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「伊達家の門」の補足と「白雪桜」からのグラデーション [た行]

ちょっと前に書いた続花丸の感想ブログの補足として。

3月末、小金井公園にてサラッと駆け足で花見をした際に、
ちょうど伊達家の門があって、写真に撮った。
今頃になりましたが貼っておきます。
人が映りこまないように撮るので、あまりきちんと撮れていませんが……。
これは間違いなくアニメ「続刀剣乱舞・花丸」の11話に登場した、
伊達家の門のモデルだわ。

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大正時代に建てられたとはいえ、
大正時代に建てられた建築物がすべて、大正時代的とは限らないですしね。
過去の伊達家の門を踏襲して、復元する感じで建てたものだったのだろうか。

伊達家の門は、いまやすっかり江戸東京たてもの園に組みこまれていて、
伊達家の門のいわゆる外側正面には、鉄の柵が張りめぐらされていた。
写真はいずれも、外側正面側から撮っています。
(このすぐ外側に柵がある。)

あの周辺で地べたに座って、写生会をさせられた当時を思い起こすと、
正直、わりと衝撃な状態ではある。

ついでに小金井公園の白雪桜も載せておこう。
(今更感は否めないが、ブログは周辺のタイムラインを気にせずアップできるのが強み。)

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私の書いた『黒猫ギムナジウム』に白雪桜が出てきます。
白雪桜は完璧に創作だったんですが、違和感なく「ありそう」と思えるよう意識して書いた。
本当に、桜の種類に白雪があるとは、良い線を行っていた……。

黒猫ギムナジウムは明治26年(1893年)から一年間の話なので、
この白雪という種類の桜が、荒川堤で見いだされたよりも、十数年ほど前の話になります。
ただ『黒猫ギムナジウム』に登場する少年少女は、
政府の(というか軍部の……というか鎮守府の)隠密部隊に居るので、
一般に知られるより先んじて、
白雪桜の存在と言い伝え等を継承している者がいても、
けっして無理はない……。

周囲が薄桃色のソメイヨシノが有る中で、
枝ぶりも特徴的で、ひときわ白さが映え、ゾッとする感じで美しかったです。

下は一般的なソメイヨシノ@小金井公園。
実際に見ると白雪桜と相当違って、こちらは中心部からほんのりやさしい薄桃色なのが、
写真でも伝わるかな。

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小金井公園にあった桜で一番、紅が強かったのは、
こちら下の写真の小金井薄紅で、一本だけありました。
濃淡が濃くて、
遠目に見ると桜っぽくないが、近くで見てドアップで撮ると色味が映えた。

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いずれの写真もクリックすると拡大します。
All Rights Reserved.

大包平・大般若長光@東博忘備録 [あ行]

もう二週ほども前になるが、
国宝太刀・大包平と国宝太刀・大般若長光にまみえるため、
東博に行ってきたのだった、4月5日木曜。

その前からずっと時期をうかがってはいたのだ。
花粉がひっど……風がつっよ……
という日を避けつついたら、
なんかいきなり雪が降ったりしたじゃないですか、3月に。
さっむ……のど痛い……と、軽く体調を崩したのは世の中で私だけではなかったはずだ。

そのうち、あれよあれよと桜の花が開花し、春休みシーズンを迎え、
上野公園は花見客と、
パンダのシャンシャンを見に行く行列と、
周辺の美術館に訪れる人々であふれかえり、
おまけに連日の夏日。
黄砂は飛ぶし、暑いのと人混みを避けたい私としては、
空模様を気にしながらため息をついていたのだ。

5日木曜はストンと急に曇って、
チャンス!
いそいそと昼過ぎに出向きました。

上野公園の敷地内は、
ソメイヨシノの桜はほぼ終わっていて、花見客も大分減っている感じでしたが、
パンダの行列が長蛇の列であったであろう、残骸のパーテンションが物凄い列をなしていた。
整理券配布の看板が、動物園より、はるかに離れた地点で見つかったので、
熾烈を極めていたんだな……というのが容易に見受けられた……。

上野駅から、東博の正面玄関に向かうまでの上野公園敷地内、
また東博の館内でも、ポーランドやフランスのツアー客がけっこう多かった。
わたしはポーランド語はさっぱり分からないけど、
赤と白の国旗を持ったガイドさんが先頭を歩いていました。
どこの国における、どこの国の観光客も、
ツアー客というのは老若男女問わず、実につまらなそうに引率されて、
もれなく踵を引きずって、だるそうに歩いているものなのか……。

DSC_0464.JPG

で、刀剣。
大包平は、かつて三日月宗近が展示されていた、三日月の指定席といえる場所の、その右隣、
刀剣展示室に入ってすぐの区画にありました。
切ッ先が見えてきた時点で、
とてつもなく立派な刀が飾られている、というのが伝わってきて、
正面に来て大包平だと分かったときに、
おーぉおお!

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たいそう立派な刀で、
「刀剣の横綱」と言われているのも腑に落ちる。
大ぶりの格好いい刀で、なるほど国宝。

たいがい周りと比して、ひときわ目を引く存在感や美しさが映える展示物に近づくと、
もれなく「国宝」と赤い印がついているので、
国宝とは、歴史的な価値や逸話以前に、単純に誰が見ても、
上等、とわかる代物なのだろう。

大包平はまさにその手の国宝で、
これとてつもなく立派な刀だ!
という存在感が明らかで、豪勢。
太刀というより大太刀くらいにも見え、まず第一印象、大きさが、とかく映えていました。

その点、三日月宗近とは大分違っていた。
(三日月宗近は切っ先が細いので、上品かつ優美に見え、
あまりその大きさが目立たなかった印象だった。)

刀剣乱舞のゲーム内で、
三日月宗近の近侍台詞「まあ、人も刀も大きいことはいいことだ、そうだろう?」
あれは自分の姿について語っているのではなくて、
ひょっとして……大包平をなだめ説き伏せようとしているのではないの?
いやおそらくは間違いなくそうだ!
少なくとも私は勝手にそう思ってみたりした。

大包平がゲーム内で実装されたのは、
ゲームの開始より、かなり後だけれど、
しょっぱなから鶯丸が、まだ本丸に居もしない大包平のことばかり口にしていたことからして、
ゲームの開始当初から、大包平がのちのち実装されることは、
既に決まっていたはずです。

「大包平は、天下五剣の称号を気にしすぎだ」
本丸に大包平が来る前から、鶯丸にそう言及されているわけなので、
当の天下五剣の一振りである三日月宗近が、
大包平に対してのコメントをそれとなく漏らしていたのだとしても、
まったく不思議はない……。

刀剣乱舞はそのへんのふわっと小出しにする、現物とリンクさせる作りこみが巧みというか、
ツボです。
極めてきた、へし切り長谷部が「……俺は気位だけ高い連中とは違いますから」
こう抜かすのも、
気位だけ高い連中って……宗三さん……?  
極めてきた宗三左文字に当てこすってる感がすごい。 

極めてくる前は、卑屈でなにかと弱々しく、手間がかかった宗三さん。
極になったら、気位の高さに素晴らしく磨きがかかり、
高慢ちきMAXに振りきれて、良い感じになって修行から帰ってきた、
その様に当てこすってるのよね? (と私は感じる。)
織田信長に愛されたせいで、今川義元から奪われ、籠の鳥にされた宗三さんと、
かたや信長から黒田へと下げ渡されて、でも今や国宝なんだけどね、へし切り長谷部、
という対比を、お互いに意識しまくってるのか。

「大包平は、天下五剣の称号を気にしすぎだ」
というゲーム内の設定、鶯丸の台詞はもっともで、
実在の太刀・大包平は、天下五剣といたずらに張り合う必要ほんとにない……
他の追随を許さぬ、立派な刀でした。

いっぽう大般若長光は、あでやかで美麗。
サイズといい、程良く色々と上品でした。
刃文は華やか。
ゲーム内の大般若さんも本質的にはそうですよね。
上辺はインチキオヤジ風を吹かせて、胡散臭さが炸裂しててデタラメですが、
本質的に上品で美麗で洗練されていて憎めないんだよな、というキャラですもんね。

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こちらも国宝。
上の大般若長光は携帯で、こちら下の大般若長光はタブレットで撮影。
同一の刀剣なのに、色味が相当異なって映っているので、両方、載せます。
(写真撮りが今一ツなのはお約束ですんで、大目に見て……。)

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立派だが程良いサイズだし、見るからに美しいので、
武器というより美術品らしさがまさっていた気がする。
刃文から、燭台切光忠の在りし日を思う人も多そう……です。
ただ、煤けて真ッ黒な光忠の刀剣は、
もっと大振りだった気がする……。
そういう意味では、受ける印象はまったく異なっていました。

刀剣展示室のちょっと手前側には、堀川国広もありました。
ゲーム内で実装されている、土方歳三の使っていた堀川国広は消失・行方不明だし、
そもそも本物の堀川国広だったかも、やや疑わしいのだが。

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実直な姿で、刃文もすっきりとしていて端正。
国広の作風ってこう透明感があるんだな、というのが伝わってきたし、
今回、一番写真のおさまりが良かった。
(サイズ的にも撮りやすかった。)

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東博は庭園も開放していました。
肌寒かったので、ちょっとしか出てみませんでしたが、
少し前の桜の時期には、さぞや美しかったろう。
(写真にはほぼ入っていないが、桜の樹も手前側にけっこうある。)
ただその分、人もすごいだろうし、
現代日本では桜の花がある限り、もれなく人混みがついてまわるから……どちらを取るかだ……。

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上野公園の射干(しゃが)。


共通テーマ:ゲーム

4月壁紙カレンダー無料配布 [ニュース]

紙版にうつつを抜かしていたら、四月になっていた。
2018年4月のデスクトップカレンダー、設置しました。
使えそうでしたら、デスクトップ背景にしてみてください。

2018年4月の絵は、3月と同じくWarwick Goble(1862-1943)
イギリスの挿画家による作品です。
The Woodcutter’s Daughter というおとぎ話の挿し絵だったようです。
The Woodcutter’s Daughterという話が有ること自体、
この絵に会うまで、私は全く知らなかった。

日本語に直訳すると「樵(きこり)の娘」
大抵のおとぎ話は日本に輸入されてますが、こちら、来てないですよね?
それとも全く違うタイトルで出ているのかな……。

Dinah Maria Craik (Miss Mulock1826-1887)という童話作家が書いた、
The Fairy Bookという中に収録されていた一編、
The Woodcutter’s Daughterです。

水仙が咲いて、桃の木?……の下で、腕をひろげる妖精っぽい娘の薄手の衣装、
風にたなびく羽衣の質感や、三匹の子羊といい、
いかにも春らしい季節感。

◆ダウンロードの仕方
下記のサムネイル画像をクリックし、原寸大を表示。
右クリックで「デスクトップの背景に設置」で設置完了です。
(あるいは右クリックで「名前をつけて画像を保存」をしてから、壁紙に設定。)

PCのアスペクト比に準じて、使えそうなほうを選んでください。
PCのデスクトップを右クリック、「画面と解像度」の項目を開くと、わかります。

◆1920px×1080px:PNG(3.29MB)
2018 Free Calendar Wallpaper April*

4.png
こちら横長ワイド版のデスクトップ向け。

◆1440px×900px:PNG(2.2MB)
2018壁紙カレンダーApril*

4.png
こちらは従来のPCのサイズです。

双方、微妙に色合いを変えている部分があります。
まったく同じでサイズだけが違う、というわけではありません。
Warwick Gobleの絵自体は同じです。

*All Rights Reserved.
無断転載や二次配布を禁じます。


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(無料再配布)カレンダー&スケジュール紙版 [ニュース]

無料配布のカレンダー、4月~6月分、
セブンイレブンのネットプリントに登録しました。
用途やお好みに合わせて、使えそうなら是非どうぞ。

セブン‐イレブンのマルチコピー機は、カラー印刷A4、1枚60円です。
(操作ガイド https://www.printing.ne.jp/support/lite/guide/step2.html

登録の有効期間は、今回いずれも2018/04/07 23:59迄です。

〇4月透かし絵なし
#予約番号00645053

〇4月透かし絵有り
#予約番号13713258

〇5月透かし絵なし
#予約番号00520111

〇5月透かし絵有り
#予約番号64750489

〇6月透かし絵なし
#予約番号35732588

〇6月透かし絵有り
#予約番号38826887

〇カレンダー3-6月
#予約番号71724697

〇カレンダー3-6月VOGA
#予約番号11188848

〇カレンダー3-6月ピニョンスクリプト
#予約番号94000343

5月~は、今後も再配布する予定でいます。

詳しい絵柄等については、どうぞこちらを今いちど御覧あそばして。
〇セブンのネットプリントに登録した(無料配布)カレンダー&スケジュール紙版
http://blackcrosssanatorium.blog.so-net.ne.jp/2018-03-01-1

なんだかいきなり温かくなったので、
近々、紙ブックカバーの配布も4月中に、
ひとまず第一弾を開始したいです。

All Rights Reserved.
(すべて無断転載や二次配布を禁じます。)


永年花丸で [あ行]

続刀剣乱舞・花丸、とても良かった。

作画は、初回のずば抜けて綺麗な感じを除いては、
お……何が有った? 軽い事故?
みたいなバラツキがチラホラと最後まであったにもかかわらず、
そんな些細なこと気にしないんだもんと言い張れるほど、
内容の勢いと、テンポの良さと、
原作ゲームリスペクト要素がふんだんに盛りこまれた愛に溢れていて、
毎週毎週、楽しかったです。

3期を切実にやってほしい、既に今から心待ちにしてる。

もう花丸は、サザエさんとか、ちびまる子ちゃんとかみたいに、
永年やってくれていいんでは。
べったりずっとやってると有難味がなくなるかもしれないので、
今みたいに、一年に一期のペースで我慢する。
だから永年、深夜の時間帯に放送してください、ほんと。

基本、人殺しの道具であり、美術品だったり御神刀だったり、権力の象徴だったりした刀剣男士が、
人間の真似事に勤しみ、あれやこれやと日常の課題に向き合いながら、
日々を満喫して暮らしていく仲良し描写に尽きるわけだ。
そこに原作ゲームの設定を活かした、ややスパイスの効いたパンチの強い描写がまぎれこむ。
その塩梅が良いので、お茶の間の時間帯ではなく、ぜひ今くらいの時間帯のまま、続けてほしい。

個人的には、
第一話・睦月(源氏の重宝回)、
第五話・皐月(ふさいでる加州清光に、山姥切国広が桜の樹の下で、的確な助言をする回)
第九話・長月(水鉄砲で手合わせ回)と、
第十一話・霜月(懐を求める信濃+九曜と竹雀のえにし……燭台切光忠が遂に出陣したね)
……が特に好きで、録画を繰り返し見ています。
原作ゲームで玉を集めたり戦力拡充したりながらな。

第十一話に出てくる伊達家の門は、小金井公園にある伊達家の門*を下敷きにしてますよね?
小金井公園には江戸東京博物館たてもの園がありますが、
江戸東京たてもの園が出来るよりもずうっと前から、伊達家の門は移築されて小金井公園に在る。
近隣の学校の小学生は高学年になると、
写生会のときに、小金井公園まで繰り出して、あの伊達家の門を描かされるのよね(経験者)。
各自ビニールシートを敷いて、みんな正面から描きたがるから、
写生時間は限られているし、場所取りの瞬発力が肝だった……。

花丸1期は青江&粟田口の怪談回と、粟田口48の話をくりかえし、見ていた記憶が。
今期の続・刀剣乱舞花丸のほうが、1期よりも色々とテンポが良かったというか、
ちゃんと突っ込みが居た……
おかげで概してより一層、スムーズに楽しめた。
ただエンディングの絵に関しては、当初わたしは拒絶反応が凄くて、
猛烈に一期のアニメーションが恋しかったです。

……2期のエンディングの絵はなんていうのか、
アジア系のお土産屋さんにある古いブロマイドみたいなテイストに見えて、非常に苦手で……。
でもだんだん微妙に路線が変わってきたと言いますか、
アニメ画との落差が違和感なく見られるように修正されてきた気がする。
いま見ても、今期花丸の当初のエンディングは、思わずリモコンに手が伸びるが、
後半は拒絶感がだいぶ和らぎ、むしろ結構、好きになれました。

なお私は、大和守安定のポニテで新選組の羽織をきちんと着込んだ、
当初の袴姿が好きなため、
うちの本丸では、安定を極の修行に出していません。
無論とっくにカンストしてはいる。

今期の花丸を見て、極の修行に出したくなり、現在猛烈に迷っている。
グラブルみたいに、極める前後の衣装や立ち姿を、
プレーヤー(審神者)が好きに選べる仕様にしてくれたら嬉しいのだが……。

*伊達家の門



共通テーマ:アニメ

想定内外 [さ行]

NHKスペシャル「被曝の森2018~見えてきた“汚染循環”~」
https://movie-s.nhk.or.jp/v/zx3c6dkz

2018年3月10日(土) 午前0時55分(50分)金曜深夜に地上波で再放送しますね。
オンディマンドでも見られる(有料216円)。
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2018085707SC000/?np_banID=top_sp0002_085707

もっと淡々と中身の濃い、科学番組に特化してほしい気もしたし、
より詳細に問題点に切りこんでほしい気もしたが。
福島第一原発周辺の森や宅地の野生動物・植物で、いったい何が起きているか?

『黒十字サナトリウム』の最終章あたりで私が書いていた状況が、
実際に日本の土壌で起きているという、
その汚染の実情の片鱗が、わかります。

『黒十字サナトリウム』を書いたときは、
こういう事態が日本で事実、起きるとは思っていなかった。
また『黒十字サナトリウム』の紙書籍は絶版中なので、
だからどうという訳でもないんだが。

時間や精神にちょっと余裕があるならば、
さらっと上辺をなぞる感じの報道番組ではあったものの、
それでもある程度の情報は入っていますので、未見で興味があるかたは見てもよいかも。

見られない人の為にざっくりと要約すると──
・セシウムは半減期が長く、地中にとどまる。

・硬い岩盤に吸着するため、水には溶けださず、湧水の汚染は低い。

・汚染されているのは水ではなくて、土。

・木々が汚染されているのも、森の土が汚染されているからである。
汚染された木々を間伐すれば、効果があるというのは誤りである。
間伐による除染効果は限りなく薄い。

・セシウムは、植物が成長に必要とするカリウムと似ているため、
植物の成長の過程でグングン吸収されていく。
そうして蓄積されたセシウムは、野生植物の花や実に凝縮されているとわかった。

・スズメバチは森林の樹皮を巣作りの材料とする。そのため巣の汚染度が尋常でない。
国の指定放射性廃棄物が、一キロ当たり8000ベクレルを基準にしているのに対して、
スズメバチの巣の汚染は桁違いであり、一キロあたり110000ベクレル(平均値)。

・小鳥は、放射線量の高い果実や種子を食するので、内部被爆し、
高濃度のセシウムを体内に吸収してしまう。
死んだシジュウカラの遺体はセシウムに汚染されており、汚染が顕著なのは脳。
また汚染は親鳥から子(卵)に亘っていた(孵らない卵を集めて計測すると、高い汚染が。)

・汚染地域のアライグマには、放射性被爆に特有な染色体異常(二動原体)が多くみられる。

あと日本猿についても、やっていました。
猿に起こっている染色体の異常具合から、なにやら急にややこしくなってきて、
状況が現在進行形、未知の領域に入ってきているため、これという答えが出ていない。
追跡調査中という感じです。

===ついでに震災つながりで、次のリンク===



共通テーマ:健康

セブンのネットプリントに登録した(無料配布)カレンダー&スケジュール紙版 [ニュース]

DSC_0437.JPG

実際に紙にプリントアウトしたときの風合いはこんな感じに。
私の影が映りこんでいるし、自然光で撮っていないため、
色合いやサイズ感の比較対象として、私の著作物を並べて置いてみました。

セブン‐イレブンのネットプリントに登録しました。
(操作ガイド https://www.printing.ne.jp/support/lite/guide/step2.html
用途やお好みに合わせて、よろしければセブン‐イレブンのマルチコピー機でプリントしてください。
セブン‐イレブンのマルチコピー機は、カラー印刷A4、1枚60円です。
登録の有効期間は、2018/03/08 23:59迄です。

A4 2018 Calendar & Schedule中里友香作)

いやぁ、ちょっと前まで6月が31日まである謎カレンダーの部分が有った(怖い)。
無論ちゃんと直しました……。
ぼーっと脳内自動モードで単純作業をすると、ろくなことないよ!
透かし絵の花はこのくらい濃くしないと、ほとんど印刷に出ない事を知った……。

〇 三月透かし絵なし
#予約番号63900527、2018/03/08 23:59迄

〇 三月透かし絵あり
#予約番号04073189、2018/03/08 23:59迄

〇 四月透かし絵なし
#予約番号26553260、2018/03/08 23:59迄

〇 四月透かし絵あり
#予約番号81503749、2018/03/08 23:59迄

〇 五月透かし絵なし
#予約番号19818732、2018/03/08 23:59迄

〇 五月透かし絵あり
#予約番号82623665、2018/03/08 23:59迄

〇 六月透かし絵なし
#予約番号07194107、2018/03/08 23:59迄

〇 六月透かし絵あり
#予約番号41368303、2018/03/08 23:59迄

〇 カレンダー(3-6月)
#予約番号52978728、2018/03/08 23:59迄

〇 カレンダー(3-6月)VOGA
#予約番号31948054、2018/03/08 23:59迄

〇 カレンダー(3-6月)pinyon script
#予約番号95847522、2018/03/08 23:59迄

DSC_0431.JPG

上の写真のカレンダー(3-6月)は、pinyon script(フォント名)のヴァージョンです。
セブン-イレブンでプリントする際は、クリアファイルの持参をお勧めします。
ないと割と扱いに困るし、くしゃくしゃになったら悲しい。
4月~は、今後も再配布する予定でいます。

All Rights Reserved.
(すべて無断転載や二次配布を禁じます。)

2018-3月壁紙カレンダー無料配布 [ニュース]

2018年3月のデスクトップカレンダー・フリーダウンロード、
よろしければ、こちらでどうぞ。

前回「PNGとJPG、どちらをダウンロードしてみましたか」
というアンケートにお答えいただいたかた、
ありがとうございました。
なんとJPG版をダウンロードした人が皆無だった!
ですので、JPG版はとりやめます。

今時、PNGのファイルサイズが大きすぎて困るなんていう、
古いPCを扱っている人は居ないわけね。

仕事で画像をやりとりするとき(主に本の装丁に関して)
JPGで確認するときは、添付ファイルで来るんですが、
PNGのときは、ファイルサイズが大きくなってしまうので、
──無料大容量ファイル転送サービス「宅ふぁいる便」──で、来ることが専らです。

PNGというと、重くて扱いが面倒だけど画質がキレイ、
という印象が強かった。

考えてみれば、この壁紙レベルのPNGとJPGのファイル容量の差で、
音を上げるようなPC環境であるならば、
そもそも、ここでシェアしている動画とかの類も、まともに見られっこないよね……。

2018年3月の絵は、Warwick Goble(1862-1943)
イギリスの挿画家による『パンドラ』の絵です。
御存知、パンドラが箱を開けてゲテモノや厄災が全部出てきてしまうが、
最後に箱の隅っこで「希望」とやらが残っているやつです。

春が、良きも悪しきも一気に芽吹かせて、
封印していた箱から一斉に出してしまうイメージと重なるので。
悪いもの、花粉とか……かな!
 
花粉症等のアレルギーによる、様々な損失は甚大なもので、
自然現象だから仕方ない……と思われている節があるが、
少なくとも日本の春の花粉症は、杉やらを大量に人工的に植えたせいなので、
アメリカとかなら、公害レベルの訴訟問題に発展してそうな気すらします。

花粉症は食物アレルギーと密接にリンクしているので、
「私は花粉症自体はほとんどないが、食物アレルギーが近年ひどい」と認識していたのが甘くって、
私があれもこれも食べられなくなって生きるのが七面倒なのは、
この黄色い粉の所為なのか……!
(まあ大量の花粉が排気ガスとのコンビネーションで、
人体に悪影響を及ぼすメカニズムなんですよね。本当に公害ですよね……。
だから公共放送の天気予報でも、花粉症情報なんてのが流れるわけだ。)

当時は、不都合を知っていて、悪意をもって植えたわけではなく、
良かれと思ってやった結果なのではあるんだろうが……。

◆ダウンロードの仕方
下記のサムネイル画像をクリックすると、原寸大が表示されるので、
右クリックで「デスクトップの背景に設置」で
設置完了です。
(あるいは右クリックで「名前をつけて画像を保存」をしてから、壁紙に設定してみてください。)

ご自身のPCの解像度や、アスペクト比に準じて、使えそうなほうを選んでください。
画面サイズと解像度は、PCのデスクトップを右クリック、
「画面と解像度」の項目を開くと、わかります。

◆1920px×1080px:PNG(2.4MB)
2018 Free Calendar Wallpaper March*
2018 March Free Calendar Wallpaper Vintage1920px×1080px.png

◆1440px×900px:PNG(1.65MB)
2018壁紙カレンダーMarch*
2018March壁紙カレンダー・無料ダウンロード1440px×900px(1).png

*All Rights Reserved.



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やはり紙でないと、紙もないと…… [最近のお気に入り]

無料配布の紙版も作った。

Calendar and Schedule (3~6月)
A4 2018 Calendar & Schedule中里友香作)*
Canvaの[>]をクリックするとスライドで見られます。

近日中にセブンのネットプリントに登録する予定です。
だってやはり紙が無いとストレスなのだ……紙にプリントアウトできると安心するのだ。

わたしの場合、中高生時代には見られても困らない範囲で授業中にせっせと落書きを……
ノートの端っこに、掛け網とか、名前のレタリングとか、MONO消しゴムのデッサンとかを……
しゃかしゃかと、よくしていました。

貧乏ゆすりは、お行儀が悪い。
けれども身体にとってはストレス解消等の健康効果がある。
同様に一見、些細な無駄、人に迷惑が掛からない程度の「地味な悪癖」って、
精神活動や創作活動において、
ガス抜きやブレインストーミングの役割として、ひそかに貢献している気がします。

きっちり書きこむ手帳も良いけど、
落書きもできる、紙の余白って大事だよ。
ルーズリーフに入れて使うことを想定しています。
あるいは冷蔵庫にマグネットで留めて、シフトとか習い事とかの類を書いておいて、
予定が済んだら、ひと月ごとに捨てられる感じかしら。

歩数計の記録とか、基礎体温とか、血圧とか、
真面目にデータを取るつもりはないけど、なんとなく把握しておきたい、
なんならざっくり折れ線グラフにしてみても良い、というような場合にも、使えるか。

罫線部分に透かし絵が入るタイプと、ないタイプ、
鉛筆書きだったら、わたしは透かしがなく、まっさらな罫線のみのほうが使いやすい。
ペン書きするなら、透かしがあるほうが、テンションが上がる。
どうだろうかと、両方つくってみました。

罫線の色を微妙に変えていたり、
間違い探しみたいなレベルで、微妙に細かい所を調整して変えていたりします。

先週になってようやく「グループ化」のやり方を知った。
技術レベルが+1上がった!
それまでは信じられないくらい原始的な手間のかかる方法で、
ちまちまと、いちいち日付を入れて、コンマ何ミリを調整しつつやり直して、
ああでもない、こうでもないと、こしらえていたよ……。

3月~6月までの4ヶ月分をまとめたカレンダーは、
なんでこの区切りなんだと思われそうですが、
大体、4ヶ月くらいのスパンで日程を見通したいし、
それ以上、長期になると、さすがに絵柄に飽きてくる。

又、1月とか4月とかの節目を過剰に意識して暮らしたくない気もするので。

日本に居るかぎり否応なく、
年末年始や、年度末、四月一日などは節目として過剰に意識するよう、
メディアや社会が出来あがっている気がします。
だから何も私までが、そこを意識して作らなくともいいじゃんか、と。

色やフォントをあれやこれやと試していたら、一つに絞れなくなり、
必要性とお好みで適宜、選んでもらえれば良いかな、と。

ウィリアム・モリスの「いちご泥棒」の壁紙や、
「カエルの王子さま」などのArthur Rackhamの挿絵の著作権が切れていて、
好きに使えるだなんて、本当に贅沢な話で、
これらの絵を見て、何かしら作ってみずにはいられなくなったというのが、
そもそもの発端として一つあります。

*All Rights Reserved.

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2018年上半期(カレンダー壁紙無料配布)予告 [最近のお気に入り]

多少、変更を加えるかもしれませんが、大体こんな感じにする予定です。
2018 Feb-June Free Calendar Wallpaper 1920px×1080px中里友香作)

Canvaの[>]をクリックするとスライドで見られます。

以前、予告した3月分から少し変えています。
わたしなりに、改良を加えたつもりである。
デスクトップにファイルを沢山、並べて置いておく場合、
左側にカレンダーその他の文字が入ると相当、見にくいぞ……と(今更)。
日付の数字も少しだけ、お洒落目にしてみたつもりなのである。
(風船にCanvaの文字の透かしが入っていますが、実際には消えるという、いつものCanva仕様。)

なんでこんなことやってるの、暇なの?
と言われそうだが、ちょっとした気晴らし、気分転換です。
マウスをかちかち鳴らしてやる手すさびが必要なんだ私には。
それがソシャゲであっても、この手のデザインごっこであっても、わたしにはあまり大差ない。
グラブルに費やしていた時間をこちらに回してですね……。
右手の中指の付け根、そこの関節が痛みだしたら、やめるようにしています。

6月以降は画面背景をどんどん暗めにしていく予定です。
デスクトップは実際、暗いほうが見やすいですよね……?

表紙に使っているヴィンテージな絵の左側を7月に
(「真夏の夜の夢」っぽいイメージ。実際その挿絵だったのかもしれない)、
真ん中を10月、
右側は8月に使う予定でおります。
どれも素敵な絵だから、
絵ごとに季節感を読み取ったり、想像したり、
関連付けさせたりして、月をあてがうのが楽しい。

もちろん録画中 [ま行]

羽生選手の演技、すごかった!
ショートは完璧、天衣無縫、フローレスでも、
ロングプログラムになるとスタミナ切れ気味になって、ややShakyになりがちだったのに、
ケガ復帰後のオリンピックで気迫も演技も渾身の出来栄え!

うっはー、これまったく問題ないわ……危なげがない!
と、次々に繰り出されるいろんなタイプの四回転やコンビネーションを見ていたら、
後半、やや危なげになったジャンプの着地が2回あったけれども、
良く踏みとどまって、転倒ゼロです。

そもそもスケーティングが超キレイだしな!
スピードは有るし、スピードが出ているのに演技が雑にならない。
どんなビッグジャンプを飛んでも、スピードが落ちないし、エッジが深くてきれいに斜めってる。
後半になると多くの選手が大抵、疲れが出てきてスピンがぶれ、完璧な円というよりは、
ループ状にぐるぐるまわるようになってしまうことも少なくないのに、
精密機械のように円を描くスケートの刃よ……。
(第1グループに残っている精鋭の選手陣は、皆このへんが甲乙つけがたいレベルですが。)

普段は柔和なイメージの羽生選手ですが、
演技は見ていて毛が逆立つみたいな、カッコよさがありましたね。
見ているこっちが、いま静電気帯電していてパチッとなりそうな気がするやつですよ。
あ、でたトータル得点317.85!

(更新)お、これはなるほど速報でますね。



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2018-02月壁紙カレンダー無料配布 [ニュース]

ようやく設置完了。
本業、小説家なのに何やってるんだ感がありますが、
2月のデスクトップカレンダー・フリーダウンロード、よろしければ、こちらでどうぞ。

ご自身のPCの解像度や、アスペクト比に準じて、良さそうなのを選んでください。
画面サイズと解像度は、PCのデスクトップを右クリックし、
「画面と解像度」の項目を開くと、わかります。

ファイルタイプPNGとJPGについては、お好みで。
(PNGのほうが画質は好ましく、ただしバイトがかさみやすい。
JPGはバイトもさほど食わないし、画質もグラデーションが得意で悪くないが、
再保存を繰り返すうちに、画質がよれてきて劣化する。)

◆ダウンロードの仕方
下記のサムネイル画像をクリックすると、原寸大が表示されるので、
右クリックで「デスクトップの背景に設置」
以上!
(あるいは右クリックで「名前をつけて画像を保存」をしてから、壁紙に設定する。)

◆1920px×1080px:
・PNG(3.6MB)*
2018 Free Calendar Wallpaper February
2018 Free Calendar Wallpaper fairy vintage1920px×1080px.png

・JPG(1.69MB)*
2018 Free Calendar Wallpaper February
2018 Free Calendar Wallpaper fairy vintage1920px×1080px.jpg

◆1440px×900px:
・PNG(2.42MB)*
2018壁紙カレンダーFeb
2018壁紙カレンダー・無料ダウンロード1440px×900px.png

・JPG(1.14MB)*
2018壁紙カレンダーFeb
2018壁紙カレンダー・無料ダウンロード1440px×900px.jpg

ダウンロード数を把握するために、
ダウンロードボタンを設置しようかとも考えた。
が、おそらく当該ブログにはダウンロードボタンを設置できないので、
その場合、ホームページに誘導することになるだろう。
HPに専用の置き場所を設けて、ダウンロードボタンを装備すれば良いんですが、
そのやり方、私がダウンロードする立場のとき、不信感がわいて警戒する。

ダウンロードリンクをクリックしたとたん、
別ページに飛ばされて、ダウンロードボタンが提示されるやつ、なんか嫌。
右クリックでやったほうが簡便なのに、
ボタンのやつは、トラッキングやらカウンターやら、なにがしの付加機能が働いているから、
実際以上に作動とダウンロードに時間が掛かるし。
PCに無駄な負荷がかかってないか、不安になる。
ほしいもの以外に、何かセットで一緒に不要なのがくっついてくるパターンも、少なくないし……。

というわけで、泥臭いけどシンプルな右クリック対応にしてみました。

気が向いたかたは、ダウンロード後に忘れなければ、
次のアンケートに回答いただけると嬉しいです。
何かと励みになります。



*無断転載、二次配布は禁止です。



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副産物(2018年カレンダー壁紙無料配布)予告 [ニュース]

2018/2~ Free Calendar Wallpaper 進捗公開中里友香作)

2018年2月~PC用の壁紙カレンダー(フリーダウンロード)作りました。
無料配布予定です。

なぜこんな中途半端な時期に……と思われるだろうが、
そもそも思い立ったのが、紙のブックカバー制作中。

クリエイティブ・コモンズ・ジャパン(https://creativecommons.jp/)で素材を集めていると、
「サイズとか絵柄とか……これはブックカバーというよりは、カレンダー壁紙にしてみたい」
というヴィンテージで素敵なのが随分と集まってきて、
ためしに、わたしなりに、壁紙カレンダーとしてデザインして作ってみたのだ。

で、ひょっとして誰かの気に入るかもしれないから、
ブログに置いておこうか……と。

勤め人をしていたころ、昼休みや、ちょっとした合間に、
良い感じのPCの壁紙を探して、これ、というのを設定するのが、
せめてもの息抜きだった時期が有りました。
カレンダーはPCの時刻部分をクリックすれば見られるけれど、
祝祭日の色がなくて一律カラーなのが、不便だと思っておりまして。

壁紙に関しては、ネットプリントのような期限はないので、
ずっと置いておけます。
気が向いたら、ダウンロードしてもらえれば差支えないかなあと。
つまりは紙ブックカバー制作中の副産物だったので、
かように中途半端な時期になり。

いや、しかし、もうとっくに2月も3日でしょ。

わかってる……実は1月末には、2月分は出来ていた。
だが突然の体調不良で……正確には怪我みたいなもんで……
「魔女の一撃」に見舞われ、激痛すぎてPCの前に3分と座っていられなかった。
今も、一定時間以上は困難で……。

まだ今年の3月までしか、作っていませんが、
2019年1月分までは素材を集めて、曲がりなりにもデザインしてあり、
あとは暦を入れていくだけです。
ですので来年1月まで、毎月分を、適宜アップしていきたいと考えてます。
需要が有るかは、さておきだ……。

で、2月分のフリーダウンロード・カレンダー壁紙の設置については、
今しばらくお待ちを!
2月は短いので、急ぎ近日中にはアップロードしたいと思ってます。
体感的には、今がすでに2018年なことに、未だ静かに驚いている口なのだが。

カラー版・紙ブックカバー(無料配布予定)試作中 [ニュース]

個人で無料配布予定の紙ブックカバー、カラー版を試作中。
こんな感じにする予定でいます。
カラー版/紙ブックカバー花鳥ほか中里友香作)

1/23とあるスライド部分、その右の[>]をクリックすると、23イメージが順に見られます。

素材はクリエイティブ・コモンズ・ジャパン(https://creativecommons.jp/)で集め、
Canva(https://www.canva.com/)を使って、デザイン・加工をしています。
スライド上でCanvaと透かしが入っている部分は、実際には消えます。
 黒いパラシュートに入っているのと、
 ギボウシの絵の青紫のリボン、そのレーベル部分に入っている文字です。
 実際にはHosta(ギボウシ)という英語を入れているのだが、
 Canvaという文字で上書きされ、このスライド上ではよく見えない……。

いやーさて、このスライドのデザイン画像のうち何点が、プリントで弾(はじ)かれて、
いったい何点、生き残れるだろうか……。

なるべく発色をクリアめに色調整しているのだが、
淡いグラデーションが駄目とは、
果たして、どのくらいの濃淡が苦手なんだろうか、マルチコピー機のプリンターよ。

まだ、実際にコンビニのマルチコピー機を使って、試し刷りをしてみていない。
発色がどう出るか、それによって今後も直したり削除したり、取捨選択する必要が。
まずは、こんな路線でおります。
白黒版もそうですが、意外に自分の嗜好が垣間見えてくるものね、これ……。

端っこにある『黒十字療養所出版部』のロゴは、
折りこむから隠れてみえないはず、
という目算。

本の厚みやサイズによって、
背表紙や折り込みに必要な分が変わってくるし、
なんとなく、こんな感じで使えるか……という、ふわっとした作り方をしている。

本当ならば、ひっそり常設して、
気ままなペースで、ちまちまと配布したい。
しかしマルチコピー機は、登録画像をプリントアウトできる猶予が、一週間しかない。

ですので、もう少しだけ温かくなって、
異例な降雪シーズンを脱してからが、せめても妥当な時季だろうか、
……と思案中です。


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紙ブックカバー(無料配布予定)制作中 [ニュース]

紙の本のための、紙ブックカバーを制作中です。
できあがったら、ネットプリントで無料配布*しようと。

紙の本が好きなので(電子書籍は必要に迫られたときに大いに利用している)、
本にブックカバーを掛けたい。
自宅で読む本には、大抵、グラシン紙を購入して、掛けています。
本の扱いがとりわけ丁寧かというと、案外そうでもないので、
汚れたり濡れたりしたら、気軽に交換でき、焼け防止にもなるブックカバーは必須なのだ。

古本でしか入手できない、そこそこ汚れている本などは、
表紙を素手でじかに触るのに、抵抗があったりする。
手袋をはめて読むこともあるのだが、
ページがめくりにくくて、もともと古い本だし、けっこう破ける。

書店の紙ブックカバーが掛かった状態だと、どれも似たり寄ったりなので、
規格が画一の文庫本など、いちいちページを開いて目当ての本を探すのが、手間。
その点、グラシン紙は透けるので、便利で愛用しています。

しかしだ。グラシン紙のこの利点は同様に難点にも。
外で読みたいときに、他人に見える。
表紙や背表紙がもろ透ける。

見られて困るような本じゃなくても、
人から見えちゃうのって嫌なんですよ。
洋書とかも洋書とわかる「裸」で持ち歩いて読むのは、抵抗が。

革のブックカバーを持っているんですが、
本が重くなり、かさばるため、
使い捨てられる、紙のブックカバーが扱いやすいの……。

Amazonや楽天ブックスなどのネット書店を多用していると、
まず紙のブックカバーがついてこないし、
有ったら有ったで、どれもこれも同じカバーだと、
それはそれで、目当ての本が見つけずらい。

……という感じで、必要に迫られた。
どうせなら自分好みなスタイルの、紙ブックカバーを使いたいなあと。

また私と同様の不便を覚えている、本好き読者のかたがたは、
少なくないんじゃなかろうかと、思い立ちました。

自宅のインクジェットプリンターで、文章のプリントをすることに慣れていると、
画像のプリントは信じられないくらいインクを食う。
一般的なインクジェットだと、紙がインクを吸って、ビッシャびしゃに。乾くまでにシワシワに……。
焦って本に掛けると、本も手も汚れて本末転倒、はなはだしい。

しかし今は、コンビニのマルチコピー機で、ネットプリントができるのだ。
誰でもレーザープリンターにアクセス可能で、容易にプリントアウトできるじゃない!

遅まきながらそう気が付いたら、俄然、スイッチが入りまして、
作業しだしたら、興が乗ってきた。
いま紙のブックカバーデザインが30点ほど……。

マルチコピー機は淡い色のグラデーションが苦手と聞くので、
発色がどの程度になるか、カラー版は試し刷りしてみた結果で、大幅に変更するかもしれないため、
まだ不確定要素が多いですが。
白黒版は大体、こんな感じにする予定です。

紙ブックカバー/白黒版中里友香作)
1/8とあるスライド部分の[>]をクリックすると、8イメージが順に見られます。

(鳥のイラスト部分にうっすら入っている網目の透かしと、
蝶のイラスト部分に入っている網目とCanvaという文字は、
制作過程中のものにCanvaが入れている仕様であって、実際には消えます。)

カラー版はもっと甘い感じの、キレイめ素材を多く使ってます(後日サンプル公開予定)。
今回、ブックカバーの素材集めで役立ったのが、こちら。
クリエイティブ・コモンズ・ジャパン
https://creativecommons.jp/

著作権が切れていて、加工や商用利用可能な、古いイメージの数々を一挙にサーチ出来る。
(サーチに掛かったものが、本当に著作権が切れているかどうかは、
いちいち確認したほうが良いとのことだが)
使えます。

*無料配布について



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†黒ミサTOKYO†初ライヴ・ヴューイング感想 [か行]

新年、明けてますが先月のHydeの†黒ミサTOKYO†について。
まあ年明けというのは節目ですが、
時間でいうなら一箇月も経っていませんで。

Hyde黒ミサのライヴ・ヴュの感想。
客観的なレヴューではなく、100%わたしの主観です。

又、今までもそうだったが、HydeとかハイドとかhydeとかHYDEとか、
表記ゆれがあります。そこらへん、あまり厳密に意識していません。
ラルクの時はhydeで、ソロの時はHYDEとかHydeとか、暗黙のルールがあるようだが、
HYDEという本の中でハイドが、
あんまりそこらへん厳密に意識してるわけでもないっぽいことを書いていたと思う。
それにあやかり、今までもそしてこれからも、
単純に変換が一番最初に出てきたものとか、
読みやすい字面のほうとかを選んでますので、悪しからずご理解くだされ。

さて黒ミサ。
いかにも、ザ・黒ミサというゴシックテイスト満載、
沢山のキャンドルの明りが燈っている舞台上の演出で、テンションが上がる。

ドライアイスが舞台上の足もとにヒタヒタと霧のように覆ってきて、
まずは楽団が登場。
9割がた女性で、黒のドレスを着ている、すらっとした印象の面々。

ダブルカルテットを含むオーケストラの演奏をバックにHydeが歌う、
という情報で、そのとおり。

……なのだが、なんというか私は勝手に、
玉置浩二のシンフォニック・オーケストラ・コンサートのようなものを想像していたのである。
つまり国内外の老若男女問わぬ、
黒い着たきり風のオーケストラ衣装を着こんでいる以外は外見ごった煮の演奏家、
かれらとのガチのオーケストラ対Hydeの競演バトルみたいな印象をもって、
黒ミサに来ていた。
ですので、一瞬、脳内でバグ修正が入ったのは事実。
雰囲気重視寄り……なのかな?

Hyde登場で始まります。

なにぶん私、ライヴ・ヴューイングで鑑賞するのが初めてでして。
これまでは、
(ライヴ・ヴューイングの値段って、ライヴのDVD、ことによるとブルーレイも購入できる価格だし、
円盤なら何度でも見られるから、ライヴ参戦が無理だったら、DVD購入したほうが賢いよ……)
と思っていたのである。
実際に行けない立場になってみないと分からんもの。

精神衛生上、「今、このときにライヴやってるのに……あああああ~」
と思いながら数時間ストレスに苛まれて過ごすくらいなら、
近場のライヴ・ヴューイングで、生中継で大画面で鑑賞したほうが絶対健康にも良い、
という結論に至ったのだった。
近いし、気楽だし、音響も最高で、これはこれで捨てたもんじゃない、
捨てる神あれば拾う神ありだわ……という発見がありました。

今までラルクの面々がライヴ・ヴューイングに向けてコメントを送ったり、
ジェスチャーしたりするのを、
「これって、おそらくはライヴ・ヴューイングの人は嬉しいんだろう……」
若干遠巻きに見ていたのに。

Hydeがライヴ・ヴューイングについて言及すると、ほんと、嬉しいものなのね。
ライヴ・ヴューイングについて言及したのは一回だけだったと思うけど、
それを丁寧に胸中にしまって、決して忘れないからね。
たとえるなら「鍵アカから影ながら応援してる」みたいな、
不完全ながらリンクしている気分か。

ライヴ・ヴューイングだと、ライヴの時は映画館でも全員立って臨む、
と聞いたことが有った。
さすがに今回は、黒ミサ会場生参加の人たちも、
全員着席で臨む、おしゃれめコンサートなので、
立ちはしなかったが。

……拍手とか……する?

映画館の面々は、拍手なども一切しないで、静かに見ていました(むろん私も)。
おそらくだが、自分を含め、皆、やや不慣れで様子見状態だったかと。
ラルクは近年、大きなライヴのときには必ずライヴ・ヴューイングがありますが、
Hydeの黒ミサのライヴ・ヴューイングは、今回が初めてだ。

ハイドの声はダブルカルテットの弦楽器と良く合う。

弦楽器(ことに私はチェロびいき)は、
楽器の音色に、鼓膜と横隔膜とを共振させて聴く感覚があって、
大変、心地良い楽器なのだが、
ハイドの声も、ハイド特有の声音で歌うと、
鼓膜と横隔膜が共振するような特有の心地よさがあるんですよ。

かねてより、弦楽器と合いそう……と思っていたのだが、
はたして、その通りだった。

HydeのMCが合間合間に入ります。
「黒ミサというと悪魔を召喚するミサなわけですが、この黒ミサはそういうのではなくて……」
という前振りで、
え……若干わたしは拍子抜け。

もちろん悪魔を召喚するだなんて思ってませんし、されても困りますが、
これもまた勝手な私の期待だったのだが、クリスマスイヴ・イヴの23日と、
クリスマスイヴの24日に黒ミサをやるなんて、ゴシックで攻めてるなあと。

だから“前半はきっと、まがまがしい感じの曲で攻めて、だんだん盛り上がって、
おどろおどろしさが、ついには美しく昇華される展開で浄化され、お開き”
……という聖堂に入る前の、教会の強面の雰囲気と、
一転、中に入るとステンドグラスの空間でじっくり癒され、
教会を去る。
そんな体感を、曲で再現してくれるのかなあと、期待してたんですよ。
あくまでも黒ミサ的スタイル重視路線なんだな……。
了解した。

Hydeの声をメインに、弦楽器やらフルートやら。
嫌いな音や、嫌いな音楽は一つもなく、
一種の宗教曲みたいな癒し効果は確かにある……ずっと聞いてられる……。
前半はそんなでした。

木管はいましたが金管楽器はゼロですし、
オーケストラといっても、室内音楽風なアレンジ。

時々、画面で抜かれる鍵盤の上の楽譜がタブレット仕様だったのが、
やけに目についた。
チェロの弦が何を使っているのかが、個人的にはかなり気になり、
弦の先端の留め具の色に、目を凝らしてみたりもした。
(赤いのがチラ見えしたから、スピロコアかな……)

Hydeが英語で歌った曲は、私自身も大好きだったが(戦場のメリークリスマスの曲)
ややモヤッとした。
今回、けっして多くはない曲数の中で、
うち1曲に、英語の歌詞をわざわざつけてハイドが歌っただけあり、
思い入れも深いのだろうが、
なんていうか、どうせなら日本語の曲のほうがHydeの伝える力がやはり強いし、
そっちが聴きたいという欲求が……。

わたしは曲中に英語のフレーズが混じるのは、とても好きです。
英語のほうが伝わりやすいこともあるし、英語のほうが音やリズムに乗せやすい部分もある。
むろん日本語のほうが伝わりやすいところもある。

まるっと全部英語だったのが、ちょっと……。
私自身、英語でご飯食べてる部分も無きにもあらずで、
アンチ英語では全くないし、
海外向けのライヴとかならわかる。

今回ひっそりとファンの為だけに行われるコアな黒ミサ、
というテーマな感じのコンサートだったこともあり……。

Hyde、MCでVampsの活動休止について短く言及。
「それから、もっとどうにもならないバンドがあってですね(笑)」
ラルクのことだ……ラルクのことだ……ざわざわざわ……

Ken登場。
ラルクのギタリストのKenが登場。
今回、この共演を私は待っていたんだよ。

Kenが出てきたときのHydeの嬉しそうなことといったら!
Hydeにめっちゃ嬉しそうな顔をされて、
Kenがたじろぎ気味に照れて、やや、おずおず挙動不審なりかけるところが、
二人して壇上で笑いが止まらないところが、
「ああこの二人は絶対に大丈夫だ」と。

これが良い距離感なんだろうなと、しみじみ思いましたね。
ラルクはずっと続くに違いないと。ラルクは4人でラルクだけれども!

二人で壇上で絶妙な掛け合いして、二人だけでめっちゃ笑ってて、
バックのコンマス以下誰一人としてクスリともしていなく、
「笑ってるの僕たちだけですよ」と言ってるのが、
ああ、このノり、ラルクだわ、嬉しいわ……。
わたしだけでなく、会場のファンほぼ全員がそう感じていたに違いない。

実際、黒ミサコンサートのあと、
映画館のトイレの行列で、前後の女の子がずっと二人について嬉しそうに再現しあってたし、
それを耳に入れながら、大半が「皆まで言うな、わかっている、完全に同意」
という顔をしていたから。

Ken、今回はゲスト出演なので、下ネタは完全に封印でした。
外見が若干、葉加瀬太郎に似てきたのが、なんだか心配だった。

で、ハイドがラルクの曲を、
Kenのギターと、オーケストラ演奏で歌いました。8曲ほど。
やはりHydeはラルクの曲を歌っているときが一番輝く
異論は認める。
(しかし私も容易にこの主張を曲げるつもりはない。)
だってラルク曲で、とたんに舞台上が輝きましたし、華やぎましたから。

100%主観による偏見かというと、そういうつもりでもなく。
やはりHydeがつくる曲や、Hydeが選ぶ曲は、Hydeが歌いやすい曲なので、
音域が似てるんですよ。
どれも大好きな曲なのですが、
さすがにずらっとバラード系が並ぶと、メリハリが若干うせる。

ラルクの中でもKen曲は、Hydeの音域の可能性を知ったうえで、
ひょっとしたらHydeにも歌いにくい、
Hydeじゃないと、とてもじゃないけど歌えない、という高低差の緩急で出来ている。
化学反応でワン&オンリーのクオリティの高さになるんです。
(やったのはKen曲だけではなかったが、引き立て合うのよ。)

今回は『黒ミサ』
Ken曲の「花葬」を待っていたが、
……なかった。
ラルクのライヴでも、アコースティック・ヴァージョンの「花葬」がすごく良かった。
オーケストラに合うだろうなあ。
ラルクの代表曲でもあるから、封印していたんだろうか。

最近のラルクのKen曲で、ダークなナンバー「Everlasting」
陶酔感をもたらす曲調なので、『黒ミサ』にもぴったりだろうと超期待していたのだが、
こちらも演奏はなかった。

選曲は黒ミサというよりも、
クリスマスシーズンにちなんだ雪の曲、冬の曲がメインであった。
(前半にやったGlobeのDepartureも御存知、雪と冬の歌詞。)

Hydeは雪が大好きで、
いっぽうKenは雪とか、うわ、じゃまくさ系だし、
そのことは今回、MCでも語ってました。

「叙情詩」を歌ってくれたのは、私にはとても嬉しかった。
「MY HEART DRAWS A DREAM」では、
左隣に座っていた見知らぬお姉さんが静かに泣いておられた。
「Forbidden Lover」は『黒ミサ』に然(しか)り、という相応しさで、良かったです。

個人的に欲を言えば「My Dear」とか「Sell My Soul」とか、
黒ミサのテーマにも合うし、
今回のようなクラシックな楽器に合う、じっくり聴きいりたいバラードなので、
聴けたらよかったな。
ソロ曲なら「Shining Over You」*を……。
出だしが弦楽器だし、最高だと思うんですよ。

ライヴ・ヴューイングも捨てたもんじゃないと感じていた私ですが、
Kenが出てきて、ラルクの定番曲を立て続けに披露したときには、
ああ、なんで私は会場にいないんだろう……
不完全燃焼感が募りました。

普段はマイクスタンドをぶんぶん振り回しているから、
マイクのコードの扱いに不慣れなハイドさん、
終わりに、
「ああ、もうちょっとやればよかったな……(余力がある、皆もついていける顔してる)」
と、こぼしていたのが印象的でした。

*



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Hyde黒ミサ♪ライヴ・ヴューイング@TOHOシネマズ新宿 [は行]

行ってきました。
尚、わたしが最初からライヴ・ヴュで甘んじたと思わないでいただきたい!
全ての先行発売に落選しました。ええそうです。
こんなことってあるのか……と思いました。
で、先行ではなく一般発売ともなれば、開始と同時に回線混雑中……アクセスができない。
発売後8分後に通じたときには、いずれも、すべて売り切れだったのだ。
SS席もS席もA席も、23日だろうと24日だろうと、
ぴあも、ローソンチケットも、ヤフーチケットも、(以下略)もう、どこも全部が!

はっきりいってライヴ・ヴューイングのチケットすら当選するか、あやうかった。

大抵わたしは最終日を第一希望にするのが常ですが、
(初日は内容のネタバレを配慮せねばならないし)
今回、ライヴ・ビューイングは23日・一日だけしかやらないようで、
本日の初日に行ってきました。

ということもあり、もろもろ感想は後ほどアップする予定です。
内容と関係のないところでいうと、
午後5時開始予定ですが、実際は午後5時25分から始まりました。
これは、いつものお約束な感じですね。
全席指定だから、私は5時ぴったりに映画館に着いた感じで、ちょうど良かった。

終わったのは、午後7時半過ぎだったかと。
今回、腕時計をはめていかなかったのみならず、携帯を忘れていったので、
終わった時間は、駅に着いて、駅の時計で逆算してなんとなく推し量った。
こういうお楽しみイベントには必ず些細なミスをするなあ、わたしは……。

以前、ナダルが来日し、
テニスの試合を観戦するおり、観戦チケットを忘れて電車にかなり乗ってから気がついた。
家に取りに戻ったことがあります。
(身内に持ってきてくれるように頼む手立てもなくはなかったが、
多分一生、あとあとまで言われると思った……)
そんな失態で、試合の1セットをまるっと逃したことがある。

それと比べれば、コンサート中はいずれにしても携帯の電源を切るので、
ちょっと忘れたくらいは良しとせねばなるまい。
(タブレット端末は持ってたんですが、起動するのが面倒くさかった。)

はやい話が、浮かれてたということだ。

盲亀の浮木、優曇華の花待ちたること久し [ま行]

下の忠臣蔵のブログで、
「14日丑の刻ですから実質、15日の今頃」
と書いてますが、これ日にちからして間違ってるよね、私。
14日の丑の刻は、あくまでも14日の未明(つまり13日の深夜)ですよね。*
つい深夜アニメ時間枠で考えてしまってだな……。
昨今では、深夜アニメ時間枠も、14日26時とかいう表記がなされるというのに……。
当ブログにて訂正いたします。
お目汚し、失礼しました。

そのこないだのブログで、
細川家が大石内蔵助以下17名を預かったことにチラッと触れましたが、
この一年前の永青文庫の公式ツイートが、そのことに関してツイートしています。

https://twitter.com/eiseibunko/status/809048715658862595
https://twitter.com/eiseibunko/status/809048728505978880
https://twitter.com/eiseibunko/status/809049640691646465

他の屋敷に預けられた赤穂浪士は、厳しい待遇だったところも少なくなかったのに。
細川家は格別の厚い待遇でもてなした。
その記録がいちいち残っているんですよね。

刀剣乱舞で小夜左文字という短刀がいて、細川家が所有していた。
お小夜のログインボイス「盲亀の浮木、優曇華の花待ちたること久し」

細川幽斎が当時の持ち主に懇願して入手し、
忠興に受け継いだ小夜左文字は、
刀剣乱舞の中で、唯一、仇討ちに使われたという逸話のある一振り。
(細川忠利の代に飢饉の領民を救うため、資金繰りに売却された。)

細川家というと、ガラシャとか茶道具とか、
雅な文化に精通しているイメージが、やや先行しがちな一面がありますが。
義を貴ぶ仇討ちの逸話を、心底、愛する一族なんだなあと。

単に感銘を受け称賛するのは誰でもできるかもしれないけれども、
ある種、身を切ってでも尊ぶだけの精神性が、代々、脈々と受け継がれてきてたんですね。

*追記


「もってめいすべし」 [ま行]

「以って瞑すべし」という言葉をはじめて聞いたのは忠臣蔵だったし、
後にも先にも忠臣蔵以外で聞いたことはない気がする。
当時、小学生でした。

12月14日深夜は赤穂浪士討ち入りの日で、
14日丑の刻ですから実質、15日の今頃ですね。
(といってもまあ旧暦なので、全然今頃じゃないですけど……。)
昨今はググると、旧暦カレンダーなるものが出てくるので便利。
旧暦の12月14日は、今の一月末にあたるようですが……。


https://youtu.be/0VifRvgGwpQ
年末時代劇スペシャル 「忠臣蔵」オープニング 1985年

キャスティングの豪華さよ。

そういえば私、この曲を友人とのカラオケで歌って、ドン引きされた覚えが。
カラオケ中盤の中だるみの時間帯に歌ったのよ、
一昔前の歌謡曲って、とても歌いやすいんだ。
男性ボーカルだけれど、音域が高いので、女の私でもちょうど良かったんだ。

忠臣蔵は数々見てきたけれど、
この忠臣蔵が、一番好きです。
最近でも一挙再放送などしていたようなので、
いわゆる世代じゃなくても、意外に視聴した人もいるのでは。

東Maxの父親の東八郎が畳屋を演じていたり、
あと今では一丁前でらっしゃる坂上忍が、大石内蔵助の息子の主税を演じていたり。
ちなみに私はこの忠臣蔵をはじめ、
森繁久彌が悪い狸爺をやっているドラマがツボなのかもしれない。
森繁久彌が家康を演じた昔のドラマ・関ヶ原(司馬遼太郎原作)も、
アメリカ留学中、週一で古い日本のドラマを再放送していて、そのときに見たんですが、
その憎ったらしいことといったら、なかったよ……。

この忠臣蔵の放送後、
殿中松の廊下の下絵? が発見されたとかで。
昨今、見られる忠臣蔵の松の廊下は、その辺をきちんと反映していて、
海辺に磯松、千鳥が飛んでいる絵柄なんですよね。

今と比較すると美術や照明、鬘や衣装などはコスプレレベルなのかもしれない。
が、なんといっても台詞が良い。
役者陣の演じている声も良い。
このままオーディオCDにして出してほしいくらいである。
この頃の役者さんは皆、本当に声が良いんですよ。今の声優並みと言えばいいのか。
実際、赤埴源蔵を演じている、あおい輝彦は『あしたのジョー』のジョー役でしたね。

里見浩太朗主演 忠臣蔵 前篇

https://youtu.be/pakevkBDAgo?t=36m55s

個人的には、前篇は36分55秒から47分40秒あたりまでが好きです。
ナレーションの声も良い。
画面が悪いんですが、音声(台詞)だけで充分に楽しめるレベル。

平川門にて、罪人の駕籠に乗せられた殿(浅野内匠頭)からは、
江戸詰めの側近の面々が見えない。
そこで家臣たちが、次々に名を名乗っていくところは、
時代劇らしい鉄板シーン。

見えない殿相手に、次々と家臣が名乗る、というのは、
ドラマ『関ヶ原(加藤剛が石田三成役)』でもありました。
小早川が裏切って、負け戦が決まった大谷刑部(盲目)に、
家臣たちが名を名乗って、討ち死にしに行くシーンです。

最近のドラマだと切腹シーンというのは本当に流れない。
切腹した、と知っているからわかりますが、
知らないで見たら、何のシーンだかさっぱりわからないぐらい。

この忠臣蔵は浅野内匠頭が、きちんと武士としての作法を踏んで、
切腹します。(重ねて言うが、これ映画じゃなくて、ドラマなのにだ。)
また、このドラマの1:56:15から前篇エンディングにかけては、
内蔵助が、息子の主税に切腹の作法を教えるシーン。
粛々と切腹する作法と覚悟を心得ているものが、武士である、
というのを全面に出してきてるんですよね。

里見浩太朗主演 忠臣蔵 後篇

https://youtu.be/58FCOK0qvbU?t=1h10m16s

1:10:16から討ち入りシーン。
画面が悪いし、騒がしいけど、
30分弱でエンディングですし、見て損はないかと。
遺恨あって討ち入りします、という上告書を地面に竹でぶッ差すところで、
見ているこちらもスイッチが入ります。

実際にはこのドラマにあるような陣太鼓を叩きはせず、
ドラを持って乗り込んだらしいですし、
火消し装束なのは歴史考察的に正しい感じよな……。
その、虚実入り混じってドラマを織りなしている塩梅が、程良くもある。

今、この動画を見返して思い出した、
そうだ清水一学って二刀流だったねえ……。
目当ては吉良上野介の白髪首一つなのに、
清水一学を、堀部安兵衛(剣豪)が倒すことに、なんで意味があるかというと、
清水一学は上杉家と通じていて、
清水一学が上杉家(吉良家と縁戚)の兵を連れて戻ってきたら、
一巻の終わりだからなんですよね。
ほんと設定秀逸……。

私は、この動画でいう1:18:55~が好きでして。
威勢良く討ち入りしたはずが一転、暗雲が垂れこめてきてからの、仇討ちの流れが。

わざとらしく炭焼き小屋から畳を敷いて、
「いざ、おであえめされよ」からのシーンは特にたまらない。

忠臣蔵は色々なパターンがあって、
吉良が命乞いしたり、この期に及んで弁解を試みたり、
最後まで抵抗するのも少なくないですが、
この忠臣蔵では、吉良が「人間五十年、下天の内をくらぶれば~」
弱々しくも舞を舞う態で出てくるんです。

吉良上野介の度重なるパワハラに耐えかねて、
浅野内匠頭は殿中松の廊下にて刃傷に及んだわけだが、
まあ、今に照らし合わせてみると、
アメリカ大統領・訪日中に、首相官邸にて、
県知事が官房長官に個人的恨み(パワハラが原因)で発砲するとか、
日本でサミット開催中、各国首脳を接待中に、発砲するとかに匹敵するわけで。

当時、即刻切腹だったのは仕方がないと思うんです。
領地没収・お家取り潰しも、やむを得なかったろうと。

無論、喧嘩両成敗の法を曲げて、吉良には一切お咎めなし、
という、力のある者は、お咎めなしで、
その場で、立場の弱い者だけが罰せられるという点は、
おおいに官僚的で、御政道がまかりならないですが。

ただ、それ以上に心情的な問題として、
一国の大名を庭先で即日切腹というのが、いくら何でも武士の情けから外れている。
(武士道以前に、人の道からも普通に外れてますよね。浅野内匠頭は誰も殺してないんだし。)
目上に盾突くとこうなる、という強者から弱者への見せしめリンチみたいなもんなので。
庭先ですよ。ふつう一室、設けるよ。

だからこそ、
吉良を無理やり引きずり出して、首を落とせば済むのに、
あえて武士として、わざとらしく畳を敷いて
「高家衆筆頭の格式を以ってお迎え申し上げる」というシナリオが際立つ。
痛烈な意趣返し。しかも高踏な。
吉良もそれに応えて、なけなしの威厳をもって出てくる、というのが秀逸です。

吉良のよぼよぼした年寄りの素足の爪先が覗くところから、俯瞰になるカメラワーク、
江戸詰めの面々が吉良を見るときの、心底憎そうな表情と、
対して、赤穂に居た面々が、こいつなのか、という顔をしているところ。
赤穂組は、それまで吉良を見たことすらないわけで。
このちっぽけな白髪頭の爺が、播州赤穂藩を潰し、我々を路頭に迷わせた元凶なのかという。
その対比も、無言の中に伝わってくるんです。

最後、大石内蔵助が切腹を命じられて、
白い着物で、廊下を歩いていくところで終わるわけですが、
大石内蔵助以下17名(他の赤穂浪士はほかの家)が預けられたのは、
江戸にある細川家下屋敷(港区高輪一丁目)なんですよね。
とすると、ここは細川家という設定だったんだなあ。

刀剣乱舞で細川忠興の刀、歌仙兼定を永青文庫(文京区目白台)まで見に行った身としては、
今更、意外なところで、つながりを発見したりします。
(永青文庫の刊行物で知ったのよ。)

追記



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作業系は見入る [最近のお気に入り]

日本刀よりも身近かつ純然たる刃物感が強いので、
綺麗になるにつれて、怖くなってくる。


https://youtu.be/mUfK3iu7-N4
骨董品店で買った錆包丁を18時間手作業で研いだ結果

庖丁を古い柄から取り外すところで、見ていて滅茶苦茶ひやひやした……。
うっかり手が滑ったら、ざっくり行きそう、切腹しちゃいそう。
なぜもっと錆びまくった、なまくらな段階で取り外さなかったんだ……。
なんか色々とすごい。視聴回数もすごいですね。

「切れ味の良い刀で上手い人が介錯すると、ほとんど痛くない、斬られたとも気づかない」
と時代劇などで、よく目にするたび、
まあ鈍らで下手な人なら当然苦しいだろうけどねえ……(いくらなんでも言い過ぎでしょ)
と思っていましたが、
どんどん綺麗に研ぎこまれてくるにつれて、
本当なんだろうな……という気分にさせられます。

最終的に、金属ってすごいな! 青銅器時代とか習ったもんな……
という感覚に到達した。


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作業空間と生活空間を陰陽で区別するとかかな [さ行]

インテリアに昔からかなり興味があり、
かつまた自宅のインテリアに常に問題を抱えている。
家具調度を愛でることが基本的に大好きでもあるので、
インテリア系の雑誌やサイトをよく見る。
で、最近ようやく気が付いてきたのだが、
こんなの参考になりゃあしないじゃん、という事です。

別に、天井がすっごい高くて、
暖炉全室完備、マントルピースが大理石、
ドアのノブの位置も高くて、カーテンでドレスを仕立てちゃえるような超豪華なお屋敷の、
温室とか庭園とかを一般にも公開してます、別館は美術館です系の住まいのインテリアが、
参考にならないなどと文句を言ってるんじゃありません、私は。
むしろ、作家として参考になるので、そういうのはもっとやってほしい。
海外版のELLE DECORとか、目の保養。

使えない、現実味がない……と感じるのは、
実用的な暮らしぶりを提案しているインテリア雑誌です。
何人暮らし・何平米・築何年
みたいな実例を挙げて、あなたの住まいでもきっと役立てられるインテリアとリフォームを紹介、
これ系の雑誌の、いかに私にとって役立たずな代物であることよ。

想定空間で住人が、仕事をしていないんですよ。暮らしているだけ。
家では料理して、食べて、テレビを見て……あるいは音楽を聞いて、
着替えて、寝るくらいの用向きしか想定されていない。
あとは水回りの場所を確保。
暮らしと収納の空間。以上。

オサレな窓辺に、
キッチンカウンターよりも細い、窓の桟かと思われるほどのオサレスペースがあって、
そこに薄いノートパソコン、オサレなマグカップと、可憐な花の一輪挿しかなんかが置いてあって、
私らしいプライベート書斎! 
みたいな態で紹介されているスペースとか、Huh? 
書斎、舐めてんのか?

スマフォやタブレット端末の普及により、
インテリア雑誌にうっすいノートパソコンの置かれているスペースがあれば、
昨今、まだましなほうです。
断捨離という造語の概念が日本に広まった弊害で、
日本の実用系インテリア雑誌は、もうほとんど清潔で明るい刑務所ですよ。
スウェーデン、ノルウェーの刑務所でググったらいいよ。そっくりだよ。

実際は、家で仕事をする人は結構いる。
むしろ増えてきていると思う。
みんながみんな、文筆業とは限らないけれども、
PCを使って在宅勤務とか、スカイプを使って会社に業務連絡とか、
多様な働き方をしている人が増えてきているわけで。
SOHOビジネスとか、自宅でのダブルワークとか。
さまざまな分野の同人作家さんとか、
社会人でも専門学校や大学の科目を履修したりする人も居るし、
自宅に本格的な作業・勉強スペースが必要な人は、認識されている以上に存在すると思う。

ところが趣味に重点を置いたインテリアなどの特集だと、
ギターが壁にいっぱい飾ってあるとか、
マウンテンバイクやスポーツサイクル系の自転車が壁にいっぱい飾ってあるのとか。
なんだかんだ収集系の趣味のコレクションの飾り方みたいな視野ばかり。

それらも大切だけれど、もっとこう、
家でがっつり作業をしたい人の為のインテリア雑誌や、特集はないものか。

省スペースでどれだけ本や資料を安全に配置し、地震にも怖くない作業要塞を設けられるか。
配線コードをすっきりできるコツ、コードレス化は不都合もあるので、その辺の選択と工夫とか。
作業場兼自宅を、システマチックかつ機能的に、散らかりにくいようにする動線づくり。

生活スペースが作業スペースに占領されないように、
それでいて作業場が生活空間に侵食されないように、
限られた空間で双方が違和感なく共存できる、文具とか家具とか、照明の選び方。

そういう個人ビジネス系インテリアのコツに、特化した雑誌を、誰か作ってくれまいか。
サイトでもいい……。
需要有ると思うんです。


共通テーマ:インテリア・雑貨

近々グラブルが進撃とコラボしてミカサが確定報酬っぽい [最近のお気に入り]

一箇月以上ブログを更新しないと身辺を問われ、生存の安否を気遣われるので、
最近わたしがニコニコ動画で「とりあえずマイリスト」に登録したMMDを、
上二つ(最近登録した順に)こちらにシェアしておくことにいたします。

ブログが放置気味だった理由はいくつかあるが、
ブログ更新に使っているFirefoxの字体が、
ついにGoogle Chromeや、IEで多用されているのと類似の、
横長に平べったい、まるっこい字体(メイリオ)がデフォルトになりまして。

更新のテンションがダダ下がり、放置していました。
(メイリオ、わたしには少々気持ち悪いというか居心地悪い……。)

〇【MMD刀剣乱舞】ぼくらはみんな意味不明【大典太光世】 (2:35)
http://nico.ms/sm31820567

大典太光世と前田家で共に過ごした前田藤四郎君の姿が、ちらほらとよぎるのと、
大典太さんの逸話にちなんだ、鳥がバサバサおちてくる場面にそそられて、
リストに登録した記憶が。
蔵にずっと仕舞われていた過去というのは、刀剣男士にしてみれば座敷牢なんだな……。

〇【人力文アル】送墓唄【小泉・若山】 (3:30)
http://nico.ms/sm32092880

こちら「人力」というボカロなんですね、人が歌ってるのかと聞きまごう部分が。
こういう世界観は好物です。
動画の小泉八雲と若山牧水は、うちでは全然育っていません。

文アルは、最近その分の時間をすべてグラブルに移行し、
島崎藤村、国木田独歩、高村光太郎、北原白秋、小林多喜二、太宰治、江戸川乱歩
このあたりがうちでは上位レベルですが、
『坊ちゃん』のステージ攻略中のままで止まっています。

グラブルの画面がサクサク進むいっぽう、文アルは画面が重すぎだし、
たとえば刀剣乱舞はクリックすると画面が切り替わるけれども、
文アルは、起動画面も、勝利画面も、文豪ボイスも、
クリックしても全く切り替えがきかないところが、扱いにくくて。
放置していたのですが、『斜陽』イベントで、久々にログインしました。

相変わらず私と運営との文豪に対する解釈違い、乖離具合が甚だしいが、
さすがに『斜陽』イベントは、やっとかないといけない気がした。
文豪の生原稿の画像も確認したかった。


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採算の算出法? [さ行]

最近の東京の寒さと暗さには、ゴシック大好き・太陽は恐ろしい系のさすがの私もひく。
ドン引きである。
雨と宵闇に有難味がなさすぎる。

つい先ほど、霧雨の降りしきる中、
出かける用事があったついでに、お役所に不在者投票におもむいた。
が、想像以上に長蛇の列。
(あ~?)
ってなりました。

今迄、不在者投票というと、平日の昼間にしか行ったことがなかった。
やはり土曜の夕方は混むのか……と思いつつ、
若干、二の足を踏みつつも、列の最後尾につこうとしたところ
「ただいま投票まで、40分ほどお待ちいただいております」

帰ってきました。

明日は悪天候が見込まれるので、
今日中に済ませておこうと思ったのだが、
いいよもう大人しく明日行くよ……。

関東地方の台風直撃は月曜みたいだから、たぶん大丈夫だよ……。
投票所、けっこう遠いんだよなあ……。

つか全国的に台風直撃なのだ。
火曜日くらいまで延長してほしい、切実に……。
これ台風直撃地方でのアクセスの悪さに、不平等具合がすごいでしょう。

お役所の出口付近で、
「もうほんと日本人ってばかだよ、馬鹿まじめだよ」と、
長時間待って投票を終えたらしきおばさんが、その連れに猛烈に愚痴ってるのにすれ違いました。
いやほんとそうですよねーと相槌を打ちたかった。
寒くて暗くて、目くばせ一つできなかったが。

すごすごと帰ってきながら、
人はなんだかんだ困難な状況になっても、必ずやりたいことは達成するものだ、
という理論はわりと嘘だなあ……と。
必ずしも逆境に意欲がかきたてられるとは限らない。
時には、むしろ削がれる。おおいに削がれる。

本が平積みに置かれている作家と、
注文して取り寄せないと手に入れられない作家の本とでは、
アクセスに違いがありすぎる。
便利過ぎても有難味がないけれど、
すぐ手に入らなければ面倒になって、そのままになっちゃう場合もありうるよな……。
なにしろ無くて生きられないものじゃないのだ。
魂の暮らしぶり、その質を変えはするが。

と、ひょんなことから自分の置かれた作家としての立場に照らしあわせて、
嘆かわしく憂鬱が増すのだった。
世の中の不公平感をむやみに失くすことは不自然だが、
機会の平等は絶対必要よ……。

人気作家は売れるから本が刷られる。
しかし私みたいな作家の場合、本が刷られなければ、人に読んでもらえないんだから、
そもそも読者に届かない。
それでどうして売り上げの実績が云々だから今回は残念ながらとか言えるんだ……

みんな最初に同じ冊数だけ刷り、
みんな最初に同じ数の書店に、
同じ冊数だけ並べて、
その統計を取って優劣をつけるのでなければ、
実績データとしても不完全、不健全なのである。

(もっといえば、有名作家はそれだけ名が知れていて、
広告しなくともみんな知ってるんだから、
無名作家にスポットを当てないと、機会均等とは到底、呼べないのだが……
これはいったん置いておくとしてもだ。
無名作家の本が部数も少なく、本屋にも置かれないなら、
どうやって売り上げの実績を出せるのか教えてほしい。

伊勢志摩に住んでいる友人がいるのだが、
伊勢志摩の書店で私の本が置いてあるところは、一箇所もないと言っていた。
今までに一度たりとても見たことがないと。伊勢志摩の人が読書しないわけじゃなかろうに。)

また短期間ではなく、長期スパンにわたっても調べないと、
短期間だけのデータでは、どうしても、すぐ読みおえられる本の売り上げが伸びやすくなる。
長期的な目算を視野にいれないのは、データに不備があるといえはしまいか。

この手の世の中にある不公平感が簡単になくならないのは、
機会の平等に対する是正をすることで、
誰かが逆に損するから、
という見方が強いが、
損するというよりも、そのために労力を割くのが面倒くさいからなだけな気がする。
(それを大局的に損と呼ぶのだ。)

「不平等における得しない側」にいるマイノリティごときのために、
マジョリティの俺様が心を砕き、対策を講ずるのが馬鹿馬鹿しい、ってのが有るんだろう。
心を砕き、手を尽くしたなら、その分の見返りを求めたくなるんだろう。
(マジョリティは見返りなど求められないのに……。)

という感じで、やはりマイノリティはマイノリティぶりを自分の力で脱却できないシステム、
どうにかならないか。
生きにくい。

便利と負担の境界線 [は行]

昨年あたりから「最近、映画がつまんないんだよね」モードに突入し、
購入したまま放置している積みDVDが20本を超えて、
めっきり映画を見なくなっていた。

先日の『ダンケルク』でスイッチが切り替わったらしく、着々と消化しつつある。
良い映画もあれば、今一つなのもある。

映画を見なくなっていた理由はいくつかあって、
その一つには、2箇月前にデーブ・スペクターがこの記事*の中でも言及していたが、
最近、ハリウッド映画が「海外でもウケやすい大味なアクションや、コミック原作ばかり」で。
おまけにリメイクが続くので、娯楽作としては楽しめなくもないのだが、
今一つ、斬新な衝撃とか、地味にしみじみ味わえる良さのある作品に、
巡り合いにくくなってきた気がしていたからです。

日本でも、歴史ドラマなど、本能寺とか関ヶ原とか忠臣蔵とか新選組とか、
あの手この手で幾度となく作り変えては、やっていて、
アニメのリメイクも続いているし、そのクラスタのファンとしてはリメイクは嬉しいのだ。

ただ純粋に、新しいストーリーに出あってみたい!
と思っている場合、アメコミのリメイク等は、続くとさすがに大味で飽きてくる。
技術は磨かれて、目には楽しいけれども、世界観は目新しくないし、話の大筋も知っている。
作品の世界観に馴染みがあるという点は、
大衆の集客には多分、手っ取り早いプラスになるんだろう。だからやるのだ。

かつては映画館で眠っちゃうなど考えられなく、
寝不足で見に行っても、見終えた後は目がギンギンに冴えて映画館を出る感じでしたが、
昨今では、わりと寝落ちしがちです。
中盤の派手なアクションシーンで、5分程度だけスリープ……からのログアウト……。

また私には吉祥寺のバウスシアターが閉まったのが存外、大きかった。
吉祥寺の映画館は、誕生月だと男女問わず誰でも割引価格で映画が見られる(身分証提示)。
かつては誕生月など、通い詰めていました。
しかしここ数年、誕生月に映画を見にいく習慣がぱったり途絶えた。
見たい映画がやっていないんだもの。
たった一つの映画館が閉まっただけで、
こんなに自分の行動パターンに影響が出るのか……と痛感せざるをえない。

でもまあ、私が映画を見なくなっていた地味に最大な原因は、
利用していたDVD宅配レンタルシステムの所為だろうなあと、自己分析しています。
毎月、毎月、4本分の映画が送られてくるタイプに8年くらい契約していました。

見たい映画を30本くらい予約しておいて、
その中でレンタル可能なものが、毎月2回にわけて2本ずつ送られてくるシステムで、
延長料金が取られない。かわりに、DVDを返却しないと次の2本分が送られてこない。
繰り越しできる枚数は限られています。

で、そのとき自分が見たい映画が必ずしも送られてこないのだった。
自分が予約した映画ではあるんですが。

馬鹿っぽいノリの映画を気楽に見たいと思っているときに、
死ぬほど重いタイプの実話映画が届いたり、
じっくり文芸映画を楽しみたいと思っているときに、
アクション大作が届いたり……。
おしゃれな恋愛映画を見たい気分のときに、
戦場で泥水を啜る系の映画が届く。逆もまたしかりだ。

いずれも自分自身が見たいと思って予約していた作品であろうとも、
さすがにちょっと辟易(へきえき)してくる。
殺伐としたマフィア映画を見たいときに、
夢いっぱいのファンタジー大作が届いたりすると、正直、うんざりする。

名作や大作は、作品のパワーに引っ張られて、
私個人の気分など良くも悪くもお構いなし、
圧倒的な力技で感動させてくれるんですが、
そういった名作は、年にそうそう出くわせるもんではない。

そのうちに、レンタルDVDが届くのが、
子供の頃、毎月の通信教育が届いたときのあれ、
「うぇ~来ちゃったよ」という微妙なストレス、負担にしか感じられなくなって、
楽しみのはずの映画が、ひたすらこなしていく仕事と化してくるんです。

ゲームだったら日課やマンスリーの任務をこなすと、それなりに報酬をくれるし、
やらなければやらないで問題ないが、
DVDは見終えて送り返したら、また次がすぐ届くわけで、
便利なのを通りこして、DMみたいに鬱陶しくなってくるんです。
そして見ようが見まいが毎月定額、引き落とされる。
ノルマの持ち帰りをしているみたいに、もう勘弁してほしくなり……。
今では、この手のレンタルを利用するのは止めにしていますが、
おかげで、めっきり見なくなっていた。

思えば、アメリカで足しげく映画館に通って、週に3本ペースで見ていた時も、
面白い作品もあれば、つまんない作品もあった。
100本のうち、10本良ければ、上々だった。
うち3本が私好みの映画だったらラッキーだった。
それでも映画を見ること自体が気分転換で楽しかったんですよね。
英語の勉強になるという、言い訳にもできた(笑)

それが昨今では2時間のタスクと化して、
ディスクをプレーヤーに入れる作業がすでに面倒くさい、
と思うくらいになっていたのである。

そこで何本かネットレンタルを利用してPCで映画を見もしたが、
これもまたメリットとデメリットがある。
ちょうど、紙の本と、電子書籍と、どちらが扱いやすいかといった争点と、似ているかも。
実際のところは、紙の本と電子書籍の違いは、
映画館での映画鑑賞と、自宅PCでの映画鑑賞、という差が相応の比較対象だと思います。

*



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日本的美意識 [な行]

カズオ・イシグロがノーベル文学賞を獲ったことが話題ですね。
「カズオ・イシグロは日系ギリス人で、日本語はしゃべれないし、英語で話を書いている。
なのに、まるですっかり日本人扱いの日本文学扱い。日本人てば調子いいよ。
おいしいところにとっつきたがる、すぐ尻馬に乗りたがる」……的な発言もチラホラと見かけます。

たしかに、日本の研究土壌では予算や着眼点その他が認められず、
海外にいわゆる研究的亡命を果たし、アメリカで永住権あるいは市民権すらをも取得し、
海外で研究した成果が認められた、研究者の功績を「日本人研究者の功績」
として扱って憚らない、昨今の現状に関しては、
私は「恥ずべきだ」と思う。改めるべきだと。

しかし、カズオ・イシグロに関していうと、
彼の作品は、日系人作家だということを抜きにしては語れない部分が色濃く出ていると思うので、
よくある、「なんでもかんでも日本産扱いしてフィーバーしたがる」というのとは異なるのではと。

(あと彼は日系二世(?*)イギリス人。
これは単に私がアメリカに留学した時に感じた個人的な経験にとどまるが、
二世の人は、日本人のわたしが想像している以上に、
排除するにせよ取り入れるにせよ、日本や日本文化を意識していた。
場合によっては日本人以上に、日本的な価値観に縛られている人も少なくないのだった。)

といっても、私はカズオ・イシグロのファンでも何でもないし、
それどころか、映画化している作品しか知りません。
だから何言ってんだお前、と思われても仕方ありませんが。

ただ、カズオ・イシグロがブッカー賞を受賞した『日の名残り』
この映画化された『日の名残り』――アンソニー・ホプキンス、エマ・トンプソン主演
この映画が、わたしは異常なほど大好きでして。

キャスティングも良い。主演二人のほかにも、
クリストファー・リーヴ、彼は落馬事故で首下が不随になり、
車椅子生活を余儀なくされた挙句に、数年前に亡くなりましたが、
まだ事故前の、まったく壮健な状態で出演している。
よくも悪くもアメリカ人らしい言動をかます役どころが印象的です。

ヒュー・グラントも、今みたいに女ったらしのキャラが定番になる前で、
まだ映画『モーリス』のクライヴ役の余韻を引きずっている、
名家出の品の良い、ちょっと影がある若者で出てきます。

とにかく私はこの映画が大好きで、
アメリカ留学中にビデオを見つけたときに即買いしました。当時は高かった。
ビデオというところがポイントで、まだDVDなんて無かったんだ!
ビデオだから一回見るごとに擦り切れて、劣化してくわけです。
見るときには、こと好きな作品のビデオのときには、
気合いを入れて巻き戻しとかなるべくしないで、一気に脳裏に焼きつけるように見るんですよ。
そうやって幾度となく見てきた。

(似たような舞台設定であるテレビシリーズ『ダウントン・アビー』を何シリーズも見るのであれば
正直、『日の名残り』の映画を百回、繰り返し見たい派なのである。)

『日の名残り』の映画に日本人は一人も出てこない。
日本の話題も全く出てこない。日系人も居ないどころか、アジア人も出てこない。
ユダヤ人とドイツ人とアメリカ人とフランス人は、ちらっと出てきますが、
がっつり英国人の英国映画。
それでも猛烈に日本ぽい侘び寂びが、いたるところに滲み出てるんです。
無視できないほどに。

それが英国のお屋敷の作品世界に、絶妙にマッチしている加減がたまらないし、
作品世界にそこはかとない影を落としていて、それが妙に腑に落ちる、深い味わいと化している。

カズオ・イシグロは映画化に恵まれている作家だと思います。
映画がいわゆる「原作レイプ」に陥っておらず、
作品へのリスペクトがちゃんとなされていて、文学の端正な三次元化に仕上がっている。
まれにみる成功例といえるケースな気がしています。
タイトルもすべて、映画が小説タイトルのままですしね。

映画『わたしを離さないで』の原作小説『わたしを離さないで』は、
「エモ系ディストピア小説で、淡々とひたすら嫌な感じの展開が続く」
といった一部批評を先に目にしていたので、
そのいっぽうで過剰なまでな絶賛組も多く、遠巻きにしたまま、
正直、いまひとつ気乗りしないで映画を見に行った。が、
好き嫌いはともかくとして、これもとても良く仕上がっている映画でした。

この作品にも日本人は一人もいないし、そもそもイギリスなのかどうかもわからないような世界観。
ディストピアな世界線で描かれるSF(?)なんですが、
施設内の雰囲気はイギリスっぽい風景1930~1950年くらいの設定に映る。
でも一歩、施設の外に出ると1990年の世界が広がっているんですけど。

主人公の「苦難」を受け入れようとする姿勢と言動に、共感できるところは少なかったが、
(私ならば何としても逃げ出す、抜け出す努力をするので)
これもまた、カズオ・イシグロが書きそうな世界であることよ、という……。
「耐え忍ぶ、我慢は美徳。それが他人(ひと)の為になるならば」
という観念が、美しい哀れみを誘うという展開なんですよ。

「自己主張は悪」
「自分の感情があるのも本当」
このジレンマの存在を認識しつつも呑みこんで、流されていく感じです。
日本文化に根強く宿る「美意識」じゃありませんか? 
(私個人はその精神を美意識とは呼びませんが。)

これらはしかし、私が勝手に「日本的な精神性が強いなあ」と感じとっているだけだし、
作中のそこはかとないペシミズム、
清貧に宿る孤高さ……(下手すると、しみったれた感じになりうるギリギリ手前)な感じは、
カズオ・イシグロ独自の個性なんであって、日本文化は関係ない、
と言われれば、それまでか。

『上海の伯爵夫人(The White Countess)』という映画がある。
カズオ・イシグロのオリジナル脚本。
監督は、『日の名残り』のときのジェイムス・アイヴォリー。
この作品、私、好きなんですが、
これは珍しく日本人ががっつり出てくる。
日本人役は真田広之です。

この真田広之が、かっこいいのだ。英語もとても自然。
英語で台詞を言わされているという感じがまったくなくて、
ふつうに役になり切って、その役どころが英語で会話をしている。

カズオ・イシグロのオリジナル脚本なので、
監督やプロデューサーに「こういう作品書いてね」と言われるがままに
脚本を仕上げる、ライター稼業の脚本とは、わけが違います。
映画化ありきで、カズオ・イシグロがお話を作ったのだ。

主役は、『イングリッシュ・ペイシェント』のレイフ・ファインスと、
ナターシャ・リチャードソン(リーアム・ニーソンの妻で、近年スキー事故で亡くなった)。

ナターシャ・リチャードソンの実母はヴァネッサ・レッドグレイヴで名女優ですが、
このヴァネッサ・レッドグレイヴが、作中では義伯母役をしてます。お姑側の伯母さま役です。

白系ロシア人の亡命貴族が上海に落ち延びて、租界で貧しい暮らしをしている。
(タイトルのThe White CountessのWhiteはこの白系から来ている。)
いっぽう、事故で妻と小さい娘を失い、自らも盲目となったアメリカ人の元外交官役、
レイフ・ファインス。
二人が出会います。

おりしも日中戦争がくすぶりそうな不穏な時代で、
日本人であるマツダ(真田広之)は戦争勃発までの根回しに暗躍している、謎めいたキャラクター。

真田広之の役は敵役であり(べつに愛情関係はからまない。政治的に敵役)、
いってみれば悪役なんですが、
そのカッコいいこと! 悪いのにですよ。
とにかく知的で有能だし、気品があるし、礼儀正しいし、
それがわざとらしい、あからさま感じではなくて、日本人だから滲み出てくる知性、
という描かれ方です。
日本人独自の気骨を持って、スマートに行動する。

欧米映画の作中で、日本人が日本人役で、わざとらしくなく、こうもカッコよく描かれている作品、
私はほかに出会ったことがありません。
(無害な空気みたいな役とか、ユーモラスなあるいは滑稽、もしくは粗野なのとかばっかり。
『ラストサムライ』は信念があって良かったですけど、あれは侍がテーマだし、
ちょくちょく不自然さは有りました。)

これは日本人作家であったなら、
日中戦争の準備のために暗躍するマツダ役を、ここまで格好よく描くことに躊躇しただろう。
又、日本にゆかりのない作家が書いた場合、ほぼ間違いなくこのマツダ役は、
下品かつ横暴に描かれたのではなかったか。
日系人カズオ・イシグロは恥ずかしげもなく、マツダをここまで格好良く、上質に描く。

ほかにも歴史的な視点と扱い方が、
カズオ・イシグロが日本と全く無縁の作家だったら、こうは書かなかっただろう、
というのを色濃くうかがわせるのだ。

とはいえ、これはあくまでも私の感じかたに過ぎません。
未見のかたは、とても良い作品ですし、
これを機会に、映画『上海の伯爵夫人』おすすめです。
日本ではメロドラマやラブストーリー扱いになってますが、
そういうレベルの映画じゃないです。
カトリーヌ・ドヌーヴの『インドシナ』を髣髴(ほうふつ)とさせる大河ドラマ。
亡国の民の描きかた、
〇系人という、二つの祖国を持っている者特有の悲哀とか強さとかが際立ってます。

後半、どの船に乗ったら逃げられるか、という場面に至っては、
なにしろ主人公の目が見えないので、並大抵の切羽詰まった感じゃない。
どの役者も鬼気迫る演技力。
かといい無様に錯乱したりしないから、見ごたえがあります。

*



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『ダンケルク』の映画体験 [た行]

映画『ダンケルク』見てきたんだが、公開中の映画については無料放送などではないし、
一斉放送ともちがって時差もあるので、
古い映画以外は、映画の内容についてブログに書かないようにしている(今回も書かない)。

単に私個人の映画体験の部分だけについて書いておくと、
私はこのところ映画館で全く映画を見ていなかったので、
刺激が強さが尋常ではありませんで、
軽くシェルショックレベルに疲弊した。

must-see movieであることは確かなのだが、
見るならば体調万全な時にいったほうがよろしいかと。
心底、真面目に、そう感じました。

画面が揺れて酔うとかはありません。むしろ美しい。
血とか内臓とか派手なスプラッタも皆無。
しかし音が、えげつない。音響が。

心身ともに「今日なら余裕でいける」という日に一人で行きましたが、
消耗すること甚だしかった。

だいたい映画を見ると、しかも戦争映画などの場合はとくに、
残酷だろうと苛酷だろうと、泣きはらそうと不条理に歯噛みしようと、
アドレナリンが出るらしく(当社比)
皮肉にも元気まんたんになって映画館を去るというのが、私の常なのだ。
ダンケルクはしかし、そういう私に活力をもたらしてくれる映画では全くなかった。

勇気をもらうとか、悲劇に涙するとか、
怒りに震えるとか、ショックに打ちのめされるとか。
はたまた人間の愚かしさに嘆くとか、
そういう感情に火がともるタイプの映画でなかった。

嘔気と腹痛が波状攻撃で絶え間なく打ち寄せてくるような音響(音楽とも効果音ともつかぬ低音)と、
壮大で圧倒的な絶景(戦争映画にもかかわらず、陶然となるほどの景色)との、
このダブルバインドが、どんどん感情を殺しにくるんで。

クリストファー・ノーラン監督がCGを全く使わず、生映像にこだわって撮影したらしいですが、
おかげで臨場感が異常。
初めて見る光景なのに、なんかわかるこの感じ、
というリアルな追体験を否応なくさせられます。

しょっぱなズキュンという銃声でまず私、ビクッて身を竦めましたから、文字通りに。
そんなリアクションしてるの映画館で私だけでしたが。皆なぜ平気なんだ。猛者なのか。
(ちなみに映画館は、 空いている頃合いを見計らって行ったこともあるが、十人ほどしか居なかった。)

昨日ラスベガスで銃乱射事件があったばかり、その報道を見聞きしたばかりで、
頭上から銃声が降ってくると、
胃がすくむ……常に気が抜けない。

天国と地獄の立ち位置が、戦況の風向き、自然状況の潮目の変化で、
あっという間に入れ替わることの連続で、
(精神的な)窒息と過呼吸が交互にくる息苦しさ。
苛酷でした。

以下、忘備録的な小さなネタバレ感想。



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やったぜ活撃 [活撃/刀剣乱舞]

活撃/刀剣乱舞 #13 『活撃』

最終回。
文句のつけようもなく、面白かった!
圧倒的な作画、動き、内容も期待以上に期待に応えてくれる最終回で、王道展開。
見終わって打ちのめされて無口になる感じでした。

これまでの視聴では、なんか色々と引っかかるところが多々あり、
その不服の感想を、ここでぶちまけておかないとすっきり眠れません、
みたいな心地が勝(まさ)っていましたが。

正直この最終回の直後は、胸がいっぱいで、はぁと重くため息ついて、終わりにしたい。
子供の時、『天空の城ラピュタ』を初めて見て、
胸がいっぱいでなんか無口になって、しばらくラピュタのことを誰にも話したくなくて、
ややあって、今度はラピュタを誰かと語りたい、布教したくてたまらなくなった、
あの感じが。
活撃最終回にぎっしり詰まってた。

堀川国広が、
「出てきていいよ。ここならだれも居ないから。さっき土方さんの部屋に居たでしょう。気付いてたよ。久しぶり兼さん、来ると思ってた」
というシーン。
そうそうこれだよ、堀川国広はこういう感じなんだよ――と、ようやく胸の痞えが取れる。
こういう……控えめな振りして、いつのまに核心につけこんできそうな抜け目なさがあるんですよ、
堀川国広には。
可愛い顔して用意周到、じっくり一つのことを企んでいながら、機転が回るかんじよ。

それが活撃では初回、未熟な刀剣男士としての堀川国広、その初陣から始まって、
ほんと、一時はどうなることかと思ったわ。

純真だけど馬鹿じゃなく、それどころか世間通だから怖いんだよねぇ堀川君って、
という、私がなんとなく思い描いている雰囲気の堀川国広になるまでに、
欲を言えば、途中経過を作中できちんと描いてほしかった。

最終的に、3年間、土方さんに同行して新選組やってるあいだに、
我々の望む堀川君になっているという禁じ手、裏技で、帳尻を合わせてきてくれました。

「鉄の掟」は、鉄之助の鉄にかけているのかと思っていましたが、
今回、和泉守兼定が、局中法度のことを「鉄の掟」と言っていたので、
なんだ……やっぱりその意味だったのか……。

しっかし堀川君が、兼さんに土方さんの最期を見届けさせてやりたい、と思っていて、
かつまた歴史は変えたくない、と思っているのはわかる。
果たして、どうするつもりなんだろう。
(どんな腹づもりでいたのさ?)

新政府軍に追い詰められた土方さんが、堀川国広(脇差)で、腹でも切って自害して、
そのときに兼さんに土方さんの介錯でもさせる目論見なんだろうか? 
和泉守兼定が和泉守兼定(打刀)自身を使って主の首を斬るのか。
その土方さんを介錯した刀を、鉄之助に遺品として持たせるつもりなんだろうか。
「武士よりも武士らしく」かつまた「土方さんの最期をみとる」
という両方が叶えられる……。
私が堀川君だったらそう仕向ける気がするけど……。

刀(刀剣男士)と持ち主とは、
「刎頸(ふんけい)の友」ともいえる絆で結ばれている、
と、そんなスタンスで攻めるアニメの流れじゃなさそうだ。
小説ならまだしも、たぶんアニメだとえぐくなりすぎるし……。

活撃は海外ファンにもわかる言葉遣いを、ことさら選んでいる気がする。
海外ファンの見識を忖度して、小学生レベルの説明の台詞が多かった、
と私は勝手に思っている。(おかげで刀剣のアニメにしては不自然なまでに健全路線。)
だから、まあそういう介錯なんてのは、刀のアニメであれ、積極的には見せない側面でしょう。

土方さんに兼さんが詰め寄るシーン、
「生き様」とか「覚悟」とか、そういう台詞は人間が安易に使うとすごく安っぽくなりがちで、
そういう言葉を平気で口に出すキャラを私は警戒・敬遠しがちなんですが、
刀剣男士が「生き様」「覚悟」と口にするときの、板についた自然さよ。
人の姿をしていても、本質の魂が刀なんだなあ……と思わせてくれる、良い台詞でした。

話がついて、兼さん、ようやく馬に乗る。
いや……でも新選組の馬を一頭、乗ってきちゃって良かったのか?
物資が不足し、たてこもったりして大変な戦況に立たされている土方さんたちなのに、
その馬を奪ってきちゃうか! 歴史を変えないためにあえて地味に足引っ張ってんの?

ともあれ、あの場面で兼さんが馬に乗らないほうが不自然だし、
乗馬する兼さんは想像どおり颯爽として恰好良かった。

ノーマンズランドで落ちあった刀剣男士みんなの、ひらっひらした衣装が、
ここぞとばかりに草原で風にあおられて、
そうだよ! これだよ! そのためのこういう衣装だよ!

それからはもう神作画と桜吹雪の嵐で、息をつく間もなく素晴らしかった。

期待通りに、三日月宗近も、骨喰も、薬研も、蜻蛉切も、鶴丸も、
実によい頃合いで助太刀に登場。
三日月が来ることはお約束の流れで当然わかっていたけれど、
波が打ち寄せるような音とともに、桜吹雪がぶわっとなって、
花びらの渦中に三日月が現れたときに、
よしきた!!!

かつて鶴丸が初登場で現れたときと同様の、
この圧倒的劣勢な戦況がこれでひっくり返るぞという期待感、
もう勝ったも同然だあああ神作画~、
という高揚をひしひしと噛みしめる。

あとはもう、
・骨喰と薬研の粟田口兄弟の共闘。回転斬りしまくる!
・兄者の「膝丸」呼び。
膝丸の「あの兄弟に負けてられないな、兄者~」からの、
兄者が弟を「膝丸」と呼びかけるやつ。華麗に敵へと斬りこみながら、大丈夫か膝丸、息してるか。
・大典太と蜻蛉切、この両者の組み合わせとは思いつかなんだ。蜻蛉切、大太刀にリベンジ。
・鶴丸と三日月の連携プレー。かつて組んでたのか、どうりで息がぴったりですよ。しかしこの両者は本当に嬉しそうに、かつまた美しく戦うよね。まさに刀剣乱舞、ここに極まれり。

という名シーンが、立て続けに押し寄せて、
ばっさばっさと時間遡行軍をなぎ倒していると、そこに堀川君が助太刀に!
王道の大団円、
土方さんの死はあっけなくも感傷的でほろ苦く、活撃はきちんと終わるべくして幕を閉じ、
終わり良ければ総て良しでした。

エンディングで、
刀剣乱舞(ゲーム)の刀剣男士を描いたイラストレーターさんの名前がずらっと出てきて、
刀剣乱舞のゲームをはじめて3年弱――。
画集で見慣れた、目に馴染みのあるイラストレーターさんの名前が、
同窓生とか先輩の名前を見るような感慨深さであることよ。
わー! 
妙な親近感が。

劇場版始動!
わかる……この活撃、劇場版ありきで作られていた感じがする。
劇場版くらいの時間で、神作画のアクションをメイン、もっとギュッと詰めて作ったら、
相当、クオリティたっけーものが出来あがるわ。
今からもう待ちきれない。
(そのときには活撃審神者、ほんとに要らない。
活撃審神者に関しては、登場した意味が未だにわからないよ……。)

そもそもこのアニメ、今になってみると、
全部で本来12回の内容を、無理に13回に引き延ばしたんだろうなあ、
そう思えばこれまでの、間延びした色んな粗(あら)が、腑に落ちます。

徹頭徹尾とはいかなかったが、最初と最後が最高だったし、
本当に良かったです。中盤の第一部隊の回も良かった。ありがとう活撃。
深夜アニメを全部リアタイして、その都度、毎回感想をブログにアップするなんてマメなこと、
気づいたら私ほかのアニメでしたことないよ。

とりあえずサウンドトラックのCDは入手しました。
グラブル(ゲーム)とのコラボでも、戦闘中に活撃のテーマ音楽が流れるたび、
この曲……良い……ゲームの周回には正直うんざりしてきてるけど、
音楽につられてつい頑張っちゃう……ううう……
病みつき気味になって曲が抜けない状態が続いたので、降参して買いました。


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デザイン公開 [初の短編集]

これまで、Canvaで作ったデザインをいちいちダウンロードし、
サイズを当ブログ用に適当に小さく調整。
その小さく調整しなおしたデザインを、ブログにアップロードという面倒くさいステップを踏んでいたが、
ブログ上に埋め込みコードを貼ることで容易にシェアできると知った。

手腐レ風切り貴方まで: 中里友香短編集』をダウンロード購入してくださった読者の人には、
良い状態でデザインを見てもらえる! つもりでいるのですが、
Kindleは機種によって白黒にしか出ないものもあるらしい。
表紙以外、全部白黒って……なんてことだ! 電子書籍のメリット半減ではないか。
機種によって見え方がかなり違うというのは、電子書籍のメリットですよね。
紙の本ならこんな心配はいらぬ……。
一長一短ありますね。

カラーもOKなKindleの機種か、タブレット端末ならベストな状態で見られるはずですが、
ダウンロードする端末が小さいスマフォだったりすると、
その画面より大きくして画像を見られないということもあり、
ここでひっそり公開することにしました。
読者の方はけっしてデザイン目当てで、
私の短編集をダウンロード購入してくださるわけではないだろうし……。
まだダウンロード購入されてない方にとっては、こんな感じの世界観の短編集なんだな……と、
より伝わりやすいかと思うのだ。

スライドショーにできます。
https://www.canva.com/design/DACY0Yba_7I/Lg9w9Kx1Y4uUPO1VCkSR4A/view?utm_content=DACY0Yba_7I&utm_campaign=designshare&utm_medium=link&utm_source=sharebutton

しかしこの方法だと、ダウンロードする前の状態で公開することになるので、
「葉コボレ手腐レ死人花」
「奥付」
に使っている有料素材の花に網目が入って見えるわ……。
(Canvaの有料素材はダウンロードする時点で決済されるので、
ダウンロード前だと透かしが入った状態になるんですよ。)

実際のKindle版では、もちろん網目は入っていません。

Kindleは現在、JPGファイルしか使えないので、
JPGに変換したときベストになる状態を想定して作っています。
ですので、JPGにする前の時点で公開するこのスライドショーは、
厳密にいうと、キンドル上とちょっと見え方が異なります。

グラブル山姥切もパーティに無事に編成できました。 あとは期間中に上限解放を [活撃/刀剣乱舞]

活撃/刀剣乱舞 #12 『箱館戦争』

今回が最終回だと思って見ていましたが、
次回が最終回なんですね。
最終回の一つ前だけあって、気合いが入っていて、
製作側の気迫がひしひしと伝わってきて、とても良かった。

物語の展開としては、正直、御都合主義の最たるもの――。
物語には、たとえSFだろうとファンタジーだろうと、作中の世界におけるルールってのがあり、
そのルール作りがSFやファンタジーの肝だし、
異世界の世界観を堪能する醍醐味だったりするわけなのだ。が、
活撃の場合、その設定が、謎のゆるふわ具合で進んでいく。

当然、物語の展開もいちいちカオスすぎて、もうつっこみが追いつかない。
もはや、突っこみする気も起きない。
むしろ、活撃においてそんなこと、いちいち気にするのは無粋!
今回、カオス具合が振り切れていて、とりあえず物凄くワクワクした。
もう有難う、活撃、ありがとうである。

赤々とした焼け跡の渦中で対峙する、堀川国広と和泉守兼定という構図は、
胸が熱くなる、充実してくるものがあり、
いつまでもこの対峙を見ていたいくらいだった。
なんだったらみっちり本気で一戦交えてほしかった。
が、あくまでも堀川君が丸腰……ではないが、おのれの武器を手にせず、
捨て身で兼さんと向き合って、真剣かつ冷静に挑発しているので、
いっぽう抜刀して刀を振り上げた兼さんとしては、
武器を手にしているのに、(本来ならば相棒かつ助手の)堀川君を前に、
精神的には徒手空拳っていう。そのあべこべ具合が、まことにグッとくるのでした。

この両者の対峙あるいは和解は次回に見送りで、
いきなり審神者が出てきて、じゃあ箱館行っちゃいましょうよ、となるところは、
お前、おちょくってんのか、ってレベルでいい加減だと思いましたが。

一転して箱館戦争にて、
第一部隊が、時間遡行軍を相手に華麗に助太刀に入ってくる戦闘シーンで、
もう、本当に活撃に感謝しかできなくなった。
期待していなかった分、猛烈にテンションがあがりました。本当にありがとうございます……。
短いシーンでも充実していて、とても良かった……。

隊長・山姥切をはじめとして、髭切、膝丸、大典太が神業具合を発揮して、
ほんと理想的にアニメで具現化されていて素晴らしかった。
とくに山姥切国広は活撃で、ひときわ愛されてる感じがする。
(欲を言えば、国広兄弟同士として、これまでに山姥切国広が堀川国広に、
なんらかの助言を与えるシーンがあっても良かったんじゃないかと思うが。
骨喰と薬研は、藤四郎兄弟としての会話があったのだからねぇ……。)

第一部隊があくまで助太刀というスタンスで、箱館戦争に登場してきたのも良かったし、
うち三日月と骨喰がまだ来ないので、こちらは次回に持ち越しできっと必ず登場して、
良いところで助太刀に入ってくれるにちがいないし。
無論、第二部隊の薬研、鶴丸、蜻蛉切も、最高にかっこいい頃合いで、加勢に来るに決まっている。
ああ、もう今から次回へのワクワクが止まらない。

「時間遡行軍、その数、およそ千体!」
ってな台詞を聞いたときに、いくら最終回を派手にするったって、
そりゃちょっと盛りすぎなんでは、
千体とはアルジャジーラもびっくり、ざっくりの勘定すぎる……と思いますが。
そこまで煽ってくれたら、もう期待するしかないじゃない。

しっかし審神者もわざわざ来るなら、
そうだ、忘れてましたが、これを……と、
去り際に刀装とか馬装備を置いていくとか、お守りを託していくとか、
来たなら来たなりに気の利いた仕事をしたらどうなんだ、とは思います。
(活撃審神者に厳しい、わたし視聴者審神者である。)
そうすれば兼さんも、あんなに走り回らなくても、
箱館戦争の山道で馬を飛ばせる。
ゲームの設定から逸脱しないし、そのほうが、かっこいいと思うしな。

堀川君が土方さんの助手として、
誠の印をつけた黒い服を着て、しれっと一緒に居るシーンで、
やるな……こいつ……さすが……。
と内心でニヤッと笑いそうになりました。楽しみだ、次回がとても楽しみだ。

第二部隊の兼さんたちおよび第一部隊は審神者の力で、
時空を超えて箱館戦争にやってきたわけですが、
いっぽう第二部隊から自らはぐれた、堀川国広は、どうやって箱館戦争まで来たんだろうか。

薩摩藩邸の火事の時空で土方さんを見つけだして、新選組に入って、
そこからずっと土方さんの助手をして、
土方さんがどんどん北へ北へと……ついには五稜郭に到達するまで、
近藤さんを失い、沖田君は病に倒れ……だんだらの羽織姿を黒服に改めて……。
一度ならず二度までも、そういう辛苦を共にしながら、ずうっと同行してきたんだろうか。
とすると年季がちがうぞ。

あるいは刀剣乱舞のゲーム内で堀川君が極の修行で新選組に潜入したみたいに、
堀川君は独自の旅道具を持っていて、時空を渡れたんだろうか。
この辺のSF的な部分は、活撃の作中でくわしく解明されることがなさそうだけれど、
個人的には気になります。



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グラブルと活撃のコラボが評判良くてやろうかすごく迷っている [活撃/刀剣乱舞]

活撃/刀剣乱舞 #11 『鉄の掟』

かつて(2~3年ほど前)アルドノア・ゼロというアニメがありまして、
音楽が『進撃の巨人』の澤野弘之さんで、
なんか良さそう~と思って見だしたのだった。
それなりに毎度、一喜一憂しながら、次回の展開を楽しみにしつつ見ていたのだったが、
1クールの最終回を見終えたときに、

……あ、これは……アニメと私の大変不幸な出会いだった。
これ以上なにかあるかと深追いして関わろうとしないことが、一番得策だ。
長い人生、いろんなアニメを見てくれば、たまにはそういう、
反りの合わないという作品もあるよね、さようなら……

と、2クール目をけっして見ないことを固く決心させるに至る作品だったのですが、
今回の活撃はアルドノアの最終回を見終えたときの感覚に限りなく近かった。
(まだ最終回じゃないから希望はある。)

色々と場面展開がおかしかったですね。
つなぎ方? 

しょっぱなから、
堀川国広が宿屋に戻っていない、え、どこいったんだって時点から始まるところで、呆気。
いくらなんでもそれじゃ、第二部隊が無能すぎる描きかただし……、
こんのすけ、おまえ何のために同行してるんだ。
その無駄にハイテク機能を装備してるのは、なんのためだ。
部隊の刀剣男士ひとりを見つける機能がないってことが、にわかには信じられないで、
視聴者審神者、困惑してます。

活撃の兼さんて難しそうな顔してるばかりで、面白みがないだけでなく、統率力もないの?
堀川が一時、行方をくらます展開にするにしたって、もうすこしなんかやり方が有ったろうに……。

火事が起きたと思ったら、あっという間にあらかた焼け落ち、
その渦中に立っているのに、一面、焼けあとになっていたり、
この場面の次に、この場面がなぜこう続く……ということの連続で。
もはや活撃の登場人物のうちの誰かの悪夢を、仮想現実として味わわされている感じが。
ひょっとしてそうだったんだろうか。

堀川君は兼さんの羽織をいつのまにゲットしてたんだか、
それにしても意外にも今回、一番まともに感じるのが堀川国広だった。

この活撃の世界観と設定なら、おそらく歴史抑止力が働いて、
土方さんを箱館戦争で死なせないように細工しても、
2205年の歴史に問題はおきない気がするよ。

意図的だろうとなかろうとだ、あんなに矢鱈と人が死に、歴史が史実通りになっていなくとも、
「歴史抑止力が働いて2205年の歴史は変わっていません」
ってことの連続なのだ。
悩むだけ損だから、もうやってみなよ、応援するよ。
(駄目なら、さらに時間を戻ってやりなおせばいいだけじゃない?)

土方さんって有名だけど、一人の侍に過ぎないし。
かりに新選組をまるまる助けても、あの分ではおそらく歴史は、歴史抑止力が働いて、
2205年時点ではべつに変わってない気がするよ。

活撃の和泉守兼定が、今回のラスト、あれで本当に堀川国広を折っていたとしたら、
原作ゲームの世界観や設定と、乖離がはなはだしすぎて、
脚本にも兼さんにも私は超幻滅しますが、
それはそれである意味、アッパレと言わざるをえない、振りきれっぷりではある。

こと、原作ゲームで堀川国広を極の修行に出した審神者からしてみますと、
そこまでやってくれれば、公式公認の二次創作として、
原作とは完全別物、別ルートとして咀嚼できます。

が、おそらくは思わせぶりな次回への引きに違いなく、
次週、軟着地して一期を終えそうな予感がしています。

ところでタイトル『鉄の掟』は、刀剣男士の守るべき掟と、
新選組の局中法度にかけているのかと思って見ていたのですが、
これは鉄之助(市村鉄之助)の鉄にかけた、鉄の掟、なんですね。
鉄之助、すごい美少年でした。

で、グラブル――



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