So-net無料ブログ作成
検索選択

骨喰は記憶を失くしていたのが功を奏しましたよね [は行]

活撃/刀剣乱舞#7「第一部隊」

のっけから、この季節感に合った、おどろおどろしい場面で、
これは好みのタイプ……期待できるぞ……。
オープニング曲中で、今まで影になっていた第一部隊もお目見え解禁になり、
今回は期待通りの面白さでした。
(期待を上回りはしなかったけれど、
第一部隊が見かけ倒しの咬ませ犬あつかいだったら嫌だったので。)

まず源氏の重宝、髭切が笑いをうかべながら敵を斬っているところで、
キャラ解釈にズレが無い……!
大体の刀剣男士が、平常時と戦闘時では気持ちの切り替えをするのが珍しくないいっぽうで、
兄者こと髭切は、平常時と戦闘時にほとんど差が無い。
戦闘時は平常時よりややテンションが上がってるな、といった感はありますが。

平常時、そもそも髭切はきわめて温和な口調と柔和な表情とは裏腹に、
物騒な台詞を平然と口にする。
ゲーム内では、入手当初、薄気味悪くて私はちょっと警戒していた。
使うほどに、なるほど人間だったら異様で病的だけど、刀剣男士だったらきわめて健全。
その自然な感じがアニメでも滲みでてました。

オープニングの曲中で、鶴丸も笑いながら嬉々として敵を斬っていますが、
鶴丸は、ふだんは気さくで人間らしく振る舞っているけど、
戦闘になると刀としての地が出る、といった感じですよね。

骨喰藤四郎も、ゲーム内の寡黙なキャラを決して崩すことなく、それでいてわりと話してくれるし、
山姥切は一から十までまったくブレなし。
この第一部隊の山姥切は間違いなく初期刀だと思うのですが、
この骨喰と山姥切という、
単純にパワーでいうと第一部隊のほかのレア太刀連中と比べて、かなり劣る二振りが、
精鋭感まるだしの身のこなしで、抜群の切れ味を披露しながら敵を倒して、
強い……さすが……恰好いいぞ。

そんな骨喰を「やるね、彼」とか誉めちゃう髭切という構図が、ほんとうに王道。

ただ猛烈に気になるのが、
この第一部隊の源氏の重宝、髭切と膝丸のコンピはどう考えても、特レベル。
その二名ともが、練度が低い衣装のままというのは、どういうことだ!

こと、膝丸の衣装は、練度が低い時の膝あてが、かなりもっさりしていて垢ぬけないので、
せっかく歴史上、名前がどんどん変わっていったのにちなんで、出世魚タイプの刀剣で、
腕に磨きがかかるにつれて、衣装も少しずつ変わって洗練されていく設定なのだから、
そこんとこ、反映してよ……。

物語にそこまで盛り込むのは無理だとしても、
美的観点から選んでも、洗練されている衣装のほうを着せてやってよ……。

ちょくちょく思っていましたが、
このアニメ、あんまり刀剣乱舞のゲームをやりこんでない人が作ってるんだろうなぁ……。
ゲームの設定に縛られない物語と、世界観の広がりを見せてくれると期待しているので、
がちがちにゲーム設定に固執して作ってくれる必要は全くないのだが、
髭膝の衣装については断固、受け入れがたい。
もっさり膝あての衣装のほうを、わざわざ着せておくメリットって、ありますかね。

キャラ解釈がもっとも私と異なっていたのは、大典太さんで、
あんな威圧的な脳筋キャラだとは思わなかったですが、
雷になると調子が良いという新設定はとても面白かったです。

(アニメの視聴後、なにか所以のある設定なのかとググってみましたら、
刀剣・大典太光世は、雷が鳴ると鞘から出るという伝説があるんだとか?)

三日月宗近は安定の三日月具合で、
なにより桁違いに腕がたつし、精神面でも揺るがないしで。
ひるまない第一部隊の活躍はいちいち納得の力技でした。

個人的なツボとしては、脇差の骨喰藤四郎が、脇差を片腕で構えるフォルム。
美しかった。
脇差だからこそ片手だけで持てるわけか。
胴体に対して、腕を垂直に突きだすのかと思いきや、
抜き身にした脇差を携えて突きだした腕と、胴体とが一直線になるように構えるのね。
兄者もわりとそう。

いろいろと謎を残しつつ、かつまた新たな謎を生み出しつつも、
今回のように、一話で一時代の時間遡行軍を制圧するテンポが面白い気がする。

室町時代というのが、江戸末期と比して、
より野蛮で未開で何でもありというか、曖昧模糊として分からない部分も多いので、
謎めいた物語性の余地がある。
多少無理な設定であろうとも、すんなり入っていきやすかったのかもしれません。

地面に刀剣があちこち刺さっていて、その刀剣が次々に攻めてくる絵柄は、
fateの衛宮士郎だったりアーチャーだったりで見慣れた景色。
ufotableのお家芸なのだから、そういった面からしても、
永禄八年、足利義輝(床に名刀を幾振りもぶっ刺して、次から次へ引き抜いて戦ったとか)
この時代が舞台になるのは、考えてみれば当然だった……。

骨喰がもし当時の記憶を残していたら、
きっともっと面倒ごとに巻きこまれていたのかもしれません。

土方さんが守りたかったものって仲間ってことですよね?  [は行]

活撃/刀剣乱舞#4『守りたかったもの』

この場合、仲間を守るってことですよね。自分の隊を守るというか。
さもなきゃ侍としての誇りか。(実際の土方さんは己の夢を貫き通したってなイメージがありますが。)

今回は面白かった。
戦闘シーン、殺陣がむっちゃくちゃ切れがあって美しいアニメなので、
もう本当に下手な物語性を抜きにして、
ただひたすら刀剣男士がアクションに徹して、戦ってくれれば本望だ。

細かいところは色々と突っ込みたくなるシーンもあるが、
たとえば敵の大太刀の強さを、打刀の兼さんや陸奥守、脇差の堀川国広が全然、知らないあたり。
大太刀とそれまで戦った経験がなかったとしたって、
自分たちが打刀であり、あるいは脇差であれば、
敵が大太刀を携えて出てきたときに、
大太刀って、え? 強いの?的なリアクションをするのは違和感がありすぎる。
自分自身の本体が刀なんだから、大太刀である敵の力量の情報が白紙って、有り得ない……。
(あと何度も言うが、あの風体で日中ほっつき歩くのは本当に無理があるから、
いい加減に、心底、改めたほうが良いと思うんだ。)

ここの本丸、ホウレンソウが出来てなさすぎですよね。
あの審神者、有能ぶってるけど、本丸がきちんと機能してなさすぎではないのか。
だったら審神者なんて物語に出てこなくて良かったのに……としか現時点では思えない……。

とか煮え切れない気持ちで、もやもやしながら見ていたのも束の間、
短刀薬研の戦闘シーンがここまで格好いいとは! 
打刀組が侍らしい戦いぶりをするいっぽう、
短刀の薬研藤四郎は隠密とか暗殺者とか、もう本当に殺しのプロって感じが、たまらなく凄い。
短刀ってあんな戦いぶりができるのか……と、ほれぼれとなるばかり。

うちの薬研はカンストしてもこんなに強くなかったし、
修行で極めてきて、極・薬研藤四郎になってからも、こんなに強くはないので、
その練度は、どこでどうして培ってきたんですか……というチート感はチラと脳裏をよぎりますが、
そこはまあ嬉しい誤算。

短刀としての役回りを遙かに凌駕する強さで、薬研藤四郎が敵をザクザクやっつけた後に、
中傷で敵勢にぐるっと取り囲まれて窮地に陥り、
これはフラグ……。
まるで旧エヴァの映画版のアスカを思わせる、薬研の死亡フラグっぽいのがガンガンに立ってる。

――いや、しかし私は認めないからね!
これは鶴丸国永の登場フラグだと信じてるから!
絶対、鶴丸が出てくる! 出てくるんだってば! 
出てこなければ次から見るのやめよっかなあああ!

……と思っていたら本当に鶴丸が、まがまがしいまでに神々しく登場してくれたので、
とりあえず私は全てにおいて満足しました。
桜吹雪の中に鶴丸の手が見えた瞬間、よし来た!
俄然、テンションが上がりましたよ。

鶴丸の、
人間らしくあろうと振る舞えばふるまうほど、気安く屈託ない態度を見せればみせるほど、
人間好きの酔狂な付喪神の神々しさが際立つ、いやでも精彩を放ってしまうあべこべ具合、
現時点では活撃と完全に解釈が一致! (登場時間・33秒)

衣装の鎖は簡略化したんですね……花丸の時は頑張って全部鎖だったですがね……
いいです別に鶴丸の解釈が一致して、キレっきれの殺陣を見せてくれるかぎり、
鎖なんて些細なことですもの。

太刀の登場を待っていたんだよ……。
鶴丸はうちの本丸に初めて来てくれたレア太刀で、
圧倒的な物資不足の当初、
我が本丸は、鶴丸なしでは到底、乗り切れなかったのだし(あと大太刀の蛍丸な)
刀剣乱舞って、当初はレア太刀がとかく良い感じに強い
(大太刀はオーバースペック)というゲームで、太刀を軸に部隊を構成するのが常だった。
なのに太刀の出番がまるでないって……太刀が出てくれないと始まらないじゃない……
と正直なところ感じていたのだ。

実在の鶴丸国永は現況、皇室御物で詳細不明ゆえだろう、
刀身の描写自体は、他の刀剣と比べて精細に欠けて無難にすらっとしていて、
刃文がわかるほどの刃のドアップがない。
かといい現存不明なわけでもないから、想像で描くわけにもいかないのだろう、
血に塗れて、真ッ赤な一振りとして登場するあたりが、憎い演出。


リンクするめぐりあわせ [は行]

あの、ずっと思ってはいたんだけど、
いや最近ちゃんと気づいたんだけど、
改めて初めて言及すると、
うちの父親の誕生日って、太宰治の命日だよね?

え、6月13日?
そう6月13日。
じゃあそうだ。

ということが判明しました。
いや、ふわっと多分そうだよなあと把握してはいたんだが、
はっきり両者を意識的に繋げて考えてみたことが無かった。
さすがに西暦(昭和でも同じことですが)までは、かぶっていなかったが、
それも割と近めです。

ところで昨日、テレビをつけたら民法BSで映画『濹東綺譚』をやっていて、
誰だこの……たとえるなら『みがかヌかがみ』の叔父様役を演じてもらいたくなる感じの、
雰囲気のある、ときにニヒルな翳りを見せる、しかし笑顔も素敵な二枚目は。
顔とかうんぬんよりも、たたずまいの良さよ!

……と思ったら、芥川比呂志(芥川龍之介の長男)でした。
映画自体は時間の都合上、見ませんでしたが、
リモコンボタンを連打していた手が自然とハッと止まって、
だれこの二枚目? 何者?
見入らずにはいられぬオーラ。

芥川比呂志というと、私の記憶では時代劇などのナレーションをやる、ひたすら声が良いおじさん、
というイメージが定着していて、名優だったと知ってはいたけど、
この二枚目がそうなのだと一目見てわかるほどリンクしていませんでした。

ただとにかく、芥川比呂志が亡くなってから、どんなナレーションでもしっくりこなくて、
時代劇がすごく軽薄につまらなく感じられるようになった(いまだにそう思っています)。
イケボなだけではなくて、風格があり、
当時、映画や時代劇などのナレーションは誰もがこの芥川比呂志っぽさを、
ある種、真似していた気がします。

たぶん私は再放送とかでいろいろ見て知っていたのだ。
「ナレーションがあくたがわひろしさんの声じゃないと作品に合わない。もう見るかちない」
と、小学生ながら生意気にも家族に愚痴った思い出がよみがえる……。

尚、わたしの中で「声が良い往年の演者」というカテゴリーに入っている人は、
芥川比呂志をはじめとして、丹波哲郎、三國連太郎、細川俊之です。

Bluetoothのロゴが北欧のルーン文字からきているって今日知った [は行]

リボン結びを縦にしているデザインなんだと思っていた……。

ところで電子レンジで半熟卵を作る方法って成功率・五分五分くらいなのは良いとして、
失敗すると、殻が爆発するのみならず、
オーブンレンジのフラットテーブルが割れるんですね……。
今、眠いからコンロで火を使うのは危ないな……と、
3分の手間を惜しんだ結果、買い替える羽目になるとは。してやられた感が凄い。

先日、すごく久しぶりに身内が家(兼仕事場)に来た。
「以前、来た時よりはるかに片付いてきれいになっているが、でもまだ物でごったがえしている」
といったたぐいのコメントを。
本とCD・DVD、服と靴を整理すればある程度、スペースが確保できると思い込んでいたのだが、
要するに押しなべて物が多目なんですよ。

内側が緋色のベルベット張りで、人型、棺桶サイズ程のケースが床に陣取っている。
「せめて、このチェロを寝かして置いとくのやめたらどう?」
「いや、チェロの健康のためにはケースを寝かして置くほうが安全だし安心。地震も多いし」と私。

『棺担ぎのクロ(ひつぎかつぎのクロ)』という漫画があって、
一巻しか読んだことないが、棺桶を背負って旅をする話だったかと思う。

わたしのチェロケース、ちょっと古いタイプ(軽くて頑丈だが嵩張る、布張りセミハードケース)なので、
チェロケースを担いで歩くと、ほぼまんま「棺担ぎのクロ」状態になります。

『棺担ぎのクロ』って、
旧式のチェロケースを担いで歩いている人を見て、着想を得たのじゃなかろうか?
……そうわたしは勝手に思っているのだが、
実際のところ、どうなんだろ。


飛行機乗りは絶対白シルクのスカーフを巻く [は行]

軽さ重視で丈夫かつ防寒具として最適で、着用している人に負担をかけない、
とすると、飛行機乗りが身に着ける襟巻は当時シルク以外に無かったらしい。

たとえバーバリーのCMであっても、
そこんとこはゆるぎない。
お決まりのバーバリーチェックにしないで、
飛行機乗りお約束のシルクの白いスカーフを巻いているのだ。

フェスティブフィルム・バーバリー
https://youtu.be/6D5IZtDCS5c

バーバリー最盛期は、好みの時代性です。

当時は落下傘も全部、シルクなんですよね。
イタリアの白黒映画『ブーベの恋人』で、
しょっぱなに「落下傘のシルクの余り布が手に入った」と、
ブーベからシルクをもらって、クラウディア・カルディナ―レ演ずる主人公が、
そのシルクでノースリーブのブラウスを縫い、次にブーベと会う時に、着て見せる。

https://youtu.be/WQVIILIZE5M
La Ragazza Di Bube 부베의 연인 1963 OST
英語字幕でも日本語字幕でもほとんど出てこないのだが、ハングル語で出てきました。
当方、ハングル語字幕がまったくわからないのが悔しい……。

日本が絹の原産地だったのと、
おそらくは必要とされる落下傘の数が桁違いだったためもあると思うが、
連合軍側はシルクで賄えなくなって、ナイロン製パラシュートに移行していくらしいのですが……。

イタリアは枢軸国側だったから、シルクの落下傘だったのかな。

ヒラリー独走だとつまらないからマスコミがトランプをすったてて大統領選を盛り上げたツケ [は行]

政治のことは語らないようにしていますが、日本の政治じゃないので、ちょっと。
もちろん私は、
次期アメリカ大統領はヒラリー・クリントンになってもらいたかったです。
(日本人はまあ大抵そうでしょう。)

私が留学していたのは2000年前後ですが、
その時に「アメリカ大統領になれない」ガラスの天井、
たとえどれほど有能であろうと、才覚に恵まれていようとも、
低く設定されたほかの人には見えないガラスの天井に頭がつかえて、
絶対に上に行けないと言われているのが、次の二つのマイノリティでした。
・黒人をはじめとする有色人種
・女性

上記のガラスの天井がある、二種のマイノリティについては、
大学の講義などでも、当然のように語られていたし、
アメリカの一般常識でした。
(併せてフランクリン・ルーズベルトが生涯、車椅子だったことも必ず引き合いに出されるものだった。
……身体的なハンディキャップを持っていても、アメリカ大統領になるにあたって、
半人前扱いされたりはしないのだ。白人男性であるかぎりは、と。)

で、私は、
「いやいや……いくら同じマイノリティといえども、黒人をはじめとする有色人種と比べれば、
女性のほうがまだチャンスあるでしょ。白人女性に限るだろうけど」
と思っていました。
私はカリフォルニア州に住んでいたので、
リベラルな州だし、古くから日本人街のリトルトーキョーがあったりしたお土地柄だから、
差別らしき差別を感じたことはありません。
(というか日本よりも圧倒的に、女性というジェンダーでいるからといって不利益を被らない。)

そんなカリフォルニアでも、黒人はやはり差別されがちなのを知っていた。
低所得者層のかなりが黒人で占められていて、
犯罪者の大半が黒人あるいはヒスパニック系。
これはアメリカで生活していると歴然とわかる事実です。
多くは貧困だから犯罪を犯すのであり、貧困は差別に起因する部分も大きい。

私の通っていた大学(大学院ではなく大学のほう)は、
異常なほど安全でしたが(キャンパスは日本より安全だった)
黒人が極端に少なく(日本人留学生よりも断然少ない)、中産階級の白人が圧倒的過半数でした。
黒人=治安が悪い、犯罪と近い、という印象はぬぐえなかった。

でもオバマ大統領になったときに、
アメリカはガラス天井を一つ突き破ったんだなと思いました。
……と同時に、
あの時点では、民主党内でヒラリー・クリントンが大統領候補に選ばれなかったわけで。
有能な白人女性と、有能な黒人男性ならば、有能な黒人男性のほうがチャンスがあるのか……と、
ちょっと愕然としたりもしたものでした。

でもそれから数年。
今度こそ、きっと! と思いました。
ヒラリー以外に適任な女性候補がそうそう出てくるとも限らない。
女性なら良いという訳でもありませんからね。お飾りじゃないんだから。
大統領の器を持つ経歴と実績がないといけません。

アメリカは王族や皇族がいないので、首相ではなく大統領――この大統領制というのは、
国家の王様を投票で決める民主政治と考えるとわかりやすい。
大統領は、ものすごい権限を持っていて、
数日間なら独断で軍隊を派遣したり、外国を爆撃とか余裕で出来ます。
党や議会や裁判所などの賛同や承認を得られなくともです。

もちろん、すぐ退陣要求をされたりするだろうけど、
退陣を覚悟してなら、政治的にできないことはない。
大統領命令は~絶対!
(よく映画とかで「これは大統領命令です!」という台詞を聞きますが、そういうことです。
 問答無用で、逮捕も恩赦も意のままに、なんだってできるんですよ。勅令なんです。)

ドナルド・トランプはぶっちゃけわりと犯罪者……すくなくとも犯罪者予備軍なので、
きたる1月20日の大統領就任式までに、
たとえばこんな裁判も控えているはず。
→トランプ氏、不動産スクールの詐欺訴える集団訴訟阻止できず
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2016-08-31/OCR4QW6JIJVH01

こんなのは序の口で、叩けばもっと埃が出るはず。

なので1月20日に就任式が行われるまでは、
本当に大統領になれるのかどうか、私は疑問視したいところです。
(ものすごく私個人の希望的観測の織りこまれたフィルターを通した、しかし曇りなき目で主張)。
トランプが暗殺されるかだってわからないですしね。
べつに、暗殺されればいいなあと思っているわけではありませんよ。

大統領になったとしても、ニクソンのウォーターゲート事件的なスキャンダルがすぐ起きて、
任期を全うせずに、退陣を余儀なくされるのではないか。
としたら、アメリカの大衆が一度は通らなくてはならない、通過儀礼だったんだね。
ヘーゲルの弁証法でも、世情や世論はアップダウンを繰り返すといわれているから、
民主党の大統領が立ったあとは、共和党が大統領になるっていうのが大体の世情の流れで、
こればっかりは避けられない時の運。
そのアップダウンを繰り返すうちに、是正されていくのだから、
もうひと手間掛かるってことなんだろう。
そうだそうだ、きっとそうだね。

べつにアメリカの政治なんて、お前には関係なかろうと思われるかもしれないが、
アメリカがそんな政情不安定で、ユーロもBrexitで不安定なので、
日本円を買う動きが出るのは当然。で、円高に。
円高になるとTOYOTAなどのアメリカ市場を席捲している大企業の株が暴落しやすい。
トヨタをはじめとする大企業の株価が下がると、連動して日本株が全体的に無茶苦茶さがる傾向が。
株価が下がって不景気になると、小説業界はまっさきに苦しくなるんですよ。この桶屋エフェクト。
切実です。

円安になりすぎても、外国旅行や留学などがきびしくなるので、
1$=110円~115円くらいだと、良いバランスで正常に経済が回る、
というのが個人的な見解なのですが……。
(現在1$=105円。)

ポーの『大鴉』に関する考察的な① [は行]

エドガー・アラン・ポーについて思うところを後で補足アップします、
と、2016年6月19日付のブログに書いてから、はや4ヶ月。
夏が来て、夏が去っていったね。

小説について後で解説するのは、ネタバレを避けられない部分も多いし、
物語を楽しみたいのであって、作家を知りたいわけじゃない! という場合、非常に耳障りかと思う。
よほど伝えねばならないことが浮上してこないかぎり、
なるべく避けたほうが無難かな、というスタンスでいます。
が、翻訳については、ちょっと違う。

特に、今回のエドガー・アラン・ポー作品のように、
古式ゆかしい、すでに和訳された作品が、世の中にあまた発表されて読まれてきている、
年季のいった――言い換えれば、いろんな人の手垢もまたついている――作品の場合は。

一次創作の小説の場合(ノベライズとかじゃなくてです)、
作家は作品の世界観を構築し、登場人物をうみだし、物語を展開する。
その小説のいわゆる唯一の創造神なので、
作家同士が同じ作品の共同作業にあたるということは、まず有り得ない。
(少なくとも私は今までに一度もない)
万一、一次創作の小説において(役割分担をするにしろ)
共同作業をしなければならない事態に至るとしたら、
これはかなり不幸な状況なのだと思う。

唯一創造神がいるかぎり、仮に編集部や批評家などが変な意味をこじつけて、
本来の作品を歪曲させようとしたとしても(顕著な例だと、政治的プロパガンダに使うとかね)、
作家が「違います、正しくはこうです!」といえば、
それが絶対的な答えで、別解釈の余地はありえません。

むろん作家が「ここは読者の皆さん一人ひとりの解釈にゆだねます」といえば、
ゆだねられた読者の分だけ、答えが生ずることにもなる。

「作品としては読者の解釈にゆだねるけど、作者である自分としてはこういう意図で書いた」
と作者が白状すれば、「裏設定」になる。

作者が死んだ後に、
編集や批評家やらが「こういう意味だ」「ああいう意味だ」と、
こぞっておかしな教祖さながら的外れな解釈で売りこんだり、叩いたりした場合は、
「神を穢す」「冒涜(ぼうとく)する」という暴挙にもなるわけです。
やたらと称賛しまくるのも「下手な神輿(みこし)を担ぐ」ことに、ほかなりませんが。
で、熱心な読者やファンは、経典のようにその作品を繰り返し読んで、
あれやこれやと考えたり、思いにふけったり、浸ったりする。

いっぽう翻訳の場合は、訳者は、ふつう自分の作品を訳すわけではありません。
概して別国の、別言語を使う他人の作品を訳す。
訳者の性質は、いかに自分が、その原文の作品の理解者になれるか。
その作品を書いたときの作者(今回だったらポー)の精神を咀嚼できるか。
ポーのこだわりを一言一句に至るまで読み取れるか、とそんな能力や心構えが肝になる。
もちろん語学力が必要ですが、語学力はツールです。

で、ちょっと話がそれますが、作者が死んでいるわけではなく、超健在で、
ばっちり生きて目を光らせているにもかかわらず、
そして「すごく間違ってる、全然ちがっています。
こういう感じではないから。的外れな文章を付け加えて解釈を曲げたり、
重要な部分を大幅に削除したりしないでください」と伝えているのに、
「自分はこう訳したいから訂正は基本、受け入れたくない」というスタンスがもろ見えの、
英訳者・担当者・および英訳会社の態度は、一体どうなんだ。

日本人の作家である私が、『カンパニュラの銀翼(中里友香著)』の英訳文を
きちんと読めっこないと見くびって舐めていた、
(つか舐めている)としか考えられない……。

おかげで徒労感やら腹立たしさやらで、英訳チェック(2度目)に、ものすごく気骨が折れて、
ストレスホルモンのコルチゾールが大量分泌されそうになるので、つい後回しになる。

で、ポーの翻訳です。
ポーが生きていたらポーに訊けるが、1849年10月7日に亡くなっています。
(アメリカは1849年当時すでにグレゴリオ暦だから、当時のちょうど今くらいの季節に死亡です。)
これは訳者によって当然、解釈に、ある程度の差異が出る。
言語の誤差や間違いは簡単に正せようとも、
解釈の誤差は、もはや簡単に正せる云々できなくなっている。
ポーに関しては純粋に楽しむだけでなく、研究している人などもいるので、
訳者・中里友香はこういう視点から、このように解し、このように訳した、
と、ある程度クリアにしておくべきか、と思った次第です。
特に詩「大鴉」は――。

短編「告げ口心臓」は、原文自体がシンプルだから、
さほど、訳者の視点や特色に大きな差は生じない、と楽観視している。
……いや、その『告げ口心臓』ですら、かなり見解の相違があった。
わたしは「やみのいろ」というエッセーで書いたように解釈しています。
つまり「自分を正常だと盲信している狂人の詳細な自供」と。
(ポーはこのほか例えば「ウィリアム・ウィルソン」という短編などでも、
信用できない語り手である主人公が自縄自縛に陥るブーメラン的オチをよく使っていますよね。)

その「告げ口心臓」が『ポケットマスターピース E・A・ポー』の巻末にある池末陽子さんの解説だと、
「超自然的方法での犯罪の暴露」
正反対ともいえる解釈の仕方で、
へーえ……あれを魔訶不思議系な事象として解釈するのか……と驚いた。
(無論どっちにも読み取れるように訳しています。)

『大鴉』の詩に関しては、ポー自体が机上に10年以上、ずーっと置いておいて、
その間、長らく放置していたり、
かと思えば、ああでもない、こうでもないと、こねくりまわしたりした挙句、
書き上げた代物なので(……と、ポー自身があとで語っているのが残っていたかと)、
さらっと読んで内容を訳せば済むという詩ではない。

行間に何があるかを感じ取っていくわけです。
だからこそ訳者によって差異もあろう。ポー自身、行間になにがあるかを感じ取らせたいと思って、
書いた部分も多々あろう、と。

なお昨今、
「英語は本来、文章にして書かれていることを、真っ直ぐそのままに受け取る文化でなりたっている。
日本人は行間を読もうとするからこじれる。曲解して、意味が順当に通じなくなる。よろしくない」
という見解と、
「何を言ってる、read between the lines:行間を読むという表現の語源は、もともと英語だぞ。
英文こそ行間を読んでなんぼ」
という主張とが、飛び交っていますね。

私からすると「どっちも正しいよねー、ケースバイケースだよねー」という感じです。

学術論文や新聞記事、ビジネスレターやレポート(報告書)などは、
書いてあることをまず吟味するのが大前提であり大切です。
書いてある内容を精査もしないで行間を読もうとするのは、
筋違いだし、怠慢だし、ほとんど無意味か、悪影響すらある。

いっぽう、詩とか手紙文とか創作物に関しては行間を読むことは大切だし、必要でもある。
詩に関しては逆に、
大げさに言えば、行間を読ませるために原文が構築されていたりもするくらいだ。

ちなみに日本人がよくやりたがるのは行間を読む、ではなくて、
正確に言えば「裏を読む」だと思う。

古来、日本語の表現に「行間を読む」という言い方は、もともと無かったのでは……? 通じますが。

かわりに、表層的な文面にばかり気を取られていないで、裏まで読む!
という「眼光紙背に徹す」なる表現が古くからありますよね。
(ちなみに私は、この眼光紙背という語が大好きでな。)

この「眼光紙背に徹す」を英文に訳せよといわれたら、
read between the linesを使うのが妥当かと思うし、
逆もまたしかり。
なのだが、厳密にいうと「行間を読む≒裏を読む」であって。
似てるけど違いますよね。
ただ文化的な習慣も考慮すると、この双方が匹敵する。

……長くなったので~続きます~

尚、参考までに


Friendsでチャンドラーが名前を間違って覚えられてて訂正できない話があったけど [は行]

毎年、きちんとした年賀状をくれる友人が、
ここ数年、私の名前・中里友香の宛名部分を、
「中里由香様」とくれる。
高校時代からの友人なので、けっこう長いこと友達やってるし、
このブログにも登場の(大沢たかおファンの)友人である。

すごく字がきれいで、硬筆も筆もいずれも高い位の段持ちで、清楚な達筆。
……なのだが、宛名と住所部分が印刷になって、
賀状部分に一筆、直筆で気の利いたメッセが添えてある感じのスタイルになってからだったろうか。
私の名前が、
(すごい左右対称だな……)
という体裁で届くのだ。

「これって会った時にでも機会があったら訂正してみてよいものかなあ。
揚げ足取るようだし、私は賀状メール派で、年賀葉書で出してないから、そんな奴がおこがましいかな。最初に放置しちゃったから言うタイミング的にも……」
当初は、今まで正しかったし、今年だけのミスだろう、と思っていたのである。
数年続いて、これはどうしたもんだろうか、と思い始めたのだが、
「今更どうかなあ……」

そう、共通の友人で、人形作家のたまきさんに軽く相談してみたところ、
「私ならサラッと言っちゃうかも。字が違ってたよー、今度は直しといてね~って」
「そっかー。でもなんか言いにくい。私も彼女も同じ血液型で、この血液型はこの件は訂正されたら何か傷つく」
「そうなんだ(笑)」
「仕事関係の事務的なミスなら間違いなく躊躇なく指摘するよ。友達だから、ここは有耶無耶に」
「でも社会人なんだし。そこは友達だから間違われると余計に……」
「そう、気になるのよ~」
 ……はぁ。

「ポッと出の知り合いじゃないし、私の本を買ってくれてるわけだから、私の名前をわかってるとは思うのよ。メールでやりとりするときも、私はわりとローマ字表記で書くことが多いけど、彼女にはわざわざ日本語表記フルネームで中里友香って書くようにしてるのね」

汲み取ってね的なジェスチャーなのだが、汲み取ってくれる気配は見られないまま、毎年……。
「あれかな、宛名プリントだけ業者に頼んでて、業者が勝手に間違ってデータ化して、それを毎年更新しているととかかな。自分で簡単に直せないんじゃないのかな。だとしたら見て見ぬ振りを……」
「いや友香さん、いずれにしても、そのくらい簡単に訂正できることだよ」
「だよねえ……」

直接、切り出せないからブログに書いているわけではなく。
なにしろ彼女はこのブログを読んでいない。
些末な事だからこそ、わざわざ切り出しにくいんです。
わりとなんでもはっきり言えるんだが、こればっかりは(笑)
気にしすぎか。


ブラウザ環境 [は行]

このサイトはSafari推奨です、
と以前、書きましたが、
Firefoxでも大丈夫です。

私自身、ここ1年くらいFirefoxをメインに使って、
当サイトのあれこれを確認しています。

アクセス解析を久しぶりにチェックしたところ、
しかし圧倒的に多いGoogle Chrome勢……
ぶっちゃけ閲覧ブラウザがIEでないかぎり、もうなんでもよろしいかと思われ。

このサイトはIEでの閲覧は推奨しません。
すごく読みづらいから!


府中基地跡に行ってきた [は行]

『残響のテロル』の聖地巡礼ってわけでもないけど、でも明らかにあのアニメに触発され、
廃墟好きとしましても放っておけない物件でしたので、
府中基地跡を訪れました。

昨日の日曜日、昼下がり、天気も良く、日中はまずまず温かくて、良い日和。

JR中央線の武蔵小金井駅南口に出て、
バス停1番(一番駅に近いバス停)から府中方面に向かう「一本木経由」のバスに乗り、
途中で、残響のテロルの作中にも出てきた、野川を越えます。
20分くらいバスに乗っていたか、「一本木」という停留所で下車。
府中の森美術館の超近くです。

「一本木」という停留所で降りた金網の向こうがまさに府中基地跡。
停留所=府中基地跡と思って差し支えない。
肝腎のアンテナが全く見えないので、
バスで来た道を、金網沿いに戻っていきます。

府中の森美術館方面へ、右側に折れる道が出てくるので、右に入ると、思いっきり住宅地。
なんとなく雰囲気こっち側かな、という方面に、散歩気分で、
友人と、おしゃべりをしつつ、てくてく気ままに歩いていくと、
金網越しに例のアンテナがよく見える場所が。
おおお。

ちなみに府中基地跡地内には入れません。
物理的に入れない。
『財務省国有地』という看板が立っていて、立ち入りできないわけなんだが、
気軽な感じの金網や、低いチェーンがゆるーく張ってあるくらいの閾(しきい)であったならば、
ちょっと入って見てもまあ、
私有地じゃないし、国有地だしね、OKでしょうくらいな心持で、わたしはいたんですが、
背の高い金網と鉄条網が抜け目なく、ぐるっとめぐっている。
周囲は住宅地で人目も思いっきりありますし、(よじのぼったりしてたら、すぐさま通報されそう)
かなりな猛者か、特殊なテクに長けていないかぎり、入れないです。

むしろ入っていいよ、と言われても軽く躊躇うレベルで荒廃している。
金網のすぐ向こうは荒れ放題で、朽ち、錆びて、別世界。
鉄条網を隔てただけで、向こう側はもう日本じゃないみたい。

立ち入り可能な廃墟だと、落書きだの、空き缶だの、毀れたビニール傘だのが散見され、
ただのゴミ溜めみたいになっちゃいかねない。
立ち入り禁止がゆえに、当時の原形が汚染されず純粋に朽ちています。
そこが、じわる。
その抑圧的なところがゴス。

廃墟マニアと名乗れるほどではない、
廃墟好き、くらいな、ぬるいわたしとしては相当に満喫。味わえました。

府中跡地周辺をぐるっと360度歩いたわけではなく、
全貌を把握しきれていないのですが、多分すごくかなり広い。

写真(クリックで拡大できます.……一部除く)


府中基地跡 [は行]

残響のテロルのアテネ計画の施設、わたしが「電波研究所」と前述したところは、
具体的にはここ、府中基地跡がモデルだった。
(友人が教えてくれました。)

府中基地跡
http://www.funkygoods.com/hai/ft/ft.html

思いっきりここじゃん……
すごい絶妙なロケーションのモデル……。

府中基地の存在理由とか、役割とかをかんがみると、
なるほどなあ……ってしみじみ来る感が強いお話でしたが、
かえすがえすも、ならば尚更もうちょっと掘り下げてほしかった。
やはりリアルな場所すぎて、
フィクションの舞台としては云々と、自主規制せざるをえなかったのかな。

このくらいの時代の建物の廃墟って、
猛烈に東ベルリンとか旧ソヴィエト、冷戦時代の東側っぽさを喚起しませんか。
(米軍関連施設跡ではあるのだが。)
映画とかの影響かしら。

ほかには、個人的に、
え……ここ、ベルリン?
と思ったのは、
東京大学の先端研。
数年非常勤で研究補助をしてたときで、
キャンパスといえども校舎でないので学生がいない敷地内。
当時は今ほど、最先端のおしゃれビルが立ち並んでなくて、
地下に秘密のトンネルと、軍司令部がありそうなんだが……と、慣れるまでは慄いていたもんです。


ブーツ [は行]

さきほどNHK・BSプレミアムの『岩合光昭の世界ネコ歩き・ハワイ』を見ていたら、
足先の白い、その名も「ブーツ」というネコさん登場。

「“ブーツ”……日本語で言うと、“靴下”ちゃんって意味」
とかナレーションが語っていて、ぶったまげました。

ブーツはブーツだよ!
靴下ならば「ソックス」だろうがっ!!!

いや、しかもですよ、ドキュメンタリー風・世界猫・旅番組なので、
撮っている渦中でそんな喋りが入ってるなら、
ま、そんなニュアンスよね、で流せもしますが。
わざわざナレーションで間違って、どうするんです。
ネコ好きは、にゃんこがごろごろしてる映像みせときゃ癒されてるから大丈夫とお思いか。
いまどきブーツとソックスなんて小学校一年生でも知ってるでしょうに。

実際、足が白くて「ソックス」という名前の猫や犬は英語圏では珍しくないし、
その場合どうすんですか。
「ソックス」と呼ばれてるネコっちならば、靴下ちゃんでしょう。
「ブーツ」だったら、どうしても日本語で呼びたきゃ、長靴ちゃん、とかだよなあ。

「長靴をはいた猫」って物語も、たぶん足の白い猫がいて、
ブーツ履いてるみたいだなあ……ってところから発想を得て、物語になったんだと想像できますし。

学生時代、カナダに数か月、ホームステイをしていた時期があり、
そのときホストファミリーに猫が二匹いるうちの一匹が、足先の白い猫、
その名も「ブーツ」でした。
(もう一匹はスモーキー・Smokyという名の錆猫だった。)

この「ブーツ」をモデルにわたしは
『黒十字サナトリウム』の第五章「通りの瓦斯灯に青い灯が入ったとき」
に出てくる猫のブーツを書いたので、
ブーツという名前の猫には、思い入れがありますよ。
ブーツを長靴でなくて靴下ちゃんとか呼ばれた時には、穏やかじゃあおられません。

っぽくない? [は行]



CLEAN DIESEL +POWER

このBMWのCMをTVで見たときに、
あっ『ガタカ(映画)』っぽくない? エッセンスが、シーンのエッセンスが!

……と良い意味で感じたので、
ちょっとだけ、ガタカっぽくない?
そう言いたいがためだけに、ここに動画を貼っておきます。
高画質がおすすめです。

続きを読む


薔薇と、百年の眠り [は行]

駐屯兵団の紋章ってなんで薔薇なの?

「まるで地に転げ落ちるように(本人談)」友人が進撃にはまって、
今では本誌の別マガ購読にまで至っているので、
私はといえば用心しながら、じわじわと現在コミック8巻までゲットして読み終えた。
最新刊まで読み終えるのは時間の問題なのだけど。
アニメもこのまま続けて2期に突入してくれるらしいので楽しみにしているのだが、
ずっと気にかかっていたのだった。
いや、べつに寝ても覚めても、駐屯兵団の薔薇の紋章のことを考えていたわけじゃないですよ。

……しっかし調査兵団の「自由の翼」の紋章が、素敵すぎるではないか!
憲兵団の一角獣
駐屯兵団の薔薇
調査兵団の自由の翼
……このゴス魂がくすぐられる紋章は、どういうこった!
と、思ってはいたのだが。

憲兵団が一角獣なのはわかります。
憲兵といえば騎馬隊を容易に連想するし、ただの馬じゃなく一角獣といえば神聖な獣。
王のそばに仕える者の印としてふさわしいだろう。
たとえ腐敗とスパイの温床になってるとしても。

調査兵団の「自由の翼」は、
壁外で立体起動装置を駆使して、宙を翔る、
異端児の切れ者ぞろい、白と黒(紺碧か)の交叉する翼がぴったりですよ。

でも駐屯兵団の薔薇って、なんでバラ?
名脇役の駐屯兵団が、バラ?
ウォール・ローゼって、そもそも薔薇の壁って意味だしねえ、と納得しかけるのもつかの間、
ウォール・シーナとか、ウォール・マリアもあるわけで、
駐屯兵団が薔薇の紋章である説明にはならないよなー。

と。

……ひょっとして『眠れる森の美女』とか『イバラ姫』の茨!?

ようやくそう気づいてスッキリしました。

『眠れる森の美女』の場合、呪いをかけられた王女の百年の眠りを守るのが、城壁にはびこった大量のイバラで、
『進撃の巨人』の場合、壁が守ってきた「百年の家畜の安寧」が大型巨人に破壊され、街が壊滅。
高々とそびえる壁の内はいわば百年の安穏とした眠りが保証されてきた城塞都市。
だから壁を死守する駐屯兵は、棘のある薔薇の紋章!

眠り姫の薔薇になぞらえているのかー。そう勝手に解釈し、えらく腑に落ちました。


別腹 [は行]

忙しくとも寒くともエヴァは別腹だよ

と言い合って、新劇場版ヱヴァンゲリヲン・Qを友人と月曜日に見に行きました。
留学時代、夏休みに帰国したとき、その友人からエヴァを深く熱く布教してもらったのが、
もう14年ほども前になるんだなあ。
さすがに土日の混みようは厳しいので平日に時間を工面。
のど飴なめた上にマスクして、放映観覧中、絶対に咳きこまぬよう装備して参戦。

都内で、整理券がないと入れない状態とはいえ、朝から並ばなくとも平気です。
上映がはじまって10分過ぎくらいのとき、チケットを購入すると、
次回の上映が、30番内ほどで入れる整理券をゲットできました。

ちなみに今回、ヱヴァの前売りってどこで売ってたんだか私は下調べ不足。
劇場でも、チケットぴあでも、取り扱っていなかった。
流通展開が特殊で、とだけ説明された。

ヱヴァ本編上映前に、『巨神兵東京に現わる』をやったんですが、
特撮博物館で見たときよりも映像がクリアで美しい気がした。
これは、映像に手を入れたのか、
それともスクリーンの質等によるものなのかは、私にはわからない。

反面、巨神兵はさほどパワフルに思えなかった。
これは2度目でインパクトを感じられなくなったのか、
映画館の広さとか構造上のさまざまな要因なのか。
べつに、こいつら、思ってたほど凄くないかも、という気に。

ヱヴァ本編の内容は、
そもそも私はネタバレに関して本当にうかつだし、
とくにエヴァはそのあたり、非常に気を使うので、感想すら困難......。
私自身、情報をとにかくシャットアウトして出向いたつもりでも、
既にここ2~3日の間に、いろいろ見聞きしちゃってたしな。

一点だけ。
シンジ君とカヲル君のやりとりのシーンになると、
(べつにTV版ほど【?】っていう唐突で違和感のある展開ではなく、
カヲルがシンジのことを心配してみせるわけなのだが)

今まで微動だにしなかった周囲の男性観客陣が、
にわかに足を組み替えたり、そこはかとなく頭を動かしたりと、
――もしもこのままこのテイストでいくなら、だ・りぃよ
的なジェスチャーをするのが、
おおお、ちったあ我慢しておくれではないか(苦笑)ってなりました。

追記


トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

バイアス [は行]

ある人から「クリスティー賞を受賞してから態度が変わった」と言われて、
あああ、来たよ、って思ってます。

私は昔から○○気だし○固だし○○○○した物言いをするし、基本○○のことしか考えていないのだが、
また、時間のやりくりが決してうまいほうではないので、
なんかいつでも忙しいわりに大した事をしてないのだが、
前は、「忙しいんだー」とかいっても、
先方が、
「なにが忙しいんだ実にもならないことに時間を費やすなら最初からやらなけりゃいいのに、全くごくろうさまですよね、本当はちょっと都合つくでしょう」
とか決めつけていただけで。
今は「ちょい忙しいかも」とか言おうものなら、
「ああそうですかそうですよねどうせお忙しいですよね」的なリアクションを取られたりするのである。

私でなく、あなたが私を捉える見方が変わったのでは、
そんなあなた自身に気づいていないで、
安易に変わったとか言われちゃうと、
(ああ、私のことどんなふうに見てたのかとかむしろ全部わかっちゃうよ)
だったりする。

かつて拉致被害者の家族(現地に残されていた子供たち)が、
ようやく日本で、日本に帰国した家族と会える、
という映像が流れたとき、
「(日本の土を踏んだばかりの子供は周囲とくらべて)やっぱり厳しい表情で雰囲気がちがう」
そうその人は言っていたっけ。
同じ映像が、しばらくたって思い出映像として流れたとき、
「ほら、今のこの映像のほうが表情がやわらいでずっと日本人らしい」
そう、わかったふうに、のたまった。

――いやそれ当時の映像だよ、あなたのバイアスを通してそんなふうに見えているだけだよ、

と説明したら、バツの悪そうな顔を。
まあその手の先入観なんだと思いますがね!

『カンパニュラの銀翼』でもわりと人のおちいりやすい色眼鏡についてIII:V章で指摘してるんだけどなあああ。
トラックバック(0) 

ピンドラ#21 [は行]

輪るピングドラム。

続きを読む


トラックバック(0) 
共通テーマ:アニメ

双子語:Idioglossia:独自言語 [は行]

http://www.nhk.or.jp/worldwave/common/movie/movie.html?110907
NHK BS ABCニュースシャワー
(動画)「9月7日 水 mimic 双子たちの不思議な言葉」
======================================================
2011年3月SF Japan Springで掲載された短編『日没までつきあって』に、
いわゆる「双子語:Idioglossia:独自言語」を話す、若い男女の双子(アルトゥールとアルテゥリーネ)が出てきます。

ふつうこのIdioglossiaは成長の過程で消えるんだけど、
彼ら(アルトゥールとアルテゥリーネ)は意図的に、
その暗号作法(CODE)を磨くように仕込まれていて、
特殊な訓練を受けて育ち……
いわば「英才教育」の遺物として描かれます。(ちなみに英才教育を施したのはナチス。)

作中で私はこの独自言語を、
フォリ・ア・ドゥ(二人狂い)という精神疾患にからめて、
しかしフォリアドゥは精神疾患だが、双子語の場合は精神的障害を一切来たさない、
かれらは至って健康で――
とか記してあるわけですが。

もっと詳しく書きこんでもよかったんだけど、
枚数的な問題があり、薀蓄は極力控えて、わりとサラッと、さらってある。

で、実際のところどうなのさ?
どこからどこまでSF設定で、どこからどこまでが創作なの。
ってか、あんた双子を都合よいSFアイテムに使いすぎだよ、
そんなご都合主義な設定、許されると思うなよ、SFとして安易だよ、それじゃファンタジーだ。

とか思う人が仮にいたとしても、不思議はないかしれない。

今日、NHKBSの「ABCニュースシャワー」で、
このIdioglossiaのリポートにからめて、
英語を聞き取りましょう、というのをやっていた。

ちょうどいいかも! 見てみてくださいな。

短くかいつまんで分かりやすく説明しています。
上の動画がうまくリンクしない場合は、
http://www.nhk.or.jp/worldwave/abc/
このページから当該動画へと飛んでみてください。

Idioglossiaを使う双子が、何パーセントくらいにのぼるのか等、けっこう驚きの内容です。
5分弱と短いので、是非ごらんになってみてほしいです。

続きを読む


トラックバック(0) 

フミヤとhyde、チェッカーズとラルク [は行]


2004年03月24日Matthew’s Best Hit TV hydeが「ジュリアに傷心」

チェッカーズのフミヤと、ラルクのhydeは、歌い方とか世界観とかなんかちょっと似てるよねー、
と思っていて(とくにチェッカーズの後期と、ラルクの前期?)
わたしはチェッカーズもラルクもどっちも好きだし、
しかし両者は音域とか、メンバーのキャラ、曲作りのありかたとか、他にもことごとく違うんで、
語弊がある言いっぷりなんですが。
これを見ていただければ、なんとなく納得していただけるかと思うのだった。

チェッカーズはメンバーが7人いたんで、
ジャケットとか曲とかも7色レインボーをテーマにしたのが多く、
l'arc-en-cielはご存知フランス語で「虹」の意味で、
いつもそこはかとなく虹のテーマがちらつくので、
そういう意味でもコンセプト的にどことなく、シンクロするような気が、私は勝手にしてたり、しなかったり。

この動画のハイド、チェッカーズ解散のときのフミヤと髪型が似てるんで、
画像が悪いせいもあり、ちょくちょくマジでフミヤっぽい一瞬が。(かと思うとやっぱりハイド。)

演出家の鴻上尚史が、落語や歌番組などを、たくさんのカメラであちこちから撮るのは良し悪し。
アーティストは固定された正面カメラ一つを相手に、どうポーズをつけるかわかっているので、
と、なんかのエッセイに書いてたけど、
これを見ると、なるほどねーって思います。

もっと音質と画質が良いやつが、Youtubeを漁れば出てくるかもしれません。
ニコニコはことごとく削除されてるのね。テレビ番組なのにー。
(わたしは海外サイトから引っ張ってきた。)

これ、オンタイムで見てたなあ。
昼間の収録なんだろうに、
この番組だとアーティストがみんな深夜ラジオみたいな妙ちきりんなテンションで、
当時かなり好きだった。

続きを読む


トラックバック(0) 

ポカリスエットは個人的にノーベル賞もの [は行]

木曜日深夜から金曜日未明にかけて、突如体調を壊しダウン。
医者が「はい五日分」とくれた、なんかでっかい抗生剤と、
とにかくたくさん飲みなさい、と言いつけられたポカリスエットの効果に、しみじみ涙しそうでした。
正味2日、ポカリ1.5リットルのみで、命をつないでいたようなものだ。

飢餓貧困や被災地の子供らや病人に、もっとたくさん配ったらいいよ。

体調が悪くなるちょっと前まで、腹部を撃たれて血反吐を吐く人物を書いていたので、
最初、感情移入しすぎで具合が悪くなったのかと、まじでチラッと思いました。
呪われちゃったのかなあと思いそうになりましたが
いや、あいつは私にそんなこと絶対しないんだ。わかってるって。
トラックバック(0) 

はしりがき [は行]

皆でランチに行くので中里さんも御一緒にどうですか、
と尋ねられて、
「はい、ぜひ」
と答えながら、
私は予定をすぐ忘れるので、とにかく手近な付箋にメモ書きしておいたら。

ぜひ

と書いてあった。ばかなのか。わたし。
トラックバック(0) 

ぶっちゃける [は行]

さて気付けば私の「黒十字サナトリウム」が携帯ダウンロード版1600円まで値下げられてました。
今頃きづいたのか? 
はい。とくにそういう連絡って来ないのです。定期的に、印税おいくら振込みました、
と連絡が来る記載を詳しく見てみたら、1600円に価格設定が変更になってたと気付いたのだ。
本は2000円(税込み2100円)ですから、500円お徳ですよ。

しかも。
この携帯用電子媒体ってのは、紙代とか印刷とか流通代の手間ひまがかからないためか、
書籍よりも作家の懐に入ってくる印税率が高く設定されています。
だから500円も値引きされても、作家に入ってくる印税は、
むしろ書籍版より、高いです。
一見、両得な勘定。

だが!

おすすめしない。携帯ダウンロードは絶対おすすめできない。
以前も書いたが、まず絶対、携帯の小さい画面では読みきれないです。私の本の場合。

携帯で読むことを念頭に入れて書いてないからです。本でよむ字面を考えて書いているからです。
字のチョイスから、改行の仕方とか、句読点の打ち方とかが。
携帯で読んだら煮詰まるよ。疲れるよ。なんの苦行だよこれ、になって投げ出すよ。
本なら、さららーーって読めますが。

少しでも安く本を手に入れたいんであれば、
携帯ダウンロードするくらいなら、もういっそ古本を買ったほうが。
読まれないより、そのほうがまだいい。
いや、作家としては何のメリットもならない馬鹿親切な、究極のオススメをしているのです。
ほんとはイヤです。

つか、基本ただで流している地上波のアニメを、YoutubeにUpするだけで、
違法とかいって、逮捕されちゃう人がいるなら、
……Up主はそれでお金を儲けてるわけでもないのによ?
それで利権が妨害されたとかいうならばさ、古本市場とか図書館とかは、どうなのよ。
営業妨害となにがちがうんだ、なにがどう違法じゃないんだ、もう意味がわからないわ。

でも、それをいうなら私は子供の頃や、学生のとき、図書館の本を借りまくって読んでたし、
中古本だって買ったし、売りにも行った。
(ちなみに、いままで一番高く売れたのは、デスノのコミック全巻である。
新刊と同時に買って、全巻読み終えたとき早々に売りに行った。)

とまあ、だいたい作家なんてそうやって、本や漫画を読んできた連中に決まってるし、
(それでもお気に入りの本やら漫画やDVDで、置き場に思案中)
Youtubeの動画Upの検閲を、もっとゆるくしてもいいじゃないかしらね、と思いこそすれ、
図書館を敵にまわそうとは思わない。

ようは、古本屋なんて! 図書館なんて!
小説家は、なにひとつ守られちゃいないわ。
……であっても、携帯ダウンロードで読者にお金を払ってもらって、結局、
携帯じゃ読みにくい!
という事前にわかりきった理由で、
けっ!
と投げ出されるよりは、最低限、読んでもらえるほうが、まだましなんです。

……いやべつに、携帯版で投げ出しました、って連絡が来てはいないんだが、
ダウンロードする人の数が知らされると、いつも非常に不安になるので。

もしも古本も、図書館もダメ、誰かの読んだ本がきもちわるいんだ、という潔癖屋さんが、
でも予算は……1円でも安く読みたいのってのであれば、
あんまり大きくない図書館に行って、
(でも小さすぎない図書館に行って)
リクエストしたら、たぶん新規購入してもらえます。
大きい図書館では、既にたぶん置いてあって、誰かの手垢はついている。
そこらへんはHPの蔵書確認でチェックしてから出向く。
小さすぎる図書館だと、大きい図書館から本をまわしてもらうだけで、買ってはくれない恐れもある。

あるいは値段は関係ないんだ、ハードカバーの本を持ち歩く余裕が鞄にないんだ、
家に蔵書スペースが無い、携帯より重いものは持てない箱入りさんだ、
エンジンよわった飛行艇で移動中にてあと19 x 13.4 x 3 cm ハードカバー1冊分の荷を降ろし、
身軽になる必要がどうしてもあるのです、とかいう人は、今後こういうのをオススメします。

Amazon.com、「Kindle DX」を日本を含む世界各国で販売
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20100106_340773.html

これだったら、あくまで本として読める。たぶん。
ただし、私の作品は、多分まだこの媒体にて流通できる形式になっていないかと。

------続きを読む------


トラックバック(0) 
共通テーマ:

フラタニティ [は行]

友香さんカメラ小僧みたい~

えーーっ!

友人作・球体関節人形が展示されるというので、そそくさと出向き、ほんとうは撮影だめっぽいんだけど、どこにも勝手に公開しないから! と約束。「わたしの作ったのだけならいいよー」という優しい言葉に甘えてきた。

だったらデジカメ持ってくればよかったようとか言いながら、携帯のカメラを縦に横にしたり、かがんだり。覗きあげたり、見下ろしたり。完成度の高い清楚な上品さとか、可愛らしさとか、スカートのヘムラインの縫製の隙の無さとかに、テンションあがって斜めアングル、横顔横顔、やばいこの角度超キレイ、きゃあ美人。とか言いながら撮ってたら、だ(笑)

さて。
私は少し前の鳩山首相の国連演説(?)を聞いてはいないのだけれど、「友愛」を
「Yu-ai, Fraternity」
と述べたらしいと。

フラタニティ!?

ま・じですかー。と、私は一人悶々と勝手にあわてる。
たしかに友愛はフラタニティとも訳せるが、もっとシンプルなCompassionとか、あるいはuniversal benevolenceとかでいいじゃないか。それだと博愛主義的になるから、ちがうんだ友愛なんだ、っていうこだわりがあったのかもしれないが……。

フラタニティってのはあれですよ、私流に説明すると、大学および大学院における「桜蘭高校ホスト部」のホスト部みたいな感じを言います。ホスト部は高校だし、やってることが「キラキラしいおもてなし」だからいいんだけど、ようは名門名士成績優秀美貌の有力者のご子息ばっかりが集って、なにやら自分らで楽しく学校内で画策めいたことをしているような、していないような。ああいう感じの、麗しいんだか、いかがわしいんだか……な面々を言います。入りたいと希望して入るというより、主にスカウトで入るというのもそうだな。

あるいは「コードギアス」のアッシュフォード学園の生徒会とかも、フラタニティの色合いが濃いです。

もっと言うと、これ私は前半しか見てないので、ひょっとしたら後半存在の色合いが異なってくるのかわからないんだけど、「少女革命ウテナ」での生徒会(ウテナが生徒会メンバーと薔薇の花嫁をめぐって決闘してたころの生徒会)あれまさにフラタニティ的。

漫画とかアニメとかで結構みられる「貴族的生徒会」≒フラタニティ。
こうも貴族的生徒会設定が、欧米風で違和感なく、しっくりいくのも、たぶん「フラタニティ」の転用だからじゃなかろうか。

実際の高校の生徒会が、そんな学内における秘密めいた権力を握っていたり、きらびやかなモラトリアム、特権階級にあったりしない、ってことは、日本に暮らす私たちは当然、実体験として理解しているわけだけれど。これが米国だと実際に、漫画やアニメのファンタジー生徒会としてではなく、リアルにフラタニティとして存在しているのです。……というのはいささか言い過ぎにしても、その名残がいまだ色濃く、確実に残っています。

私の卒業した米大学はキリスト教福音系私立大で、そのせいなのかなんなのか、フラタニティという言葉ではなかったけど、やっぱりそれっぽいのがあった……。週3必須のチャペル、みんな大講堂か、音楽のホールか、その手の広いところで催されて参加するのに、そのメンバーだけは、プレジデントルームで少人数のチャペルに出る。とかなんかそういう感じの区別があったりしたような、しないような。留学生の私が知りうるのはその程度だったけれども。(州立だと無いのかもしれない。ちょっと通った州立の大学院では、そういうのがあるのかないのかすら、私は知らなかった。)

フラタニティをさかのぼると、フリーメーソンとか、スカル・アンド・ボーンズ*とか、つまりは映画「From Hell」だったり「グッド・シェパード」だったりと、前身確実に秘密結社めいてきます。

だから少なくとも、実際はどうであれ、英語圏にいる人がフラタニティと耳にしたら、なにやら陰謀めいた閉鎖的、ちょっと貴族的ですらある仲良し集団を、即座に連想するはずです。

それともあれかな、私の発想がゴスがかかって偏っているために、フラタニティ(友愛)という語を聞くと、即座にエリート秘密クラブなイメージを抱いてしまうのか? と思ったけど、日本語のウィキペディアで、私が思うのとさして変わらないフラタニティ*の説明がすぐ出てきたので、まあ誰しもフラタニティときいてそういうニュアンスを感じとるのは間違いなかろう。

国連ってのは、英語を第一言語とする文化圏の人間ばっかりが集まってるわけじゃない。
フラタニティと聞こえれば、先入観なしに、すんなり「友愛」と理解する人間のほうが大半だ!

という反論もなりたつかもしれないが、だいたい国連とかの英語のスピーチを聞いているような人ってのは、概して英語圏文化になじみがある……その言語を習得するってのは、すなわちその言語圏の文化を習得することに直結する面も否めないので、やっぱりフラタニティとくれば、閉鎖的エリート仲良し集団と、イメージ先行しちゃうはずです。

たとえばじゃあ、日本人がいま「翼賛政治を推し進める」とかいうフレーズを聴いたとして。
翼賛ってのは、もともとは「力を添えて助ける、補佐する」という意味合い、「翼」という字も「賛」という字も、どっちも肯定的で美しい字です。
でも、いまやどうしたって、戦時中の「大政翼賛会」とか、「翼賛選挙」とか、軍部支配下におかれたファシストがかった政治のイメージが先行する。そういうイメージと無関係であるならば、率先して、翼賛、翼賛って使いたい語じゃないはずです。

そういう用語と大差ないよな、フラタニティー。
「友愛」かもしれないけど、すんなり「友愛」とは思い難い。

鳩山首相およびそのスピーチを考えた面々も、当然それは承知のうえで、友愛をフラタニティと訳したのは苦肉の策であったのだとは思います。ぴったりしっくりくる言葉がほかにないから、わざわざ「Yu-ai, Fraternity」と日本語を前述して言い換えているのでしょう。

私は演説の内容を聴いてないけど、フラタニティと言ったからって、世界中が「日本は、閉鎖的ブルジョワエリート仲良し差別クラブ政策を推し進めたい」と言ってるわけじゃないってことは、全文を通じてみれば、むろん察しがつくはず……ですが……。
トラックバック(0) 

ぱねんちゃんちら [は行]

大学時代の担当教授と、メールでちょびっとやりとりをした。少なくとも7年ぶりとかくらい。

不定期に、ニューズレターが配信されていて、哲学の卒業生がどこそこで先生になりましたとか、何某教授がどこそこでレクチャーしますとか、結婚しましたとか、多種にわたるアップデートが来る。で、最近のニュースがあったら情報をおくれね、というメールが来たので、連絡してもいっかなーと思って、したわけです。《えと、新人賞をもらえて本がでました。日本のアマゾンの頁はこちら。日本語の本で、英訳される予定はないし、SFの賞ですが、ゴシック風味という噂……。》

そしたら律儀に、お返事くれて、卒業したのは9年以上前なのに、事細かに覚えていてくれ、ひそやかに感激。《先週、パサデナを通ったときに、ちょうどYUKAを思い出しました。ここの美術館であなたはインターンシップをしましたよね。》

してた! してたよ先生、私自身、忘れていました。

この先生、非常にうだつのあがらない感じが、真面目そうで好感度な、うだつがあがらない紳士で好感度って、けっこう難易度高いと思うんだが、アメリカの大学の教授って概してエラそうなんだけど、一見、なんだこのおっさん、という慎ましい感じだった。かなり豪華な木目調の教授室で、机に向かってお昼にジップロックあけて、奥さんがつくってくれたっぽい慎ましいサンドイッチを頬張っていた。私が時間より遅れて面接に行ったのに、サンドイッチ食いながらでかまわないのに、それを脇によけ(生徒に対して失礼あっちゃならないという感じで)手についたケチャップマスタードをズボンでこすっちゃって、あ、Yuka来たね、よかったよかった、と。おいおい……ソース付いちゃってませんか、と思いながら、私が内心あわてると、それに気付いてかナプキンを取り出して、せっせと手を拭くんだ。そんなおじさんが、メタボだと減点なのだが、もともとクエーカー教徒出身だかで、節制が身に染みついているらしく、ぼそっとしてるけど、おなかでてないし、離れたキャンパスにも、さくさく歩いて行っちゃうし、笑顔は優しいし、採点は容赦してくれない。良い先生だった。

わたし、大学院進みたいかもなんですが、って話をしにいったとき
「美学論か、自殺について(哲学的観点における自殺について)勉強できるところ知りませんか?」
と訊いたような漠たる記憶が。(これがもうほとんど覚えてないよ。いいかげんだな。)

すると「うちの哲学はメインが神学分野だから、そちらの分野につながりはなく、残念ながらここがいいよと紹介できる大学院を知らない、むろん推薦状は書くけども」と非常に誠実に答えてくだすった。

そこで自力で開拓して行った大学院が、自分のやりたいこととかけ離れていて、おまけに担当アドバイザー教授と今度は非常に折り合い悪く、彼らはアジア人=数学優秀という偏見を、私に押しつけ……。どうやらGREスコア(大学院受験用の一般教養試験みたいなやつ)が、ネイティヴ哲学進学生より、英語成績において低めだったからってことなんだが。でも、だからって数学ができるわけじゃない。読解力が低いわけでもないんだ。あえて言おう、高いのだと!

今となればよ――本の一冊も出せたので読解力あります、と虚勢のひとつも張れるかしれないけど、一介の外国人学生が、私、読解力ならあります、GREの国語(英語)のスコアからでは顕著ではありませんが、私の数学が絶望的なの、わっかんないのかなあ? 
と主張したって、信憑性に欠ける困った子で、いやいや君は理数系哲学が向いている。このコースとこのコース取って……と頭から決めつけられ。担当教諭のサインがないとクラスを取れないので、数学脳が壊滅的な私には、少々、不幸な仕儀に陥った。

そんな院時代の先生とちがって、この大学時代の先生・カルプ教授は、

《今期から、美学論の教授が入って、一~二年後にはうちでも美学論のコースができる予定です。》

わたしがちょろっと、美学論やりたいんだけど、と言った事を覚えていて、哲学から遠ざかっている私としては、申し訳ない気分になるくらい。

んで先生は《僕は本は出版してはいませんが、スタンフォード大学哲学事典でPanentheismについて書いています。》とのこと。へー、パネンシイズムかー、ぱねんしいずむー、ぱねんてー……
わからん! やばいこんな単語、覚えてない……てか、知らないんじゃないか私もとから……。

そそくさと調べて、あーは! わかった、わかったような気がする。ようは汎神論だよな! へっ。 
と思ったら、汎神論とは違うらしく、PanentheismについてWikipediaで調べると、Culp教授が外部リンクのトップに出てくるので、ぬぅ……ぱねんなんちゃらの先駆け、専門家なのね。

Process Theismってやつと類似かとも思うのだが、まったくあやふや、やばい……もうわたし哲学専攻ってブックカバーの裏表紙に書くのやめたほうがいいんじゃないか……。忸怩たる心地をちょびっと味わう。(味わってすぐに忘れる。)

ちなみにPanentheism、日本語にすると「万有内在神論」と訳されるようで、この字面を見ると、
「なーんだ簡単ジャン。八百万の神をまつっちゃう日本にはおなじみの考えよっ」
と、一瞬おもいがちなんだが、そちらはたぶんアニミズムに帰属し、まったく別の単語と意味になり、おそらく世界観の方向性が真逆です。
トラックバック(0) 
共通テーマ:学問

配慮 [は行]

木曜夜NARUTOのOPをチェックしたら、例のカブトの中指の一こまがカットされていましたよ!
 (詳しくは「中指」のblog参照)
すごい迅速な配慮だ! アニメ業界の細やかな配慮だー。
もしかしたらもう少し前から、既に対応してあったのかも。

大蛇丸からカメラワークが移動してカブトの片めがねがうつった、とたんに次にいく。
哀れカブト!
カブトは好きじゃないし、ストーリーにかかわる部分じゃないから別にいいけど。

その分サスケのカットがコンマ幾秒か長くなったような?
いやそれはたぶん私の希望的観測による目の狂いですね。

トラックバック(0) 
共通テーマ:アニメ

鋼の錬金術師 (リメイク版アニメ) [は行]

さて楽しみにしていたハガレンアニメ・リメイク版。

私はハガレンはアニメから入って漫画にいったら、二度とアニメに戻ってこられなかった……とはいえ、気のいいあの人が殉職して、軍の葬儀が執り行われるところまでは見ています。前のアニメは漫画より破壊的に暗いイメージだった記憶があるけどまあそれはそれで、今回は原作に忠実らしいのでそれはそれで、期待感が募るわけです。で、モヤモヤといろいろ感じつつ見ていたら、

大佐の声が違う……!

マンガ家の絵柄が変わったりするように、時を経ると声優さんの発声も変わるもんだな……ロイ・マスタング大佐。以前の皮肉っぽい棘をはらんだ野心がいまいち響かないですけど。あなたの意地悪めいた、懐深い策略家の、からっとした張りのある声を楽しみにしていたんですよ。

……と思いながら、抑えた知性が光るいまの口調も素敵ではあるが、なんか落ち着いた学者っぽい……と、エンドロールを見たら、大佐のキャスティングが変わっていたのでびっくりしすぎ、第一回目のいろいろな感想がすっとんだのでした。

トラックバック(0) 
共通テーマ:アニメ

ボン [は行]

ふだんけっこう咀嚼って面倒くさくて、全部スープとジュースで済めばいいのに……としばしば感じる。一日中、水分補給に終始しては、すっごくおなかを空かせて食欲を焚きつけてからモリモリ食べるようにしているのだが、先日、仕事関係で東京會舘にて立食があった。そこで食した子羊の香草焼きと、一見なんの変哲も無いカレーと、飾り気のないシンプルすぎる苺のショートケーキが激ウマで、いまだに忘れられない。
 
ケーキは凝ったのがいくかあったけど、そこでは苺ショートが一番おいしく、しかも世の中の苺ショートの中でひょっとしたら一~二を競うほどおいしいのかも……? 苺ショートなんてつまらない、と思っていたのに、おやおや? という。しつこくないのよ。クリームなんか薄づきで、豪華じゃないんだけど、口に残る甘やかな優しさが消えかけるときに品を感じるのよ。 

カレーといえば、某ホテルのレストランに知人と入って、知人が一皿3500円だか4000円の、たっかーいカレーをオーダーしたことがある。アラジンの魔法のランプみたいな器に別盛りでルーが入ってるやつ。私がオーダーしたカサカサに乾いたアヴォカドのハンバーガーですらすごい値段で、キャンドルの灯る一級ホテルのレストランのカレー。(キャンドルの煙が味に邪魔なんで、雰囲気勝負なんだな、という店ではあった。)

「ボンの味がする」
「ボン? さすが違うね、ドイツ風味?」

しかし彼女はドイツに行ったことが無いんだ。

「ちがうっ、ちがうって、だからボンだよ」
「ドイツじゃないっけ」
「……ボンカレーの味がする」

うそだ! ということで私も一口もらったのだが、この味しってる。

「つか味だけじゃなくて、この具の小ささ、あたかも全部ルーに溶かしました的な演出だけど、乏しい感じもまぎれもなくボンだ。福神漬けが欲しい」

人気メニューは魚介スパだったので、あんまりカレーをオーダーする人がいないあまりに本当にボンなんじゃないのか、雰囲気でごまかせ的な。でもそれじゃ材料を安く仕入れて作りこむから店としての採算が。いやいや、そこはだからさ。

そんな、いま三な(いまいちどころじゃないってこと)なのと比較するのも失礼なんだけど、東京會舘のカレーは段違い、ほのかにビターなチョコレート風味がかぐわしく、あ、でもそのカレーにチョコレートが入ってるかは知らないよ(たぶん入ってない)。隠し味にほんのり焦げたカラメルっぽい風味が遠くして、たかがカレーが、こっくりと美味です。

子羊の香草焼きが一番おいしかったのだけれど、ラム肉って人気がないのか、あんまり売れ行きよくないみたいで、ほかの行列にあぶれた人が並んでたみたいだった。羊肉でもラムはマトンとちがって、美味いやつは臭みゼロのはずなんだけど、一度自分で調理して大変まずいのをこしらえ、食べられたもんじゃなかったので、料理の腕によって、相当、出来が左右するのだろう。

で、今回のは付けあわせのポテトとシンプルながら絶妙なマッチで、いい感じにやわらかくて、香草と塩加減のコラボがちょうどよくて、おいしかったなあ!

東京會舘ってちょっと地味(ごめんなさい)だけど、料理が堅実に美味だと知った。
仕事関係で行ったのに、食べてばっかであった。
トラックバック(0) 
共通テーマ:グルメ・料理

深読みか、あるいは暗黙裡の当然 [は行]

ここ数日、各種メディアを騒がせている厚労省元次官連続殺傷事件で、
犯人の子供時代に容疑者の父親が、ペットの犬を保健所に連れていき処分、と耳にした。
で、ふと『窓ぎわのトットちゃん』を思い出し、おや?……と思いつくことが。

「ロッキーがいなくなった」というエピソードがある。
窓際のトットちゃんは小学校時代の私の愛読書で、ゆえになにしろ記憶があやふやだけど、
トットちゃんの家では賢いシェパードを飼っているのだ。ロッキー、一家の愛犬。
で、一時は問題児とおもえたトットちゃんも電車の学校で日々楽しく過ごしているのだが、
次第にぼんやりと、戦争の気配が色濃くなる。話の色調も徐々に暗くなってきて、
やすあきちゃんが死んだりとか、物資不足で自販機からキャラメルが出てこなくなったりとか。

そんな矢先、追い討ちみたいにシェパードのロッキーが死ぬのだが、
トットちゃんが留守中に、お母さん曰く「居なくなった」と。
そのあまりの歯切れの悪さと困ったようなうろたえ方に、あ、ロッキーは死んだんだ、とトットちゃんは即座に気付く。

で、だ。
これって大人になって読んでみたらすぐ気付くのかどうか(あいにく手元に本が無い)、
ロッキーは時勢が時勢がために、大型犬だし、殺処分されたんじゃないかと。
だってちょうどトットちゃんの留守中に犬が死ぬなんて。タイミングが計画的に嘘くさい。
しかもお母さんが、トットちゃんを悲しませまいと本当を語らないその漠然とした回答が「あのね、いなくなっちゃったのよ」
なるほどいなくなったんだ、手元で死んだわけじゃないんだ。
当時読んだときは全くそこまで気がまわらなかった。あるいは深読みだろうかな。



トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感