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『トーマの心臓』ノベライズ [た行]

萩尾望都(敬称略)の名作漫画『トーマの心臓』を森博嗣(敬称略)がノベライズ。

なんで?
え、なんで? 
というのが私のファーストリアクション。

映画をノベライズ、ゲームをノベライズ、アニメをノベライズ、舞台をノベライズ、そういうのはわかるのだ、媒体の種類が異なるわけだから、ただ漫画をノベライズって企画の意味がいまいち……。漫画は読ませるもので小説も読ませるものだし……。たとえば名作映画やアニメをリメイクする場合、同じ媒体だけれど、その登場人物を今のキャスティングで見たらどうなるのか、という醍醐味が有るわけだが。

小説の漫画化があるのだから、漫画の小説化、いわゆるノベライズがあっても変じゃないんだけど、なんかしっくりこないのは、バターとバターミルクで生クリームをつくるみたいな。生クリームを攪拌するとたしかにバターとバターミルクができるし、間違ってはいないけど、でもなんで? なわけなのだ。

しかも『トーマの心臓』って、漫画にしてネームが、文体がすでに完璧じゃん。自殺しにいくトーマの靴底の下にある溶けかけの雪の描写も、トーマがユリスモールに宛てた遺書の長い文面も。(あれは文字通り、一篇の手紙文だ。)エーリクがオスカーに体調の不調について問い詰められたとき、幼少の頃の、いやだマリエ、やめてその人とキスしないで僕を一番愛してる言ったでしょ、っていう回想シーンの語り口とか。病床の校長を前にしてオスカーがユリスモールに、父親について打ち明ける独白のくだりも。ユリスモールがエーリクにする長い罪の告白なんて、もう文学です。

といっても勿論漫画だから、漫画としての絵の素晴らしさがものをいっていて、あの絵、コマ割り、もう大好き、特に後半、だけどその絵の部分を文章に変換して余りある、既に文学・小説の部分を、新たにノベライズする違和感が。

たとえば『ポーの一族』なら、同様にネームは完璧に文学だけど、エピソードとエピソードの間に、新たにノベライズできる相当の猶予があるし、そこをこの小説家がどう書くんだろう、っていうノベライズ特有の楽しみも存分に残っているとは思う。そりゃトーマだって、脇役キャラにもうちょっとスポットライトを当てるとかそういう真似はできるけど、基本が、ドラマ『北の国』からの脚本を国語の教科書に載せるみたいに。漫画だと載せようがないから小説ね、みたいな『教科書用』にならざるを得ないんじゃないか。

と思ったけれど、音楽のリミックスみたいな感じ、と考えなおしたら途端にすっきり腑に落ちた。
そっか、なるほどなー。

ノベライズ版『トーマの心臓』、萩尾ファンが読むというよりは、森ファンが読む用なのかもしれない。
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追記 (2009/8/4)

さて噂によるとオスカーが主人公で、舞台が日本で、登場人物は日本人?
でもオスカーは日本人じゃないらしい……。
等々、いろいろ小細工がある、というか大々的に設定が異なるらしいが、舞台も人物もそこまで違うとむしろ漠然とした世界観を共有するだけで、物語としては「トーマの心臓」を語れないじゃん! 

……と、作品に対して下手に思い入れが深いってのは、むしろ実に厄介だ。

たとえば私は、ハリポタを映画しか知らないのだが、本を読んでいる友人のリアクションを見るにつけ、あーよかった読んでなくて! 純粋に映画を楽しめて、って思えるもん。

日本SF新人賞の授賞式に出るにつき、日本SF大賞の選考委員で萩尾先生が見えますよ、と聞きつけた私は編集の方に頼みこんで、萩尾先生からサインをいただいた。(先生はすっごく優しく快く丁寧にサインをくださって、私は恐縮するより、なんかポカポカほのぼのとした喜びをヒシヒシと味わった。)そのとき持参した先生の漫画が「トーマの心臓」(最近でた新装版の白い表紙の)。 編集の方に「トーマなの? (SFものとか『ポーの一族』じゃなくて?)」と念を押されたくらい、場違いでも空気読まなくとも私はトーマの心臓が好きだ。萩尾先生はSFの選考委員としていらしていて、私もSF新人賞だったので「SFじゃなくてすみません」と謝りつつ。

「トーマの心臓」にSF的要素は皆無だからな!

実は「マージナル」も持参していったんだけど、マージナルは文庫本だったし、寸前まで「ポーの一族」ともすごく迷ったんだけど、叢書のポーは読み込みすぎて頁の背表紙がはずれており、さすがにぼろぼろの漫画にサインはもらえない。トーマは新装版の表紙が好きで、新しく買いなおしたばかりだった。

隙間を書き込むのでもなく、舞台設定も、人物造形も異なるとなれば「トーマの心臓」ってタイトルにしないでほしいとかすら思っちゃう厄介なファンなわけだ。「トーマの心臓」へのオマージュです、とあとがきとか、帯にでも添えてある程度ならきっと読めたのに……。トーマのノベライズだと知らなきゃ「この本ってトーマっぽくてなんか好きよ!」「元ネタは絶対トーマに間違いないね」「つかあとがきにそう言及してあったよ」って喜べたかも。が、仮にも『トーマの心臓』と銘打ってあれば、純粋にノベライズを楽しめる自信が無い*。読まないで語るな、見ないで文句言うな、って私はよく人に思うんだけど、こればっかりは!

ただやっぱり『トーマ』を前面に、全面に出したほうが、話題性はあるだろう。

『トーマ』のファンが大喜びできる作品ではなさそうな気がするが、これで原作の本物の「トーマの心臓」に興味を持った人が、漫画を読む、という流れになればそれはそれで素晴らしいか。

ノベライズって、基本翻訳みたいな作業じゃないかと思っているんだけど。
この場合、抄訳なのかな。
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コメント 2

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エンジ

はじめまして。
小説があるなんて知りませんでした~・・・
モー様の漫画はアレで完璧な世界ですよね。
中途半端な漫画は小説にしてもまた逆に味わい深く(?)なるかもしれませんが。
by エンジ (2008-12-20 08:29) 

中里友香

コメントありがとうございます。
ですよね……
小説にしていじるチョイスとして、解しがたくて。
べつに私は原作至上主義ではないのですが、
原作に開拓余地が残っている作品ではあるまいに、なんて思うわけです。
私の思い入れが強すぎるのかもしれません(笑)
別作品だと思って読めばいいのかもしれません。

by 中里友香 (2008-12-21 22:45) 

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