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刀剣乱舞、あなたは誰推し? [た行]

わたしは箱推しです。

はじめて全刀剣コンプリートしたのですが、
(アルファベット全角小文字で笑う、けしからん刀剣も、鍛刀で初めてすんなりお目見えである)
反面、楽器がまったく集まらないまま(圧倒的な琴不足)近侍曲が半数もゲットできていない、
我が本丸です。

推し動画。その1もあるんですね。一年以上前にupされていて、そちらも面白いです。
【MMD刀剣乱舞】刀剣CM詰めあわせ その2
http://www.nicovideo.jp/watch/sm30720358


すみずみまでネタがちりばめられていて、エンディングまでみっちり楽しい。
キャスティングが絶妙で、元ネタを知らなくとも、なんかもうとりあえず似合ってる。

こういうMMDのニコニコ動画をシェアしていると、たまに
「あんたが作ったのか」的な問いを投げかけられることがあるが、
残念ながら私にそんな技術はありません。作れたら楽しいだろうなあ。

……ちょっときちんとブログに書くべきことがあるのだが、
書きだすと容易にコルチゾールが激しく乱高下しそうで……一方こういうのは、好いよね。

チェルノブイリの石棺 [た行]

チェルノブイリの石棺補修工事、ようやく形になったとか。

(この作家なんでいきなりこんなこと語りだした、と思った方は、
 これは『黒十字サナトリウム』関連の派生ネタですので、ひとつ。)

2016年11月29日に、新しい姿が公開になったという記事。
http://www.afpbb.com/articles/-/3109574?pid=18516454

当初もっと早くに補強ドームが完成予定だったわけですが、
掛かりますね、歳月。

ウクライナの国立大学であるキエフ大学には、
チェルノブイリの原発事故関連を専門に研究する部門があると、聞いたことがあります。

たぶんキエフ大学のTraining-research center of radiation safetyというのが、
チェルノブイリ原発事故の専門研究部門にあたるのではなかろうか。
ただキエフ大学、英語なのは表層部だけで、リンクを飛ぶと思いっきりキリル文字……。
http://rb.univ.kiev.ua/
Training-research center of radiation safety
(中はがっつりキリル文字で、私には一ミリも理解できない。読めたらかなり興味深そうなのに。)

30年経ったチェルノブイリ原発事故ですら
いまだ全然解決できてはおらず、
研究して対処していかなくてはならない問題が、山積みなのだろう……。
ウクライナは現況、政情不安定な国ですし、
猶更、荷が重そうな、現在進行形の負の遺産です。


特急列車 [た行]

昨日の日曜、大人になってから初めて特急に乗車。

子供の時は特急電車は珍しくなかったのに、
新幹線の台頭にともない、利用エリアの特急の本数自体が激減。
自分で切符を買って電車に乗る年齢になってから、特急利用の機会がなくなった。
(最後に特急に乗ったのって、たぶん私が九歳の時で、身内の納骨の折だった。)

一日一本、出るか出ないか。
猫バスほどはレアじゃないけど……という特急電車を調べておいて、みどりの窓口にて発券。
いざ乗るにあたって、まず改札地点で挙動不審に。

新幹線ホームで乗りこむんだっけ?

やや、特急が発車する7番線って、掲示板に出てないぞ……。
あと3分後には発車なんだが……。

よく普通電車の駅のホームで、
「特急電車を先に通します」というアナウンスとともに特急車両が通過していく姿を、
あああーーーなんか腹立たしい気がする……と、じりじり見送ることは多いのだから、
当然、普通のプラットフォームから出るのが常識だったのに。
理解するのに、しばし戸惑う。

なんだかんだで無事に乗りこみ、発車して、車掌さんが乗車券チェックに巡回するのを、
――だよね! 普通のエリアから発車するから、Suicaだけで入れちゃうしね。
飛び乗ってから車内で特急券を購入する乗客もいるだろうしね、外せないルーティン! 大変だ!
内心いちいち感心しては、小さい驚きをもって迎えるのであった。

車内販売が行き来するのを横目に見ながら、
連れに「これは飛行機の飲料・軽食サービスとはちがって、有料なかんじ?」
と確認して、いささか引かれる。
だって聞くは一時の恥だもの。
相手に恥かかすような質問をやたらと訊きはしませんがね。
新幹線が有料なのは知ってたが、確認だよ確認。
特急の特別感に、脳内やや混乱が続くのだった。

で、子供の時も感じたが、特急は普通の線路をスピードを上げて走るせいか、けっこう揺れが独特。
快速や新幹線よりも、乗り物酔いをしそうな不安感がよぎる1時間であった。


たなばた(七夕) [た行]

七夕なので、
ちょっと『みがかヌかがみ』の話をします。

天女目(なばため)姫
作中「夢浄土」の段に登場する主要人物の一人である、
この天女目という名は、稀少苗字として実在します。

青天目(なばため)氏、
「青女房」の段に登場する主要人物の一人である、
この青天目という名も、稀少苗字として実在します。

昔からある稀少苗字ですよね。
作中で天女目姫と青天目家は関連がある苗字として語られます。

で、皆さんおそらくお気づきの通り、
七夕(たなばた)という単語が、
なばため、
という語と語感的に、かなり類似であるように、
このお話、七夕にまつわる風習がかなり密接に関わってきます。
裏テーマ、裏設定みたいな扱いで、七夕の風習・由来に絡む事象がちらちら垣間見え、
干渉してくる。

表題の『みがかヌかがみ』は、本来の鏡の意味であると同時に、
「夢浄土」の段における不来方と、
「青女房」の段における大正時代、
この二つの世界を隔て、かつまた結び――中核をなしている、とある井戸の隠喩でもある。
この因縁の井戸が絡んで引き起こされる物語世界の経糸(たていと)と横糸を成す題材の一つに、
七夕(たなばた)が有るんです。
(七夕だけじゃないけど)

なので!

今くらいの季節が最もタイムリーな季節柄かなあと思われる。
積読してたり、気になるけどどうしようか……と逡巡しているかたは、
ぜひとも七夕をきっかけに、積極的にお手に取ってみていただけると、
しっくりくるかも、だ!

尚、この『みがかヌかがみ』
牧 眞司氏著の『JUST IN SF(本の雑誌社)』という書評本で、取り上げられております。

牧眞司(敬称略)の個人的見解による、
○冒険○幻想○青春○内宇宙
などのアイコンが『みがかヌかがみ』に当てはまり、中でも
○時間・次元
というアイコンがついているのが、私的にグッときた。

今までも私の著作に関して、
新聞や雑誌を含め、ちら……ほら、と書評をつづってくださる奇特なプロの批評家がいらしたが、
いずれもとても有りがたいの一言に尽きるものの、
……きっと、作者でもなければ本当に些細な部分なのかもしれない、
ちょっとした読み間違い等が散見されるのが常だった。
大筋はあってるのだが。

『カンパニュラの銀翼』のシグモンド・ヴェルティゴのことを「英国貴族」と書かれていたりとか、
(実際はシグモンドは欧州貴族で、英国人であったことはない)
『黒十字サナトリウム』の龍司を「ロシア人との混血」と書かれていたりとか、
(実際は龍司はドイツ人の血が入っていて、ロシア人の血が入っているのは湊だ)
いずれも異なる書評家のかたなのだが、そういった微妙な読み違いなのか書き間違いなのか、
たぶん時間的な制約とかもあって、急いで仕上げているんだろう……
というケアレスミス?も少なくなかった。

批評というのは当然のことながらその性質上、
作者当人の目には一切触れずに書かれ、発表となる。
発表となっても、まず知らされることはない。
なので、たまたま何かの折に私の目に触れて、はじめて、
「お、おや!? これ、違ってるんだけど……」となった時には、間違った情報がすでに出回った後。

ですんで、こんな素敵な書評を書いてもらえた、
そう胸を張って、もろ手を挙げて喜べる書評に残念ながら、あまり出会ったことがなかった。
ま、私の話は情報量が多いんで仕方がないか……。

ところが!
今回の牧氏の批評に関しては、
「すべてにおいて的を射ている!」
読み違いのたぐいは一切なく、
これほど的確な書評に出くわし、私がびっくりしたくらい。
一読しただけでは読み手にスルーされるかもしれないなと思っていたような深い部分まで、
内容を隅々まで、きちんと汲み取ってもらえていて、
素直にとても嬉しかった!
ちゃんと通じている読者がいる。

『みがかヌかがみ』は何しろ発行部数が少ないので、
取り扱い書店もまれでしょうし、
刊行から半年ほどたって、
在庫僅少となっている本屋さんも多いとは思いますが……。

七夕の短冊にうっかり「何か」を願うとよろしくないということも書いてあります。
もちろん小説なんで、どこまでが民俗・風習における史実として妥当で、
どこからが物語の範疇なのかは、
読者の読解力にゆだねられています。

余談


刀剣博物館に行ってきた [た行]

『刃文~一千年の移ろい~』
見てきました。

明石国行が展示されているのは知っていた。
が、我が本丸(『刀剣乱舞』)には居ないし、
出足が鈍っており。

明石国行が展示されていなかったとしても、
刀剣博物館には行きたいと思ってはいたのだが、
二の足を踏んでいたのは、まず場所がややわかりにくい(←方向音痴)。
HPを見ても、土地勘ないし、いまいち良くわからない……。
寒いさなかに木枯らしに吹かれながら道に迷うのは厳しい。

おまけに午後4時までに入館しないと入れない……博物館にしては早いのでは?
午後4時半には閉まる。
金曜だろうと祝日だろうと遅くまでやってないんです。

ですが友人が、
「刀剣博物館は刀剣を見せることに特化していて、
展示方法が最適化されている気がする。
刃文がなにより、くっきりきれいに見えた」
といった内容をしたためていたのを読んで、俄然、好奇心が刺激される。

行かねば! これは!

アクセスですが思っていたほど悪くはありませんでした。
私は初台駅から行きました。
方向音痴の私は悪あがきせずに、交番でお巡りさんに即行、訊きました。
運よく、婦人警官が応対してくれ、
道順の説明は、やはり圧倒的に女性から聞くほうが私には腑に落ちる。
(男性のお巡りさんに道を聞いて、さらに迷ったこと数知れず。)
あっけないほどすんなりたどり着けて、大変助かった。

明石国行の展示は今日までですが、
いつも何かしら刀剣の企画展をやっているので、
これから行く人が、私レベルの方向音痴だった場合として、参考までに道順を記しておきます。

1、初台駅の新国立劇場側の出口に出る。
2、新国立劇場を左側に見つつ、右側の幹線道路および高速道路に沿って、1分くらい歩く。
 すると、目につく一番大きい交差点で山手通りにぶつかる。これをわたる。
3、交差点を吉野家(牛丼チェーン店)方面にわたる。
4、吉野家とライオンズマンションの間にある坂道を下る。
 坂道はかなり急な下り坂で、まるい滑り止め加工がついているタイプの道。
 周囲はちょっとした住宅街。
5、坂道をほとんど下りきったところの電柱に、「刀剣博物館は左側」と表示が出ているので、左折。
 (ポストの手前の電柱。ポストを越えては下り過ぎです。)
6、左折してすぐの電信柱に「刀剣博物館は左側」と表示が出ているので、また左折。
7、なんかちょっとした工事をしていて、ひるみますが、工事現場を横目にしつつ、坂を上る。
(さっきくだってきた下り坂の一本隣の道を、ほんのちょっとだけ逆行して上る形。)
8、工事現場→民家?→刀剣博物館となり、刀剣博物館の白い外観が右手側、すぐ見えてきます。
 文字が書いてあるのですぐわかる。博物館というよりは事務所っぽい感じの建物です。

展示室は2階で、広さは羽田空港ディスカバリーミュージアムの倍くらい?
さして広からず、かといい狭からず。

展示内容は99%刀剣です。鎧甲冑も一揃えあったが、
歴代の刀剣が並んでいて、
ものすごい充実度。

刀剣を見るのに最適化されている、という表現も納得でした。
展示物との距離感が良い。とにかく見やすい位置に配置されている。

照明がおそらくは普通の白熱球?……なので、若干、黄色みがかかって、
たとえば青白い地肌はより明るく、
青黒い刀身の鋼っぽい色味などは、黒々と映る気がしますが、
その分くっきり、刃文との境目が対比でよく見えます。

明石国行は大きくて存在感のある太刀でした。
今まで、刀剣乱舞のキャラクターの印象と、刀身の実物の印象がマッチしている気がしたのって、
私はあんまりないんですが、
(それはそれで面白いからいいんです)

……あ、でも骨喰藤四郎は薄幸そうな、繊細に白々と光る美しさと、
殺傷力の高そうな洗練された感じがキャライメージとブレてないと思ったし、
燭台切光忠も、真っ黒に煤けて金のはばきが残っている外見がそれっぽいと思ったので、
物によります。
でも骨喰藤四郎は薙刀直しの脇差ゆえに、
先端までスッと鋭利な曲線を優美に描いているのが妖しげで魅力なのに、
刀剣乱舞の絵だと、切っ先に角度がついて描かれているのが気になってきたりとか……。
(そんなこといったら現存してない刀剣などは想像で描かれているわけで、
ゲームの範疇だし、問題はない。)

太刀・明石国行の実物は、キャラの明石国行の外見と同一視できる印象を受けました。
(写真撮影不可なので、印象と記憶だけで語ってます。)

刀の手元側、鍔(つば)に近い部分に、
三鈷杵(さんこしょ)の彫刻が小さくほどこされているのが目印。
全体的に黒が勝っている、すらっと大振り、ふてぶてしい存在感を放つ刀剣でした。

刀剣博物館が良かったのは、
特色のわかりやすい配置でもって、刀剣が新旧・刀種ともに、よりどりみどり。
刃文の説明も過不足なくわかりやすく、
並列している英文表記もきちんと過不足ない。
展示物によっては、「これは彫り物を見せるために裏面を出しています」といった記載も的確に明示されている点。
東博の三日月宗近みたいに、しれっと裏面を出して展示されていた気持ち悪さとかが、皆無。

他にも鮫皮でこしらえた柄の装飾品とか、見ていて興味深いものばかり。

個人的にはやはり私は脇差が特に好きなんだなあ……と。

なにしろ太刀は大きいですが、太刀の時代は、馬上の戦いを想定していて、
日本の馬上の騎士は、欧米の馬上の騎士とちがって、盾を持って戦わないから、
長々と大きい刀身の棟の大半は、斬るためというより、盾の役割かと。
そのせいか攻守とも備えた安定感が、若干、面白みに欠けるきらいも。

短刀は純粋に庖丁に似すぎている。

脇差は得物を振り回すのに丁度よさそうな手ごろ感……にしては、
刀身まるごと目の前の相手を確実に斬るために存在している。
守備で耐えしのぐ余地をさほど顧みず、
ただ切っ先に全殺傷力を込めまくっている鋭利な仕立てが、
硝子越しに見ていても危ういし、美しいです。

今回、なにかの試験に出るのか、
説明書きをノートにメモりつつ、
あるいは内容をスマフォの辞書でひいてググり閲覧しつついる方々が多かった。

各刀剣の刀相書きとして添えられている文面が、
古式ゆかしい刀剣カタログに用いられていたであろう、
《重ね厚く、よく詰んで無地風となり鉄色黒味を帯び、尖り刃が連なり三本杉風になり、
小沸つき、匂口締まりごころとなり、僅かに砂流しかかる》(←とある刀剣サイトから抜粋)
みたいな、
(半分くらいはニュアンスで汲み取ってるんだけど、読んでで美しいよね)
特有の言い回しでツラツラと列記されていたのも趣あった。

刀剣博物館は、若干、古ぼけた建物ですが、
展示内容は大いに充実していました。
ちなみにエレベーターはMax3人乗りで、すごく狭い。
ものすごく時間がかかって一フロア分を移動する。
階段を使ったほうが安心かも。
わたしは帰りに乗って、一瞬、不安に憑かれた。


当初は妹のオムライスメッセが予言能力開花の暗示かと思ってた [た行]

あ、Charlotteの1-6話、振り返り上映・一挙放送を、8/15日にやる!
今期のアニメでかなり楽しんで見てる作品です。
もしもまだ知らなくて、見てみようと思った人がいたらぜひ、この機に!

http://live.nicovideo.jp/watch/lv230744111
「Charlotte(シャーロット)」1話~6話上映会

おそらく今が折り返し地点だから、
今後どうなるか、何ともわからないけど、
少なくとも6話まで、わたしはかなり好きである。

6話までの、わりとほのぼの展開のうちに、わずかよぎる不穏なフラグのバランスと、
頻繁に繰り広げられる丁々発止のやりとり? が、小気味よくて。

7話からの、過酷展開必須な感じが、なんとも心の準備を要する……。

ティーポットって鳥のかたち [た行]

あ……羽生選手の世界フィギュア選手権ショート・プラグラム見逃した……。

テレビ画面を前に呆然としかけていたところ、このCMですごい和んだ。

かわいい。
ひたすらに。

小鳥にかぎらず、猫でも、犬でも、うさぎでも……
CMにかわいい系の動物を登場させるのは常套手段ですが、
作り手が正直なところ全然、小鳥好きじゃないんだ、というケースは、鳥好きには看破できます。
えっへん。

好きじゃない人が変に媚びてアピールすると、
昔よくあった、お祭り用にカラーリングされたヒヨコ
(現実にわたしは見たことないが)みたいな雰囲気を全面に醸しだし、厭な気分にさせられる。

これは小鳥が好きな人が作ってるよ、きっと!
着地するときのふわっとよぎる間(ま)とか、首の傾げ具合とか、胸羽の柔らかそうなカーヴとか!
極甘な小鳥であれど、卑屈さをさほど感じない、小鳥の愛嬌をわかってらっしゃる。
(実際の小鳥はもう少し足が大きく踵部分の親指?が長いけど、
そんなことも気にならないくらい、小鳥の可愛さを生かした造形ですよ。
地下足袋はいてるみたいな感じで、これはこれで又かわいいじゃないの。)


AGFブレンディ スティック ティーハート ぼくの好きなフルーツティー 篇
https://youtu.be/fd0aCliBZLg

小鳥のティーポッポというらしい……。
ティーポットとかけてるのか……
ついでに桃も美味そう。
こういう世界観がけっして嫌いではないというのもある。

初めて見たけれど、そこそこ前からあるCMのようです。


デフォルトのセイフティネット [た行]

先週、身内の野暮用で、
戸籍謄本やら、登記簿謄本やら、名寄帳とかを、遠くまで取りに出向いた。

亡くなった身内が百一歳で、なにしろ当時の事情を知っている人間がもうほとんどいない。
電話だと手間取るし、郵送じゃ嵩張るし、いちいち面倒でもう埒が明かない。
わたしが行って状況説明して、一発で的確にもらってくるべし……
と、遣わされたんである。

わたしはオフィスに勤務しているわけではないので、
……ほら、だって働いてないでしょ、時間に融通きくでしょ、という役目に陥りがち。
……土日も日夜も問わずに働いているともいえるんだがな。

たしかに安易に人に頼める案件でもなかったし、
司法書士に頼むと、いたずらに時間を食うばっかなので、
自分らで出来ることは……と、ガタンゴトンと電車を乗り継いだ。

一時間半あまりで、茨城県にある目的地に到着。
茨城県に行くの生まれて初めてです。

不慣れな場所で、不慣れな用事。
101歳で亡くなった身内の本家があった場所ではあり、いまだに所縁(ゆかり)や名残はあれど、
もはや誰も親戚縁者は近隣に住んではいないのです。

「こちらが最も古い明治の戸籍になります。これより前は、江戸になり戸籍が現存していません」

江戸!? 

そんなんばっか。
亡くなった人は大正生まれですが、その生年等を記した戸籍の《戸主》
いまでいう《筆頭者》から辿りあてないと、
生まれと血筋を証明できないので、こういうことになるのです。

「……すみません。この地番(登記簿に記載されている)から、
実際の番地(地図にある住所)を辿るには、どうしたらいいんですか?」

とか尋ねる私。
専用の地図を見せてもらって、概要を把握。

役場から、現地に出向いて、私なりに視察。
地元の詳しい人に挨拶したり……
身内の用事といえども、わたしは初めて知ることばかりで、探偵みたいな気分です。

タクシーに乗って「本町〇〇〇番地をお願いします」と頼んでも、
「ん? あー、旧市名でいうと、どこら?」
統廃合のおかげなのかな、現在の町名よりも、旧市名がいまだに使われている。
行政の御都合もわかるけど、正直、不都合です。
「……ななけん……町」
「しちけん町ね」

超異邦人のわたしは、観光地でもない場所なのに、思いっきり旅人で、
そんな不安要素の高い、短い滞在の間で、出会った知らない人みんなが、丁寧で親切でした。

東京から水戸に引っ越した知人が、
人が親切、みんなが親切!
と、メールをくれたときには、
……東京だって、そこそこみんな親切だし、日本人はデフォルトが丁重だよ?

……と訝しんでいたのですが、本当に親切だった。茨城。

東京の人間も基本は親切ですが、
もっと投げださないで懇切丁寧に、過不足なく手を貸してくれるかんじ。
呑みこみきれない内容を、「はい? つまり……」と聞きかえせるだけの猶予をくれる。

その分、まずコンビニがほとんど見当たらない。
ほとんど店がない(……あるにはあるんだろうけど、店かどうか一見にしては、判別がつかない)。
ファミレスすら見あたらない。
タクシー乗り場がない。
役場前に一台のタクシーも停まっていない。
流しのタクシーを捕まえようとしても、タクシーが通過しない。
タクシー会社に電話しないと来ない。
タクシー会社に電話しても、うち今、出ちゃったんで……よそをあたってください、と。
傍の人に訊いて、大きいタクシー会社を教えてもらって、またかけるのであった。

高層マンションとかもけっこう建っているので、過疎化ではないんだろうけれど、
地方都市というほど栄えてはおらず、
東京郊外ほど店がない。
初めて訪れる者にとっては、ものさびしいの。

まったく見知らぬ土地で、用事を済まさねばならぬ、心細さ。
不安に囚われるのを払拭せんと、気を張りまくる私。
グーグルアースで下見したのが実際すごく役立ちました。

「そんなんでよく未成年時分から単身アメリカに留学したよね」
とか、
「それでどうして思いついたら突然、海外旅行とかも行くんだろうね」
と言われますが、
もっと違う感触です。

携帯が暗くなり、充電が切れて、至急連絡をつけたいのに公衆電話が見つからない……みたいな。
暗くなると続々店が早じまい……道に迷って駅にもどこにも、たどりつけない。
そんな身近で地味な切迫感に似ている。

全国展開しているチェーン店とかが見あたらない、目印のない場所を、
徒歩で、てくてく……。
日本人で、日本にいるのに、知ってる景色も風景もない。
落ちつき場のない、寂寥感なのですよ。

遠方ってほど遠方じゃないけど異邦の土地で、かえすがえすも親切で丁寧な応対をしてもらって、
本当に助かりました。
親切が倍、しみるのであった。

で、逆に――あの状況下で、もしも悪意のある人間に行き当たり、
あやうい目にあったなら、
精神的なショックも凄いし、とことん逃げ場がないなあと。
親切がセイフティネットなんだな……と。

ちなみに、訪れた土地には、
かつては蔵に刀剣がゴロゴロあった、と小耳に挟んでいた。
ひょっとしたら、ほんまもんの、生刀剣を手にできるのでは!
という下心は、あえなく見事に粉砕されたのだった。

蔵なんて、跡形も無いんじゃないか!
どこに蔵があったのよ、まじで? いつの話。

「いや……おまえのお父さんが子供の時に、お祖母さん(私の曽祖母か)に、
《この蔵の刀剣はあなたにやろうね》と言われてたっていうレベル……」

でも、それ……少なくとも戦後でしょ?
戦時中に闇米と両替せざるをえなかった、ってわけでもなく。どこに消えちまったんです、一体。


turn up [た行]

いまだ『カンパニュラの銀翼』を英訳チェック中です。
ふだん、原稿の進行状況を、ブログにアップしない私ですが、
カンパニュラは既に出版されている話だし、
ここでブログを読まれるかたの大半は、内容を既に御存知かと思うので、気軽に語りやすい。

一冊のあれだけの分量の本を、
一人の訳者が、最初から終わりまで訳しているので、
思い込みによる誤訳が散見されるのは致しかたないこと。
私が自分自身ではぜったい英訳しきれない、豊富な語彙と表現力ですし、
大半はほぼ完璧に近い、美しい英訳。
ただ、なかには興味深い誤訳も見つかるわけです。

わかりやすい例だと。

シグモンドが、屋敷のカンパニュラの花を、
夏になったらミュリエルにぜひ見せたい――と思うシーンで、
《釣鐘草(カンパニュラ)の青紫の花が》
と書いている、この《青紫》が、
《green-purple》と訳されていたりします。
Oh...

日本語では《青々とした》などと、かなりのケースで、
青が本当は緑色を指しているので、
青紫→green-purpleと、深読みしたのでしょう。
わかる、わかる。
しかし、green-purple……緑と紫の花びらって、どぎつい。

ラベンダー色(laveder)とか、藤色(mauve)としても良かったんですが、
カンパニュラの花の色を語るのに、ほかの花の色を引き合いに出すのは、どうなのさ……。
それゆえ青紫色と書いたので、
ここはbluish-purpleと直したりするわけです。
(ちなみに欧米人がいうpurpleは、
日本人がイメージしている紫よりも、やや赤紫寄りな気がします。)

また、厳選して書いた言葉を、あっさり訳されていると、
違うそこはNoooo!
……みたいな、私ならではの、こだわり部分も出てきます。

たとえば、シグがミュリエルの右手から、手袋の裾をめくり上げるシーンで。

そもそも、この訳者の癖なのか、欧米人は一体にしてそうなのか……、
右手とか左手とか、
こっちの腕からあっちの腕にシーツの束を持ち替えた、
などと、わたしが手や腕のことについて細かく書いている部分、
わりと端折ってあります。
右手→hand 左手→hand
右腕→arm 左腕→arm みたいな感じ。
まあそこは、へえそうなんだー……で気にしない。

ただ《ミュリエルの右手から、手袋の裾をめくり上げた》
→Sigmund removed the glove from her...(以下略)

これ、ちがうぞ……! 
remove the gloveだと→手袋を片方取りさる。手袋を片方脱がせる。
(gloves じゃなくてthe gloveだから、片方なのはわかる。)

実際は、手袋を完全に取り去ったのではない。
(そう、シグはあの場でけっして呆気なくすっぽり手袋を脱がせる真似に及んではない。)

ミュリエルの右手の手袋の裾をめくりあげて、
そのわずかな手の甲の素肌に、目を伏せて、キスするんだよ。
その時の二人の距離感と関係性を表す大事なとこ!
脱がすこともできるけど、あえて少しめくりあげ、
そのほうがデリケートで、エロい。
色気が増すから。

めくるというと、flipとかが出て来るんですが、
flipというと、ひっくり返す、ぺろん、ペラんとした感触で、なんか違う。

たぶんturn upだな……(袖口を折り返すような感じ)
Sigmund turned up the hem of the glove from her…(以下略)となるかなあ。

一つ懸念材料の英訳に行き当たると、
しっくりくる、赤ペンを入れるだけの適切だろう英単語をたどりあてるまで、
なかなかに頭をひねります。 


立ち位置 [た行]

『黒執事』アニメ、7月から3期やるんだ~♪
(新シリーズと銘打って、3期と呼ばないのは、いかに?)
コミックのサーカス編(⑦⑧巻)をやるのか~。
楽しみだ!

黒執事はサーカス編が一番ダークで黒執事の真骨頂、最高に胸に迫りました、私には。
ラストがやるせなくて、それがまた(誤解を招くが)大好きだった。

するとアニメオリジナルの2期は、サラッと全部、無かったことにして話を進めるわけなんですね。

つか、アニメ1期のラストでは、原作漫画とちがって、主人公のシエルが死にます。
契約通り「あくまでしつじ」のセバスチャンに魂を喰われて終幕という、
それらも全部サラッとなかったことにして、漫画のサーカス編をやるわけなのでしょうね。
アニメオリジナルって、なぜ収集つかないくらい原作から甚だ乖離する場合があるんだろうか……。
パラレルワールドと思って見るしかない。

ところで先日、ハンター×ハンターを視聴していて、
こちらはいい感じに原作通りに進んでいるようで、
ここのところ蟻編が佳境、最高に息づまる展開がずーっと続いて見ごたえたっぷりなのですが、

『カイトが操り人形化されているかと思いきや、
死体をつなぎあわせて操り人形化されていたのであり、
とっくに殺されていて、治すことは不可能。
そう知ってゴンの精神がぶっ毀れ、開眼・覚醒・確変を遂げる』シーンで、
カイトの死に、わたしは進撃のリヴァイ兵長の死を想像して、
いやだああああ、
と、地味にひとしきり心配しました。
同じ作者でもなければ、掲載誌はおろか、出版社もちがうのに何なんですが。

だってありそうです、
リヴァイ兵長が死んで、精神に異常をきたしちゃったエレンが、
今回のゴン同様、更なる高みへ覚醒というか、
泥沼の深みに突入というか、思いだせない父親とのやりとりとあれこれを思いだして開眼するとか、
そういう引き金になる流れ……。

エレンってば、アルミンが喰われそうになって、巨人の口の中にとびこんでいくし(結果、自分はズタボロに死にかけたあげく巨人化の力を得るわけですが)
リヴァイ班が壊滅したとき、巨人化して、女型のアニと一騎打ちするし(結果、負けますが)
ハンネスさんの内臓が丸見えに引きちぎられた時に、座標の力(?)を天啓のように手に入れる。

大事な人がどうにかなると、その分、ひとつ物凄いパワーを手に入れるので、
あの異常な世界を終息に導くには、
リヴァイ兵長の命が引き換えになる気がして、今から兵長の命が危ぶまれてならない。

少年漫画で先輩・兄貴キャラが死なない作品って、本当に少ないです。
NARUTOのイタチもアスマも死んだし、銀魂の松陽先生も死んでるし、
EVAの加持リョウジも死んでるし……グレンラガンはアニキもキタンも言うに及ばず……

いろんな作品の記憶を繰りだして思いだしてみるに、
あ、ハガレンのロイ・マスタング大佐は最後まで生きてたな!

立ち位置的には、リヴァイ兵長は、ロイ・マスタング大佐に近いな、きっと! 

アルミンやミカサが、今ゴンを見守るキルアと同じ立場に置かれないかと、ヒヤヒヤです。



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当サイトはSafari推奨です [た行]

6年程使ったWindows Vista搭載のノートパソコンが、
いかんせん融通がきかなくなってきたので、
駆けこみで年度末にWindows 8.1搭載64bitのノートパソコンに買いかえた。
Windows 8の使い勝手の悪さは、
従来のスタートボタンをフリーソフトでインストールすることによって、ほぼ全面的に解消。
(私はClassic Shellというのをインストールしました。)
これだと、それまでの使い勝手にくわえて、
Windows 8.1の新しい機能も両方活用できて、非常に便利。

あとは新しいノートパソコンのキーボードの微妙な変化に、
ちくちくイライラしつつも、そのうち慣れるだろうと思いながら、せっせとデータを移行。

データの移行は「ファイナルパソコン引っ越し11plus」とソフトをインストールして、
専用のLANケーブルで一挙に移行したら、大半がいっぺんに片付いた。これ、使えます。
そのとき従来の32bitのアプリは使えない可能性があります、と
軒並みアウト宣告がでるものの、十中八九、使えたのだった(自己責任で)。
私は躊躇ったせいで、最初まともにデータが移せなかったので、
再チャレンジしたから結局2度手間にはなった……(笑)

……そんな感じで順応しようとしていたものの、
どうしても我慢できないのがMeiryo UI。
Windows 8以降で採用されている新規フォント。
おまけにWindows 8はフォントの変更を認めないのだ。
(……それまではフォントを変更できたのに。サイズしか変えられなくなっている)
だからなんでもかんでもこの新規フォントで出てくるではないか。

PC上の作業は、私の場合ほとんどワードで、
ワードで好きな書体で打てるし、リボン上ではさほど気にならない。
気に障るのは、ネット。

ああそれが生理的にダメなかんじの字体で読めない。
読むの気持ち悪い……。正直、見るのもいやなくらい。長文を読むのにまったく適してないんだ。
このサイトをIE11で読もうとしたとき、あまりの鬱陶しさに黙ってページを閉じました。

Windows 8.1以降だと自動的にIE11がインストールされていて、
IE11はMeiryo UIのフォントで出てくる。選択肢なし。
おまけにIE11は使い勝手が猛烈に悪くて、いろんなネットの機能が正常に作動しない。
ほとんどのサイトのバランスが崩れているし、へんな具合に太くなったり細くなったりして、
文字サイズも不適切で、その都度、拡大率を変えないとならない。
ちょうどネット黎明期にホームページビルダーで素人が作ったサイトみたい。
だっさいチグハグした行間で出てくる。
「互換表示」で、ある程度解消できるサイトもあるものの、互換表示でもっと崩れる場合も多い。
イライララ……。

Windows 7などからのアップデートによりIE11にした場合は、
簡単にIE9や10にダウングレードできるらしいが、
Windows 8.1の初動でIE11搭載だと、これがどうも容易には、いじれないようだ。
(プログラムをいじったりすると可能らしいが自信がない。)

そんなこんなの試行錯誤で、一進一退しながら無駄な時間と労力を費やし、
IEを既定のネットブラウザにするのを、断念。
……君とはおさらばだ! 
長いつきあいだったけど、ここ最近の自己中すぎる君とは、もうやっていけない!
なんかいきなり予告もなくプチ整形してきたとかって、メイクなら変えられるけど、
整形ってむりだよ。
君のフォント、けっこう気に入ってたのにさ……。

で、FirefoxやGoogle Chromeなどいろいろ逡巡し、
ダウンロード+インストール、アンインストールを繰りかえした挙句、
現時点でこのサイトを閲覧するネットブラウザは、

Safari――こいつが一番、適しております。

SafariというとMacのイメージが強いかもしれませんが、
Windows用もあるので、IE11でこのサイトを読んでいる人はぜひSafariを試してください。
あるいはIE10以下のヴァージョンで見るのが推奨です。

そのつもりで文の長さのバランスと改行の位置などを決めています。


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十日後はタイタニックの沈没日ですね [た行]

現在、小説すばる4月号に掲載中の短編“極東での若き日々”に、
ちらっと出てくるヴァイオリン曲、
尚夜が神蔵夫人に聞かせる「主よ御許(みもと)に近づかん」
って、どんな曲だ?

という人のために。
映画「タイタニック」で出てくる弦楽器の楽団が、いよいよ船が沈むときに弾く曲です。

http://youtu.be/_RcVzevWX4U (映画の短いヴァージョン)
http://youtu.be/mCEfqj9pDAI (長いヴァージョン)

この選曲は映画の中だけの演出かと思いきや、
実際に「船が沈んでいくとき、この曲が流れていた」
と生存者が証言し、当時(1912)ドラマチックに報道されて、すっかり定説になっているんですね。

タイタニック号の沈没は日本でもかなり大きく取り沙汰された事故で、
事故当時、作中の尚夜は生まれた頃にあたりますが、
たびたび語りつがれてきた海難事故でもあるし、
しばしば死の淵を覗いてきた尚夜なので、
この曲がタイタニックが沈没したときに流れていた曲だと、
このとき無自覚に意識しながら弾いたんだろう――
と、思いつつ書きました。

蛇足逸脱:進撃22話 [た行]

場所による放映時間のタイムラグのせいで、まだ未視聴の人もあるでしょうから、
できるかぎり、詳しくはネタバレしないように言うと、
私は、今回『進撃の巨人#22』におけるアニメオリジナルシーン追加に否定的です……。

すごく密度の濃い、過酷な展開が続いていたのに、
まさかの急転直下……いたずらなまでに鬱な展開の挿入。
感情移入したくても、それまでの設定と無理がありすぎて……。
尺の引き伸ばしだとしても、いくらなんでも……。

以下、少々ネタバレで語ります。

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東尋坊にいってきた [た行]

先日、一泊突貫日程で、福井と石川(金沢)に行きました。
小松空港まで飛行機で、東京羽田から1時間。思いのほか近いです。

小松空港から車で小松駅まで十分弱。
(ここから連れと別行動で、連れはいったん永平寺へ。)
わたしは小松駅から、芦原(あわら)温泉駅まで。
一時間にほぼ一本のJR北陸本線・大阪方面に乗りました。乗車約30分。

芦原温泉駅についたら、一時間に一本のバスに乗り、東尋坊まで40分。

東尋坊の一個手前のバス停でおりて、沿岸崖沿いの遊歩道(?)を歩いて東尋坊へ。
快晴です。
40分ちかく歩きました。
真夏の炎天下を! ひとりで! 日傘と麦藁帽の両方装備で! 酔狂! わかってます!

麦藁帽をかぶっていれば日よけに日傘はいらないと思われるだろうが、
蜘蛛の巣とかね、あちこちぶら下がってるし、虫やらなにが降ってくるかわからない。
夏の薄手の服ですから、足長蜂が飛んできたり、イガイガの草にさわられたりしかねない用心に、盾として日傘は結果的に必須でした。
ときどきカニ歩きになる急こう配の遊歩道に、イナゴとか跳ねる。おぉっ……。

『夜9時以降は危険ですので立ち入らないでください』と看板が出ています。
なるほど、街灯なんてまったくないし、
海も日が沈めばまっ暗だろう。夜になったら暗闇の中を立往生。
潮騒をたよりに下手に歩けば海にまっさかさまでしょう。

だいじょうぶポカリスエットを持参してるし。
足首までのパンツをはいてるから変な虫とかに噛まれまい。靴もスニーカーではないが、これなら歩ける。たとえ蛇くらい出てきても、跨げるさ。

荷物が肩掛け鞄で、大きくて少々場違いだけれど。
サングラスも微妙に場違いだから、つるを胸元にひっかけて。
海沿いなので、さほど暑くはなかったです。むしろ心地よかった。
たまにうっすらと潮の空気がたちこめます。とにかく空気が澄んでます。

滝壺とかをわき見しつつ、鬱蒼とした茂みをくぐり、細い道を歩きます。
真夏はアスファルトの上を10分も歩けないヘタレですが、すたすた歩きました。
真っ昼間に、人っ子ひとり出くわさない。
大急ぎで進みました。正直ね、若干こわかった。

海の気配を感じつつも、海が見えない。
ひたすら、足場の踏み固められたちょっとした山道を進み、藪をぬけていくんですけど、
ところどころに東屋の休憩ポイントがあって、救われます。給水してまた進む。
なにしろ初めて来たので、ペース配分がわからない。
日差しにバテる前に、着かなくてはと焦ってました。
で、そんな途中に、ぱーっと海がひらける場所があるんです。
なんという蒼色!

きれー
まるで秘境の絶景ポイントだ……魂を洗われる心地がして、
写真をとりたい!!
だいたい絶景ポイントって観光客がごったがえしているのに、誰もいない。
チャァアンス!

と、周囲を見回すも、必ず看板があるんです。

『いまいちど考え直そう』
『いまならまだ引き返せる』
『思い出せ、親の顔、友の顔』
『まだやりなおせる』

……的な……常套句の数々……え? 

なに……ここ?

美しく息をのむほどきれいだなあと思う場所は、すべて恰好の自殺ポイントらしい。
おちおちカメラを取り出せない。
たしかに下は崖で、海にまっさかさまですが、足元30センチくらいの柵が手前にあり、
越えようとは思わないのだが……。

危機感をあおるのは、写真撮影を控えさせる腹でもあるのかなあと。

写真撮影できれいな景色をとることに夢中になっていると、たしかに墜落しうる場所なんです。
もうちょっと、と欲張りになって深入りすると、人知れず落ちかねない。
吸い込まれるように、海のほうに行きたくなっちゃうんですよ。
ずっと見えなかった綺麗な海が眼前に開けてて、マイナスイオンに誘われる。

それゆえ絶景ポイントには自殺防止看板が、もれなく立っているんじゃなかろうか。
たじろぎますからね。
自殺看板のあるところで、まごまごしながら荷物をほどいて、シャッターを切るのは気が進みません。

反面、ここで万一、人に突き落とされても、突発的な自殺ということで片づけられそう……。

私は今回、携帯で写真を撮っていた(重くなるからカメラを持ってこなかった)。
沿岸沿いの遊歩道(かるく山道)で遭難したら、
携帯で助けを呼ばなくてはならないだろう。

なにしろ誰とも行き会わない。カメラを使って、充電を浪費してる場合でもない。
というわけで道中の写真が一枚もないのだった。

ものめずらしい赤や紫の花とかもチラホラ咲いてて綺麗だったけど……。

たまに行き過ぎる人は、カメラをさげてトレッキングの身支度をととのえている。
でもたしかに『遊歩道』ってあったんですよ……。
人とすれ違うと安心しました。
ところどころで標識がでていて、東尋坊までの道のりを間違えてはいない。
東尋坊タワーは、なかなか近くならないが。
進むしかありません。

カナダのヴィクトリアに数か月滞在していた頃があったんですが、
ちょっと先に見える沿岸部をひとりで散歩して帰ったら、
最初のうちはウキウキと美しい景色に目を奪われるも、
最終的に2時間かかったことを思い出し……漠然と2時間を覚悟する。

友人とドイツに旅行にいったときは、古城ホテルにたどりつくまで裏山をぬけて、
小一時間登山をした……。思えばこういう謎なプチ遠征が多いな、わたし。
次の日、舗装された大通りで徒歩五分で来られたことを知ったんですが……。

そんなこんなで40分でたどり着いた東尋坊は絶景でした。
日本海というと、冬場の鉛色のイメージしか知らなかったけど、
夏の日本海は素晴らしい紺碧なんですね。
今まで、海外をふくめてけっこう海を見てきたけど、いちばんきれいな藍色だった。

おざなりに写真を撮って、
駐車場の案内をしていた、日焼けしきったおばあさんにバス停を尋ねるも、
怪訝そうな顔をされる。
バス停、降りたとこに戻ればいいんでは、なんだいなこの人は、どこから来たのだ、という目線。

「東尋坊まできて東尋坊見ないんで帰るんか?」
「いえ。ひとつ前のバス停からずーっと海沿いの遊歩道を歩いてきたんで、東尋坊はみっちりずっと」
「ほうか。なら、いらねーや」
「そうなんですー」
「そりゃあまあ、ずいぶん大変だったわ」
「そうなんです!」
「そこの商店街をぬけた下にあるから」
「タワーの向こうですか?」
「タワーより手前に商店街があるから、そこをぬけて色々みていったらいいさ」
「ありがとうございます!」

聞いたとおりに進んで無事バス停に着きました。
バス発車時間は30分ほど先だったので、おみやげ屋でぶらぶらして、
物産屋?……にてトイレがあったのでトイレにいき、
こういうところは概して……と、トイレの荒廃ぶりを覚悟して震えあがって入ったら、
思いのほか衛生的で、それまで目にしてきたきれいな景色がきれいなままで保たれ、助かった。

たしか14時18分着・21分発のバスだった。
15分にバス停に向かうと、まさに発車するところでした。
一時間にほぼ一本間隔のバスなので、客はみな待ちかねて乗りこむから、ぎりぎりまで待たないのかも。

ぽかんとしながら日傘を振ったら、停車してドアを開けてくれました。
乗客は私をふくめて3~4人。
多くは自家用車か、レンタカーで来るようです。

バスは運転手のほかに、女性の車掌さんが同乗していて、行き先を確認してくれました。
不慣れなものには、ありがたかった!
私が下りるのはJR北陸本線の芦原温泉駅ですが、
よく似た名前の芦原町駅という停留所が手前にあるのです。
車掌さんがいなければ、間違えて降りていたかもしれません。

滞在地は松任。金沢のちょい手前。
芦原温泉駅から北陸本線・金沢行で1時間弱です。
松任から金沢はアクセスがよくて、簡単にすぐ出られます。

金沢では武家屋敷跡と、
諸江屋という落雁(らくがん)のお店が味から雰囲気までぜんぶツボだったのだが、
数年前に働いていた研究室で、SSさんという年下女性が金沢に一人旅にいったあと、
「中里さん! 辻斬りが出そうなんですよ! 道を曲がると辻斬りが! 中里さん、たぶん絶対好きですよ!」
そう言ってくれたのは、ここ武家屋敷跡のことだな……。

なぜ私が辻斬り的な世界観を好きだと思ったんだろうか。
SSさん、いい勘してたな……。

写真



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つつやみ くけじ [た行]

『惣闇』と書いて、つつやみ、と読みます。
まっくらくらーの闇のことです。

『漏路・匿路』と書いて、くけじと読みます。
ぬけみち。間道。

これらの言葉、以前はネットのgoo国語辞書に載っていて、入力すると引けたんです。
それが最近、goo国語辞書で引けなくなった。
《該当する言葉はありません》
と出ます。

ぬぬ!

つつ闇、としては出てくるが、惣闇では該当単語が出てこない。
くけじに至っては、平仮名のくけじでも、くけち、でもかすりもしない。

わたしは気になった言葉や、こいつはかっこいいと思った言葉で、
ぶっちゃけ日常用語ではないから、いざってとき使うの忘れちゃいそうよね、
……と思った単語をIEのお気に入りに、入れておきます。

お気に入りには、goo辞書の各単語の意味のページが、わりとずらっと並んでいます。

時々、それらを整理するのだが、
つつやみ、くけじと見出しが入っているgoo国語辞書のリンクがいずれも機能しないではないか。
リンクが壊れたのかと思って、新たに語を打ちこんで入力しても、
該当単語が無いと出るばかりで、言葉が抹消されています。

どうやらこういう仕儀らしい。
(引用→)
goo国語辞書は、約24万2,000語(2010年7月現在)を収録した小学館提供の『デジタル大辞泉』を搭載しています。本辞典は、現代日本語をはじめ、カタカナ語・古語・専門語・故事・慣用句などを収録した本格的な大型国語辞典です。また、デジタルデータの特性を生かし、年3回の定期更新によって、政治・経済・医学・ITなど最新用語の追加や、時代とともに変化する記述内容の修正を行っています。(←ここまで)

定期更新によって、
『惣闇』
『漏路・匿路』
これらは不要な日本語になった的な扱いを受けたってわけか……。

辞書が載せなくなったらその言葉、本当に終わりなんですが。
わかんないとき調べられなくなったら、もうその言葉は魂を失ったも同然なんですが。
ことだまがー、殺される……。

ネットの辞書なんだから別にページ数もさほど限られてはいないし、
掲載単語を増やす分にも、減らすのは待ってくれてもよいんじゃない?

……言葉がなくなる、ということにうっすら恐怖を覚えます。

なにしろ、
『あやかす』
という言葉も載ってないんですよ。

ゴシックとか怪談とか好きな人種にとっては、もはや日常語。
めずらしくもなんともないからむしろ辞書で引きもしない言葉だけれど、
この『あやかす』もgoo国語辞書で載ってない。

あやかし(妖魔等)は、なぜあやかしかといえば、
あやかす(動詞)からこそ、あやかし(名詞)なんじゃないか!

惣闇(つつやみ)
漏路・匿路(くけじ)
あやかす

……いずれも三省堂の大辞林では載っていて、
現時点においてYahoo辞典ではネット上で調べられます。

だけどgooの辞書機能は複数の辞書をいっぺんに調べられるから、すごく重宝していたんです。

今後『あやかす』とか使おうものなら、
バカはなんでも名詞を動詞化しやがって、
とか、お叱りを受けたりするようになるわけ?
つつ闇を、惣闇とか書こうものなら、
ルビをふらないと読めない、辞書にない言葉は日本語じゃないとか眉を顰められるのか?

ぶるっ(……こわ)

公共の辞書としての役割として、恥を知れよう……(泣)

特撮博物館@東京都現代美術館 [た行]

特撮博物館、行って来たんだった。
導入部分は、日本特撮映画およびテレビに使われたミニチュアの飛行機・戦艦・宇宙船のたぐいが陳列してあって、楽しいといえば楽しいけど、あれ、案外地味かな、私そこまで特撮に思いいれ深くないし夢中ってわけでもない。
と思っていたのだけれど、奥に進むにつれどんどん濃くなります。

特撮マニアとかじゃなくとも、充分楽しめます。というか巨神兵、すごかった。
宮崎駿監督と庵野監督のコラボで『巨神兵東京に現わる』というスタジオジブリの短編特撮映画(実写)を上映していて、こいつが目当てだったんですが、とんでもなくやばかったです。

巨神兵、強すぎ。複数いるし。
エヴァに出てくる使徒が全部、量産機も混みで束になってかかっても、かなわないんじゃないか。
巨神兵のフォルムは、エヴァにそっくりだし、拘束具を外したエヴァンゲリオン初号機並みの強さだろうと見込んでたんですが、ケタはずれに凶悪。
巨神兵って、情緒不安定なパイロットもいらないで歩けるし空も飛ぶし、動力源無限っぽいし。
腐ってやがらないと、とんでもないよ・・・・・・。
圧倒的破壊力に、観客、絶句。
ジブリのショートフィルムは基本ハートウォーミングがお約束なのに、ハートがウォーミングする隙なんて一ミリもありません。

特撮映画の俯瞰映像は、ヘリコプターとかでリアルに撮ってるんだろう、
と思い込んでいたんですが、全部航空写真からミニチュアを起こして撮っているんですね。
庭先、店先、ランドマーク、一瞬で爆破するものであっても精魂こめて作ってあるのがわかります。もっと手が抜けそうなのも、作り手の自己満足のレベルにまでいっちゃってる、ものによっては酔狂なまでに緻密なつくり。根気と美意識と再現率へのこだわりが凄まじかった。

出口近くで、特撮に利用されたミニチュアを写真撮影できるスペースがあります。

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中性脳 [た行]

ピングドラム15話「世界を救う者」
5回に1回くらいのペースで、すっごく面白い回がくるっぽい。

ゆりさんの回想シーンは、もろ、元祖「高校教師」の繭(桜井幸子のヴァージョン)まるかぶり。
あれも父親が彫刻家で。ああいう――表向きはれっきとした人物。
母親が不在(死)で、閉塞的な家庭環境で、父親の病的嗜好の暴走がジワジワと、
一人娘に長期間にわたって及んでるんだよね。
娘は本心はいやなんだけどいやって言えない立場に追い込まれていて、
これでいいの、って納得してるつもりで、
それでも繭は、高校教師の羽村先生の下駄箱に「助けて」って無記名で手紙を入れている。

今回のゆりさんの場合は、まだ小学生だから、
まんまといい手すさびにされて身の毛がよだつのがハンパない。
でもあくまで直接的な表現はなくて、ただ超美少女のゆりさんにむかって
「お前はママと同じで醜い。だからきれいにつくりかえてあげよう」
ってなお為ごかしなせりふを言い放ち、ノミとかツチとか持ち出し、
娘を「芸術品」という名のおもちゃにしていく父親がマジ変態。
日増しに、包帯ぐるぐるまきの腕を、首から吊ったり、脚にギブスみたいなのつけたりで、
体をひきずって歩くユリさんの姿が示す虐待の暗喩が、却って怖い。

ちなみに父親が、ゆりを孤立させ、誰にも助けを求められないようにするために、
「友達でもできたのかい? ステキな子かい? なら信じちゃダメだ。
ステキな子っていうのは、自分がステキかを確認するために甘いことを言ってだますんだ」
ってなことを言い含めている。
どこでもほとんど例外なく、このゲスジジイみたいな悪質で横暴な嘘つきってのは、
嘘をつく相手に他者との交流を望まないわけで、
(知恵がついたり、いろいろが、ばれたりすると困るからね)
よその人とやりとりするな=「たちの悪い嘘つき」フラグが立つわけです。

しかし一方でこの「クラス一番の人気者は一番嘘をつくのがうまい」
という訓えはアメリカのわりと最近の学術論文で発表された、実験に基づいたいわば事実です。
(Lie To Me #2)のエピソードもそんな警句が出てきていた。

実験はたしか、ものすごく酸っぱい耐え難い食事をとらせて、その表情をチェックする。
マズッというのが顔に出ちゃう生徒と、即座に平気な顔をつくろう生徒とで、
平気な顔ができる生徒はみな、クラスの人気投票でトップの生徒だったらしい。

この「嘘」ってのはつまり巧言令色、
自分の不快感などを表に出さず偽るのがうまいっていう意味。
いわば「空気が読める」「つねに相手を気遣う」ってことなので、
ユリの父親が言う、
「ステキな子はお前をだます。偽者だ。(だからデタラメで狡猾でお前を駄目にする)」とは、
巧みに論点のすり替えが行われているわけだ。
一片の真実を駆使して、本当のことを言ってるふりで、
ちびっ子をだまし自分の都合良く束縛する、紳士ぶったあざとさがいやにリアルだった。

「高校教師」では大人(先生)の介入があっても、結局悲劇に終わる感が否めないけど。
ピンドラは女の子同士の友情が炸裂。
小学生の桃果が、頑なになってるゆりの異変に、的確に対応するのが感動的。
ピングドラムのパワーを使って、桃果がゆりを助けて世界の風景がガラッと変わる設定は
ゾクッときた。
幾原邦彦監督は本当は女なのか? 太宰並です。

謎が紐解かれてくる感じに、期待感が募るし、
みんなそれなりにあくどくも凛としてるキャラたちがいいんだけど、
冠葉だけ、主人公なのに(あるいはそれゆえか?)あがいても報われない結果が待ち受けていそう……。
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太宰の墓参り [た行]

にわかに思い立って、先日、太宰治の墓参に禅林寺まで行ってきました。
天気もいいし、五月の木漏れ日もさわやかだし、ぜっこうの墓参日和だなあ……と。
都内に住んでるくせに、太宰の作品が好きなのに、
一度も太宰のお墓に行ったことないって、なんかモグリみたいじゃないの。

かねてよりそう思ってはいたんだけど、身内でも友人でもない人のお墓参りに訪ねてくなんて、
なんかちょっとストーカーみたい、まあ当人は生きてないので、
おとなしく墓参をするくらいは、迷惑行為もへったくれもなかろうが、
正直ちょっと恥ずかしい――そんな熱烈なあれじゃないし……
と、変な恥じらいですったもんだと思いとどまったりしてたわけです。
そもそも身内の墓参りさえけっこうおざなりなのに、
太宰のお墓に行ってる場合じゃないような気がするよ、と。
しかし今回そちらはゴールデンウィークに済ませていたので、心置きなく、行って参りました。

三鷹駅からバスでもいいらしいですが、歩いて行けました。10分程度です。
とちゅう、右に曲がるらしいところで左に折れて、
白壁に門蔵のある、都内じゃちょっとめずらしい感じの敷地を、寺とがっつり間違える。
〇川さんというお宅は禅林寺じゃありません。

太宰のお墓は、木陰と木漏れ日にいい案配に庇われていて、良い感じのところにありました。
斜向かいに、森鴎外こと森林太郎のお墓もばっちりございます。
森鴎外のお墓に来た太宰が、将来自分はここに入りたい、と思ったらしいんですが、
なるほど良い風情で。派手でもなく、さびれすぎてもなく。

で、墓参といえば、お墓を掃除したり花を供えたり、お線香あげたりするんですが、
思いたって急に来ちゃったので、なんの準備もしてない。
身内じゃないのにそんな、しゃしゃり出ちゃっても……とお墓相手にためらいまして、
手を合わせてきただけでした。

しかし邪念が。
アカギの墓参りに詣でる、全国のバクチ打ちと同じことを、熱心に祈らんとする。

おまけに森鴎外の墓の前では、
「高瀬舟が好きです。ほかの話はあんまり知りません」
と、森鴎外だって言われても、はた迷惑みたいなことを告ってきました。

その帰りに、日傘もあるし、井の頭公園まで歩いてみよう……として、
道中でちょっくら斃れかけそうになったのであった。

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脱線 [た行]

電子レンジが壊れた
スイッチが反応しない。
コンセントを差込むと、ミリミリミリッとなにやら奥でスパークする音がして、明りがつかない。
あーこれはやばいな、危ないわ。

ああああなんでこの面倒な時期に壊れるんだろう!
この暑い時期、ガスコンロの前に立つのイヤなのにー。
いまこそ電子レンジさんは、一層の活躍を期待される時期なのに……。

冷蔵庫は凍りすぎで、
あらら、生卵の大半が凍って割れちゃってるよ、らら。
冷えすぎる分にはまあいいけど、いや……いいのか?

風呂自動湯沸かし器も交換しないと、
気まぐれに、お湯が出なくなり、
エラーが点滅……。

家電系は10年前後をめどに、しかけられたみたいに本当に一気に壊れだしますね。

よし、考えても仕方がない。
これからウィンブルドンのシングルス決勝を見よう。
ナダルもベルディッチもどっちも応援しているぞ! 目が離せないわ。

テニスのウィンブルドンは、チャレンジシステムがあって、
選手が判定に抗議する権利、コンピューターで球すじを再現してインかアウトを見直すという、
これ、まことにすばらしいシステムが存在します。
十中八九、選手のチャレンジが正しいと証明されます。

チャレンジ権は、選手が失敗すると失われていき、
成功すればチャレンジ権はそのままなので、チャレンジするほうも慎重だし。

ただたまに、あれは去年のフェデラーとアンディ・ロディックの確か決勝戦。
ロディックが押していたとき、
不調だったフェデラーが、あきらかにアウトとわかるボールに、チャレンジ権を使った。
その幾許かの時間に、息をととのえ、攻勢のリズムを変えて、相手のリズムをくずし、
ゲームのながれを自分にみちびき結局勝った。

試合の間、ロディックはフェデラーのその汚い戦略、
プレーマナーが「紳士的」として評判の高いフェデラーの、ずるい作戦に、
気付かないふりをしながら、猛烈に頭にきているのがわかり。
ここ一番というときに勢いをかき乱されたロディックは、どんどんバランスを崩していった。
あれはそう見えた。

ゲームの流れを故意に妨害して変えることができなくもない、
チャレンジ権が必ずしも万全なシステムとも言い切れない。が、
間違った判定がなされるよりは、断然まし。
すっごい超豪速球なので、目では追いきれないところもあるし。

先日、ジョコビッチとベルディッチの準決勝のとき、
ちらっと副音声で見ていたところ、
英国の解説が、「ワールドカップもこのシステムを取り入れるべきだ。
信じられない、あの判定、信じられない、あれでゲームの流れが変わっちまった」
と。英国のお家芸ウィンブルドンテニスの準決勝という大きな局面で、
ワールドカップサッカーの、イギリスに下された誤審を、くどくど口説く実況。
もうそれテニスの実況じゃないからね。

ちょっと言わせてくれ、言わずにおれない、とばかり、
ちょっとした隙に差し挟んで、あけすけにケチをつける皮肉な感じが、なんとも英国人らしく(?)、
愉快でした。

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共通テーマ:日記・雑感

同姓同名 [た行]

Twitter、わたしはやってません。
いやあ、わたしはべつにすっごいずぼらってわけでもないと思うんだけど、
Twitterをやれるほど性格がマメじゃないっぽい。
乗り物の中で携帯メールを打ってるだけで次第に気分が悪くなる、ていたらく(……酔う)。
Twitterは、やっぱりモバイル性の高い媒体でやるのに適しているんだろうなあ。
というわけで、中里友香でTwitterが出てきたりしますが、
わたしではなく、どこぞの、よその別のかたによるものです。
わたしの名前は、姓も名も珍しくないので、同姓同名、ググればいっぱいヒットする。

そういえばデスノを読んでたとき、
主人公の名前からして超珍しい名前だから機能するけど、
これって同姓同名の顔見知りだと、機能しないんだよなあ……と思った記憶があります。
わたしがLの立場だったら、竜崎とかいう芸能人から名前を借りて偽名にするんではなく、
自分と同じ名前の人を世界中からよせあつめ、
あやしいな、とにらんでいるライト(キラ)に対して、
全員で顔合わせをする。
あるいは全員の顔写真をライト(キラ)に見せ、
同姓同名全員でキラ対策本部をつくる。

そうすればライト(キラ)がデスノートに名前を書き込む際、
全員の顔がちらつかざるをえなくなり、機能しなくなるから、
それで予防線を張れる。

と、考えたりしてました。

メロとかニアの場合なんて、かれらの本名はさして珍しくもないから、
この手法を取ったらよかったのに……。
しかしキラでなく、キラの女である高田に名前を書かれたために、メロはあえなく死、
という感じにすればよかったのに……。

しかしデスノの楽しみ方はそういうとこではないのだ、
ライトが頭脳明晰なくせに、神がかりに馬鹿なのがウケる……という話だった。
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タランティーノ詰め合わせ [た行]

ブログで公開映画のレビューは絶対にしないんだ。これから見る人たちがいるんだから……!
という、自分で決めたルールをこれまでどおり遵守するけど、
「イングロリアス・バスターズ」
しびれた。

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TRAVIS [た行]

27(金曜日)トラヴィスの来日単独公演に行ってきた。
すっごい良かった。
とりあえず告っとこう。好き! 好きですTRAVIS☆ また日本に来てくださいね。
10年後とか言わないでね(前回の公演は10年前。そのとき私はTRAVISを知りませんでした)。
至福の時間をすごしたその詳細は、きちんと書ければ書くつもりだが、曲目の順番とか漠然としか覚えていないし、何曲やったかにいたっては数える気がないし、おまけに私、6~7年は熱心に聞き込んでいるのに、Vo,G,B,Dという役割の呼び名で認識しているために、メンバーの名前がかなりあやふや(どういうこった)。
……だけどそんなこと問題じゃないんだ、って開き直って言い切れるくらい、すっかりじっくり満喫したのでした。
ひとまずここに書き付けておこう。

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どっちも [た行]

キリスト教でなく本当は吸血鬼を書きたかっただけだとか、いやいや吸血鬼になぞらえて本当は哲学を書きたかったんだろうとか。ちがうちがう宗教談義や様々なセオリーは効果音、物語の肉付けにすぎなかろうとか。いえいえエピソードは見せかけだとか、いやいや民俗だの宗教だの伝説だのという薀蓄は、賢げな羅列にすぎなくて、べったべたな背徳世界をやりたかっただけだろうとか。硬質文学ごっこにみせかけた少女漫画だ、華麗な表紙を見てみろとか。いいやその逆で、純文筋だなど、まあいろんな読みとり方があって然るべきだけれど、作者としては全部だ! 全部、書きたかった、全部本気で書くのだ。(だいたいキリスト教やマイノリティを抜きにして真正の吸血鬼は語れないよ。)

量産型ベストセラー作家で原稿依頼がいっぱいあって仕方がない、書きたいアイデアはもう使い尽くしてたかがこれっぽっち、カサを増さなきゃ、みたいな小説家は、この出版不況のさなかにさして居ないのでは。(居るの?)
分厚い本や、字が詰まっている本はまず敬遠される昨今なのだ。凝縮された文面を読みたい人は、昔の文学読みますよ、現代作家はもうちょっとスカスカした字面で、わかりやすくキャッチーな読み捨て作品を書いてればいい、通勤で読むんだもん、みたいになりがちな世相において(無論そんな読み手ばっかではない)それでも「書くんですってば」と作者がおしすすめる中身だ。自分の内で無駄を入れる余地などなく、書こうとする中身に決まっているのだ(私からすると)。

だから例えば、そうだな佐藤亜紀(敬称略)の『ミノタウロス』において、作者が本当にやりたかったのは後半の若者三人の無謀な横行だ、という読み取りかたも当然ありだけれど、前半の不穏な兄貴の存在も絶対書きたかったはずだ(……と私は思うし)。

だからたとえば森鴎外の『高瀬舟』において、鴎外が本当に書きたかったテーマは「足るを知る」か「安楽死」か、いずれか――などという設問は愚問だ(……と私は思うし)。森鴎外についていえば兼業作家でおまけにあんな短編なのである。書きたくもない中身を織り込ませたる余地なぞ無いはずだ。にも関わらず、どちらが作者の意図する本当のテーマか、レポートを仕上げろ、という課題を出されていた知人がいた。私の高校では国語の先生がそんなピント外れじゃなくて良かったよ、と思った記憶がある。

むろん物語には本筋となるバックボーンが必要で、学校の国語の授業では「読み取り方」を教えてくれるわけであり、読み取り方にはたしかにある程度、正しい読み方がある。ただその弊害で、要点と意味をつかんで本筋を見失わないロジックにのみ終始し、物語内の情報に極度の優劣をつけ、本筋以外は目くらましの無駄だと言い切り、読書の味わい方を知らない人も結構多い。

つまんない本を無理に読まされるだるいときにも課せられたように読む状況は起こりうるけれど、本を読む行為全般において、テスト問題を解かされるみたいな読み方しか出来ない、味わえない人がわりと居るのだ。この手の、自分はデキる人間だとおごっている人(そこそこの実績をあげてきた社会人に多かったりする。たとえば『銀魂』の動乱篇前半の伊東みたいなタイプかな)に共通してありがちなのが、物語の味わいについては好みだとか嫌いだとか萎えとかツボとか萌えとか燃えるとか、そういう語でしか時として表現し難かったりするせいで、レベルの低い読み方だと思い込んでいるのである。萌えにのみ特化した話をモエモエと享受する一部の人が軽蔑されるのと同じくらいに、頭脳で情報を選別することのみを正しい読書と信じこんでいる、自称・頭脳派一本槍の、感情派のくせに頭の固いかわいそうな人も、同等の読書レベルだってことに全く気がついていないらしい。

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テニス四大大会くらいは地上波でやってほしい [た行]

小生、スポーツに詳しくないのだが、テニスとフィギュアスケートだけ、けっこう真剣に観戦します。
無論、テレビの前で。チャンスがあったら見に行きたいと思いつつも、まあテレビで。
中学頃からウィンブルドンだけは深夜ひっそり熱心に見ていたので、随分ながいことテニスに興味があるはずなのだが(あくまで見ることにのみおいてである)いまだにルールがところどころわからないってのはどういうこった。
このゲーム、キープ、とか、ブレイクポイント、とか解説が言わない限り、自分でカウントできない。
タイブレイク制採用とか、なんだっけかしら。

当時は女子テニスはグラフが大好きだった。
グラフのテニスは職人風というか、規律ある軍人風というか、克己、鍛錬なストイックな美しさがあって、しかし華麗。隙がなく見事。オスカル・フランソワ・ド・ジャルジュみたいな感じがしてかっこよかった。

男子テニスはリチャード・クライチェクが好きだった。
表情一つ変えないで、眩しげに顔をしかめつつ、何事にも怯まずにビッグサーブでエースを取り続けるところが。

今、全豪テニスまっさかり。
現在応援しているのは、ラファエル・ナダル(スペイン)と、アンディ・ロディック(アメリカ)。
ロディックは先日、フェデラーと対戦して準決勝で破れちまいましたが。
ロディックは、2003全米で優勝する前年あたりか、大会のトーナメント中に、いい線まで来ていたところで試合中にケガをして、棄権する羽目になった。
その当時まだまだ青二才で、悔し涙を流して怒りまくっていたのが印象的で、
若いんだから戻ってこられる、と説き伏せられて棄権して、ちゃんと戻ってきて優勝したとき感動したのでした。

ロディックの見所といえば、弾丸サーブと、トロフィーをもらうときのスピーチのうまさ。
できるアメリカン特有というか、洒落た機転のきいた物言いにクラクラさせられる。
スポーツ選手のインタビューってわりとアホっぽいことが多いですが、この人は嫌味なくらいスマートで気さく、ピリっとジョークをきかせたスピーチをかまします。
で、この人の弾丸サーブが、いかに弾丸なみかというと。



ロディックが、審判のジャッジに抗議。
だけど相手にされず、露骨にイラッとします。
次のサーブ「さーてロディック、プレッシャーがかかります」
実況中継がはいり、ここでロディックの本領発揮なのです。
弾丸サーブが敵陣のクレイコートに、めり込みます。
本当に、めり込むのですよ。前代未聞。
ボールが消え、ロディックはますますイラッとして、なにが起きたんだ、と歩み寄ると。
自分の打ったボールがコートにめりこんでいるのだ。

この映像はのちにスポーツドリンクのCMにさえなったのだが、
そのせいで、むしろ、CGに決まってるだろーがとか言い出す輩が出てくるくらいだったのでした。

さて、ナダル。決勝進出で、フェデラーと対戦です。2008年はセミファイナリスト止まりだったので、期待が高まります。
ナダルは昨年ウィンブルドンで優勝するその前の年、フェデラーとやって準優勝だった時から応援しつつあるのだが、初めて見たとき、とにかくなんでも打つのでびっくりした。

ふつう絶対に取りにいかないボールを取りにいく。駄目でも取りに行く。あきらめない。
体力を消耗するので、ふつうボールは選んで追うのに、この人は最後まで追うのです。
へばっちゃうよ、と思うんだけど、負けません。で、追いついて返して場合によっては点さえ取る。
ふつうならば取られている敵のスーパーショットを逆襲です。
体格も、戦いかたも、グラディエーターみたいなテニスなのです。
このひと本当にテニス選手なのか?
悪魔かマフィアに恋人でも人質にとられていて、セットポイント幾つで取らないと殺すよ、とか言われてるんじゃないかと思えるくらい、鬼神の集中力のパワーが怖いくらい。

で、戦闘態勢にあるときのおっそろしさと、コートの外での素朴で、はにかんだ好青年ぶりとのギャップがすごすぎです。
んでもって、スペイン語なまりの英語がひどすぎです(笑)
それが妙に生真面目な感じに見えるのです。

彼の腕の筋肉を見たいというファンが男女ともに多いらしく、今期からNIKEの提供するテニスウェアが袖つきになったのが、一部で不評の様子。それまでナダルといえば、ノースリーブでした。
CNNで放送されたインタビューにおいて、そんなところをつつかれてました。

対戦相手についてナダルは生真面目にインタビューに答えるわけです。この人はいつも、敵プレーヤーを的確に称えます。とにかくすごい人なんだ、あんなところや、こんなところが。だけど僕はやるよ、一緒に戦えて光栄だ、というのです。そんなときにあるインタビュアーが質問をぶつけます。



え? は? なんだって? 
ナダルは一瞬何を言われたのか分からない。
インタビュアーは、新しいテニスウェアについて言ったのだよ。
「なに? ファンが今期のやつ嫌いだって? なにがさ」
困惑しまくるナダル。なにか意地悪を言われたと思ったらしい。

袖つきでプレイに邪魔ではないかと心配するファンが多いんですよ。正直、あなたの二の腕が見えないのが残念だという人たちがね、とかなんとか言われ、急激に照れてはにかむナダル。おお、それはSORRY!と笑って、今期のウェアは悪くない、気に入っている。ある人は袖つきが好きだし、ある人は袖なしがいいみたいだしと、
「僕にとって大事なのは服でなくてテニスボールで、いいプレーをすることだから」
しかめツラでまじめに答えつつ、はにかみ笑いを零すのが微笑ましい。
私が出先でCNNニュースを見たとき、この袖のインタビューが特にフィーチャリングされて報じられていました。
ナダルの二の腕に世界中のどれほどが注目しているのか、CNNったら。

だけどCNNがナダルの袖についてニュースにするくらいなんです。
せめて日本の地上波で、準決勝~決勝くらい大々的に流してほしいとおもいます。 


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『トーマの心臓』ノベライズ [た行]

萩尾望都(敬称略)の名作漫画『トーマの心臓』を森博嗣(敬称略)がノベライズ。

なんで?
え、なんで? 
というのが私のファーストリアクション。

映画をノベライズ、ゲームをノベライズ、アニメをノベライズ、舞台をノベライズ、そういうのはわかるのだ、媒体の種類が異なるわけだから、ただ漫画をノベライズって企画の意味がいまいち……。漫画は読ませるもので小説も読ませるものだし……。たとえば名作映画やアニメをリメイクする場合、同じ媒体だけれど、その登場人物を今のキャスティングで見たらどうなるのか、という醍醐味が有るわけだが。

小説の漫画化があるのだから、漫画の小説化、いわゆるノベライズがあっても変じゃないんだけど、なんかしっくりこないのは、バターとバターミルクで生クリームをつくるみたいな。生クリームを攪拌するとたしかにバターとバターミルクができるし、間違ってはいないけど、でもなんで? なわけなのだ。

しかも『トーマの心臓』って、漫画にしてネームが、文体がすでに完璧じゃん。自殺しにいくトーマの靴底の下にある溶けかけの雪の描写も、トーマがユリスモールに宛てた遺書の長い文面も。(あれは文字通り、一篇の手紙文だ。)エーリクがオスカーに体調の不調について問い詰められたとき、幼少の頃の、いやだマリエ、やめてその人とキスしないで僕を一番愛してる言ったでしょ、っていう回想シーンの語り口とか。病床の校長を前にしてオスカーがユリスモールに、父親について打ち明ける独白のくだりも。ユリスモールがエーリクにする長い罪の告白なんて、もう文学です。

といっても勿論漫画だから、漫画としての絵の素晴らしさがものをいっていて、あの絵、コマ割り、もう大好き、特に後半、だけどその絵の部分を文章に変換して余りある、既に文学・小説の部分を、新たにノベライズする違和感が。

たとえば『ポーの一族』なら、同様にネームは完璧に文学だけど、エピソードとエピソードの間に、新たにノベライズできる相当の猶予があるし、そこをこの小説家がどう書くんだろう、っていうノベライズ特有の楽しみも存分に残っているとは思う。そりゃトーマだって、脇役キャラにもうちょっとスポットライトを当てるとかそういう真似はできるけど、基本が、ドラマ『北の国』からの脚本を国語の教科書に載せるみたいに。漫画だと載せようがないから小説ね、みたいな『教科書用』にならざるを得ないんじゃないか。

と思ったけれど、音楽のリミックスみたいな感じ、と考えなおしたら途端にすっきり腑に落ちた。
そっか、なるほどなー。

ノベライズ版『トーマの心臓』、萩尾ファンが読むというよりは、森ファンが読む用なのかもしれない。

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