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ぜひ中性的な声で [さ行]

市川春子著の『宝石の国』のアニメ化発表に、10月放送開始がすでに今から楽しみなところにきて、
出たばっかの最新刊の7巻を読んで、先が気になって仕方がありません。

漫画『宝石の国』いいよね。
わたくし、いちおう日本SF作家協会の会員なので、
日本SF大賞を受賞してもらいたいなあ~と思う作品に出あうと、
まれに推薦とかします。

日本SF作家協会のほかの方々と、わたしの趣味・嗜好・評価等が一致しないことが多いようで、
自分がいいなあと思う作品が最終的に日本SF大賞の候補作にすら選ばれることがない。
若干の徒労感とか無力感とかはありますが、
それでも「どうしてもこれは!」と思う作品は推薦します。

かつては誰がどの作品を推したのか非公開だったのですが、
昨今、日本SF作家協会のありかたが変わってきて、
協会メンバーがどの作品を推薦したか、公開されるようになった。

昨年分の第37回日本SF大賞のエントリーの時は、わたしは『宝石の国』を推薦したのだった。
(あともう一作品はゲームの『刀剣乱舞』。
正確にいうならば、とうらぶと全国の美術館・展示物とのコラボについて推薦した。)

http://sfwj.jp/awards/Nihon-SF-Taisho-Award/37/entries.html
これのP3部分。
右側の名前は推薦者で、推薦文は推薦者の文章そのまんまです。

『宝石の国』については、私が推薦する前年も、
日本SF作家協会メンバーの別の方が推薦なさって、
私は一票を『宝石の国』に投じた覚えがあります。

市川春子さん、きっと萩尾望都作品をお好きだろうなあ、影響受けてる感がひしひしと……
……と、私は勝手に想像していたのですが、
やはり言及されてますね。
http://konomanga.jp/interview/9099-2
【インタビュー】妄想がかたちづくる物語は、自分自身でも予測不能! 『宝石の国』市川春子【後編】

他にも言及されている宮崎駿の『風の谷のナウシカ』、言われてみればわかります。
終末観というのか? 現代文明が古代になっている、はるか未来の世界観。

漫画を読むとき、軽率に「このキャラが好き」となる私ですが、
『宝石の国』は箱推しに近い。が、あえていうなら、アンタークが。
パパラチアも。パパラチアは数ページしか登場しないけど、出てきて即座に大好きになり、
あっという間にガラガラと崩れていったのだった、パパラチアさん自体が……
(正確に言うと音もなく倒れたのだったが、心理的な衝撃度が凄かった)。
シンシャもちょくちょく気に掛かるし、主人公のフォスは独特の軽口が憎めないし、
きりがないので箱推しです。
ルチルの役回りは、とうらぶの薬研藤四郎と共通してるなあ……と、
白衣と黒手袋と、ちょっとガサツめな性格と、適切な医療技術を披露する腕前について思うのだった。
ところでゴーストさん、ハリーポッターのルナとイメージがすごく被るの、私だけか知らん。

世代差CM [さ行]

「女の子の持ち物じゃないものを、片づけて」
という動画。
仕切りが上がっていくときの表情の変化に、泣きそうになります……。


https://youtu.be/sIgA1mu5t_8

しかもこれをP&Gがつくってる、(生理用品、中東向け)CM動画っていうのが、すごいわ。
生理用品はほとんど関係ないというか、姿かたちすら出てこないけど、
女の人が主体的に自分を大切にして生きてもいいんですよ、生理用品はそのお手伝いをしますよ、
というメッセージが伝わる。
青いインクが吸収される絵面を繰り返し見させられるよりも効果的。
センスが良すぎる……。

まあこれも、下手をすれば……抑圧されていた世代の母親が、
自由な時代の娘に自己投影して毒親になっちゃう可能性も多々あり、
そういう意味では自由な娘世代も、まだまだ抑圧下の影響にあるともいえるのですが……。
それでも抑圧され偏狭な価値観を強いられているままよりは、ずっと良い。

そういえば私は「料理好きだとか、裁縫が好きだとか、人に言うな」と言われてました。
女らしく女子力を上げろの逆ヴァージョンです。
料理が好きだとか気軽に口にすると、家庭的な性格だと勘違いされやすいし、
事と次第によっては甘く見られたりするから、気をつけなさいと。

なにを馬鹿な……と思っていましたが、
大人になってみると、実際に料理好きをアピールする人は、
家庭的アピールと直結している場合も多く、
単に、任意の食材を煮たり焼いたり混ぜたりこねたりして自分好みの美味しいものを咀嚼したい、
という素直な欲求の意味でなかったりする場面にも多々出くわし、おのずと口を慎んだ。

私の好きな『The English Patient』という映画にも、
知的な魅力あふれるキャサリン・クリフトンが、
″A woman should never learn to sew, and if she can, she shouldn't admit to it.”
と言うシーンがあります。
女が針仕事が好きだなんて言うと舐められるから、できないふりをしてなきゃだめ、
というニュアンスです。
映画の舞台は第二次大戦前後の時代ですけどね……。

宗三左文字@江戸博 [さ行]

先週ですが、江戸東京博物館の「戦国時代展」にて、
友人と、宗三左文字を見にいってきました。
平素は京都の建勲神社に奉納されている宗三さんですが、二週間ほど東京に出張展示なので、
こいつを逃すわけには行くまい。

戦国時代展は全体的に大河ドラマの「真田丸」を意識した構成だったように思います。
といっても、わたしは真田丸をちゃんと視聴していないので、想像で言ってます……。
あの辺のイベントや小道具にスポットを当てていたような……まあ戦国時代展ですし。
花押とかもありましたよ。
展示物は、かなり文書中心だった気もする。

以前おなじ江戸博の「大関ケ原展」で、出張展示の蜻蛉切や骨喰藤四郎を拝んだ時には、
当時の文書もけっこう読めるもんだなあ……やはり日本語だから相当、見当がつく、
そう感じたものだったのに。
今回は皆目わからなかった。
現代文訳が添えてあっても、
どれが、どこの文のことをいってるのだ……と、じっくり解読する気も失せるほどに。

鎧甲冑は、いつ見ても見栄えが良く、存在感があって、渋いけれど華があります。
やっぱり戦場は武士の晴れ舞台だったんだなあというのが、ひしひしと。
梶の葉のモチーフが大きく兜に角状にあしらわれている甲冑が、
相当、恰好良かったです。

屏風絵巻なども金色が鈍光りしていて、雰囲気があるのですが、
全体的に会場が暗すぎた。いまひとつよく見えないのだった。
おそらくは焼け防止で仕方ないのだ……。

お目当ての宗三左文字こと義元左文字は、
木曜の三時過ぎ、わりとすいていて、きちんと見られました。

とにかく展示会場が仄暗いので、
なにもかもを目を凝らしてみる感じだったんですが、
遠くからでも、左端の茎のところに彫り込まれている金象嵌が、
ところどころ鈍光りして、瞬くように目について、ハッとするのであった。
これ、宗三さんじゃない……?

近づいてみると、瞬くように見えたのは金象嵌の剝げ落ちている部分が欠落して映るために、
かえってキランと、気を引くように浮き上がって光っていたからのようで。
何月何日に義元を討ち捕ったり、といった旨が、
ばっちり刻みこまれていた。

暗いうえに、正面しか見えない展示方法になっていて、
裏はおろか、
切っ先側から、刀身の反りの美しさを確かめたりとか、
切っ先の鋭さをなめまわすように眺めたりとかできないので、
刀身とか刃よりも、とかく茎に彫られたその金象嵌が印象的でした。

たしかその金象嵌の刻印を入れる際に、磨り上げられたんでしたっけね?
そのせいだろうか、それとも明暦の大火で焼けたあとに打ち直されたからなのか、
刀身自体は、刃こぼれや使い込んだ感はまったくなかった。

横に大太刀が並んで展示されていて、
太郎太刀のようなえげつない大きさではないけれども、やはり相当に段違いで、でっかいので、
対比で、宗三左文字は端正に凝縮された、小振りの刀剣といった印象でした。
端っこにあったせいなのかもしれません、なんとなく、頑なな雰囲気と仏頂面な佇まいだった。

戦国時代展のあと、常設展も見ました。
かれこれ17年くらい前に人からいただいた、常設展の招待券がタンスの奥から出てきたので、
期限日が入っていないし、
「ひょっとしてこれ、もしかしたら、使えるかもしれないじゃない?」
ドキドキして試したみたら、呆気ないほど全くなんの問題もなく使えたのでした。
通貨並みだな!
すごいな江戸博。

しかも端をもぎらないで、スタンプを突いて招待券を返してくれるのだった。
あなたも、もしもタンスの奥から大昔の招待券が出てきたら、捨てる前に一考を!

で、中はがらがら。
内容はいろんな予算を惜しみなく、つぎ込んだ感がありありとしていて、贅沢で見ごたえが。
豪勢な展示が多く、羽田空港にあるような日本橋の再現とか。
吹き抜け構造が、趣向を凝らしてあるし、退屈しない緩急ある作りこみになっています。
ジオラマもちゃちくなくて、見るからに見栄えのする数々の縮小風景があれやこれやと。

実際のお姫様の駕籠などは、漆に金にと、これでもかという贅を至るところ上品に尽くしてある逸品で立派。
駕籠ってこんなに綺麗なのか。大名の姫様の駕籠だから?

復元されてある、もう少し質素な駕籠(姫様の駕籠がリムジンならば、軽自動車くらい?)には、
実際に乗りこんでみたりもできます。

解説もわかりやすく、かといい子供向けになりすぎたりしていないので、
見方によっては、かなり楽しめます。
夕方に行ったせいもありますが、閉館になってしまって、最後まで見きれなかったので、
広いのかもしれない。
穴場といった感じでした。

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竄透性(ざんとうせい) [さ行]

竄透性(ざんとうせい)という言葉があります。

旧字体の医学書などに頻出する用語です。
薬による特有の香気や臭気をあらわすときに、よく使われている。

いまは亡き祖父母の残り少ない蔵書に『藥種商全書・完・第五十四版』という薬の事典があって、
昭和13年9月15日第54版(初版は大正4年10月1日)、
私のお宝なのですが、
そこで見られる[竄透性]の語が用いられている箇所の、一例がこちら。
(旧字体は現仮名に直しています。)

[クレオソート] (中略)ぶなタールを乾溜(蒸し焼き)して製る。(中略)
形状 無色か或は微かに黄色のある澄明油状の液で、強く光線を屈折し、味は灼(や)かれる様、 竄透性の烟臭を有す。(後略)


この「竄透性の烟臭」ってどんなにおいなんだ、ですが、
端的に言って、正露丸のにおいです。
薬種全書に、烟臭とは煙臭いということで、火事場の跡のにおいである、と書かれていた。
当時の木造家屋の火事場の跡のにおいは、正露丸のにおいがするんですな。

ウィキペディアの、日局クレオソートを引くと、
上記のクレオソートとよく似た記述が出てくる。

抜粋:日局クレオソート
「ブナなどを乾留させる(通常では木炭を作る)際に水蒸気とともに留出する油層(木タール、水を主成分とする上澄み液がいわゆる木酢液)を蒸留して得られる、淡黄色透明で燻製のような臭いのある油状の液体で、代表的には止瀉薬である正露丸の有効成分として用いられている。]
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E5%B1%80%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%83%88

よく似た文章なのに[竄透性]の記述だけが、すっかり抜けている。
この[竄透性]、ちゃんとした言葉ですが、昨今の文書で見かけない。
それどころか、広辞苑や大辞林など、
いかなる辞書や辞典などにも、言葉が全く載っていない。
(ブリタニカ百科事典は未確認です。)

なんということだ……。

たかだか数十年のうちに、言葉が消える。
流行語とか俗語ならばともかくも。
辞書とは、言葉の意味すなわち言葉の魂を正しく召喚する道具であるから、
辞書が意味を載せなくなったら、言葉の生存率は圧倒的に下がる。
魂を見失った言葉は、この世に存在できなくなるのと、ほぼ同義。

抹殺されてもやむを得なかった言葉——現代では概念自体が存在しない、
あるいは差別的な意味合いが濃厚だとか、もはや使われていない漢字を用いているとか、
そのいずれにも当てはまらない。
なのになぜ消えた……。

数十年足らずで、れっきとした素性の言魂が殺されてよいものか。

言葉狩りに遭ったというよりは、単純に、
「専門用語的に使われることがもっぱらで、
日常で頻繁に使う言葉ではないから、知らなくても困らない。辞書に載せる優先順位は低い」
というだけの理由で、後回しに、黙殺されているうちに、
ここ数十年間で、ほとんど存在の形骸しか残らない語と、化してしまったのではなかろうか。

超、かっこいい言葉なのに。
絶滅危惧種:レッドデータ用語を保護したい、
わたしの言葉に対する庇護欲とも憤りともつかぬ熱意が、沸きあがることしきりです。

[竄透性]は、ほかにもクレゾールなどのにおいを表すときにも使われています。
粘膜を刺激して涙が出そうになるような香気および臭気のときに頻出する。
ハッカ油(メンソール)なんかの香気の描写にも使われている模様。

においのたぐいだけでなく、
たとえば、
→保存齒科領域で專ら使用せられる各種藥物の竄透性に就て
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1780636?tocOpened=1
国立国会図書館デジタルコレクション - 臨牀歯科. 14(6)

→淋巴に於ける固形成分の増加の由來に就て竄透性大なる肝臓毛細管機能に着眼せりhttps://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj1925/33/2/33_2_150/_pdf

等々。
意味は、ですから辞書を引用して説明できないので、
私が一から説明せねばならないのだが、類似の言葉として、
「滲出性」があるかと思う。

しんしゅつ【滲出】
( 名 ) スル
①液体などが外へしみ出ること。
②炎症などの際、血液成分が血管外に出ること。 〔同音語の「浸出」は液体につけた固体から成分が溶け出ることであるが、それに対して「滲出」は液体などが容器や血管の外へしみ出ることをいう〕
~大辞林 第三版~

滲出性というと、
しんしゅつせいたいしつ【滲出性体質】が、
→外部刺激に対して異常に過敏で、滲出性反応を起こす体質。(後略)~大辞林 第三版~

ですので、滲出性:外部刺激に対して異常に過敏で、滲出性反応を起こしやすい性質。
と言えるかと思います。

[竄透性(ざんとうせい)]は限りなく、この[滲出性]に近いか。
ただ滲出性は、おもに液体が外に滲み出ることをいうわけです。
いっぽう[竄透性(ざんとうせい)]は、
液体も気体もどちらでも使えます。
むしろ気体の時に使うのが一般的とすらいえる。

竄透性の竄は改竄(かいざん)とかの竄です。
「竄」は改めかえる意である。
「改竄」と辞書を引くと、そう説明が載っています。

漢字の様子からしても、
[竄透性]=[滲出性]+α(濾出と揮発と浸透と遊走の性質を掛けあわせ、割ったようなニュアンス)
ではないかと。

総じていろいろを鑑みた結果、
[竄透性]=exude(動詞)の兆候が強いこと, effusiveたりうる。
こんな感じが意味として妥当だと思います。
(当初、横文字の薬理系論文の直訳語として使われていたのかなと、思えたりもしたもので。)
effusiveは、ほとばしる状態、
exudeはhttp://eow.alc.co.jp/search?q=exude(英辞郎・日本語)
exude:https://en.oxforddictionaries.com/definition/exude(Oxford Dictionary・英語)

ざっくり言うと、滲み出る+染み出る+発散する+発露、という意味合いになりますが、
言葉の性質上、
[竄透性]は、やや不穏な感じがつきまとう場面で、用いられがちな気がする。

――ここは竄透性と使ったほうが、
時代性や信憑性や説得力、特有の空気感がより色濃く醸しだされる――
そんな場合において、積極的に使っていきたい。
それが絶滅に瀕した言葉に対する救済措置であると、
意気込んでいます。

『視線』 [さ行]

先月、鈴木康士氏の画集が出ましたね!
鈴木康士氏は、私の著作『カンパニュラの銀翼』の単行本の表紙、文庫本の表紙、
両方ともを描いてくださった装画家です。


鈴木康士画集 視線

私は楽天ブックスで先月注文ゲットし、
わりと気軽に、ひゃっほう楽しみ~とページを開いたら、
『カンパニュラの銀翼』の装画が、
どーん!
と出てきて、うわぁァッ……!
嬉しい喜びに体温が上がりました。
エアコンの設定温度を一度下げねばならぬほど。

最初はちょっと上ずって、若干、目線がすべり気味に、どんどんページを繰って次を見たくなるのを、
かろうじてこらえているうちに、今度はなんかゾクゾクきて、
エアコンの設定温度を一度戻さねばならぬほどに。

好きな装画家さんの画集を買って、
ページを開いたときに、自分の作品の表紙絵が出てくるインパクトって、
なんかすごくて言葉にならなく。
まじで語彙力ログアウト。

画集のタイトルが「視線」であるように、
描かれる人物の視線がいちいちゾクっと妖艶で。
冷たい透明感にみなぎっていて、そこはかとなく突き放すような空気感と、
惹きつける吸引力との距離感が、素晴らしいのだ。

神永学氏との対談も掲載されており、
そこで鈴木氏が、神永学氏の小説の登場人物「八雲」について、
「瞳が赤いっていう特徴しか、外見についてほとんど書かれてない。
小説であればインパクトがある特徴だと思うが、イラストだと瞳はものすごく小さいので、
どうやって特徴を引き立たせるか、苦労した」
といったようなことを語っておられます。

インパクトを出すために、大きめに誇張するといった稚拙な表現にしない、
バランスを崩さず、特徴を出すために、創意工夫があるんだな、やっぱり~。

『カンパニュラの銀翼』の装画を引き受けていただいたときに、
担当編集者を通じて、お伝えしたか、
それとも鈴木康士氏に直接メールか何かでお伝えしたか、
あるいは伝えようと思ってやめたのか、よく覚えていないのだが、
――鈴木さんの描く人物は、男性は男らしくかっこよく、
あるいは女性は女らしくフェミニンな色香たっぷりなのにもかかわらず、
女性も男性もちょっと中性的な空気感を漂わせていて。
通常、男性のイラストレーターが女性を描くと、
わりと、どうしても性的アイコン的なパーツが大きく誇張されやすい。
線もしつこくなりがちで、
女性から見ると、違和感が募ったり、時には嫌悪感すら抱かされたりするときもあるのに。
そういう、いやらしい部分が全く感じられない、透き通った魅力があります。

……にもかかわらず、女性も男性もリアルに具現化されていてなお美しく、
骨に芯が通っていないとか、血が通っていないような感じはなく、
したたるような影があって、そのバランスがたまらなく素晴らしいんだ――。

だからこそ『カンパニュラの銀翼』のシグモンドが描かれるにあたって完璧だったのだ。

人物像のシルエットのバランスとか、そういったことは、だから当時もかねてより、
良いなぁ~と私は認識していたのだが、
今回、画集を見て、あらためて感じたのは、
デザイン的なセンスが――背景とか小道具とかそういったもろもろ、ひっくるめて――
一つ一つ緻密で凝っていて、手を抜いてなくて。
絶妙に配置されているんですよね。
カンパニュラ~の単行本でいうなら、小鳥とか、懐中時計とか……etc,
小鳥を手にしたシグの片手が、手袋をはめてるの、さりげなくほんと心憎いんですよ。
これは私の小説の――この物語の表紙なんだ、と実感できるんです。作者も読者も。

どうやって描いてるんだろう……と思っていたら、
付録の特典データCDが、かなり雄弁にそのあたりも見せてくれるのであった。

ものによっては幾層にもレイヤーをわけて、人物や背景や小道具などを描き分けて、
そのレイヤーを統合するまでに、さまざまにバランスを見ながら、
「どんぴしゃ」な一枚絵を仕上げるのだなあ……。

その過程がデータCDで見られるのが、かなり勉強になるし、
見ごたえあります。

『カンパニュラの銀翼』に関していえば、
文庫版の制作過程がデータCDに収録されています。
カンパニュラ~の文庫版は、封蝋をモチーフにした窓枠の内側に、
シグモンドやエリオットやクリスティン、
またベネディクトを想起させる黒い木立……塔のような影が、描かれます。

窓枠に切り取られた空間に、
主要登場人物を3人も配し、でもなお、せま苦しくなく、世界観の奥行きを感じさせるには、
そうか、こうやって描いたのか……!

シグモンドの全体像を、
風でひるがえるコートの空気感みたいなものまで、いったん描いているんですね。
最終的には窓枠や、窓枠の外の黒いベタで塗りつぶしてしまうとわかってる部分すらも。

だからこそ窓の向こう側に見える人物であっても、
四コマ漫画の絵みたいになってしまわず、
動きの一瞬をとらえたような空気と奥行きの深さが伝わってくるんだ。

『カンパニュラの銀翼』のスピンオフ「風切り羽の安息」
この短編がミステリマガジンに掲載されたときも、
ぎりぎりのスケジュールの中、扉絵を描いていただいたのですが、当初は雑誌のモノクロ絵。
これがほんのり彩色を施されて画集に載っていたりもします。

描き下ろし絵や、個展に展示された絵なども数々あり、
海外のグラフィックノベルっぽいテイストなのも。
あとまた、各イラストに添えられている、
粟粒のごとき小さい活字のコメントが、面白い。


若冲展脱落です [さ行]

昨日の金曜日、上野界隈に出かける用事があり、
帰りにそうだ東京都美術館で開催中の若冲展に寄っていこうと思い立つ。
若冲は、花鳥風月をモチーフにしつつも毒々しいまでに精巧華麗というイメージで、
一度きちんと見ておきたかった。

混んでいるのは知ってました。

その前の週末で3時間待ちとか、
又18日(水曜)のシルバーデー?とかいう一定年齢いった人が無料で見られる日には、
激混みのニュースがちらほらと耳に入っていた。

でもなんでもない平日金曜の昼下がり。
並んだとしてもまあ30分くらいか。
私だいたいこういうの運が良くて、激混みのニュースが流れていても、
スッと雲の切れ間みたいな時間帯にすんなり入れることが多いんです。
(人と生活パターンの時間配分が少しずれているのと、
雨の日に行動するのが嫌いじゃないせいもあるかもしれない。)
徒歩圏内だったので東大近辺から不忍池を抜けて精養軒から動物園裏を通って……
歩きやすい靴を履いているし、天気も暑すぎず風は肌寒いくらいだし、
ポカリスエット、帽子とサングラスさえあれば何とかなるでしょ……。

甘すぎた。

着いたのは午後3時前でしたが「210分待ち」。
2時間10分じゃないからね。
210分だから。
3時間半待ち。
レア4太刀を手伝い札なしで鍛刀しても、まだお釣りがくるんです。

チケットを持参していなければ、チケット売り場でも待ちます。
(わたしは事前にチケットを買ったとして万一、入れなければ無駄になると思ったので、買わないで出向いた。)

ここまで混んでいると、中に入っても人間の頭を拝む形になり、きちんと見られないし、
宮内庁所有とかの通常、お目に掛かれない代物がごっそりまとめて展示になってる分、
生きているうちに一度は拝んでおきたい系の参拝者、
御開帳とか参詣とかメッカとかに通ずる苦行と御利益的な趣きを呈しているので、
即Uターン。
諦めました。

それにしても整理券を出さないのは、すぐ近くにある他の美術館や博物館に集客を奪われぬよう、足止めを食らわすための、東京都美術館の目論見か。
日頃、東博や上野の森美術館に客足を奪われている鬱憤を晴らして、見せびらかそうとしたのか。
……そう疑いたくなるレベルです。

展示の終わり際ゆえ激混みに拍車がかかっていたけれど、当初はここまで混んでなかったはず。
早い時期に行けばよかった。
映画とかだと、ドル箱メガヒット作でも終わり際になればなるほど空くんだが……。

ここまで長い行列というと、愛地球博の万博を思い出しました。
「早いうちはガラ空きだったよ~地元民ばっかが何回も足を運んでたもんね、俺なんかもう10回は来てる」とか、話しかけられたのだった、そういえば行列の渦中であの時は(知らない人に他意なく話しかけられると、あ、東京とは違うな?と実感します)。
《後半必ず混む》というよりは、メディアの取り上げる時期にも左右されるのだろう。やっているのを知らなきゃ見にいきようがないんだし。

2016052014420000kakou.png

並んでいる人の顔を隠す加工をほどこそうとしたら、吹き出しみたいになってしまった。
思い思い好きな台詞を入れてね。

善後策と泥縄のあいだ [さ行]

関東甲信越は梅雨明けして、
昼間は晴れたかと思うと、夜はものすごく蒸し暑い……。
校正しおえた原稿を出しに、夜、外に出てみると、
どこからともなく生あたたかい風が……。
なんだこの絶好の怪談日和。

幽霊ずっとスタンばってます、って感じの空気感が周囲に立ち込めているではないか。

……というわけで、ニコニコで見つけた関連動画をいくつか置いておきます。


【刀剣乱舞】意味が分かると怖い本丸エコノミー回避【MMD紙芝居】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm26490308

ご存知の方も多いかと。
怪談の中身としては、さのみ怖くはないのだが、
怪談特有の間(ま)が絶妙で、場合によってはじわじわとくる。
コメつきのほうが怖くないです。


【ニコニコ動画】【MMD刀剣乱舞】(続)意味が分かると怖い本丸次回予告【じっとり青江】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm26510392

こういう怪談特有の雰囲気、あなたも好きですよね?
怪談って日本の風物詩ですからね、
風流だなあ。
美意識や情緒が一抹も感じられない怖さってのは怪談失格で、
怪談と呼んでいい代物ではないと私は勝手に定義している。
……いやだから、それは単に怖い話だから!

アメリカでは、幽霊ものやホラーが流行るのはハロウィン前後の秋が多かった。
次にやはり夏。
私が居た頃だと、シックス・センスとか、ブレア・ウィッチ・プロジェクト、アザーズとかが夏公開で。
また夏休み→片田舎にティーンが旅行→殺人鬼の出現というホラーは定番です。

日本の○○は世界一だ、という流言は十中八九が嘘で、
世界はもっと広い。
日本の○○は世界一だとか主張してる人物の、視野の狭さをアピールするだけ。
そこをあえて、どうしても日本随一は世界のピカイチだと主張せねばならぬと強いられたら、
日本の「怖さ」が醸し出す気色悪さはわりと天下一品ですよね、と答えたい。

つづき


最終回、ルシフェルが登場するも無言だったのは、せめて一声!と思ったけど [さ行]

『神撃のバハムート』最終回、面白かった!
30分だけど、2時間映画を見たくらい濃密にワクワクした!

子供の時、単純に何も考えず、
新しい世界と、新しい物語とに超ウキウキし、
テレビにかじりついてワクワクしていた冒険ファンタジーの感触が、ガンガンに蘇りました。

日本人スタッフで固めたクォリティたっけーアニメを毎週テレビで見れちゃうことに、
感謝せずにはいられないほど贅沢だった。
課金ゲー、おそるべし。

広告費に莫大な予算をもっていかれ、
実際にアニメに携わっているスタッフは、雀の涙しかもらえない……という噂の、
ブラック企業も顔負けなほど火の車、低賃金と、悪名高いアニメ業界。

だがこんなにも、課金ゲーで得たお金を惜しみなくアニメ制作に投入するとは。
なんて清々しく正しいお金の使い方なんだ、Cygames!

通常、苛酷な労働は、
働き手が居なくなるがために、
賃金が高く設定されてくるのが世の習いですが、
アニメ業界の場合、わりとブラックなのがデフォルトだろうと、
――やりたい!
――アニメの仕事がしたい!
という、なり手が尽きないので、
皮肉にも環境が改善されないのかも……。

アメリカでは脚本家協会だかが、ゴールデングローブ賞の時期になると、
いつも賃上げ交渉してる気がする。
日本でも立身出世した有名で有力なアニメーターとかが、
労組的な……メーカーが春闘とかやってる、あれ系の立ち上げたりしそうなもんなのにね。

そう先日、友人に話したら、
「日本のアニメ界隈の住人って、率先して権利を主張し、組織的に動くとか、
待遇を交渉するとか、そういうのもともと苦手な性格そう」
あーそっかー。

そんな中でバハムートは徹頭徹尾、胸熱でした。


じわじわと告知 [さ行]

今年9月からの刊行を予定していた翻訳アンソロジー・シリーズが、
来年9月以降から刊行していく予定に変更なったもよう。
昨年の12月すでにエドガー・アラン・ポーの詩『大鴉』と、
ほかポーの短編一作『告げ口心臓』の翻訳を仕上げていた私は、
おやまあ……と首を長くしている昨今です。

古式ゆかしい名作を翻訳刊行するにあたっては、
既訳本と比較対象されても見劣りしない、後世まで読み継がれる完成度が必須で、
ポーだけでなく、長編短編よりどりみどりに海外作家の名作が順次13冊、刊行される企画なので、
慌てて不完全な本が出るよりは、万全の状態を期するのは致しかたあるまい。

また詳しく告知すると思いますが、
ですので、なんとなく来年の9月ごろを楽しみに期待感を高めていっていただけると……。
いろいろな翻訳家や作家、文学研究家(大学関係者ですね)が、
英語圏にとどまらず海外の名作を翻訳します。

=======
全然関係ないが、(あえていうなら期待感つながり……)先日行った、進撃の巨人展のCM。

二弾、三弾、四弾と、
開催前、開催直前、開催されても随時タイムリーな心憎いCMをこしらえるあたり、芸が細かい……。


【進撃の巨人展】テレビCM第二弾「アルミン篇」
http://youtu.be/KsX5jM7iG28
わたしはアルミン(CV井上麻里奈)が、どうも色々とツボ。

【進撃の巨人展】テレビCM第三弾「アニ篇」

http://youtu.be/NhuboxsXFhg
展示場ではアニの実物大のパネルがありました。
ちっさ。アニまじ小柄!
頭身がかなりリアルな人間寄りであることも判明。
この小柄な体で、エレンやライナーをぶん投げたのか、すごいな! 

【進撃の巨人展】テレビCM第四弾「ミカサ篇」

http://youtu.be/yR513zrtPFs
ミカサは常にぶれませんねー。

進撃の巨人展@上野の森 [さ行]

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11/28(金曜)に『進撃の巨人展』に行ってきました。
友人と待ち時間をおしゃべりして過ごせましたが、そこそこ長蛇の列でした。
曇り空だったけれども、暑い時期でもなく、かといい凍えるほど寒くもなく。
紅葉の季節だったのでさほど苛酷ではなかったが。

14時~15時30の間に入場可能、というチケットを購入していたので、
これでも運営側は混雑を予想して、時間を分散させていたもよう。
そういった意味では、きちんとしていました。

いつぞや出向いた特撮展は、圧倒的に男性客が多かったですが、
今回は逆転していて、かなり女性客で占められていました。

フルコースまわりました。
3Dの短編映画を鑑賞し、
声優音声ガイダンスつきの展示場を堪能。

3D映画は内容は4分程度で、説明込みで8分ほど。
ヘッドギアゴーグルみたいな、ヘッドマウントディスプレイを装着し、
更にヘッドホンをはめると、360度進撃の世界に閉じこめられます。
正確には、トルスト区奪還作戦。

……やだな、マルコ死んだ時のでしょ、ぜったい無理だよ私すぐ死ぬよ、

と思ってたんですが、いざ始まってみるとテンションあがります。
立体起動装置とか、無理ですよ……と思ってましたが、
こんなだったら、楽しいなって感じです。
これで宙をすり抜けるようにして、
硬質ブレードを振り回してバッサバッサざっくざっく巨人の項を狩れたら、
さぞ気分が良かろう。
喰われない限りは。

360度なので、まさに自分がトルスト区に居る感じ。
上を向けば空が青いし、
火の粉が散りかかってきて、
リコの声が聞こえて左側を向くとリコがいる。
イアンの声が聞こえて右側を向くと、イアン班長がいる。

ミカサやアルミンと一緒に(多分かなり足手まといな状態で)同行すると、
ドシンドシン音がして、
文字通り自分の首をあげて頭上を見上げれば、
巨大岩をかついで、ずんずん重たげに踏みしめながら進む巨人化エレンの姿が、暗い影を落としていて……
戦場でアドレナリンが出る感じ。

欧州の赤い瓦屋根の上を跳んでいくのが、爽快感があります。

今、進撃の世界では有事のときですが、
有能な調査兵団が、戦いのあげく生き残って、
いざ平和な世界を迎えられた暁には、
映画『ハートロッカー』の主人公みたいに、
何人かは確実に、平和な世界で居場所を見つけられなく、
無気力に取り憑かれそう。

トラウマの正反対、アドレナリン中毒というか、スリル中毒になっていて、
やたら凶暴的で好戦的な人間になって、
犯罪予備軍として危険視されながら野垂れ死にとかしそう……。

立体起動装置で城壁からトルスト区に下りて、
街並みをすり抜けていく感触がすごく楽しかったのですが、
人によっては乗り物酔いっぽく辛いみたいです。
4分間、わたしは濃密に楽しかったですが、
これ以上長かったら、確かにきつかった。

展示内容のほうは、
いきなりシンデレラ城テイストの小芝居で始まって……おやおや……(笑)
と思っていたけれども、冒頭だけでした。

8割がた、原画の展示です。
ほかは立体起動装置の模型(あくまで実物という演出)だったりとか、
興味深い小道具などが。

原画は思いのほかキレイでした。
キレイな原画を選りすぐっているにしても、キレイでした。
もっと修正ペンとか入っているかと思ったけど、線も紙も何もかもが、きれい。

絵が稚拙とか、雑とか、人物描写がなってないとか、誰が誰だか区別がつかない、
等々、色々いわれているのも無理はない、みたいな漫画家かと思いきや。
単に、人物書くのにあんまり興味がないんだな……という印象を受けました。
とにかく巨人を描きたいんだなあ、諫山先生。
巨人同士の、あるいは巨人対人間の戦いを、いかに絵で魅せるかをメインに考えているんだなあ。

内容は、人間同士の頭脳戦も、設定も伏線も練られていて、
単に、巨人が暴れまわったり人間喰ってるだけの話じゃないから、すごく面白いわけだけれど。

絵の優先順位は露骨に「巨人ありき」
考えてみれば、キャラの描き分けに難があるとか、
みんなモブっぽい顔とか言われている反面、
巨人については、知能があるタイプ、通常種、奇行種、
いずれをとっても、見事に描き分けが出来てますものね。
二つ名のない巨人ですら、あの時あいつを喰ったあの場面のあの巨人だ、って一目見てすぐわかる。

展示場内は一部を除いて写真撮影OKです。
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巨人の巨大模型。
その手。
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混雑の中、人間が映りこまないように写真を撮るのが至難の業のため、
どれもこれも不完全である。

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エレンの立体起動装置の実物大、というか実物展示。

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立体起動装置をつけたエレンですね(こちらはフィギュア大)。

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いろんな作家が描いた進撃キャラの展示。
進撃アニメにおいては、わたしはアルミンが今のところ一等好き。
《私はとうに人類復興の為なら 心臓を捧げると誓った兵士!! 
その信念に従った末に 命が果てるのなら本望!! 
彼の持つ『巨人の力』と 残存する兵力が組み合わされば、
この街の奪還も不可能ではありません!
人類の栄光を願い……これから死にゆくせめてもの間に 彼の戦術的価値を説きます!!》(CV井上麻里奈)
……というアルミンのシーンは、まじ胸熱であったなあ。


The English Patient [さ行]

イングリッシュ・ペイシェントをBSでやってるので見てる最中なんですが、
わたしはこの映画が大好きです。
飛行機! 砂漠! 廃墟! 発掘! 聖堂! 絵! 落下傘! 諜報員! 
……ってかんじで、好物な素材が出てきすぎて困っちゃうよ。
おまけに役者もとても良い。
終盤の「Thank you」と注射の流れに、えらく感動した覚えがあります。
そのシーンのジュリエット・ビノシュが無茶苦茶よかったので、
アカデミー助演女優賞を取ったのかと思います。

そんなイングリッシュ・ペイシェントなのですが、
冒頭、ジュリエット・ビノシュ演ずる従軍看護婦が、
病人を収容する汽車に揺られつつ、かなり悪い負傷兵の患者に、
Would you kiss me? (キスしてくれませんか)
と頼まれて、
NO, but I will bring a cup of tea.(だめ。でも紅茶を入れてきてあげる)
とかなんとか答えるシーンがあります。

するとその負傷兵が、
That means a lot to me.(それだけでもう僕には大層、嬉しいよ)
と答える。

ジュリエット・ビノシュは、じっとその負傷兵をみて、
Really?
とかなんとか疑り深そうに言ってから、
負傷兵が気の毒になって、可哀想になり、同情で額にキスしてあげる。
で、それを見た周囲の負傷兵が
Would you kiss me? Nurse~!? (キスして、俺にも、さあ看護婦さーん)
ってな感じで、からかいつつ、冗談半分にせがむのを、
That's funnyだかyou are verry funnyだか言って、
ウケるわ、とか笑いながら往なして、去っていくシーンです。

ざっくりなので、細かい言葉はちがうかもしれないが、ニュアンスはそんな感じです。

それがだ。

That means a lot to meのところが、「キスでなおる」と字幕が出ていて、
えええええ~と。
「キスでなおる」と負傷兵が要求し、
「ほんとう?」
とジュリエット・ビノシュが思案顔をして、キスしてあげる、という訳になってる。
That means a lot to meのThatはキスのことではなくて、
お茶を持ってきてくれる、ということを指すのではなかったか。

NHK・BSの日本訳だとジュリエット・ビノシュが負傷兵の「キスしてくれ」「キスでなおる」
というセクハラに屈服して、キスする流れに見えます。

本来は負傷兵は丁重にお願いし、しかも断られ、断られても、
お茶だけでも君が持ってきてくれるの充分に、痛み入るのだ
とアピールし、そのけなげさにジュリエット・ビノシュ演ずる看護婦がじんわり心打たれて、
ほだされて、額に軽くキスしてあげる、
というピュアな流れのはずなのでは……。

字幕は文字数があるので、細かいところは訳しきれないにしても。
確信犯な訳で非常にイラつきます。

基本的にこの作中の登場人物は上流階級だったりと、
ちゃんとした丁寧な英語をさらりと使いこなしている世界であって、
あるいはインテリな国際派の、
古めかしいけど、わかりやすい言い回しってのを多くで再現してあって、
そういう格も、てんで反映されていないのが残念です。

かと思うと、
いきなり門前にやってきた男にむかって、
What do you want?
と問いかけるシーン。
「ご用は?」
って訳されてるけど、
こちらは本来、「なんの用?」
と、ぞんざいな感じであるべきなのに。

radiator(ラジエーター)をアンテナって訳してたけど、
ここ砂漠で(日中熱い)
しかも車が非常に困った状況に直面していて、
予備のradiatorがないとか言ってるのは、果たしてアンテナのことなんだろうか。
助けを呼びにいくことになるので、アンテナの事かもしれない。
が、単にラジエーターの気もしてなりません。

言いだしたらきりがないので、ここでやめます。

あともう一箇所だけどうしてもいいですか。

You can't kill me. I died years ago.(君に私は殺せない。私はとうに死んだも同然だ)

No, I can't kill you now.(ああ。もうお前を殺せないよ)

というシーンがあるんですが、

You can't kill me.I died years ago.
(きみに僕は殺せない云々)からの次の台詞の字幕が、
No, I can't kill you now→「いや、殺す気がうせた」
となっていて、これもう誤訳ですよ明らかに。

否定文に賛同するときは否定形Noで答える、
すなわち日本語にすると、ああそうさ、今となっては殺せない、って意味なのに。
なに「いや」とかいって否定しちゃってるんですか。
発音でIとかyouのところにアクセントが来てたりしたらまたニュアンスが異なる場合がありますが、
そんなアクセントもない台詞ですよ。

訳というのは、難儀なもんです。
微妙なセリフ回しが多い作品で、
言葉のニュアンス次第で、これではまるでB級の昼ドラのようだ。
訳は映画の印象を大きく左右しかねず、訳がダサいと映画も駄作になる恐れが……。

初回、第2話、第4話、地下鉄の回、空港の回が好きでしたが [さ行]

残響のテロル最終回、
な?
……っていう終わりだった。
ナインとツエルブの時間がないとかいってましたが、製作側が時間がなかったか。
後半3回くらい、ナインとツエルブの関係性やら何やらぜんぶ途中で投げちゃった感じがすごい。
空港の事件以来、製作側の力尽きた感が。

初回のとぎすまされた濃密さと比較すると、
最終回の、すかすか、もう適当に片付けちゃおうぜ……っぽさが歴然としていて。
同じ内容でも、もうちょっとこう……見せ方が……。
これ投げやりすぎる……もったいない。
VONの種明かしとかもう、あんなだったら、いらなかった……。
慌てて伏線回収するなら、無理に片付けなくても良かった。

……んでもって、観覧車かと思ったアンテナ……電波研究所だったのは、当たってました。
が、観覧車とアンテナ……あれ関係性あるのかないのか、
初回から原子力発電所がちょくちょく織りこまれていたから、
チェルノブイリもなぞらえていたんだとしたら、
そこ、もっとクリアにやってほしかったなああああ。
(ふつう観覧車とアンテナみてチェルノブイリかっ!って察する人いないし。……ってことはやはり違うのか?)

ひょっとして当初作ろうと思っていたことが、
色々、現実の場所とリンクさせることで難しくなって、
製作途中で方針の変更を余儀なくされて、
最後、ああいう無茶苦茶な妥協ラインに落ちつかざるをえなかったんだろうか。

そもそもハイブがなんでリサを拉致るとき観覧車を選んだか、
ツエルブがどうやって観覧車を突きとめたか、
全然でてこなかったけど。
――小さい時、施設のでっかいアンテナを見ながら「観覧車みたいだね」
「観覧車ってなに……?」
「本で出て来たじゃないか」
みたいな夢見がちなやりとりをして、
「いつか一緒にここから出て、3人で観覧車に乗ろう」
……とか約束してたことでもあったんだろうか。
進撃のエレンとアルミンの「海……?」のやりとりみたいに。

そういうシーンが出てこないことには、さっぱり意味不明だった……。

ネタバレ


策士 [さ行]

残響のテロル#9視聴。
#8にて観覧車に見えた「アンテナ」は観覧車で、あってた。。。思いっきり観覧車だった。日本の。

どうやらこの分ではチェルノブイリは出てこないか……。

女の子がらみで仲間割れすんのまじでやめてほしいが通過儀礼ですか。
仲間割れというか裏切りとかいってますけど、
あれは役割分担として必要だった、とナインは把握してそう。
こうなるように白髪の5に強請られてる以上、不可避ですしね。

お前はリサんとこいけ、
と言いたいが、強制するわけにもいかないし、自分たちの身の安全を最優先にすれば、
たしかに捨て駒にする方法もとれなくはない。
柄にもないこともやれないので、
ツエルブが自発的に救いに行くように、薄情を装い意地悪く仕向けた上で、
自分は一番危険がふりかかる行動をチェス盤なみに先読みして、
確実にやばいほう、ピンチ度が高いほうを選んでこなしてますナインは。
すごーくさり気なく淡々とやってのけてるので、わかりにくいけど。

ツエルブは#2あたりでは、
「邪魔すると殺しちゃうよ」とか薄笑いでリサに警告する怖い子だったのに。
いまや一心不乱に助けに行くとか、なんという体たらくだ(笑)

ナインは良い人やるのも腹が立つし、性格上、不向きだから、
ツエルブが確実に罪悪感を持つようにけしかけて、動いてるよ。

白黒つけないカフェオーレ [さ行]

smile.Glico 篇 90秒
http://www.glico.co.jp/corp_promotion/14_cm_90s.html

グリコのピエロのコマーシャルが苦手です。
テレビをつけてきたときにこのCMが流れると、黙って画面から目を背けつつリモコンを探す。

なぜだろう、
妻夫木は好感度の高い俳優で、柳葉敏郎とのロト7のCMシリーズとか、かなり好きです。
カーペンターズのこの曲も良い曲ではありませんか。
(……たぶんこのCM中で流れているヴァージョンはカーぺンターズが歌っていないと思うが。)

つまりピエロがだめなんだな? 

いや、わたしはサーカスなどの哀愁溢れる、
顔に涙マークがペイントしてある、
暗く冷たい面持ちのピエロは大好きです、ゴシックだもの。
このピエロ(?)は、色も別段、白くもないし、哀愁もないし、終始笑ってるだけなのが怖いんだ。

ただまあ、ピエロはピエロ恐怖症とかあるくらいで。
高所恐怖症とか、閉所恐怖症とか、わりと共感を得られる範疇の恐怖症の代表例のうちに、
少なからずリストアップされるくらいです(http://matome.naver.jp/odai/2136025356494258701)。

ピエロというと、殺人ピエロのジョン・ゲイシー
(ピエロの恰好をして孤児院とか小児病棟とかを慰問するいっぽうで、
少年含む33人を殺害して、死刑になった)
この殺人鬼のイメージが容易につきまとうからもあります。

商品戸棚に潜んでいたり、
気付いたらカップボードから出てきたり、いつの間にトレーラーに居たり、
グリコのピエロもたいがい変質者っぽい。
小学校低学年のとき、友達と登下校中とか公園で遊んでいると、
いきなり追っかけてくる大人の不審者って、大体こういう表情してました。

そもそも欧米の映画とかでは、
ペドフィリアや猟奇殺人犯のたぐいは、
カラフルなアイスクリーム売りとかになりすまして、
陽気なあったかい音楽をかけてやってきて、
道化になりすまし、甘いもので子供を誘惑し、
ハーメルンの笛吹きさながらごっそりさらって残虐に殺人、これがひとつのテンプレです。

お菓子会社が、にたにた笑ってるピエロを……やっちゃうのか。
もやもやします。

しかしこのCM、好きな人には、とことん好感度高いみたいです。
わたしを含む嫌いな人は、これまた、とことん駄目みたい。
世の中はいろんな人がいるわけですが、かなり両極端な反応なんだなあ……しみじみ。

CM中で癇に障っておぞましいのは、
カラカラカラっていう音でもあります。
テクマクマヤコン♪テクマクマヤコンみんな笑顔になーれ的なファンシーな音だったら、
こうもざわざわしないと思うんだが、
しゃれこうべがカラッカラッ骨を鳴らす音みたいで、緊張します。

ずっと満面の笑みである道化君も、
チャップリンのようなダンス性・リズム感もないし
(そもそもチャップリン映画からリズム感を奪って、まったりにしたら、相当きもいよ)。

絵にかいたような偽善的な世界が仕込まれていて、
居心地が悪くて仕方がないっつう……。
お菓子全般食べることが、胸糞悪い気分になるが。

グリコさんは株価を上げたいのか?
純粋に、
「パナップ!」
とか、
「カフェオーレが飲みたいの~」
と、商品の宣伝をしてほしい。
人気商品がひいては企業のイメージ向上に直結する分野ですし。

相乗効果ってじつは稀有 [さ行]

『進撃の巨人』の原作漫画、とりあえず6巻までゲットして読みました。
10巻まで一気に入手しなかったのは理性です(笑)

アニメ現時点の12話は、
原作3巻終わり~4巻あたま付近。

これは多少エピソードが前後して、アニメでは時系列に語られているからで、
基本的に、コミック±5巻分でアニメ1クール(……って呼ぶのかな。30分×12話)。このくらいがやはり一番妥当ですね。
(ヨルムンガンドとか、もろそうだったな)
それ以上やそれ以下でも、
緩慢で冗長に引き伸ばされているか、
あるいはカットされまくりで惨憺たる出来となる作品の、ああなんと多いこと!(泣)

進撃、原作を読んじゃったから、ドキドキと手に汗握る感は、さすがに薄れるか……
今までどんな漫画も必ずそうだったし、
かといい原作とアニメがあまりにも乖離して別物なのも、
原作はなんのためにあるんですか、っていう絵空事の茶番を見させられている気分になる。
進撃は原作に忠実なようだから、もはや今までの躍動感は味わえないだろうな……

と思っていたのは、超杞憂だった。

アニメすごい面白いぞ。いっそうすっごい面白いぞ!
手に汗握りっぱなし。恐るべし進撃。

いい塩梅にオリジナルシーンが、ごく短く織りこまれるのがスパイスですね。
大抵そういうの蛇足になったり、改悪となるのに、
原作の足を引っ張らないで、むしろ、よくぞここを掘り下げてくださった! そこ見たかった! 
――っていう感じ。
(ちょっと前のハンジさんに関しては、原作を読んだ今となっては微妙だが)

原作進撃で、トルスト区奪還作戦のあとの遺体収容作業中に、
街の片隅にてジャンが、○○○の片側上半身を失くした遺体を発見する、
というシーンが実は唐突ですごいショックだった。

しかも遺体には立体起動装置もついてない、ってところが猛烈に引っかかって、
なんで? 壊れて捨てたのか? 軽量化してあっても徒歩で逃げる場合は重いから?
それともなんかの陰謀に巻きこまれて?
(まさか、一番遅い自分が巨人をひきつけて皆に巨人の後ろをとらせる作戦が一番役立てる、
とか言ってたのを実戦で実行したんじゃないだろうな)

と、いやーな気分で、気持ち悪かったのだが……

今回アニメ12話、立体起動装置がイカれたジャンが街角に逃げこむアニメオリジナルシーンは、
このへんを絶妙に掘り下げてくれる伏線になっている気がする。
無意味にオリジナルシーンを足してあるんじゃなく、補足が過剰でもない。
アニメではカットされるシーンも当然原作にはあるし、双方の美点を殺さず適度に補い合ってて、
エレンのいばら道は加速中だし、ミカサの美しい野良猫的な気性は研ぎすまされつづけてるし、
アルミンは体力ないのに頭が切れるおかげで、いつも渦中で精根を賭して知恵をしぼっている。
面白い。

===
NHK大河の『八重の桜』も相変わらず面白い。
というか、分かっているけど、どんどん会津が消耗戦に追い込まれていく……
八重目線だから、これからが戦の本番だな。

Hunter×Hunterといい……今の時期、私が見ている作品全部が消耗戦に突入中。

食傷気味 [さ行]

ラファエロ展、お友達に誘われて上野の国立西洋美術館まで行ってきました。
ラファエロとその周辺の絵画です。

チケットやさまざまの告知でみかける聖母子像は、噂にたがわぬ神聖な美しさ。

でもラファエロで良かったの、わりとそれだけだった。

聖母子像だけ異質な美しさを放っていて、
背景が黒に塗りつぶされていたのは、後世に誰かが当時の流行として……また劣化していた背景を消すためにも、施したものらしく。
ぐっじょぶ誰かさん!
この背景の黒が異様なほど生きている。

暗闇に浮かび上がる聖母子像……キリスト教信者でなくとも恍惚となる美しさ。

おっかあと、赤子を、ここまで神聖にけがれなく冒しがたい気品に包む筆致も、演出も、
ラファエロはいうに及ばず、キリスト教ってすげえや、です。

こんなの眼前に突きつけられたら、
母親であれば自分もこんな母親になりたいと憧れ、
かつまた母である己と、いとけない子供を誇り高くも思えるし、
夫であれば、自分の妻が母親であるときはこういう顔をしていてほしい、
やわらかそうな赤子ともども神聖で手が届かぬほどに、

そんな母性がとことんまで浄化され、天ほどの高みに極められているのです。
素敵な瞬間を切り取って、よくもここまで作りこんだな……なるほど聖母らしき気品だと。

でも母親だって、ようは女じゃん所詮は男のはけ口にだってなりうるわけじゃん、笑わせやがる、
(だいたい母性って独善の極みでそんな清らかなもんじゃねえだろ)
――と、当世の風俗からして現代以上にそう一笑に付されることは想像がつくわけで。

そこで母性の清らかな優しさを描くにあたって、
『性交渉なんて無縁な体です、でも清楚なだけじゃなく懐深い母なんです、ゆえに聖母です。ひれ伏せなんていってない、救ってあげるの。(赤子のように無条件に抱きしめてあげましょう)』
とはキリスト教、よくぬけぬけと言い切った。
なんと無茶な初期設定……それを逆手にとって『神聖』で解消する、きちんと全体通じて機能しているギミック。すごいや。
(子供の頃はしかし初期設定なんて思えないので、処女懐胎とか何それマジ恐ろしすぎで……笑)

全人間のあこがれる純化された=神聖な=母子像を目のあたりにして、
いろんな意味で心底、
やるなー……。
と敬服し、ほれぼれとなりました。

で、あとは……いっそ聖母子像だけ飾ればいいんじゃないかと思ったのだが、
そうすると行列ができて人波が分散できないから、あれこれを持ち寄ってきたように見えた。
本来、祭壇や天井画と一体化して、場所の空気感で何乗にも高められ拝まれるべきもので、
その一部のタペストリーやらタイルやら祭壇画もろもろを、展示室にぽつぽつ並べられても、
欠損部品を並べられているみたいである。

どうせならもうちょっと欧米の一流美術館なみに、かっちょいい演出を考えてほしい、
あるいはもういっそヴァチカンに行くべきや。

題材もね……。
使徒とか聖人ってのは歴史上、ほとんど例外なく、
迫害されて惨めに獄死してるか、見せしめに手ひどい処刑をされているわけで、
新約聖書だって大概が、キリストの弟子が捕えられて死にゆく牢獄の中で、根気よくしたためた中身だったりとかである(……んで刑死か獄死)。

そういう意味では吉田松陰も顔負けな、涙をそそる、超絶カッコよい信念の伝承方法なのだが、
立派な使徒や聖人がいわば負けた、敗北絵図なわけでもある。

それらを潔く描いてくれれば、胸打たれもするんだろうが、
ラファエロの描く聖人は押しなべてみな、心ならずも去勢されたみたいな、
のっぺらな顔をしてるし、
残酷な処刑・エグい獄死場面を切り取った宗教画は、
かたわらに訳知り顔の天使が寄り添っていたり、
神の光が高みから差していたりして。

一枚にしては説教が過剰で、絵画というよりイラストチックこの上ない、のみならず
『救済』とか『解放(鎖に繋がれ血を流して処刑されてるのに解放というのはすなわち魂の解放と救済ですよ)』
そんなタイトルがこれ見よがしについている。物は言いようにしたってさ……。
旧教特有の抹香臭さが芬々(ふんぷん)としすぎて、
ほとんど生理的に胸糞が悪かったです。


白い服 [さ行]

fate/zero 遠い記憶

以前ずいぶん前、このブログで、
「映画やドラマやアニメでの白い服は、ただの死亡フラグでなく殺戮フラグだ」
と言及したことがあったけど
にもかかわらず、全く気がついていなかった。

シャーレィがまっ白いワンピースを着ていたのに・・・・・・。

焼けた肌に似合うなあ、かわいいなあ、こりゃあ少年時代の切嗣は顔を赤らめもするか、
とか呑気に構えていたら、大変っな展開に。

アニメ黒執事第二期のアロイス過去編のエピソードを彷彿とさせるつくりでした。
たぶんKalafinaのエンディングの入りかたのせいでしょう。
いやしかし、こいつ大嫌いなんだよ不愉快だマジで!と思っていた登場人物の、
少年期過去編が出てくるのは、反則だ。

そもそも大昔にさかのぼれば、ポーの一族のエドガーだって、第一印象最悪なのに、
「メリーベルに手を出さないでね」
のエピソードで完璧に持っていかれた感が、
NARUTOのイタチもそうだしさ、
最近ではそう、黒執事のアロイスとか・・・・・・、
ピングドラムの晶馬なんて、なんかいらないこいつとすら思っていたのが。

でも成人の衛宮切嗣がディルムッドをどれだけ汚い手口で死に追いやったか、
ランサー陣営をいかに非情に騙し討ちして、えげつなく惨殺したかは、絶対忘れてやらないからね。

しかし今回のエピソードをこどもの日の深夜にやるって、どういうたまたま?
偶然じゃないとしたら、すごい外道。胸熱。
とりあえずナタリア・カミンスキーが超絶颯爽と登場して、
救いの少ないエピソードで唯一、目をみはる。


今回、シャーレィが魔術の怪しい薬に手を出し、
吸血衝動に襲われて、鶏の生き血を吸いだすところから話が急展開するわけですが、

以前、まだデビュー前に、伝書鳩の話を考えたことがあります。
幼少期に、家がちょっと離れているので、伝書鳩でやりとりしていた、かわいい幼馴染同士、
(伝書鳩農家のせがれと、仕立屋さんの家の娘)
この二人が、なんか凄くいろいろあって一緒になるものの(・・・・・・片方が片方を連れて逃げる)
なんかすっごくいろいろあってヒロインが病み、
ヒロインが、二人で一緒に飼っていた伝書鳩の頭を次々食いちぎる、という。
鳩小屋には散乱した羽と、転がった鳩の首と・・・・・・うずくまるヒロイン。
目の当たりにして愕然となる主人公。

このヒロインをどうやったら救えるだろうか、思案どころなのだが、んんんーと頓挫。

今日、シャーレィが鶏の首にかじりつくのを見て、
無理だ、生きてる鳥の頭を食いちぎっちゃったらもう手遅れ、救えないかもしんないや・・・・・・と痛感しました。

【Fate/Zero 2ndシーズン「第十八話 遠い記憶」総集編】 満天 【Kalafina】

セリフあり

↑Youtubeが消されていたけど、ニコニコで再発見。(リンクをはりかえました。)
個人的に特筆すべきはいっぱいあって困るんだけど、
あまり指摘されなさそうな地味な、うぉおお。。。というポイントを一つあげると、
電球が映るときの音です。
――まったく無言、ただ押し殺しつつも殺気だった物騒な物音がもつれるところが、
グッジョブすぎる・・・・・・。



【ニコニコ動画】【Fate/Zero】 16話 切嗣陣営の鬼畜シーン

上の切嗣が下の切嗣になるわけですよ。

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知らぬが仏・言わぬが花 [さ行]

“原発に近い” ロシア展が中止に
9月29日 13時10分
群馬県高崎市の美術館で12月に予定していたロシアのガラス工芸展の開催について、ロシアの国立美術館が「群馬県は東京電力福島第一原子力発電所に近く、作品が放射性物質に汚染されるおそれがある」という理由で中止を申し入れ、展示会が開催できなくなりました。
=======================================

いやだロシアったら、チェルノブイリ起こしといて(正確には旧ソ連・現ウクライナ)。ところによりフィンランドとかパリまで汚染しといて。群馬での放射線をこわがっちゃっていいの?
笑い話じゃん、手前の心配しなって、あはははは!
と、揶揄ったところ、
「逆かもよ? ロシアはどこより原発事故汚染の内実を身をもって知ってるから、群馬ですら怖いんでは」
シーン……ってなりました。

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サルコファガス [さ行]

Sarcophagus=石棺

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贈賞式 [さ行]

日本SF大賞&大藪春彦賞の贈賞式に3/4(金曜日)東京會舘まで行ってまいりました。

大勢の人がいるせいで、かなりの人に不義理をした感じがします……。

メールや、日本SF作家専用の内部掲示板(アクセスキーがないと書き込めないミクシみたいなの)
これらを通じて、数回やり取りした、名刺も交換した……というか手元にあるから、授賞式のときに一度お会いしているはずなのだが……顔がうるおぼえ、覚えていても名前と一致しない……自分から声をかけられない……見つけ出せない、という人が少なからず居たと思います。

もともと私は道を歩いてても、有名人にしろ、むかしの同級生にしろ、まあず気づかない。

「あ、○○君だ。そういえばここって中学の地元だもんねー」

と連れの友人が言っても、
え? どこ。や、ぜんぜんわかんない。あれってそう?

「あ、庵野監督だー。めだつねー」

と連れの友人が言っても、
え?え?え? ああああほんとうだー! エヴァの庵野監督だー。

イタリアンレストランから窓の外のでっかい塔を指差して、
「あの、あれってなんですか」
「スカイツリーですよ! なかざとさん!」
「ああぁ私あんまり上見て歩かないからさーハハハ……」
連れの知人はその後も優しかったですが、周囲の人の目が怖かったよ。

先日は、今まで打ち合わせで3回は行ってる国分寺の、あるビルに行くのに迷いました。
一本手前で曲がったあと、後々で誤差を取り戻そうとして、
ますますこじれて、どこまでいっても行き当たらなく、いやあ自分でびっくりしたわ。

贈賞式では、今回日本SF大賞を受賞した森見登美彦氏をお見受けしました。
写真とかTVとかの媒体で見かけるとき、ひょろっと手足の長いイメージなので、
すらっと背の高いバレーボール選手みたいな人なのかと思っていたのですが、
思っていたよりずっと、か細く小柄なかただった。
んでもって、
ヒョウヒョウとして何が本気か不真面目かわけのわからんスピーチとかなさると思っていたのですが、
至極ふつうに真面目な受賞の言葉を述べられていた。

東京會舘の立食パーティでは、今年はブイヤベースが私には一番おいしかった。
イチゴショートは相変わらず間違いのないかんじ(……生クリームが固めだった気もするけど)。
マカロンが、湿気ているのか硬すぎなのかわけがわからないほど、イマイチでした。
甘酸っぱいラズベリーケーキ?が、見た目もかわいくて、味もほんのり甘かった☆
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サスペリア [さ行]

見ました。

すっごい子供のころ、小学校に上がる前とかそれくらいのとき、日本公開になったこの作品の、
「決して一人では見ないでください」
キャーアアアア!
とかいう悲鳴の予告に、
こわっ……!!!
と思った記憶が染み付いています。

一昔前のホラー映画って、変にリアルで気持ち悪かったりするので、
(「シャイニング」とか、「オーメン」とか、なにげに怖かったよ)
「サスペリア」の舞台はドイツのバレエ学校、イタリアの監督作品とくれば、
鷹揚なアメリカ人の作るドタバタスプラッタなホラーとは、格が違うだろうと思っていたわけです。
で、見たらびっくりするほどつまんなかった。
いやほんとびっくりした。呆れるほど茶番だった。
主人公の若い娘は、可愛い。
この人が、落ち着いたトーンで雰囲気があるので、なんとか最後までは見たけど、
もう終始見るに耐えない。

バレエ学校だっていう設定なんかひとつも生きてない。
寄宿舎であればなんだっていいじゃんこれ。
そもそもバレエのシーンもろくすっぽ出てこないし、
数少ない練習シーンで、もうすこしバレエの真似事を器用にさせたらどうなんだ。
バレエ学校っていうなら、トーシューズに怖い仕掛けがしてあって、バレリーナの足が……!
みたいな鉄板な定番があると思うじゃないですか!
なんとなく「オペラ座の怪人」の、バレエ学校ヴァージョンなゴシックホラーを期待していたよ自分。

なにが一番ちゃちいって、音でした。
この映画がスタイリッシュで映像の最先端みたいに語られていたときもあったみたいだから、
いやあ、映画の技術って進歩したんだなあ……とか、
サスペリアの予告が怖いって思ったのって、本当にお子様のときだったものなあ……とか、
逆にしみじみしました。

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そうだ京都 [さ行]

週末一泊、京都に行ってきました。紅葉狩りです。
私は京都、くわしくありません。
中学でも高校でも、修学旅行に京都は織り込まれていたけど、
なぜか銀閣も金閣も清水寺も見たことないって、日本人として何となくやばくないか?
と。

今回、永観堂、銀閣、清水寺、金戒光明寺(黒谷さん)、真如堂、化野念仏寺(嵯峨野)、
と見てきました。
永観堂は拝観料が1000円でびびりました。
拝観料ってだいたい500~600円なので、永観堂のチケット購入場所で、
えっ……ちょっ……と、ひるむ観光客多数。

タクシーに乗るたび、どこを見てきたと聞かれ、永観堂と答えると、
「高いお金払って永観堂を見てきたとは物好きだね!」
と笑われました。そうなんですね。
地元の人間は行きゃあしないよ、というわけです。

金戒光明寺と真如堂は、宿から近いから歩いて行って来い、
そう、ことごとく、どのタクシーの運転手さんも勧めるので、
行ってみたら、錦を織ったみたいに紅葉でした。

個人的には銀閣と、清水寺の夜間ライトアップが、すごく良かった
(……ちなみに私は庭園びいきです)。

銀閣は、天気の良い昼下がりに、地上における清浄、浄化空間、って感じで。
清潔すぎで切ないの。

清水寺の夜間は、とにかく暗い。街燈もない真の闇。
今の時分、京都のめぼしい観光スポットは、どこに行っても人、人、人(……自分含む)。
東京のラッシュアワーなみに人ごみで前へ進めないのだが、
夜間観覧は、いくら人が居ようとも見えないので、
風景を汚すものが目に入らず、ライトアップされた美しいものだけ堪能できます。

山中の闇を背負って、清水の舞台や、木々が、光で浮かび上がっているわけで、
そこを歩いていくのは、なんかもう魔界の宮殿を渡るみたいで、かっけーです。
(んでもって、身を切るようにひやっこく、空気が澄んでます。)

夜空には、ライトアップで彗星さながら青白い虹の架け橋が、はるか天空に渡してあって、
清水の舞台から下界を見下ろせば、街の夜景で、
暗くて、舞台ゆえ、足場が不安定な気がして、人々が黙々と慎重に歩いていくので、
心底、清水寺を堪能できます。

……だが銀閣にはカメラを忘れ、清水寺は夜間なので写真はよく映らないのであった。

真如堂
2010+年+11..222.jpg2010+年+11..401.jpg
混雑する渡月橋
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在庫破棄 [さ行]

先日は、徳間文芸三賞の授賞式に行ってきました。
日本SF大賞、日本SF新人賞、大藪春彦賞、の贈賞式です。
黒い服で出向きました。気分的な問題です。
いや、アクセはキラキラだし、
バッグは、薔薇がついてたりだったんだけど。お祝いなのだし。
ただ日本SF大賞の受賞者は、昨年3月に若くして亡くなってるし、
特別賞の大物受賞者も昨年5月に惜しまれて亡くなってるし、なんかなあ……なんだかなあ……と
クサクサと錯綜する感情を秘めつつで、行ってきたわけです。

受賞スピーチも遺族の方がなさるわけです。
御遺族のお話はもったいない、ありがたいに違いはありません。
ただ受賞作品についての思い入れとか、苦労話とか、逸話とかね、
当人から聞きたかったわけで、私はもったいないお話をうかがいたいわけではありませんでした。
なので、ものっそいどよーんとした顔をして、終始やさぐれな気分をひしひしとみなぎらせつつも、
ここは大人ですから、猛烈に混雑してる、でかい会場の壁にもたれて、
ウーロン茶やらオレンジジュースを静かに飲む。

それにしても、文筆業の人たちはヘビーな喫煙者ばっかり、いまどき本当に珍しい光景。
いたるところモクモクです。

で、立食パーティ。
昨年、うまい! と思ったカレーが……ん?
あんまり美味しくない。つか、おいしくない。むしろ、ま(……以下自粛)
わたしの味覚が変わったのか?
そこで昨年おいしかった、子羊の香草焼きに挑むと、おいしい!
ちょっとシェフを呼んでくださる。あなたいいお仕事なさる……みたいな気分になる、
舌鼓を打つ美味さであります。

あと美味しかったのは、舌平目のクレオパトラ焼とかいうやつ。
ほかの人が敬遠するように、遠巻きにされて行列が一切ない。
カレーとオムレツにすごい人だかりができているのにだ。
もしや皆さんタバコで味覚がおおざっぱになってるとか? 
カレーとオムレツは、ハズレがないからか。
たしかに海外で、この手の魚料理に迂闊にありつくと、たいてい死ぬほど泥臭くて、うっ……となる。
覚悟してもらってみたら、すっごいおいしかった。驚きのうまさだ。さすがここは日本だ魚料理万歳な。

ケーキ類は、クレープシュゼットと、あとやはり昨年同様、苺ショートがおいしかったのだが、
ケーキのうまさなのか、私が単に苺がすっごい好きだからなのか。
自信がなくて、苺ショートにいたっては二つ食べた。
うん、たぶんケーキがおいしいのだわ。

その後、化粧室にて萩尾先生とすれ違う。あっ! 
となったが、なんだか話しかけられなかった。
外で待ってようかなあとも思ったのだが、
化粧室の外でぴったりはりつくように待っているのも、失礼か。諦めながら、残念だった。
ポーの香水の件に関して、また作ってくださらないのか、うかがいたかったのだけれど。

会場で小谷真理さんをお見受けして、御挨拶。
そのときに「同年代の作家にワイワイ混じっていったら」
と、貴重なアドヴァイスをいただいた。
しかし私がパーティ会場で、根掘り葉掘り話をうかがいたかった同世代の作家は、
若くして死んじゃっているのでした。 
(あとSF界って女性の作家が同世代かけだし組に一切いない……。)

その折、最近の出版不況に関してお話をうかがった。
展望は、書籍のWEB化にあるらしいです。

そうなんですか……やはり私は浮かぬ返事をするしかありません。
紙で読んでもらいたいのは、だめなのか……。
WEBは、情報をゲットするのに非常に適した媒体なのだが、真に楽しむには不適切だと思っている。
ネット配信のアニメも映画も、わたしは結局、DVDレンタルか購入で見直すし、
ネットで読める青空文庫も、全部プリントアウトして読む。あるいは本を買う。
大英博物館とか、エルミタージュ美術館とかの電子展示品も、日本の古文書も。
こういうのがある、というのをチェックして、概ね把握するのには非常に役立つ。
けれども、鑑賞レベルの楽しみは、やっぱり実物でかなうように。
宝石は眺めるのもいいが、身につけなきゃ本来の意味が無いように。
本は本で読みたい。ページをめくりたい。
内容の情報だけ把握すればいい、たんなる情報源とは違うじゃないの、と。
Web化するなら、その読書の感触をそこなわない再現化に努めてほしい……と、切に願う。

みんなマンガは携帯で読まないでしょ、せめてパソコンでしょう。
と思ったら、携帯で見れるマンガもあるらしいな……。
じゃなにか、皆、わたしにケータイ小説を書けというのか?(←論理の飛躍・笑)

会場で、出版社の方にうかがった感じだと、出版不況なので本が出版社の倉庫をふさいでいて、
場所取りなので、新品本を破棄するサイクルが、順ぐりにかなり速くなってる様子です。
出版社の倉庫保有量にもよるが、かつては10年置いておいたって話もあるが。

面識はない、ある同世代の作家さんのブログでも、
初版本は、売れ行きがいいとかではなく、出版部数が少ないので……と、にごしてらっしゃった。
(その方なんか近年の直木賞受賞作家だから、謙遜してるなあと思ったものだ)
いろんな作家さんが、初版部数が少ないのでお早めに、と書いているのは、
売り切れちゃう以前に、すぐ買わないと、破棄処分になって出回らなくなるからもあったのです。

2008年9月に出版された私の「黒十字サナトリウム」、
有るのはいま市場に出回ってる分だけ。あとはすでに在庫なしです。
どうやら出版から一年半弱で、早々に在庫破棄処分の憂目にあったようです。

こういった実情をつきつけられると、本として紙媒体がいいのに……
と言っても、私の声など届かないか。
読みたいかたはダウンロードしてください、ダウンロードではお買い得価格で手に入ります、
と言うしかなくなる。だけど携帯ダウンロードに、私の作品はあきらかに不向き。
やはり適切な媒体で読めるWEB化の整備を、いっときもはやく望むより、道は無いのか……。

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総督はチョウチョ:Viceroy [さ行]

今回、コードギアスR2を19話まで見直していて、実は初めて知ったのだけれど、
総督ってViceroyって言うんですね。
ナナリー総督→Viceroy Nunnallyというわけです。

Viceroy, 意味が二つあるようです。

1、《昆虫》カバイロイチモンジ(チョウ)、バイスロイ
  北米に広く分布するタテハチョウ科イチモンジ属のチョウ。
2、副王{ふくおう}、総督{そうとく}
  植民地などの統治者の代理を務める者
(引用元:http://eow.alc.co.jp/Viceroy/UTF-8/?ref=sa)

へーえ。チョウチョなんだ。
バイスロイってこんなの。
http://en.wikipedia.org/wiki/File:Viceroy_Butterfly.jpg
オレンジ色に黒たてじまのチョウチョ。たしかにアメリカで見かけた。

……ん?

コードギアスR2のナナリーは、いつもチョウチョの大きいチョーカーをしている。
かなり可愛いんだが、大きなチョーカーで、たぶん七宝とか宝石とかで出来ている。
うたた寝でもしたら、首が「うっッ」てなるんじゃないか、と思える主張してるアクセです。
ナナリーのドレス姿とマッチして、ナナリーのイメージに合っているので、違和感はない。
女の子って、蝶のモチーフ、ふつうに好きだし。
これって、英語でだけの、たまたま偶然だろうねえ。

……そうなのかな。

思い起こすに、コードギアス一期のとき、ナナリーはチョウチョのチョーカーをしていないんです。
一期のとき、ナナリーは総督じゃないのです。
だからアッシュフォード学園の中等部の制服だったり、部屋着だったり、回想シーン……
いずれもチョウチョのチョーカーをしてたことはない。
特にチョウチョのモチーフが好きな気配もみえない。

R2でも、総督に任命されて総督の座にいるときだけ、蝶のチョーカーをしているのだ。

これはたぶん偶然じゃないや。
芸が細かいじゃありませんか。
しかも、別に視聴者に気付いてもらっても、もらわなくてもいいんです、
こだわりです、好きでやってますから、物語に直接関係ないし、でもええ、そうなんですよ。
という意気込みが、心にくい。

ルルーシュが、心ならずもロロにあげてしまったロケットも。
ナナリーにあげるつもりだった誕生日プレゼントですよ。
ロケットって……ルルーシュ、自分の写真でも入れてもらいたかったのか。
ナナリーは目が見えないんだぞ。押し付けがましいプレゼントじゃないか。
ロロが、ロケットを手放したがらないんだったら、いっそもうロロにくれてやればいい。
……それでは腹の虫がおさまらないか。そりゃそうか、無理もない。

と、受け流していたわけなんですが。

ルルーシュがロロに対して激昂し、
これはナナリーにあげるつもりだったんだよ、この偽者め、
と、やらかした直後、ルルーシュは味方総勢の裏切りにあい、殺されかけます。
そのときロロが身を呈して、ルルーシュを救い出すわけだけど、
やめるんだロロ、どうして俺なんかを助けるんだ、俺はお前のことを利用して、
って言いかけるルルーシュに、うるさい、といわんばかりロロはギアスをかけまくり、息も絶えだえ、
そのときゼイゼイしてるロロのポケットから携帯がすっこぬけます。その拍子にロケットが開いて、
オルゴールが流れ出す。ロロの努力をむなしく儚く盛りたてる演出のバックミュージック。

どうやって切り抜けるんだこの場面、ぬあああああ、
と思って見ていたので最初はまったく気に留めなかったんだけど。
このロケット、オルゴールだったのか、蓋があくと、可愛い、優しい曲なんだ。
と、明らかになるわけです。

そうかルルーシュ、このロケット、本当にナナリーにあげたくて、ナナリーを思って用意したんだなあ(目の見えないナナリーが喜ぶものを)。
と、はじめてわかるのです。
だがそんなナイーヴな思い入れをさらう暇もないほど、ざくざく話が進みます。

ひとつひとつの小道具の設定が丁寧で緻密で、もったいぶらず使われる。
芸の細かさというより、作り手たちがコードギアスを好きで好きで、作りこんだんだ。
そう、いちいち想像できるのです。
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暫定 [さ行]

ブログのテンプレートをいじりだしたら、
色設定を変えているうちに、どうでもよくなり、
いっそ白、白だ、装飾を解毒だ!
ところが白テンプレートがないので、ひとまず黒に。
その他、いろいろ記事管理およびリンク不具合の整理もしたい。ただいま暫定な感じで。

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「精霊の守り人」殺陣アニメ [さ行]

ちょくちょく会う友人としょっちゅう話題に出るのは、NHKアニメ「精霊の守り人」、続きやってくんないかなー、である。つか最近はもう、優しい友人は私の毎度同じ繰り言を、静かに聴いてくれるだけになってきているけれど。

「精霊の守り人」は、いちおう見事に完結していて、ものすごく完成度が高かったので、あの完成度の高さが保たれないのならば、へんな続編ができても困るけど、原作の児童小説は守り人シリーズとしてまだ続きがあるようだから、見たいのである。NHKとしても自信のアニメなのか、BSでやってたのを、地上波教育テレビでやってみたり、かと思うと今BShiでまたまた再放送しているみたいだが、なんかいまいち知られてない。

設定も、人物造形も、物語も、声の演技も、音楽も、絵も、ここまで上質なのって滅多にないし、NHKがつくるアニメのなかではっきりいって群を抜いていると思うんだけど、たぶんあれよね、物語設定がめんどくさくて鬱陶しいのがキャッチーじゃないんだ。私も当初は、物語の番組紹介を見た時点で、めんどくさ。見るのやめよ、と即座に却下した。良い子むけ高品質アニメなんか見てられますか。……面白いよ? と友人に教えてもらわなかったら見ていなかったろう。

面白いお話にかぎってありがちなのが、設定がいささかややこしく、それについて説明されると胡散臭く、そこで説明を大幅にはしょると、ざっくりな粗筋では「ありがち」に聞こえ、今更いいよそんな話、だるいなあ、となるってこと。設定なんて実際に見たら子供だって余裕でわかる。そもそも子供が見てもすばらしく教訓のよろしい中身だし、難しくもないんだが、紹介するとき物語のあらすじとか、舞台の設定だのから語ると、精霊の守り人の場合、たぶん良くないんだ。

槍さばきのアクションがいい。
殺陣がスリリングなんだ。
物語、けっこう苛酷。
命の駆け引き、わりとしょっちゅう。
そのためには、しばしば相手を欺いていかなきゃならない。

そこらへんをアピールすると、NHK製作・良い子アニメとしてふさわしくないとか思っちゃうのか、強調されないのである。Youtubeをあさったらわかるけど、海外アニメファンやらは、その苛酷かつ華麗なアクションや槍使いにみんな正直に惹かれている。んで、見だすと話が良いの。

Seirei no moribito spear fight


Seirei no moribito spear fight 4


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死人花 [さ行]

「死人花」といえばこの時季、見ごろの彼岸花の別名なわけですが、死人花といってパっと連想するのは実に桜花だったりもします。しませんか? ほらだって、……花よりもなほ我はまた~と詠んで、庭先で切腹命ぜられた浅野内匠頭が死ぬのも、花散る桜の木の下で。

梶井基次郎「桜の樹の下には(青空文庫)」の、『桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる! これは信じていいことなんだよ。何故つて、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことぢやないか。』
……っていうのはあまりに有名だし。私は中学のときたしか国語の授業で知ったような。桜の花の美しさは、剃刀の刃と同様の美しさ、墓場を暴く惨劇のような憂鬱に似ている、とかいう中身。

坂口安吾の「桜の森の満開の下」でも、
……彼は始めて桜の森の満開の下に坐っていました。いつまでもそこに坐っていることができます。彼はもう帰るところがないのですから。
……とか。文学にかぎらず、漫画とかでも、たとえば今市子の『百鬼夜行抄』に、桜の木の下で待ち合わせ、というエピソードがあったけど。満開の桜の木の下に行き着くイベントは、かなりの率で死亡フラグ。満開の桜の木における死亡フラグは、夜桜であれば尚更その確定率は、昭和二十年八月六日広島における快晴の午前八時ごろの朝並なのだ。

むかし読んだ忠臣蔵の本で、四十七士が討入りを済まして、お上の判決が出るまでお屋敷におあずけになって。さて全員切腹の命が下ったとき、そこの家人が、お上のお達しを赤穂浪士になんて伝えたらいいんだあ、とてもじゃないけど言えねーよ、でも言わねばだ、ってなって。そうだ、床の間に花を飾ろう。罪人の床の間に花、侍の彼らには通じるぜ。っつうので花を生けるっていうエピソードがあった。花って、おめでとうに贈られて嬉しいハッピーアイテムでありつつ、奇麗さゆえに、不吉めいた影も。

欧米で薔薇といえば吸血鬼、吸血鬼といえば間違いなく薔薇がつきもので、吸血鬼に薔薇アイテムは必須ですよ!……な感が否めぬように。桜はバラ科なだけあって、日本で鬼とか夜叉とか吸血鬼とかいうときに、外せないよなあ。吸血鬼には、薔薇がよく合う。夜叉に桜はよく似合うんだよなあ、と思います。

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ジャパネスクSF特集 [さ行]

坂口安吾の「不良少年とキリスト」における太宰像と、そういった太宰像を語る坂口安吾もろもろの観点が私は好きで、共感しちゃったりするのだが、次のような文面がある。

(……前略……)
その死に近きころの作品に於ては(舌がまわらんネ)「斜陽」が最もすぐれている。

(……中略……)「斜陽」には、変な敬語が多すぎる。お弁当をお座敷にひろげて御持参のウイスキーをお飲みになり、といったグアイに、そうかと思うと、和田叔父が汽車にのると上キゲンに謡をうなる、というように、いかにも貴族の月並な紋切型で、作者というものは、こんなところに文学のまことの問題はないのだから平気な筈なのに、実に、フツカヨイ的に最も赤面するのが、こういうところなのである。

 まったく、こんな赤面は無意味で、文学にとって、とるにも足らぬことだ。

 ところが、志賀直哉という人物が、これを採りあげて、やッつける。つまり、志賀直哉なる人物が、いかに文学者でないか、単なる文章家にすぎん、ということが、これによって明かなのであるが、ところが、これが又、フツカヨイ的には最も急所をついたもので、太宰を赤面混乱させ、逆上させたに相違ない。

 元々太宰は調子にのると、フツカヨイ的にすべってしまう男で、彼自身が、志賀直哉の「お殺し」という敬語が、体をなさんと云って、やッつける。
(……後略……)

さて、ところでいったん話はそれると見えますが、9/7発売予定の『SF Japan 2009 Autumn』、今回は前半がジャパネスクSF特集です。日本とおぼしき舞台背景で時代物、そのうちのひとつに私の作品が入っています。私は一足先に入手しまして『葉コボレ手腐レ死人花』はp52~、その他さまざまな特集や著名作家ばかりなので、わたし簡単に埋もれます(笑)

でも、笠井あゆみ先生の扉絵には、誰もが目を惹きつけられずにいられないでしょう。えっへん。(お前が威張るなw)
扉絵にいる、クチナシ姫&高良祁月槻の妻のたたずまいにいたっては、まるで物語から抜け出てきたよう。

この『葉コボレ手腐レ死人花』において、

p52「杜若紋」

「かきつばたもん」と振り仮名するところ「かきつばた」になってます。
これ、杜若の部分に「かきつばた」と振り仮名をつけることになり、「紋」は読めるとふらなかったのがアダになったもよう。杜若の字数に「かきつばた」と入りきらない分が「紋」にかぶっちゃって、「杜若紋=かきつばた」と見えるのだ。

p56「香を焚き染めた衣装の衣擦れと共に」

この文章に振り仮名がついています。
「香を焚(た)き染(し)めた衣装(きぬず)の衣擦(きぬず)れと共に」

おや?
なに「きぬず」って。衣装って「いしょう」じゃなくて「きぬず」って読むのか? きぬずのきぬずれ? 
つか、そういった読み方はなさそうですし、わたしそんな振り仮名してないし。私の手元のゲラ原稿コピーも、そういった様相になってない。印刷所でなにか単純な手違いがあったもよう。

あとまたp64において「仇討ち」
まず「かたきうち」と地の文で読むようにふってあるのですが、同頁で主人公が、
「仇討ちとはね――」
と思うシーンではこれ「あだうち」と読みたかった。私はそう振り仮名をふってもおいたの。

ですが常識的に、同じ頁の場合、初出単語には振り仮名をふって、あとは振らないんです。それで自動的に、外されちゃったよ、「あだうち」の振り仮名が。

だけどここは語呂的に「あだうち」って読んでほしかったんだぁ~あああああ! と、しばらく悲嘆にくれる。

そんなこと、物語に差し障る部分じゃない。大したことじゃないんです。ですが坂口安吾も指摘するように、太宰もいちいち、いきりたっちゃったみたいに、作者ってのは、そういう、ちみっちゃいところが、時として気にかかって仕方がないのですよ。内容についてはね、「信じるところをやるだけやって、通じなければ仕方がない」「誰にも好き嫌いはある」と、ある程度なら割り切れる訓練ができていたりするんだけども。

私はまた、振り仮名の使い分けとか、漢字の使い分けとか、けっこう好きなので、面倒くさいほうだとは思うんです。

たとえば「手蹟」は「てせ」とも「しゅせき」とも読むわけですが、これを場面や物語によって振り仮名を使い分けたい。
姫様の手蹟は「てせ」で。
書画骨董の手蹟は「しゅせき」です、といったように。
かたき討ちを「敵討ち」と書いたり「仇討ち」と書いたり。
敵を「てき」と読んだり「かたき」と読んだりとかね。
自分なりに微妙に意味を使い分けたり、字によって受けるイメージを選んだりしているんだが、読み手にとったら些細な、取るにも足らぬ、どうでもいい、読み流して差し障りない部分です。

『黒十字~』においても私は、たとえば「あかり」を
○灯り、
○明り、
○明かり、
で、使い分けてました。
○ロウソクやランプなど炎によってもたらされる質感を強調したいときは「灯り」
○一般的なあかりに関しては概して「明り」
○光とほぼ同義の、特に月光や陽光などであることを意識したいときは「明かり」
みたいな、まあその場その場の雰囲気で。

『作者というものは、こんなところに文学のまことの問題はないのだから平気な筈なのに、実に、フツカヨイ的に最も赤面するのが、こういうところなのである。』

まことにもって。べつにどうってことないのは分かってるし、誰にも何も言えないし、だいたい、自分の誤字やら変換ミスについては、どんなにつらつら探してもなかなか見つけられないのに。自分の書いた作品にちょっとでも見覚えのない景色があると、頁をさらさらさら……とそよいで見た瞬間に、あれ? 風景がちがう、って読む前から気付いちゃうのがなんかいやだよもう。でも実にそんなだったりするのです。
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ズシューン [さ行]

最近そこはかとなく身近で感じる、太宰治とエヴァのセオリー。
太宰を好きな人は、新世紀エヴァンゲリオンの碇シンジも結構好き。少なくともシンジにさほどイライラしない。劇場版「破」のシンジには、むしろ一抹の物足りなさをおぼえるほどだ。

さて、この季節につきものの雷雨。ゴロゴロのご……って聞こえただけで震え上がります。雷は嫌いじゃない、というかむしろ好き(怖いけど)。震え上がるのはPCを思ってだ! 雷雨でこれまでPCを幾度オシャカにされたかしれないよ! 巨大箱型デスクトップを使ってた昔は、PCがかくも雷に弱いと全く知らなくて、雷雨のときにPCで音楽を聞いている最中にズシューン。ちょうど赤木博士が実験中、停電くらってネルフの電源が全部落ちたときのような音をたてて、まさにエヴァが活動限界突破で起動しなくなるように、何をどう操作してもダメな「完全に沈黙」
……動け、動け、うごけッ。……うごいてよ!
エヴァじゃないしそこはもう再起動は不可能となったら不可能なので、基盤の入ってるでっかいコンピューターを直しにタクシーを使って電車で運んで、それはそれは大変だった。

以来、サージプロテクターを使ったり、PCを万一入院させる際にも楽なノート型だよ当然だよ、って感じでいるのだが、それでも壊れるときってのは来る。私はかつてIBM信者でThinkpadが大好きで。IBMの赤ポッチはマウスよりもずっと使い勝手がよいのだよ、ほかのノートパソコンの同様のタイプのとも比較にならないよ、で長年愛用してきていた。だがIBMはけっこう胡散くさくもあって、突如電源が立ちあがらなくなり、IBMに連絡をつけて入院させた。保証期間はとっくに切れていたのに、送料も部品費用も一切かからず、無料できちんと直されて戻ってきた。たぶんあれ、リコール部品があったんだと思う。不具合を生じたやつには、だまって交換。理由を聞いても「今回はサーヴィスです」ってやってたんではなかろうか。何が壊れたか尋ねても教えてくれなかったし。企業が、気まぐれに親切でおまけってことはなかろうさ。それから1年後に、まったく同様の症状になり、そのときはRenovoになっていたせいもあるのか、もう相応の部品を作っておらず、交換できないので直せません、と。移送&チェックアップ代金をとられた挙句に申し伝えられた。見積もり期日がすぎてもいっこうに連絡が来ないから、業を煮やして電話をかけた折にである。

「つきましては、こちらで個人情報等が行き渡らないように、メモリーデータを一掃して、破棄しておくことにいたしますがよろしいでしょうか?」

……よ、よろしくないですよ。

『メモリに手をつけないでください』『消さないで』
あちこちPC本体に貼り付けて入院させたのに、何を言ってくれちゃってるのですか。何が入ってんのかあなたわかってらっしゃるの!?

「いいえ。メモリに手をつけずそのまま送り返してください」
「は?」

電源が立ち上がらないPCなど、ごみより悪い、捨てるにも面倒、なんでこっちが親切にデータまで消して破棄してやるっていってるのに、無用の長物を手間ひまかけて送り返せといってるんだこいつ。……といった感じを露骨に漂わせつつ、オペレーター女性の声には棘が……。

戻ってきたIBM ThinkPadは、IBMを専門に直している中部なんちゃらどうとこ、に送りました。きちんと直って戻ってきました。データもメモリも全部そのまま無事です。(この数ヶ月あとにモデムが壊れて、私は別メーカーのノートPCに買い換えた。)

金は惜しまないから頼む、なおしてやってくれ、という私の密かなテンパリ具合を察知して、身内は
「捨てろよ」「買えば」「メモリに何が入ってるんだか」「どーせろくなもん入ってやしない」「馬鹿げたことに費やすお金はあるんだね」「大事ならバックアップをとっとくもんだ。バックアップをとってないってことは、いかがわしく人目に晒せぬ恥にちがいない」的な、傷口に塩をもみこむ雑言を矢のように……(作家デビュー前の話です)。

この際、パソコンごと危うくオシャカになりかけた小説の中に、後に受賞する「黒十字サナトリウム」も入っていました。だいたい悲しいのが、どうせろくでもないしょうもないもの、と決めつけられて「ちがう」と言い切れないってところなのだよ。
「くっだらない」
そりゃまあ己の嗜好まっしぐらなわけだから
「くだらないです。くだらないけれどもだよ……」
バックアップを取るなんざ、もしもの事態で私が死んだらPCはそのまま破棄してちょうだいよ、書き途中の話くらい見苦しいものはないからな、という気持ちで打っているのに、バックアップを取って妙な証拠をさらに増やしてどうするんですか。で、今でも気は進まないです。
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シャロットの女 [さ行]

シャロットの女(1888年)」という絵を教えてもらい、はじめて見たんだけど猛烈なる既視感。デジャヴですよ。……なんかこういう世界観、前に視たことがあるんだよ……。

一昔前の映画「赤毛のアン」で、アンが小船に乗って白い服で横たわって花に埋もれて、誰かになりきって川をくだっていくシーンがあった気が。 (んで無残にも小船は浸水し、橋げたにしがみついているところをよりにもよってギルバートに助けられる) そのシーンはもしかしたら?

と、思い立ちYoutubeへGo.
そしたらあっけなく出てきました。

Anne of Green Gables - "Lady of Shalott" 2


そうだったんだー。シャロットごっこをやってたのか、アンはー。
と、十数年ぶり(おぉ……へたしたら20年ぶりだ!)に合点がいった。
そういえばアンはキャメロットがなんちゃらとか言ってたわけだけど、当時のわたしは元ネタ「シャロットの女」自体を知らなかったし、その後のアンとギルとの本筋に気を取られていたのである。
魚釣りよ、
とか言い張るアン(この期におよんで!)に、
「へー、魚釣りなんだ。さすが」
「は、はやく助けなさいよ」
と、たしか少女マンガ王道風の展開へ。
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