訂版を確認したい場合は、 「お問い合わせ」のページから Amazon までご連絡ください。 Amazonがお使いの端末に改訂版のコンテンツをお送りします。 もう一度購入する必要はありません。

詳しくはこちらも参照してください。
「電子書籍の改訂版はどこで入手できますか:
https://kdp.amazon.co.jp/ja_JP/help/topic/A1RGGPBKDR1BPZ

←---------(ここまで)追記しました。2017/8/27

上記のやり方で改定版を入手することによって、
あらたにKindle料金が課せられることはありません。
(お使いの通信環境によっては、通信費用が掛かる場合があります。)

なお、化粧扉や章扉などのカラー画像は、
スマフォおよびタブレット端末の場合、
ダブルクリックで、想定された画面いっぱいのフルサイズで見られることを動作確認しております。
指でスワイプしてリサイズするのではなく、ダブルクリックです。
これはKindle側の仕様によるものですので、
ダブルクリックをして見てみてください。

~付記~


わが本丸の兼さんは好物から頂く派 [活撃/刀剣乱舞]

活撃/刀剣乱舞 #8 『歴史を守る』

今回、録画は失敗した……。
録画した番組数がMaxで、容量は余っているのに録れなかった。
リアタイで視聴しといて助かった……。危なかった……。

さて第一部隊は敵を一掃して、本丸に戻るかと思いきや、
第一部隊は本当に人間ができてるのね……。というか神様だった、そうだった。

刀剣を使った戦闘に関しては神様丸出しだけれど、
そのほかの事に関しては、ほとんど人間と同じレベルで他者を気遣い、
自分らで出来る範囲のほどこしをするあたり、実に日本の神様らしい。

キリスト教的な全知全能感とはまるで違う、気配りのベクトルが面白かった。
面白いと言っても愉快なのではなくて、興味深い、Interestingの面白さですね。

炊き出しをするってところが、山姥切が部隊長の第一部隊らしい。
山姥切ってコンプレックスの塊みたいだけど、
その手のタイプが気配りするときって、地味だけど見せかけでなく、
地に足がついて実が有ることをしますよね(や、わかんないけど、そんな感じがする)。

室町時代の民衆は、うっすら神様だと気づいて、
刀剣男士と接してるのかもしれないなあ……。
当時の人間は、神様との距離感が江戸時代や現代の人間よりもずっと近かっただろうし、
そうでないなら、こんな変わった風体の者を、すんなり受け入れられないよな……。
人ならざる者……少なくとも「まれびと」だと認識してはいるだろうなあ……。
と、やや感慨にふけりかけたところで、
「あなたたちはおさむらいさんなのですよねえ」
的な発言が老婆から発せられる。
「そうだ」
と骨喰。

お。お侍設定だったのか?……その風体で……?
外見が言及されると、いつもどうしても違和感がすごくて、無理筋すぎる。訳が分からん。

そのころ本丸では人間味の強い面々で構成されている第二部隊が、
再起をかけて動き出すといった感じでしたが、
第二部隊の言動が青すぎて、少々、見ていてじれったいというか……歯がゆいというか……。

尚、あの本丸、社食とかあるし、あんなハイテクなのに、
薬研が馬に舐められて顔を洗うのは、川? ため池? 用水?
水道を引いていないんですかね?
せめて井戸くらい掘ってないんでしょうか……。
それとも薬研がガサツで、刀剣男士たるもの水道水など使ってられるか……と、
桟橋みたいなところで屈みこんで顔を洗うのを己の矜持としているのですかね?
なまじの水道水よりも、よほど澄んだ水でしたが……。

本丸で第一部隊と第二部隊がすれ違うときの、張りつめた緊張感たるや。
本丸全体が上下関係に支配されている気配が濃厚。
部隊内で隊長をたてるのは、皆の意見をまとめ、命令系統を一貫するのに必要だろうけども。
頂点に立つ審神者も本丸内に一緒に暮らして、
上下関係の浸透した空間で、寝食を共にする本丸って……わりと地獄じゃないか。
地獄は言いすぎだが、ちょっとした煉獄ぐらい……考えてみるに苦痛だわ。

なんの因果で刀剣男士になんかに顕現させられて、
審神者の命(めい)で戦わなければならないのか。
刀剣男士だから戦うのは本分だろうと思っていたけど、
刀時代に幾人も人を殺めてきた分、償いでもさせられているんだろうか。
考えてみるにつけて、活撃の世界観はけっこう理不尽……。

おそらく鶴丸は、もともと第一部隊に配属されていて、
鶴丸が第二部隊に移った後任が、骨喰。
とすると、必ずしも第一部隊が精鋭で、第二部隊が劣るという力量差とも言いきれないが、
第一部隊が一軍で、第二部隊が二軍設定。
(実際に第一部隊は第二部隊とは比較にならない強さでしたしね。練度も成果も見事。)

であれば、活撃の本丸は、スペースは広大だけれど、窮屈な感じがビンビンする。
地味にストレスたまりそう。暮らしにくそう……。
花丸の本丸が恋しくなってきた。

今回の作画は時々、堀川国広がきゅるんとした目をすると、リボンの騎士みたいでした。
ところで燭台切光忠は、花丸でも、活撃でも、野菜を愛してやまない設定が過ぎて、
せっかく打撃力が高いのに、厨にいるか畑にいるかで、一度も出撃シーンがない。

あと「化粧扉」と「奥付」もつきます [初の短編集]


手腐レ風切り貴方まで: 中里友香短編集

Amazonキンドルで発売開始しました。
本の詳細ページhttps://www.amazon.co.jp/dp/B074SBT77N
自己出版の短編集『手腐レ風切り貴方まで
Amazon Kindle限定です。

その章扉をせっせとCanvaで自主制作。
(これまでの経緯↓
http://blackcrosssanatorium.blog.so-net.ne.jp/2017-07-19-1
http://blackcrosssanatorium.blog.so-net.ne.jp/2017-07-27-1
http://blackcrosssanatorium.blog.so-net.ne.jp/2017-08-03

その苦労話(?)の最終回となります。
こちら、
『葉コボレ手腐レ死人花』の章扉。

*5葉コボレ桜版鬼縮小版.jpg

このお話は平安時代、都のややはずれがメイン舞台。
姫とか、上達部(かんだちめ)とか、生き血を啜る美しい鬼とかが出てくる。
これまで作ってきた章扉のように、作品の色にあう写真を自分で用意して、
効果的にタイトル文字を入れれば済むわけではない。

そもそもCanvaはもともとオーストラリア発のデザインツールで、
和の素材は非常に乏しい。
(たとえばデフォルトで、縦書きテキストがありません。)
和風のデザインを作るのには、いちいち工夫が必要になってくる。
和風といっても……お江戸っぽさとか、商店街の盆踊りポスター風とかではなくて……
平安時代らしさは、これがけっこう難しい。
デザインのしかたに、センスが非常に問われる……。

我ながらよく撮れた風景写真を使おうにも、平安時代的な京都らしさ満点の写真は、
「そうだ 京都、行こう」
JR東海のポスターを全面でリスペクト。
となりがちで、一番、思案したのがこの章扉でした。

最終的には和風ゴシック色の強い作品世界と、相反しない扉になったので、
ひとまず満足しています。
(というかCanva+私の技術力で、現時点でこれ以上はできないの。)

章扉?
え、わりとどうでもいい……。
そう感じる読者のかたもひょっとしたら少なからずいるのかも。
なのになぜ私がこんなにこだわっているかというと、
本来ならば紙の本で提供したいのに、できない。
ならば紙でない分を補うプラスアルファ、キンドル版だらこそできる付加価値を添えねば、
という使命感に囚われているからです。

私は小説を紙媒体で読むのがベストだ、と感じているわけで、
「紙の本のほうが読書に向いていて、記憶に定着しやすい」という研究報告もありますし、
ただ誰もが、家の落ち着いた場所で、紙の本で読書に没頭する生活スタイルとは限らない。

私自身も昨今、タブレット端末で漫画を読んだりする機会がまれにあり、
かさばる本を持ちこめない、持ち歩けない状況で何日か過ごすときに、
本を読めるのは極めて便利で、殺伐としがちな感性が潤うものだった。

キンドル版で読んだ内容があまり定着しなくとも、
良い読書体験をしたという記憶は残るかも。
だったら電子書籍媒体版をあまり目の敵にするのはやめるんだ……。

紙の本の場合、小説の章扉をすべてカラーにすることは、ほぼ実現不可能です。
「せめてこの最初のこのページ部分だけ、紙色とインクをセピア色に……」
と頼んで、やはりだめだったこともある……。
そこだけ機械を使えずに手作業と同価になるので、コストがかかってできませんと。

文豪本なんか皆、画一の規格で並んでいても傑作・名作ぞろいじゃないか。
そう思われる方もいるかもしれないが、
そんな文豪も存命中は、思い入れたっぷりで、
装丁について侃々諤々(かんかんがくがく)やってる人が少なくないですからね。
売れっ子になる前によ。

たしか太宰なんて紙質の指定から、題字を誰それ先生に頼んでみる、等々……
何から何まで、
まぁそんなとこまでこだわってんのか……! 凝り性め!
呆れるレベルだったかと。

私の場合はいかに贅沢分のコストを抑えて、いかに良い装丁の本を作れるかという、
シビアな無理ゲーを戦いつつ、やってきてまして。
具体的にわかりやすい例でいうと、箔押しなどが縁遠い(というかコスト上、無理だといわれる)。
……にもかかわらず、
わあ素敵な本、贅沢な装丁だぁ!
と、ときめく本を目指して、知恵を絞って出版にこぎつけてきている。

箱入りでアンティーク風な布張りの装丁本、
中身も全編2色刷りの『はてしない物語(ミヒャエル・エンデ)』を、
後生大事に愛蔵している私としては、
えっ……あ……そういうのって無理なのか……。
あれは出版業界バブル時代 + 世界的著名作家ミヒャエル・エンデだったから出来たのか……。

とまあ、折々の本の出版を経て、鬱積した思い入れを、
自分なりにやれるだけ存分に具現化してみようと。
紙の本で出せる日がくるとしても(今のところこの短編集にその手の予定は気配もないですが)、
商業媒体だとカラーは難しいだろうな……
というところに、だから今回、あえてちょっと凝ってみたかった。

*All right reserved.

―追記―


骨喰は記憶を失くしていたのが功を奏しましたよね [活撃/刀剣乱舞]

活撃/刀剣乱舞#7「第一部隊」

のっけから、この季節感に合った、おどろおどろしい場面で、
これは好みのタイプ……期待できるぞ……。
オープニング曲中で、今まで影になっていた第一部隊もお目見え解禁になり、
今回は期待通りの面白さでした。
(期待を上回りはしなかったけれど、
第一部隊が見かけ倒しの咬ませ犬あつかいだったら嫌だったので。)

まず源氏の重宝、髭切が笑いをうかべながら敵を斬っているところで、
キャラ解釈にズレが無い……!
大体の刀剣男士が、平常時と戦闘時では気持ちの切り替えをするのが珍しくないいっぽうで、
兄者こと髭切は、平常時と戦闘時にほとんど差が無い。
戦闘時は平常時よりややテンションが上がってるな、といった感はありますが。

平常時、そもそも髭切はきわめて温和な口調と柔和な表情とは裏腹に、
物騒な台詞を平然と口にする。
ゲーム内では、入手当初、薄気味悪くて私はちょっと警戒していた。
使うほどに、なるほど人間だったら異様で病的だけど、刀剣男士だったらきわめて健全。
その自然な感じがアニメでも滲みでてました。

オープニングの曲中で、鶴丸も笑いながら嬉々として敵を斬っていますが、
鶴丸は、ふだんは気さくで人間らしく振る舞っているけど、
戦闘になると刀としての地が出る、といった感じですよね。

骨喰藤四郎も、ゲーム内の寡黙なキャラを決して崩すことなく、それでいてわりと話してくれるし、
山姥切は一から十までまったくブレなし。
この第一部隊の山姥切は間違いなく初期刀だと思うのですが、
この骨喰と山姥切という、
単純にパワーでいうと第一部隊のほかのレア太刀連中と比べて、かなり劣る二振りが、
精鋭感まるだしの身のこなしで、抜群の切れ味を披露しながら敵を倒して、
強い……さすが……恰好いいぞ。

そんな骨喰を「やるね、彼」とか誉めちゃう髭切という構図が、ほんとうに王道。

ただ猛烈に気になるのが、
この第一部隊の源氏の重宝、髭切と膝丸のコンピはどう考えても、特レベル。
その二名ともが、練度が低い衣装のままというのは、どういうことだ!

こと、膝丸の衣装は、練度が低い時の膝あてが、かなりもっさりしていて垢ぬけないので、
せっかく歴史上、名前がどんどん変わっていったのにちなんで、出世魚タイプの刀剣で、
腕に磨きがかかるにつれて、衣装も少しずつ変わって洗練されていく設定なのだから、
そこんとこ、反映してよ……。

物語にそこまで盛り込むのは無理だとしても、
美的観点から選んでも、洗練されている衣装のほうを着せてやってよ……。

ちょくちょく思っていましたが、
このアニメ、あんまり刀剣乱舞のゲームをやりこんでない人が作ってるんだろうなぁ……。
ゲームの設定に縛られない物語と、世界観の広がりを見せてくれると期待しているので、
がちがちにゲーム設定に固執して作ってくれる必要は全くないのだが、
髭膝の衣装については断固、受け入れがたい。
もっさり膝あての衣装のほうを、わざわざ着せておくメリットって、ありますかね。

キャラ解釈がもっとも私と異なっていたのは、大典太さんで、
あんな威圧的な脳筋キャラだとは思わなかったですが、
雷になると調子が良いという新設定はとても面白かったです。

(アニメの視聴後、なにか所以のある設定なのかとググってみましたら、
刀剣・大典太光世は、雷が鳴ると鞘から出るという伝説があるんだとか?)

三日月宗近は安定の三日月具合で、
なにより桁違いに腕がたつし、精神面でも揺るがないしで。
ひるまない第一部隊の活躍はいちいち納得の力技でした。

個人的なツボとしては、脇差の骨喰藤四郎が、脇差を片腕で構えるフォルム。
美しかった。
脇差だからこそ片手だけで持てるわけか。
胴体に対して、腕を垂直に突きだすのかと思いきや、
抜き身にした脇差を携えて突きだした腕と、胴体とが一直線になるように構えるのね。
兄者もわりとそう。

いろいろと謎を残しつつ、かつまた新たな謎を生み出しつつも、
今回のように、一話で一時代の時間遡行軍を制圧するテンポが面白い気がする。

室町時代というのが、江戸末期と比して、
より野蛮で未開で何でもありというか、曖昧模糊として分からない部分も多いので、
謎めいた物語性の余地がある。
多少無理な設定であろうとも、すんなり入っていきやすかったのかもしれません。

地面に刀剣があちこち刺さっていて、その刀剣が次々に攻めてくる絵柄は、
fateの衛宮士郎だったりアーチャーだったりで見慣れた景色。
ufotableのお家芸なのだから、そういった面からしても、
永禄八年、足利義輝(床に名刀を幾振りもぶっ刺して、次から次へ引き抜いて戦ったとか)
この時代が舞台になるのは、考えてみれば当然だった……。

骨喰がもし当時の記憶を残していたら、
きっともっと面倒ごとに巻きこまれていたのかもしれません。

刀剣乱舞のゲームらしさ満載の次回予告が毎回楽しみ [活撃/刀剣乱舞]

活撃/刀剣乱舞#6「本丸」

今回はいつも見ている東京MXではなく、都合で出先の群馬テレビで視聴でした。
事前に、同じ時間に放送することを調べておいたので、
「それでは私めはここで失敬してちょっと野暮用が……」と、
いつもよりも待機時間に余裕を持って、視聴にあたったのだった。
が、持っていたイヤフォンがタブレット端末用で、おろろ……
テレビとイヤフォンの口金が合わないではないか……不覚。
やたら音を絞って見たので、あとで録画を見直すつもりです。

今回は、#5での戦闘のアフターケア+第一部隊のチラ見せ。
戦闘シーンもなく、思わせぶりな会話が繰り広げられて、フラストレーションを募らせる、じらし回。

・すらりと華奢な鶴丸国永は、自分より背も高く骨太な和泉守兼定を、
いとも簡単に背負って手入れ部屋へと運ぶ。すごい。さすが太刀。
しかし蜻蛉切を担架で運ぶのなら、なぜ兼さんも担架で運んでやらないのか。重傷だぞ?
あの本丸にして、まさか担架が一つしかないとか……?

兼さんが「俺は自分で歩ける」と部隊長らしく立ちあがって気張ってみせるもよろけて、膝をつき、
「おっと隊長さん。少しは同じ部隊の仲間を頼ってくれ」
と鶴丸が背負ったとか、ベタだけれど、そういうやりとりが少しでもあったなら。
でないとかなり不自然に感じたが、そこは視聴者が脳内で補ってね、ということか。

・本丸ってもっと、新選組の屯所と壬生寺を掛け合わせたような雰囲気かと想像していた。
というか、我が本丸はそういうイメージで存在している。

活撃本丸は、スチームパンク+サイバーパンク的な目新しい魅力的な設備投資がなされている、
会社所有の長期滞在型リゾート(保養地) & 和風高級老人ホームのイメージ。
(食事シーン、全員同じ鮭定食のお盆をめいめいで運んで、思いおもいのテーブル席について、
大食堂で食べていて、なにか嫌なものを見ちゃった気がした。)

・こんのすけがいっぱい。
こんのすけは複数居ないと辻褄があわないと思ってはいたけれど、あんなに居るんですか。
こんのすけXが、鶴丸国永をこん棒のようなものでどついたことに、わたしは大いに引いた。
誰に危害を加えているわけでも、自分に危害が及んでいるでもなく、
まだ別に何も悪いことしてない鶴丸を「あなた常習犯ですから」と言いがかりをつけて、
いきなりどついて平然としているのには、ドン引き。
(そこがいかにも介護職員こんのすけが、
身体検査中に軽口をたたく入居者鶴丸を竹刀で打ちすえるように映って、ぎょっとした。
刀剣男士が正当な理由で殴られるシーンを見るのは私も決してやぶさかではないが……。)
鶴丸も、文句は言うが別に憤慨しておらず、意味が解らん。

・複数のこんのすけがエヴァのゼーレなみに油揚げについての会議をしていたシーンは、
おそらく笑うところなのだろうが、こんのすけXの横暴にドン引きしたあとだったので、
冷え冷えとした心地にしかならなかった。

・骨喰藤四郎が、儚げで淡々としながらも、芯が強く凛として美しいのだ、
と伝わってくるような長回しで登場してくれて、骨喰好きにはとても嬉しい。
薬研が「骨喰兄(ほねばみにい)」と呼ぶことも判明。
薬研の部屋の襖絵と、骨喰の色合いがマッチしていて、いつまでも見ていたかった。
骨喰と薬研が「兄弟なんだな」とおもえる色彩で良かった。

・薬研の居室と、三日月宗近の居室との差はなんなんだろう。
薬研の部屋のほうが居心地が良さそうではあるが、三日月宗近の居室は別格すぎやしませんか。

・第一部隊登場。
よくある学園もので圧倒的な権力と発言力を誇るエリート生徒会幹部っぽさがすごかった。
美形ぞろいの富裕層ぞろい曲者ぞろいの逸話ぞろい、
鼻持ちならないオーラが芬々(ふんぷん)と。

「このいけ好かない奴らが、いけ好かないほど華麗に敵を一網打尽にして、
第二部隊に第一部隊との実力の差を見せつけ、
君たちも頑張りたまえ、応援するよ、とか第二部隊に上から目線で笑うんでしょ。いけすかねえ!」
感が。
きゃ~すてき……さま! とか下駄箱にラブレターがごっそり入っているような、
言ってみれば『少女革命ウテナ』における生徒会っぽさ。
刀剣乱舞のゲームでは、そんな感じの役回りを好んで実践するキャラクターは居ないので、
活撃アニメが、第一部隊をどう扱うのか。
第一部隊6名のうち、6名が私の推しですし、
次回「第一部隊」が気になります。

章扉の裏話 [初の短編集]

*3縮小版.jpg
画像表示にすると現時点でもいくらかは大きく見えますが、実際はもっと大きくクリアに見えます。

現在、キンドル化にむけて鋭意制作中の短編集
『手腐レ風切り貴方まで』
その章扉をCanvaでせっせと自主制作している。
(経緯→http://blackcrosssanatorium.blog.so-net.ne.jp/2017-07-19-1
http://blackcrosssanatorium.blog.so-net.ne.jp/2017-07-27-1

第2回アガサ・クリスティー賞受賞作『カンパニュラの銀翼』のスピンオフ作品、
短編「風切り羽の安息」の章扉は、
物語の世界観を一目瞭然に語ってくれる感じがする写真を、自前で選びました。

上の写真は、西欧のとある御貴族の館(というか今も現役のお城。一部、一般公開している)で、
伯爵の館なので、どこに行っても、どのコーナーも絵になる場所ではあったんですが、
いかにもキラキラした感じではない、こういう一角は案外と無いものでして。

友人カップルが結婚式を挙げたときに、披露宴をした場所で、
同じスポットで、友人カップルに並んでもらって写真を撮った記憶がある。
その立ち去り際に、あまりにもこのロケーションが気に入って、
即座にカシャッと無人状態でシャッターを切ったのでした。

奥行きを一目で感じられるロケーションを見ると、写真に収めたくなるのだ。

手前の扉むこうに、
さほど飾り気のない家具調度の踊り場が(そう、ここは部屋ではなくて踊り場なのでした)。
更にむこうに白い扉が見えて、
右側からはうっすら光が差して、
真夏で晴天でしたが、湖畔に在って、かなり涼しい澄んだ空気感と、
場所の古めかしいたたずまいが調和していて、
なんか良い! 

加工前はこんな感じ。
*DSCN0210縮小版.jpg
撮影日2007年8月24日/クリックすると拡大します
(デジカメが日本時間で記録しているため、時差分の誤差あり)

それにしても急いでシャッターを押したのがわかる見事な傾きっぷりである。

この章扉の短編「風切り羽の安息」は、
これら写真をモデルにして物語を組み立てたのではない。
むしろ短編「風切り羽の安息」の章扉の世界観に合いそうな写真を、
自前のアルバムから選りすぐって、章扉に仕立てた。

だからこのロケーションが実際の所、
シグモンドの住んでいた屋敷の一角、夏用の邸宅だったか。
はたまた、この短編「風切り羽の安息」の舞台になっている、
英国の名門学校における寄宿舎の一角なのか。
そこらへんは私も厳密にはよくわからないし、御想像にお任せしたい……。

意識したのは、
「この手の家具調度や扉のある空間がとりたてて珍しくもなく、当然のように視野に入る」
という世界観の前提が、深く考えずに、この章扉によって、
すんなり読者の脳内へと導けるものになれば良いな……と。

下の写真も同様です。
こちらは明らかに当該短編のラストシーン、
夏のドーバー海峡における場面を想定して選んだのだが、
写真のロケーションがドーバー海峡かというと……(ここ、そもそも海ではない)。

しかし、まあ19世紀夏のドーバー海峡、そのカラー写真を撮ってくることは、
実際問題として不可能なわけで。
ならばカモメと、西欧における夏場の広大な水辺。
そんなゆるいくくりで、この写真を選びました。

写真は船上(フェリー)で撮っています。
中央に白い教会(?)が見えて、海鳥(カモメ)が飛び交って、
シャッターチャンス!
意気込んで撮り、さぞや良い出来あがりになるであろうと期待していたのだけれど、
蓋を開けたら、ずいぶんと小さく映っていて、
ズームとか無理よ……あの一瞬にズームとかできないんだよ私の腕では……。
おしい出来の一枚になっていた。

今回、この引きの写真を撮っていたことが、意外にも功を奏した。
あんまり寄りで撮っていたら、
当時の世界観にして矛盾する人造物が、くっきり映り込んでいる可能性も捨てきれない。
たぶんプロならフォトショで消したりするんだろうけど、Canvaではできないし、
下手に消すと、水面の波紋が不自然になるし、その手の細工は加えていません。

あそこに小さく映ってるのはモーターボートじゃないかって?
さあ……あの小舟の動力源は石炭なんじゃないですかねェ……(空とぼけ)。

加工前はこんな感じです。
*DSCN0254縮小版.jpg
撮影日2007年8月24日/クリックすると拡大します
(デジカメが日本時間で記録しているため、時差分の誤差あり)

素材に使う写真がすぐ定まったので、案外すんなり出来るかと思ったこの章扉、
手こずったのは、レタリング部分。
透かしのようにアルファベットを大きく入れたかったので、四苦八苦しました。

この透かしっぽさは最終的には、
一番下のレイヤーに、地色としてネイビーを置く
(写真に青みを足したかったのと、異なる写真に、章扉としての統一感をもたらしたかった)。
次のレイヤーに、黄色系の濃い色でアルファベット部分を入れる。
その上に写真のレイヤーを重ねる。

で、写真と文字の透明度やらをいじった末に、よし、と納得できる状態に至ったのでした。
一番下の青と、文字の黄色が重なると、色相環の対極にあたる補色であるせいかどうか、
上に載せた写真のそこだけ色が抜ける。
それで、透かしっぽく映ります。

もっと簡単にやれる方法があったのかもしれないけれど、ともあれ私はそういった方法で、
この、文字が透かしっぽく炙りだされて浮かびあがるような感じを作っています。

*All right reserved.

江戸末期の攻略は失敗で一旦退却ってことね [活撃/刀剣乱舞]

活撃/刀剣乱舞#5 『戦火』 

鶴丸国永は戦闘中にも、いちいち刀を鞘に納めるスタイルなんですね。
やっぱり刃文をつまびらかに見せられない作画上の都合、
皇室御物がゆえの苦肉の策なんだろうなあ……と、ついついうがった見方をしてしまうが、
抜刀するとき、鶴丸が親指で鯉口を切る仕草に、いちいちゾクっと高揚するので、全く問題ない。

鶴丸の戦いっぷりが、いかにも人間離れしている奇襲わざで、
とても良かった……。
わくわくしたのも束の間、
あれ? 
これまでずっと神作画だったufotableの活撃だが、
しかも#5は内容的にも、前半の山場だと思えるのだが、今回は神作画とか止めたんだ……?
メインの登場人物がところどころ、たびたびバランスがおかしくなるし、
せっかく甲板で話しているのに、髪や着物の裾やら房などが、そよそよ海風になびいたり、
わさわさっと戦(そよ)いだりしないんだなあ……。

ほかのアニメに比べれば、それでもずっと綺麗なんですが、
CGとアニメ画の馴染みも、今一つ不自然でした。
作画監督9人もいらっしゃったけど、今後、大丈夫かなあ……?
(ufoのアニメで、私が知るかぎり、作画が壊れたのを今までに見たことがないから、
きっと大丈夫に決まっていますが。)

そんな中でも蜻蛉切は作画がほとんど崩れなくて、
初回から薄々気づいてたけど、作画の人に、蜻蛉切ファンが居るにちがいないよね。
……と思っていたら、重傷。

こんのすけの鳴き声が癇に障るが、ようやく刀剣男士が本丸に戻れることになり、
次回はやっと本丸の様子が明らかになりそうで、楽しみです。
というか、兼さんがおまけみたいに重傷を負っていて損な役回りでしたが、
部隊長が重傷を負って自動的に強制撤退にならないかぎり、
あの、そこはかとなく鬼畜な審神者(だと私は薄々思っている)は、
滅多に部隊を撤退させないから、やむを得ない筋書だったんだろう。

エンディングの後に、本丸の様子と三日月宗近がチラと出てきましたが、
たいそう御立派な本丸で、――ん?
困惑。
たしか以前に蜻蛉切が、大きな湯船に浸かってみるのが夢なのだとか、
活撃作中で言っていたと思うんですが、この本丸にして大浴場が備わっていないとは考えにくい。

色々とちぐはぐな設定が気にかかって、
伏線なのか、作品の瑕疵なのかが分からなくて、いろんな意味で目が離せない。

こいつはきっと物語の瑕疵なんだろうな……と引っかかっていた所が、ことごとく伏線で、
しかも物凄い結末へと導く布石で、
いちいち敬服させられた覚えがあるアニメに「コードギアス」があるのだが、
活撃は果たしてどうなのかしら。
熱心に見ていれば見ているほど、粗拾いをするみたいになってしまいがち。

敵短刀が、ハリポタの恐るべきディメンターさながらに、ぷわぷわ浮いていたのが、
そっか、短刀は浮くのか……
新発見でした。
次回、おそらく第一部隊が本格的に登場して、
今後は大きな合戦場での、馬上の戦いも期待できそう。
刀装を発動するシーンをぜひアニメで見たいです。

章扉への思い入れ [初の短編集]

現在、キンドル化にむけて鋭意制作中の短編集
『手腐レ風切り貴方まで』
(経緯→http://blackcrosssanatorium.blog.so-net.ne.jp/2017-07-19-1
収録予定の『貴方綴り』三田文学2004年春季号初出
その章扉を自分でCanvaでせっせと制作。

*貴方綴り縮小版.jpg

ヴァリエーションを多数こしらえていると、どれが良いのかわからなくなることが間々、ある。
小説の文章の場合、迷いはまず生じない。デザイン仕事において私はプロじゃないからか……。

―思い入れで言うとこっち
―作品イメージで言うとこちらのほうがマッチ
―労力で言うとこちらが一番、手間暇が掛かってる……
―パッと見、これが一番映える
―こいつが一番飽きが来ない……

答えが出なくなると、いいや、ここはとりあえず寝かせよう。
しばらく放置し、頭を冷やします。
クールダウンの時間を取れるのも、自分で章扉までを一から作るからこそ成せる業(わざ)。

実際に、紙の本を出版する場合は、
書店に置いてもらったときに、周囲の本に埋もれて目につかなくなるのは駄目です。
今回はKindle版。こと章扉に至っては周囲と比べる必要はない。
まっすぐ一番、作品世界を投影していると作者の私が実感できるものを作ればよいわけだ。

現物の本づくりの場合、
装丁やデザイン、表紙絵、題字、帯などをあれこれ詰める段階というのは、
本づくりの大詰めに入っている状況になります。

初校、再校(わたしは念校もできたらやる)、
この一番神経をすり減らし、誤字脱字がないか一字一句、句読点まで字面に目を凝らして、
読みやすさと作品世界の構築との最終バランス、その微調整をはかっている最中に、
デザインをチェックをよろしくと、候補があがってくるのが常です。

前もって、こういう感じで、こういうふうにお願いします等々、たび重ねて頼んでおいても、
大詰め段階にならないと、
出版社側(つまり編集側・デザイン側・装画家側などをひっくるめたもろもろの先方)が、
まずデザインを出せる段階に入っていない。

みんな私だけの本に携わっているわけではない。
より時間的猶予のない仕事から取り掛かっているわけで、
いくら前もって頼んでおいても、無駄骨というか。
一番忙しい時にぎりぎりになって、具体的なデザイン候補が提示されてくる。
余裕のないスケジュールになるのが、やむを得ない仕組みになっています。
それでも作者がデザインチェックして、その意見が正確に反映されるだけ、大いにましです。

過密スケジュールの作家によっては、デザインや装丁は二の次になるのも分からなくはない。
そこは自分が関わらなくても、放っておいてもやってもらえる部分だから。

私はしょっちゅう本が出るわけじゃない。
出せるとなったら、デザインなども出来るかぎり、滅法、力を注ぎこみ思い入れを投影したい。
ですので追い込み時期には、いつもクールダウンの猶予などは一切なくなります。

しかも私の本であっても、作家である私の意見が必ずしも通るとは限らない。
いかに的確に交渉できるかの精神力と説得力が求められ、
せっせと校正作業も進めている渦中につき、心身諸々オーバーヒートでくったくたになります。
自分が想定していたよりも、ずっと素敵な本になれば、疲れなど、秒速で吹っ飛びますが。
(……その逆だと、ダメージもひとしおであることは、言うに及ばず。)

自分ではコントロールしきれないアップダウンのジェットコースターに振り回されずに、
今回は着々と、且つしこしこ進められることが、
かくもストレス激減に繋がるとは。
素人ではある……反面、
一番作品の世界観に合っている、
作者の私自身が満足できる章扉だと納得がいくまで、粘れます。

『貴方綴り』は、
昭和25年(1950年)の日本を舞台にした話 & 現代アメリカ(といっても作中年代は1999~'00年)
この双方が折り重なってできているので、両方が交錯する作品の世界を表現したい……。

紫陽花はCanvaの無料素材のハイドランジアです。
花の痛みかけたところが、より美しい感じを色濃くするのが作品の世界観にぴったりで、
ひとめぼれで選んだのだったが、
この有機的なイメージは作品世界に合っているいっぽうで、これだけでは物足りない。

昭和二十五年の話における主人公の「僕」が肺を病んでいきます。
医薬品の無機的な冷たさと、古めかしい懐かしい感じとを加味したい。
題字や枠組みは簡素にして……。

手持ちのアンプルの写真を重ねて、透明度や明度などを加工した。
ビー玉で曇り空を透かし見るみたいに、光源が点々と淡く灯って、気に入った。
このアンプルの写真は、
いまは亡き祖母(医療従事者だった)が持っていた昔の注射のアンプルです。
中身の大半は、今では使用されることがないものだった。
さもなくば、アリナミンF注射とかビタミン剤のアンプルだった記憶が。

祖母がまだ元気だったときに見せてもらい、
テンションマックスで私はそそくさとデジカメに収めたのだった。
親きょうだいはその時、やや奇異な目で、私の様子を遠巻きにしていた気がするけど、
そんなことは構わず、今となってみれば、写真に収めておいてほんと良かったよ……。

昔から、リアル聴診器で遊ばせてもらい、
かつまたリアル注射器(当然、針を外したもの)を水鉄砲代わりにして、
キャっキャと喜んでいた幼稚園児~小学校低学年児童だったけど、
当時は、私のその好奇心は家庭内でわりと奨励されていた。

(幼少期に通っていた、地元医のかかりつけ老先生も、
新しいプラスチックの注射器を遊び用にくれた記憶があるなあ、そういえば。
そういう人、案外、居るのでは?)

アンプルの写真をカシャカシャ撮っていた時分は、
しかしすでに理系脳が壊滅的で日常生活に支障をきたしかねぬレベル、
医療従事者にぜったい不向きで、志したことすらないと周知だったので、
……こいつなんで、こういう素材に過剰にテンション上がるんだ……?
私のリアクションは、良くて生暖かく受け止められていました。別にいいけどね。

祖母は、私のこの手の純粋な好奇心について、好意的に受け止めていて、
久しぶりに会うと、戦利品のようにさりげなく見せてくれるから、
写真にとっておきたくなったのだった。ぐっじょぶ当時の自分。

*DSCN0411.jpg
撮影日2004年8月9日

*All right reserved.

土方さんが守りたかったものって仲間ってことですよね?  [活撃/刀剣乱舞]

活撃/刀剣乱舞#4『守りたかったもの』

この場合、仲間を守るってことですよね。自分の隊を守るというか。
さもなきゃ侍としての誇りか。(実際の土方さんは己の夢を貫き通したってなイメージがありますが。)

今回は面白かった。
戦闘シーン、殺陣がむっちゃくちゃ切れがあって美しいアニメなので、
もう本当に下手な物語性を抜きにして、
ただひたすら刀剣男士がアクションに徹して、戦ってくれれば本望だ。

細かいところは色々と突っ込みたくなるシーンもあるが、
たとえば敵の大太刀の強さを、打刀の兼さんや陸奥守、脇差の堀川国広が全然、知らないあたり。
大太刀とそれまで戦った経験がなかったとしたって、
自分たちが打刀であり、あるいは脇差であれば、
敵が大太刀を携えて出てきたときに、
大太刀って、え? 強いの?的なリアクションをするのは違和感がありすぎる。
自分自身の本体が刀なんだから、大太刀である敵の力量の情報が白紙って、有り得ない……。
(あと何度も言うが、あの風体で日中ほっつき歩くのは本当に無理があるから、
いい加減に、心底、改めたほうが良いと思うんだ。)

ここの本丸、ホウレンソウが出来てなさすぎですよね。
あの審神者、有能ぶってるけど、本丸がきちんと機能してなさすぎではないのか。
だったら審神者なんて物語に出てこなくて良かったのに……としか現時点では思えない……。

とか煮え切れない気持ちで、もやもやしながら見ていたのも束の間、
短刀薬研の戦闘シーンがここまで格好いいとは! 
打刀組が侍らしい戦いぶりをするいっぽう、
短刀の薬研藤四郎は隠密とか暗殺者とか、もう本当に殺しのプロって感じが、たまらなく凄い。
短刀ってあんな戦いぶりができるのか……と、ほれぼれとなるばかり。

うちの薬研はカンストしてもこんなに強くなかったし、
修行で極めてきて、極・薬研藤四郎になってからも、こんなに強くはないので、
その練度は、どこでどうして培ってきたんですか……というチート感はチラと脳裏をよぎりますが、
そこはまあ嬉しい誤算。

短刀としての役回りを遙かに凌駕する強さで、薬研藤四郎が敵をザクザクやっつけた後に、
中傷で敵勢にぐるっと取り囲まれて窮地に陥り、
これはフラグ……。
まるで旧エヴァの映画版のアスカを思わせる、薬研の死亡フラグっぽいのがガンガンに立ってる。

――いや、しかし私は認めないからね!
これは鶴丸国永の登場フラグだと信じてるから!
絶対、鶴丸が出てくる! 出てくるんだってば! 
出てこなければ次から見るのやめよっかなあああ!

……と思っていたら本当に鶴丸が、まがまがしいまでに神々しく登場してくれたので、
とりあえず私は全てにおいて満足しました。
桜吹雪の中に鶴丸の手が見えた瞬間、よし来た!
俄然、テンションが上がりましたよ。

鶴丸の、
人間らしくあろうと振る舞えばふるまうほど、気安く屈託ない態度を見せればみせるほど、
人間好きの酔狂な付喪神の神々しさが際立つ、いやでも精彩を放ってしまうあべこべ具合、
現時点では活撃と完全に解釈が一致! (登場時間・33秒)

衣装の鎖は簡略化したんですね……花丸の時は頑張って全部鎖だったですがね……
いいです別に鶴丸の解釈が一致して、キレっきれの殺陣を見せてくれるかぎり、
鎖なんて些細なことですもの。

太刀の登場を待っていたんだよ……。
鶴丸はうちの本丸に初めて来てくれたレア太刀で、
圧倒的な物資不足の当初、
我が本丸は、鶴丸なしでは到底、乗り切れなかったのだし(あと大太刀の蛍丸な)
刀剣乱舞って、当初はレア太刀がとかく良い感じに強い
(大太刀はオーバースペック)というゲームで、太刀を軸に部隊を構成するのが常だった。
なのに太刀の出番がまるでないって……太刀が出てくれないと始まらないじゃない……
と正直なところ感じていたのだ。

実在の鶴丸国永は現況、皇室御物で詳細不明ゆえだろう、
刀身の描写自体は、他の刀剣と比べて精細に欠けて無難にすらっとしていて、
刃文がわかるほどの刃のドアップがない。
かといい現存不明なわけでもないから、想像で描くわけにもいかないのだろう、
血に塗れて、真ッ赤な一振りとして登場するあたりが、憎い演出。

短編集(キンドル版)鋭意制作中 [初の短編集]

Amazon キンドル版の短編集を自己出版するために現在、鋭意制作中です。
紙の本で出したいのはやまやまなのですが、まずは電子書籍リーダー版・Kindleから。
タイトルは 《手腐レ風切り貴方まで》

収録予定作品は、
タイトルから想像がつく方もおられるだろうか。

-風切り羽の安息 (初出:2012年ミステリマガジン12月号)
-日没までつきあって (初出:2011年SFJapan春号)
-貴方綴り (初出:2004年『三田文学』第77号)
-葉コボレ手腐レ死人花 (初出:2009年SFJapan秋号)

掲載順はおそらくはこの並びに。
洋もの~和もの
という流れにしようかと。

短編集のタイトル 《手腐レ風切り貴方まで》 は、
各短編のタイトルの一部を抜粋しています。
短編集って、概してどの作品が入っているのか気になるところだと思うので、
タイトルだけでも把握できるようにしたかった。
4作品のいずれもが、現在入手不可なので、キンドル版であっても提供したいと。

『風切り羽の安息』 は、アガサ・クリスティー賞受賞作 『カンパニュラの銀翼』 のスピンオフ作品。
『葉コボレ手腐レ死人花』は、『黒猫ギムナジウム』 の後書きでもふれている、番外編です。
またデビュー前の幻の短編(!)三田文学新人賞最終候補作の 『貴方綴り』 も、
今回、誤字脱字等を加筆修正して出します。

*表紙縮小版.jpg
表紙
(実際はもっとくっきりはっきり大きく見えますが、
このブログは高密度の大きい画像がアップロードできないの……。)

本づくりの何もかもを自分がやっているので、試行錯誤する部分も多いですが、
言い換えれば、何もかも自分一人でできる。
勝手がきいて、利便性が高い、都合の良い部分も多いです。
実際に自分でやってみて、そうと初めて気が付きました。
表紙などもすべて自分で作っています。重宝したのがCanva!
■Canva
https://www.canva.com/

ネット上でデザイン作成ができるデザインツール。
必要最低限のことしかできないけれど、
小難しいことを知らなくとも感覚的に使いこなせます。
紙の本とちがって、キンドル版は背表紙の厚みや、紙質、帯などを気にする必要が皆無ですので。

AdobeやIllustratorなどを快適に使うには、相当PCが健康でいてくれないと、
すごく重くて、すぐフリーズ……。
画質の高い画像を駆使して、たくさんのレイヤーをつくって、あれこれ試すのに相当不安が。
私のような素人は、使いこなせるまでに四苦八苦。
この機能は多分一生使わない……みたいな高度便利ツールが多数備わっているおかげで、
パッと開いてすぐどうにかできる感じがしない。お値段も張るし。

Canvaは予備知識がなくとも、いきなりすぐ使えます。
ネット上で使えるので、ネット回線だけきちんと確立していれば、
容量等を気にしないで、レイヤーをガンガンわけて、いくつもコピーして、
いろんなヴァージョンを沢山試して、ズラッと比べられるので便利です。

あえて難点を挙げれば、
もとオーストラリア発のデザインツールなので、現時点では日本語フォントが少なめ。
反面、英語フォントが豊富です。
アルファベットフォントがとにかくバラエティに富んでいる。有難い。
これにグラデーション効果を加える機能が備われば、ほとんど言うことなしなんだが……。

無料素材もそこそこ良いのが揃っています。有料の素材も、リーズナブル。
(日本語で検索をかけるとヒットしないことも多々あるので、
素材検索は英語で入力したほうが良いかも。)

これが日本発のデザインツールだったなら、まず当然有るだろう、
桜の花びらが舞う素材などは、一切、見当たらない気がする。

小説に関しては、作者が自ら、ああだのこうだの気安く語るべきではない。
語るべきことは、なるべく作中で、もしくは本のあとがきで語るべきだろう、と考えているのですが、
表紙とかデザインとか、門外漢のことだと、
気構えずに元ネタ的なことを平気で開示できる。

自分で作る、かつまた電子版だからこそ、できることは……?
と表紙だけでなく、各短編の章扉もせっせと作ることにしました。
現時点で、かなり気に入っているのは、
『日没までつきあって』 の章扉。

*6縮小版.jpg

(荒っぽく縮小しているので濃さが増して見えますが、実際はもう少し明るめ)

物語の冒頭、パイプオルガンのある教会で、
アルトゥールが標的の男をバルコンからひっそり見下ろして、狙いを定めるシーン。
その時の脳内イメージにあったパイプオルガンは、このパイプオルガン。
あの冒頭の場面は、以前、何気なく撮ってきたこの写真からイメージを練って、
場面展開を起こしていった部分が、多分にあります。

文字とケンカしないように、
背景のパイプオルガンをややぼかし気味に加工しているのですが、
この出来上がりが、
『日没までつきあって』の冒頭シーンにおいて、
私が脳内で描いていた情景とぴったり重なるのだ。

このオルガンに行き当たったのは、西欧の町をひとりで弾丸旅行中で、
ホテルに戻りたいのだが道に迷い、脚がガックガクになるまで歩き回り、
とにかく座りたい……
入りこんだら誰もいない教会だったのでした。
観光スポットになる別の教会が、すぐ近くにあったからか。
観光地の中心部近くに在って、治安は良かった。
この教会内の礼拝ベンチにとにかく腰をかけて、一息ついて、
背後のパイプオルガンに気が付いて、ひっそり一枚だけ写真を撮らせてもらった。

加工前の写真はこちら。
*DSCN0274縮小版.jpg
撮影日2007年8月25日/クリックすると拡大します
(デジカメが日本時間で記録しているため、時差分の誤差あり)

私が短編作品においてイメージ作りに役立てた風景や一隅を、
表紙や章扉として見せたい……と思いたったことも、
今回、恥ずかしながら素人でも自らCanvaで表紙デザインに踏み切った、きっかけの一つ。
表紙デザインの素人なら素人なりに、作家の情熱と思い入れで勝負しようと。

表紙には、すべての短編の要素をそれぞれに盛りこんだ。
桟橋や、木の写真(レイヤーをうっすら重ねて脳内血管を髣髴とさせるようにも見せたかった)
これらはCanva提供の素材を加工していますが、
下半分にある家並みの写真は、私が欧州の町をひとりで散策しているときに、
気に入った一隅を撮った、この写真を加工したものです。

*DSCN0284縮小版.jpg
撮影日2007年8月25日/クリックすると拡大します
(デジカメが日本時間で記録しているため、時差分の誤差あり)
今から十年前になりますね。

*All right reserved.

そろそろ怪談シーズンですが…… [さ行]

東博でまた三日月宗近の展示が始まるようです。
確か一昨年2015年、わたしは七夕前後に見に行った記憶があるので、
なんだろうか、
三日月宗近は三日月型の打ち除けがある裏側展示をするにあたって、
7月中に公開しないと呪われたりするんだろうか、毎度この時期、なんかそういうのなのか。

冗談はさておき、
2015年の三日月宗近展示のときには、亀甲貞宗も展示されていました。
亀甲さん、昨年2016年秋に刀剣乱舞に実装されましたが、
2015年時点ではゲーム実装の噂どころか、まったく刀剣乱舞では影も形も兆しすらもなかった。

ですので当時、三日月宗近を見に行った人で、
国宝・亀甲貞宗に気付かなかった人もいるかと思うが、
実はけっこう目にしていたケースも多いかと。
写真を撮っている人は、過去の写真を整理してみたら出てくるかもしれませんよ。

私は、とかく綺麗な刀剣を忘備録的にやたら写真に収めるので、
(このブログはバイト数が高いとアップロードできないため、
画素数やサイズを下げて載せざるを得ない。おかげで、どれも写真が今いちですが……。)
当時、うわぁ綺麗なのがある、
と(正直、三日月宗近そっちのけ気味で)やたらと撮った刀剣の写真に、
国宝・亀甲貞宗がばっちり映っていたのだった。

亀甲貞宗はその後、刀剣乱舞で実装されて、
私は昨年2016年11月に改めて東博に見に行ってます。
そのときには以前もここで亀甲さんを見たと認識しきれてない。
脳内で整理できてなくて、気づいていないんですよね……。
写真に映っていて初めて存在を認識できるって心霊写真みたいだなあ。

気づきと肩すかし [活撃/刀剣乱舞]

活撃/刀剣乱舞#3『主の命(あるじのめい)』

相変わらず映像は桁違いに綺麗で、
江戸時代末期だ、ここは本当に江戸時代末期だわ……
と、リアルに感じられるレイアウトと構図の良さ。

偏りは相当あれども、第二部隊・刀剣男士それぞれに一応スポットが当たるシーンがあって、
(陸奥守吉行クラスタはさぞや嬉しかろう……出番の8割がたが陸奥守だったですね)
時間遡行軍との戦闘シーンも、何回も見たいくらい洗練されていて見ごたえがある。

が、小学校高学年向けくらいに作った内容を、うすーくうすーく引き延ばしている感じで、
物語面でいえば、見ているのがかなりきつい。
誰もが振り向く息を呑む美形だけれど、話が相当、底が浅くてつまんない人と付き合ってる不完全燃焼感て、こんな?

今回は、深読みする気も失せるほど内容があまりにも薄かった。
シリアス展開なのに内容がないのは、あてが外れた。
堀川国広の服装が作中で現地の人間に初めて言及されていたけど、
いやいや、ほかの刀剣男士の風体はスルーでいいの?

やはり擬態シールドなんてあるわけもなく、当然あの身支度のまま目撃されているわけで、
(Fateみたいに英霊が人目に触れるときは現代衣装に着替える、という工夫もないわけだな)
下手したらこれ、設定や内容考察とかするだけ無駄骨かもしれない……。

たぶん現時点で私が引っかかっている最大の物足りなさは、
刀剣男士が、付喪神であるよりもむしろ単純に刀の擬人化として扱われていて、
全然、神様っぽさが伝わってこない点かもしれません。
長い年月を経て存在してきた、あるいは語り継がれてきた隔世の存在感が皆無。

審神者を主あるじと言い過ぎですしね。
(刀剣男士はサーヴァントではないはずなのに。)
そもそも刀剣男士、君らがちょっとした神様なんだからな! 末席の部類とはいえども。

第二部隊がひときわ人間くさい面々で構成されているせいも多分にあるが、
いくら人の形をして、いくら人間の真似事をしていても、厳然としてある、
こいつらやっぱり付喪神なんだ……
と感じさせられる異形・人外感が、私が刀剣乱舞をこよなく好いている所以の一ツなので、
現状、活撃アニメにおけるそういう部分の欠如が、物足りなさの理由であろうかと。

鶴丸国永が出てきて第二部隊に入ってくれれば、或いは今後、進化するかしら。

というわけで内容考察とかを一切放棄し、
うわー綺麗だな~かっこいいなあ~
戦闘シーン、ほんとキレッキレで素晴らしいな……
という、物語仕立てのPVを観賞する楽しみかたに替えたら、すんなり楽しめた。

夜遅くにやっているんだし、
一日の疲れを忘れて、何も考えずに楽しむのが「正しい」見かたなのかもしれません。

夏の行楽シーズンにむけて [な行]

ネット界隈でずいぶん拡散されていたし、NHKニュースでも取り上げられたとかで、
日本での学級避難時における「おかし:押さない・駈けない・しゃべらない」に匹敵する、
テロ遭遇時の行動規範の優先順位である
「Run/Hide/Tell」
こちらはもっぱら知れ渡ってきていますが、
英治安当局がつくった次の動画がとてもわかりやすいです。

https://youtu.be/f_VrwYJawxc
Run Hide Tell: Stay Safe in the event of a terrorist attack abroad
Counter Terrorism Police UK

銃声が聞こえたら~で、聞こえてくる動画の銃声が、
爆竹の音よりもずっと控えめなので、音が相当遠い時点で行動しないと逃げ切れなさそう……
そうなったら隠れるしかないんだな、といった面でもリアルに勉強になります。

逃げるときには、グズグズ躊躇ってる人間を急き立てて、無理にでも連れていくこと、
とはいえ、かれらのおかげで出遅れぬよう、いざとなれば見限って自分は逃げる、
など綺麗言じゃないアドヴァイスの数々。
そういう地に足の着いた忠告部分は、日本のメディアでは省かれて、なぜかきちんと拡散されない。

参考までにこちら↓
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170711/k10011054441000.html
英当局がテロ遭遇時の対処方法まとめた動画を公開(NHKのNews Webの記事)

英治安当局の動画ではテロに遭遇し、万一逃げ切れず隠れる場合におけるキーポイント、
バリケードをつくるとか、袋小路・行き止まりなどに逃げ込まないとか、
携帯の音を消す(マナーモードであるバイブレーションも消す)とか、
いろいろと具体的なアドヴァイスが。

動画後半、
「警察は現場に踏み込んだ時、場合によってはあなたと襲撃者との区別がつけられません」
これはリアルに怖いし、自分を含め日本人は、よく心得ておいたほうが良い部分だなあと。

まず警察は、あなたにハードモードで銃口を向けて接してくるから、
恭順の態度を明確に示し、
急に動いたり叫んだり手を振ったりしては駄目。

下手したら警察に射殺されかねないことを示唆しているのも、親切な動画です。

それにしても英国人って、


部隊長が鶴丸なのかと期待していた [活撃/刀剣乱舞]

活撃/刀剣乱舞 #2「部隊長」
正直、一話目の完成度の高さから、私は異常なほど期待していたらしく、
二話目は、あれ? まだこの時代の話で引っ張るの? という停滞を感じましたが、
単に私が先走って、ジェットコースター的な展開を思い描いていただけだったのかもしれません。

違和感が募ったのは、薬研藤四郎。
原作ゲームとまるで別人。
キャラデザの時点で、
(ちがう……。この表情の薬研ならば、花丸アニメの薬研のほうが、まだよっぽど薬研藤四郎だ……)
と感じていたので、ああこれは重大な解釈違いだな。
そう思って見ていたのだが、
だんだんと……性能面を除いて、ここまで気立ても言動も薬研藤四郎と異なった振る舞いなのは、
なんかあるな! おそらく伏線だな何かの!

そう思わずにいられないところまで来てます。

こういうアニメの感想&考察は、後々になって読み返すと、
何言ってんだ……何を早とちりして深読みしてたんだ自分、馬鹿じゃないの……
となるので考えものなのですが。

時間圧とか、歴史抑制力とか、なんかそれっぽい言葉だけど、初めて聞くよ、
という語彙が出てくるけれども、どれもお話を都合よく展開させる効果音にとどまる風合いで、
さしたる意味は無さそう。

そんなことより重要では? と現時点で、気にかかっているのが、
刀剣男士が現地の人間(江戸時代の人間)と平気で接触している点です。
日中堂々と出歩いて目撃されても平気どころか、普通にやりとりしているし。

一話目では、大規模火災が起こることを事前に兼さんは把握していて、
だから現地の人間と会話をしても、どうせ今晩には死んでしまう人間で影響がないから……。
過酷だなあ、と。
まずは審神者の遠隔操作で2名が斥候として派遣されるシステムも、
現地の人間との接触を必要最低限にとどめるため。必要とあらば斥候2名で応戦するが、
いざ敵とがっつり一戦交える段階になれば、ほかの刀剣男士が追加召喚されるわけね……。
――そう把握していたのだが、どうやら、そういう配慮ゆえではないなこれ。

あんな奇抜な身なりしていて、打刀やら、脇差やら、短刀やら、槍やらを、携帯している時点で、
すぐお縄になると思うのだが。
そうでなくとも現地の人間に「変わった支度していなさりますね」くらい言及されてもよさそうなのに。
(Fateはそのあたり、怪奇現象・怪事件として把握されていたように思うのだが……)
解せぬ。

刀剣男士ってひょっとして、
時代と場所に合わせた擬態シールドみたいなのを刀装みたいに纏っているんだろうか?
むやみやたらと同行するこんのすけが、Men In Blackのレッドライトみたいなのを目から発光して、
刀剣男士と接触をもった人間の、刀剣男士にまつわる記憶だけを消しさる術でも持っているのか?

彼ら、第二部隊みたいだけど、では第一部隊に、こんのすけは付き従わなくていいの?
本丸一につき、こんのすけ一匹だよねえ……?

「刀剣男士と、現地の人間が接触した記録は、
歴史改変には至らずとも、今後の活動の妨げになります。
刀剣男士を刀解することで、現地の人間に残ったあなたがたの記憶はきれいに抹消されます。
ですので一定以上、現地の人間と接触した刀剣男士は、刀解することが当本丸の決まりです。
貴方の替えは居ますからね。とくに貴方がたの(……レア刀剣ではない貴方がたの)替えは」

こんのすけが妙にさっぱりと口にしださないか。
少々、いやな予感が。

「長期滞在型の第二部隊は、出陣回数の多いもの。
あるいは替えが利きやすい刀剣。両者あるいは、いずれかによって、構成されている。
お気づきではありませんでしたか?
幾度、刀解されても、貴方がたは審神者に忠誠を誓う道具として、
いくどでも顕現し、その都度あるじである審神者に忠義をもって尽くすんですよ。
きっと刀とは、そういった性(さが)なんですね」

てんで他人事の、ケロッとした調子で、「でも気落ちしないでください。貴方には選択権があります。
大人しく本丸に戻って刀解されるか。この地にとどまりつづけ、自らが時間遡行軍に堕ちるか」
この手の、ありがちで一番やってほしくない展開になっていくとしたら、いただけないぞ……。

「待て。ここで折れるまで敵と戦うというのは?」
と、刀剣男士が食下がり、
「うーん、それは審神者様より提示された選択権にありません。ちょっと聞いてみますね」
まったく動じずに、こんのすけは審神者と遠隔で連絡をつけて、
「貴方は我が本丸に良く貢献してくれました。審神者様からの特別措置として許可がおりました。
ご武運を!」

で、最後みんな折れる散華みたいなの、懲りごりなのだが、サラッとやってきそう。
あるいは折れる寸前で本丸に戻されて、
「皆さんに奮起していただこうと、ちょっと喝を入れただけですよ。
いやだなあ。私がそんなこと本気でするわけないじゃありませんか」
みたいなオチも許すまじ少年審神者おのれ……。

ゲーム内で気立てが良くて、おしゃべりな薬研藤四郎が、
活撃/刀剣乱舞の作中で異常なまでに無口なのは、
自分がそろそろ刀解されると思っているからか。
あるいは現地の人間と迂闊に接触を持たぬよう、誰にでも無愛想を心がけているからなのか。

単純に考え過ぎで、その辺はゆるーい設定のPV的なアニメなのかもしれない。

まあ、


活撃刀剣乱舞 [活撃/刀剣乱舞]

ついに始まった『活撃 刀剣乱舞』!
正座待機でオンエア見ました。

内容についてはまだ始まったばかりで何ともさっぱり分からないけど、
色々と臨場感がすさまじくて、
唐突に、お金の力ってすごいんだな……という変な感動を覚える30分。あっという間。

目のごちそうとしか言いようがない豪華な映像美は、
通常、映画クオリティとかOVAクオリティだとか言うものですが、
もはや江戸時代の町に自分がいる錯覚を覚えるほど呑まれましたね。

それでもあくまでもゲームの二次創作的な作品で、
公式がゲームの二次創作をこんな完成度の高さで見せてくれるなんて、
豪華に動くのはもちろんのこと、
ちらっと映る反物の着物の絵柄とか、襖絵とかまで、ぬかりなく美しいし、
あぁ、正しいお金の使われ方をしている……収益金が作品に還元されている……
メジャージャンルってこういうことなのか……と訳の分からぬ説得力で殴られる感じでした。

(思えば以前テイルズ オブ ゼスティリア ザ クロスを見ていた時に、
映像は豪華なんだけど、なんかスカスカに感じる……という場面が多々あった、
あれは私が原作ゲームをプレイしていなかったからだったんだな。
テイルズ~とたしか制作会社が同じだし、次回予告も同じ仕様なので、ついテイルズ~と比較する。
Fateを作った会社と思うと、登場人物の誰か死ぬ……誰が死ぬんだと戦々恐々となりますが、
テイルズ~を作った会社だと思いなおせば、さほど……それほど……怖くはない。)

しっかし、審神者の能力には、
なんで? え、そうだったの? はい?
こんのすけの役割にも、
え? おまえこんな感じなの? (我が本丸においては、もう少しキュゥべえ寄りな気性のイメージ)
驚くことしきり。

幕末だから幕末組が選ばれるのはわかるが、
この人選もとい刃選はどういう観点で決めているのか、なぜに夜戦で槍の蜻蛉切を?
審神者の気まぐれか?
いろいろと謎は深まるばかり。
物語に対する感想は現時点ではまだ定まらない。
鶴丸国永と三日月宗近は間違いなく出てくる様子なので、
早く出てこい鶴丸~三日月。

まったくの余談になるが、


前の30件 | -