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歌仙兼定登場@永青文庫 [か行]

実物の歌仙兼定を見にいってきました。

7/9日から始まった歌仙兼定の展示、
混むかもしれないと、7/14日、すいてる昼時を狙って友人と行きました。
おかげで暑かった! 

あまりに暑く、ぶっ倒れるのも馬鹿らしいと満場一致(二人ですが)で早稲田駅からタクシーを拾う。
複数人で行く場合、この手段はこの時期、かなり有効かと思います。
普段インドア派すぎるというのもあるのだが……
あそこまで暑いと思考回路が正常に機能しないので、炎天下で迷うのも、無理だ!
東西線早稲田駅から1000円区間でした。

永青文庫界隈は、早稲田大学や日本女子大やらのキャンパスが連立。
永青文庫近辺になると、にわかに鬱蒼と深緑に囲まれて、別世界。

永青文庫は、もともと細川邸のうち事務所だった建物を再利用しているようで、
使用人達の詰め所とか、屯所とかそういう感じだったのか?
当時の洋館の面影を色濃く残していて、ややさびれた感も、味わい深いです。
階段の手すりの位置が異常に低いのに驚く。

館内は美術品があるので、猛烈涼しい。
公式ページにもあるように、上着持参が賢明です。
永青文庫は美術館といっても小ぢんまりしているので、
ひょっとしたらコインロッカーないかな……と危惧していたのだけれども、
ばっちり完備されていて、かなり助かった。

歌仙兼定は展示期間が長いので、私が行ったときは、さほど混んでいませんでした。
ありがたい。じっくり堪能できます。

四階から展示となっており、四階から二階までが展示場。
下に降りてくるという順路で、歌仙兼定は四階の奥・中央に。
薄暗い、もと洋館の古めかしい空間に、ライトが当たっている展示品が並んでいて、
天井が高くゆったりしていて居心地がとても良かった。

歌仙兼定は印象として、打刀としては小振りでした。
《片手で振れるように寸法がやや短くなっている》と説明書きに。
――細川家の目録には脇差の項に書きこまれてありました。
「大振りの脇差」として通用するサイズ感です。

まっすぐ一本気な歌仙っぽく、刀身はやや図太めでまっすぐ。
先端にかけて若干の反りが入っています。
(切ッ先は猪首だったか。うろおぼえ。)

細川忠興が、部下の不調法を罰するためやら、悋気に任せて、三十六人斬ったから、
三十六歌仙になぞらえて、歌仙兼定なわけですが、
細川家側の記録にその旨は明示されて残ってはないとか……
(細川家の性分として代々語って誇れることでもないだろう)

ごくわずかに微細な刃コボレも見られて、使いこんだ感がひしひしと伝わる刀身でした。
そのせいか若干、刃先はよく研ぎこんだ庖丁の風合いに見えないこともなかった。
まさに人斬り庖丁感です。

刀身にひきかえ鮫皮(……エイかも)を漆で燻した鞘が、白と黒のある種天然の水玉模様*で、
スタイリッシュかつポップでおしゃれでした。
この歌仙拵えの鞘、のちに「肥後拵え」と呼ばれたものが、ほかにも何点も展示してあって、
軽そうで、使い勝手も良さそうだった。
鮫というと、文字通り鮫肌でブツブツざらざらが残っている仕立てが一般に多いと思うのだが、
つるっと平ら(エイだから? 燻して漆でコーティングしてるから?*)
エナメルっぽい質感に映る。
ごてごてした飾りがないこともあり、洗練されてます。

今回は展示のお題目が「歌仙兼定登場」なだけあって、歌仙兼定に関連する展示となっており、
細川家というと茶道具の目利きというイメージがあった分、
茶道具のたぐいの展示がなかったのが、私としては少々、残念だった。

とはいえ大半は刀ですが、石棺なみな長持の数々や、
当時の自筆のカルタ(百人一首が書いてあった)とか、
和太鼓——これが、きらびやかではないのだが、色合いがシックで上品な風格が極まっている。
また梨地に秋の花々、川が流れている、蒔絵のほどこされた、今でいうピクニックセット(徳利とか重箱とかが小さい箪笥状にしつらえらえれている)のとか、
ほんともう、風流かつ雅の極み。
華美過ぎず、かといいワビサビの過ぎた野暮ったさがない。
今回、目にしたのは細川家伝来の逸品のうちのごく一部なのだろうけど、
終始一貫して細川家の毛色って、ほんと良いセンスしてらして……と感じる、
私好みでした。

そんな中で、一振り、今まで私が目にしてきた太刀の中で一等好きだ、
運命的な出会いに匹敵するくらい一目ぼれだ……
という大振りのとてつもなく美しい太刀がありまして、
歌仙兼定につられて行ったのに、わりと記憶に焼き付いているのは、その一振りの太刀であった。
国宝・豊後国行平・作

http://www.eiseibunko.com/collection/bugu3.html
これですね。

写真で見ると、いまひとつよく存在感が伝わってこないのだが、生の刀身は素晴らしくきれい。
死神みたいな変な模様が柄ちかくに彫りこまれてるのが謎でしたが。
これの役行者っぽい人物は、永青文庫のコレクションHPによれば、
実際は裏なんですね……。
表に配置されていましたよ。
たぶん銘を見せるためなのだろう(この作者は裏に銘を入れる人らしい。)
展示は裏側に倶利伽羅龍が入った状態で置かれていた。実際は倶利伽羅龍が表なのだな……。

永青文庫は、刀の表裏とか、置き方に関しては、はっきりいって、しっちゃかめっちゃか。
柄(茎側)が左だったり右だったり……自由すぎる。
見せたい面を表にするためといえど、どちらかに揃えてくれねば……せめて注意書きを添えてくれ。
どんな刀だろうと、刃が上向きに置かれていた気がする。
ちょっと、どうなのと思うのだった。
(それとも細川家独自のこだわり展示法だったりするんだろうか……)

豊後国行平作の太刀は、
刀身がプラチナめいた白っぽい輝きを放って、ややほっそりとしつつも大振りで、
弓なりの反り具合の優美さといい、
切っ先が、異空間を切り裂いて時空に溶けいるくらい滑らかに研ぎこまれており、
息を呑む美刀。
……ほしい。
いや見られただけでもうれしい。

歌仙兼定と関係がないものとしては、踊り場にあった書棚とか、
近世になって細川家の人がフランスに8年留学していたときの数学のノートが興味深かった。
目をみはる麗筆なペン字で、フランス語で数式などをノートにとってあり、
フランスに8年もいれば書けるか……? とも考えたが、
自分を鑑みるに、
私は足掛けで9年くらい(実質いたのは正味6年ですが)アメリカに居たけど、
英語でこれほどきれいにきちんとノートテイキングできたかと言えば、
比べ物にもならない。足元にも及ばない。
もっといえば、日本語でもあそこまで完璧なノートを取れたことはない。

おそらくは、当時も西洋の授業法として、
板書きをひたすら書き写せばよいというスタイルではなかった筈だろう。
仮に後でまとめなおして書き直したのだとしてもだ、
ただ由緒と財力ばかりの「ええとこのぼんぼん」とは格が違うインテリぶりを、
さりげなくもまざまざと見せつけるノートでした。

永青文庫の季刊誌95を買って帰りました。
季刊誌95は写真の色味も綺麗。

今回の展示《歌仙兼定登場》の図録も売っており、
図録と一緒に季刊誌を購入している方々が多かった気がします。

図録もオールカラーで、展示品すべてが載っていたかと思いますが、
私からすると説明文の入れ方が斜めになっているレイアウトが違和感があったのと、
写真が小さく、かつまた実物と比べて写真の色がかなり見劣りするので、控えました。

以前ゲットした石切丸や小狐丸が載っていた石切劔箭神社の図録は、
図録の写真自体がすごくきれいで、文面も鑑賞に値する出来栄えだったので、
そういうのをイメージしていたが、あくまで思い出アイテムにとどまる感じ。
思い出アイテムとしてなら図録も買って損はないのかも。

永青文庫を出たあと、徒歩五分弱の新江戸川公園にある松聲閣(しょうせいかく)へ。
永青文庫から新江戸川公園はつながっていて、木々の中を歩くので、
階段も多く足場は悪いけれど、暑くはなかった。
松聲閣はもともと細川家の学問所だったそうです。
今は一般利用できるようになっていて、文京区の人ほんとラッキーだな!
いろいろ補修されて畳はまだ青々として、新しい畳の匂いがしていました。
すごく急勾配な階段とか、狭い廊下や縁側などは、昔の日本邸宅の趣が随所に。

お目当ては歌仙兼定のイラストレーター・ホームラン拳氏の描きおろしイラストの展示。
等身大の歌仙兼定のパネルと並んで、イーゼルに展示されていました。
描きおろしイラストは、歌仙さんが持つ歌仙兼定の鞘と刀身の再現率が半端なかった。
さすが公式・永青文庫とのコラボ! まごうことなき歌仙さんと歌仙兼定だ。

等身大パネルは予想より大きかった。衣装がかさばる系ですしね。
歌仙さん、等身大パネルだと顔が小さく、背がすらっとしたのが際立って、美丈夫でした。

*追記


たなばた(七夕) [た行]

七夕なので、
ちょっと『みがかヌかがみ』の話をします。

天女目(なばため)姫
作中「夢浄土」の段に登場する主要人物の一人である、
この天女目という名は、稀少苗字として実在します。

青天目(なばため)氏、
「青女房」の段に登場する主要人物の一人である、
この青天目という名も、稀少苗字として実在します。

昔からある稀少苗字ですよね。
作中で天女目姫と青天目家は関連がある苗字として語られます。

で、皆さんおそらくお気づきの通り、
七夕(たなばた)という単語が、
なばため、
という語と語感的に、かなり類似であるように、
このお話、七夕にまつわる風習がかなり密接に関わってきます。
裏テーマ、裏設定みたいな扱いで、七夕の風習・由来に絡む事象がちらちら垣間見え、
干渉してくる。

表題の『みがかヌかがみ』は、本来の鏡の意味であると同時に、
「夢浄土」の段における不来方と、
「青女房」の段における大正時代、
この二つの世界を隔て、かつまた結び――中核をなしている、とある井戸の隠喩でもある。
この因縁の井戸が絡んで引き起こされる物語世界の経糸(たていと)と横糸を成す題材の一つに、
七夕(たなばた)が有るんです。
(七夕だけじゃないけど)

なので!

今くらいの季節が最もタイムリーな季節柄かなあと思われる。
積読してたり、気になるけどどうしようか……と逡巡しているかたは、
ぜひとも七夕をきっかけに、積極的にお手に取ってみていただけると、
しっくりくるかも、だ!

尚、この『みがかヌかがみ』
牧 眞司氏著の『JUST IN SF(本の雑誌社)』という書評本で、取り上げられております。

牧眞司(敬称略)の個人的見解による、
○冒険○幻想○青春○内宇宙
などのアイコンが『みがかヌかがみ』に当てはまり、中でも
○時間・次元
というアイコンがついているのが、私的にグッときた。

今までも私の著作に関して、
新聞や雑誌を含め、ちら……ほら、と書評をつづってくださる奇特なプロの批評家がいらしたが、
いずれもとても有りがたいの一言に尽きるものの、
……きっと、作者でもなければ本当に些細な部分なのかもしれない、
ちょっとした読み間違い等が散見されるのが常だった。
大筋はあってるのだが。

『カンパニュラの銀翼』のシグモンド・ヴェルティゴのことを「英国貴族」と書かれていたりとか、
(実際はシグモンドは欧州貴族で、英国人であったことはない)
『黒十字サナトリウム』の龍司を「ロシア人との混血」と書かれていたりとか、
(実際は龍司はドイツ人の血が入っていて、ロシア人の血が入っているのは湊だ)
いずれも異なる書評家のかたなのだが、そういった微妙な読み違いなのか書き間違いなのか、
たぶん時間的な制約とかもあって、急いで仕上げているんだろう……
というケアレスミス?も少なくなかった。

批評というのは当然のことながらその性質上、
作者当人の目には一切触れずに書かれ、発表となる。
発表となっても、まず知らされることはない。
なので、たまたま何かの折に私の目に触れて、はじめて、
「お、おや!? これ、違ってるんだけど……」となった時には、間違った情報がすでに出回った後。

ですんで、こんな素敵な書評を書いてもらえた、
そう胸を張って、もろ手を挙げて喜べる書評に残念ながら、あまり出会ったことがなかった。
ま、私の話は情報量が多いんで仕方がないか……。

ところが!
今回の牧氏の批評に関しては、
「すべてにおいて的を射ている!」
読み違いのたぐいは一切なく、
これほど的確な書評に出くわし、私がびっくりしたくらい。
一読しただけでは読み手にスルーされるかもしれないなと思っていたような深い部分まで、
内容を隅々まで、きちんと汲み取ってもらえていて、
素直にとても嬉しかった!
ちゃんと通じている読者がいる。

『みがかヌかがみ』は何しろ発行部数が少ないので、
取り扱い書店もまれでしょうし、
刊行から半年ほどたって、
在庫僅少となっている本屋さんも多いとは思いますが……。

七夕の短冊にうっかり「何か」を願うとよろしくないということも書いてあります。
もちろん小説なんで、どこまでが民俗・風習における史実として妥当で、
どこからが物語の範疇なのかは、
読者の読解力にゆだねられています。

余談


即行マイリス [最近のお気に入り]

刀装発動の演出がかっこよく、ニトロみを感じる。
自軍側のメンツが、わが本丸の一推しカンスト組とかなり重なる(三日月がくる前はこんな感じ)、
対する演練相手のメンツがこれまたわが本丸推しカンスト組とかなり重なる、
まったく相手に不足なし、微妙な力バランスの駆け引きがもうほんとたまらん胸熱展開。


http://www.nicovideo.jp/watch/sm29159939

「こいつら大阪城掘ってるんじゃないかな?」というコメントに激しく同意。
全員の「らしい」表情もさることながら、
戦闘中の三日月の軽やかでゆるぎない足の踏みこみかたとか目をみはる。

演練相手を見た瞬間におのおのが、あー手ごわいのに当たったぽくね?
という顔になって、相手側に「やぁ」って手を振ったりしてるところなど、
戦闘以外もエンディングまですみずみ至るところ心憎いです。