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新作の単行本~みがかヌかがみ~明日刊行 [ニュース]

講談社から新刊の単行本が出ます。

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みがかヌかがみ

● 講談社/422ページ
● ISBN:978-4062197830

明日、11月10日に発売となります。
(お住まいの地域や、ネット書店の取り扱い開始日などによって、発売日に誤差があります。)

アマゾンの登録情報だと426ページとなっているのだが、
実際、本の最後のページにふってあるのは422ページなので、
これってどういうことなのかよくわからない。
ざっくり400ページ強という認識で良いのだけれど。

物語の本文が始まっているのは7ページからとなっており、
7ページまでには目次や化粧扉などが入っていて、
真っ白のページを差し引くと、目次やタイトルページを含めて419ページとかくらい。

426って数字は一体どこから出てきたのか……。
(あとがきもないしね。)

完結している一冊としては、今までで一番短い一冊です。
しかし編集部からは「長いですのでね」「長いですしね」と、たびたび指摘されるのであった……。
でもちゃんと一段組で収まっている。

今回、本の字面のレイアウトは選べたので、
かなり読みやすさを重視して決めました。
ページの端っこにふってある数字フォントがおしゃれ。
『カンパニュラの銀翼』の目次におけるページ表記の数字も大好きでした、
その数字フォントとかなり似ています(似ているけれど同じではない)。
数字がただ横に並んでるのではなく、組み合わせによって、
微妙に配列の仕方が異なってみえるようなフォントです。
ゼロを縦長の0ではなく、円い漢字風の〇に近づけてもらったりしているのが、
ささやかなこだわりの一つであるのです。
(周囲が横書きなら問題ないのだが、縦書きの場合は、丸っこいゼロのほうがしっくりくる。)

●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・○・●・○・●・○・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●

~内容紹介~

 大正時代、五月。
 月里見紗葵子(やまなし・さきこ)は茶道の名家を訪れる。
 訪れた家は天女目(なばため)姫の命で掘られた井戸を守り、姫の言い伝えとともに継承する一族――青天目家(なばため)家。
 昔、この地に井戸をもたらしたという、年端もゆかぬ天女目姫。聡明で峻烈な姫は、干ばつで苦しむ民衆に生贄を禁じ、かわりに井戸掘りを命じる。
 工事は難航し、民の怒りを受けて、姫は井戸の完成を条件に、人柱として命を絶たれる。

 死に堕ちた者が行き着く不来方(こずかた)にて、雨夜城(あまよ・きずき)が目を覚ましていた。
 自らの記憶と引きかえに刀を手に入れた彼は、死なせてしまった美しき天女目姫の奪還と救済に身を賭して挑む。

 生者と亡者、二つの世界がいびつに交差する。めぐり会い、別れ――比類なき因縁奇譚。

●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・○・●・○・●・○・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●

2013年2月号の小説現代に発表した中編『みがかヌかがみ』に加筆修正し、
このたび第二章、第三章を書き下ろして完結。
(その時のブログ→http://blackcrosssanatorium.blog.so-net.ne.jp/2013-01-22
http://blackcrosssanatorium.blog.so-net.ne.jp/2013-01-24

昨年2014年11月には一冊分に書きあげて編集部に渡していたのですが、
ようやく今秋、刊行に漕ぎつけました。

刀にまつわる描写がわりと頻繁に出てくるのですが、
ですのでけっして昨今流行のオンラインゲーム・刀剣乱舞に触発されたわけではなく(笑)
ゲーム開始前に、すでに書き上げていました。
かつまた刀剣乱舞のおかげで刊行に漕ぎつけたわけでもなく……
さまざまなスケジュールが噛み合わず、今に至りました。

とはいえ刀描写なんて、今まで喜んでくれる人がどれだけいるか、
自己満と言われればまぁ自己満……という感じだったのが、
今は刀剣描写や剣技描写やらに抵抗ない読者が増えているかもしれない。
とすると喜ばしいかぎり。

刊行までに時間を要しましたが、そのぶん完成度の高い小説に仕上がったと思っています。

装丁は、色合わせや絵柄の流れなどアンティーク着物風を意識したものに。

文芸色の強い表紙絵は、今回編集部からおススメされた、にしざかひろみさんの作品。
小説『みがかヌかがみ』の物語内に出てくる草花を、何層にもあしらってもらいました。
インクペンと水彩で描かれているはずですが、まるで銅版画のような趣に。
広げるとこんな感じ。現代日本画や屏風絵などの風合いと言いましょうか。

2015110921490000.png

今回の表紙の女性は、物語内の特定の誰かではありません。
いままで私の小説本の表紙に描かれる人物は、物語の主要人物でしたが、
このたびは英語でいうところのアノニマスやJane Doeに近い。
登場人物の要素をいくつか取り入れた、いわば誰でもないモナリザ的な女性です。

今まででいちばん発行部数が少ないです。お早めにお手に取ってくださいますよう――。

石切丸と小狐丸(石切劔箭神社) [あ行]

ラルカジノ・ライヴ往路のブログを書いている間に、あれれ……?
ワリワリと咽が猛烈に痛みだし、
風邪だ……。
潜伏期間があるので、べつにラルカジノで風邪に罹ったわけではないだろう。
思い当たる節と言えば、たぶんジュラシック・ワールドを見た映画館だ……。
まあちょっと、はしゃぎすぎました。

風邪ひくの4年ぶりくらいだったので、ひいてもおかしくない頃合いですよね、
と、3~4日寝込み……

正確に言うと、風邪のひきはじめに「とあるもの」でうがいをし、
そのうがいに使ったものにアナフィラキシーショックを起こしてちょっと死にかけ、
具体的には「毒殺未遂」症状と言いますか、
全身が臓器を裏表にひっくり返そうとするので、
体からエイリアンがバリバリ体を破って出るんじゃないかと思うほど痛みました。
心筋あたりが痛みだした時には、さすがにこれはマズいんじゃないかと感じた。

「とあるもの」はごく一般的な飲料で、
最近になって、食物アレルギーを起こすので飲めなくなっていたことは自覚していた。
劇症性の食物アレルギーの場合、今までまったく大丈夫でも、
ある日突然なることもあって、
なったら最後、一生治ることはない(……と医者に言われた。あくまでも劇症性の品目においては)。
うがいであれば、問題なかろうと油断していた。そもそもまるで意識してなかった。
殺菌効果が高いので、風邪のひきはじめには、是非こいつでうがいをば、
と、散見される飲料でもあったので、
ガラガラうがいをしただけだったのに。
粘膜からも摂取するんですねー。考えてみればそうですよね。

あとで医者に「そのまま死んだとしても珍しい話じゃなかったんだよ。なんでうがいしちゃったかな!」と説教されましたが、
「……熱でイマイチきちんと頭が働かなくて、この咽の痛みをなんとかできるならば、飲まなきゃいいのかと思いまして……」

持ち直してきたので、
ラルカジノの詳細や、石切劔箭神社について出だしをupし終えたあたりで、
今度は、治りぎわの風邪と、季節性のアレルギーが合体し、偽ぜんそく症状に。
しゃべっては噎(む)せ、寝ては咳きこみ、起きては咳きこむ。コホン、ぜー。
医者に行ったりしているあいだに、数週間が経っていた。

実は以前、8年間くらいずーっと、その手の、偽ぜんそく症状だったのだが、
大きい病院とかにもあちこち行ったものの、ちっともよくならなかったので、
諦めてほぼ放置していた時期がある。
影響するのは花粉と気圧なのだが、日本っていつもなんか飛んでて、いつも気圧が不安定なのよ。

当時はもう、通りの歩きタバコの煙に、嫌味でやってるんじゃなくて本気で咳きこむし、
車の排気なんて悪夢だし、
オサレなレストランとかでテーブルにキャンドルがあると、
うるさく咳きこむばかりなので、店員さんにキャンドルを下げてもらう始末。
百貨店の香水売り場を通るたびに噎せる、
新聞紙広げたときのインクのにおいで噎せる、
「香ばしいね~」←え……煙い、
ネイルやるときはマスクをかけて頼んでいたし、
石油ファンヒーター、石油ストーヴ……あ? 嫌がらせか……
ベープとか、衣類防虫剤(ナフタリンみたいなの)は、虫の前に私が音を上げるのであった。 
挙げればキリがない、考えてみればわりと普通じゃなかった。

慢性の不健康は、命に別条がない場合、良くも悪くも精神的に慣れるもので、
こんなもんだろう、と甘受するようになっていたのだが、
今の呼吸器専門のお医者に行きつき、
数週間の投薬で、あっさり完治したのだった。
今までなんだったんだ、というほど簡単に。
医者の見立てと薬は、ほんとにピンキリ、体質との相性もあります。

その後、3年間ほどまったく咳知らずで、
咳の仕方を忘れた頃合いに、久しぶりの懐かしい感覚ではあったものの、
思い出して有りがたい心地でもないのだった。
咳に対する耐性もすっかり失くしていたし、こんなに疲れるもんだったか……。

で、続きのブログを書くまでに一か月を要しましたが、
遅ればせながら、
先月の、石切劔箭神社の宝物庫展について今さら書く気満々です。

石切剣箭神社は予想以上に加持祈祷のメッカで、
厄払いやら、安産祈願やらの、
由緒正しき、いにしえの神社でした。
宝物庫展は、穂積殿に位置するところでやっていました。

石切劔箭神社(境内案内図)
http://www.ishikiri.or.jp/annai/

私の経路で語るなら、
本殿を参詣して、
崇敬会館で宝物庫展の場所を聞き、
授与所と本殿の間の通路(なにがしの祈願の小さい蝋燭がずらっと並んでいる)を抜けて、
その奥に入っていった。

神社などの宝物庫展は、靴を脱ぐところも多いですが、
靴を脱ぐこともなかった。
外国の人を連れて行ったりするのに、穴場で良いかも。
(欧米人はとかく外で靴を脱ぐのを露骨に嫌がり、
かなり日本の文化に馴染んでいても、服を脱がされるがごとくに難色を示す人が多いので。)

石切劔箭神社は、京都や浅草のように観光用に作りこまれた営業的な顔はなく、
素朴で質実剛健。かなり古式ゆかしいが、
儀礼的な堅苦しさはなく、あくまでも庶民的。
実にいい感じのたたずまい。

宝物庫展をやっていた一階から半地下(?)は、
発掘跡を一部そのままショーウィンドウで展示している、
神社とは思えない博物館的な構造になっていました。
一見、すんごく広い展示場なのかと思ったら、そんなことはなかった。

宝物庫の展示物のかなりが銅鏡でした。
古墳時代とか邪馬台国とか、そういう時代の銅鏡です。
レプリカとか写しとかではなく、
当時のほんまもんの銅鏡。

もともとこの石切さん、
古墳時代レベルの祭事の場所を礎にして、神社になっていたらしく、
法通寺という古代寺院の跡に建てられているんですね。
全く知らなかった。
この法通寺というのが、謎の古代寺院らしく、かなり古代ロマンをあおる場所らしきことが、
石切さんに置いてあったパンフ(近畿大学文芸学部文化・歴史学科が発行している)で判明。

近年、敷地内で穂積殿を建てたときに、
銅鏡やら、棗玉(なつめだま)の首飾り、法通寺の瓦などが発掘されたらしく、それらを展示しつつ、
御神体の石切丸(神剣)やらの刀剣も併せてお披露目。

宝物庫展の展示場は10人くらいの参列者が列になって、順ぐりに展示物を見て回る。
10人ほども入ると、展示室はわりと混み合う広さです。

銅鏡や、ヒスイ色した棗玉は、
ふーん……と流して見るわたし。
とはいえ、銅鏡はどれも丸鏡の背中(模様が描かれている面)が表に出ているだけでなく、
ショーケースに伏している鏡面部分も見えるようになっている。
ショーケースの内側の底辺が鏡張りになっている展示で、
(あ、この銅鏡は本当に鏡だったんだ)
と、わかります。

そうでもないと銅鏡は、大きい文鎮みたいで、
これ本当に鏡? 
という把握しがたい感じになるので、細かいところまで、さりげなく行き届いている陳列です。

で、肝心の刀剣に。

まず太刀・小烏丸(こがらすまる)の写しが。
太刀と言ってもかなり小さい。
太刀というと大きいイメージがありますが、
鎌倉以前の一般的な長刀は基本、ぜんぶ太刀であり、
打刀という存在が、当時そもそも無いといっても過言でない。
脇差はあくまでコンパクト、こいつがどんどん大きくなっていって、
もうそれ太刀じゃない?的なサイズになったのはずっと後年で、
だから薙刀でなく、大太刀でもない平安時代の長い刀といったら全部太刀です(たぶん)。
小烏丸は、よく鶴丸国永と引き合いに出されて、語られてますよね(鳥つながりの白黒で)。
見るからにほっそりとした一振り(66センチ)でした。
先端が槍に近く、ただ刀らしく全身が反っていて、道具っぽかった。

来国俊の短刀もありました。
来派でも、刀剣乱舞に出てくる来国俊の短刀とは別物らしい。

いよいよ展示場中央の島に石切丸と小狐丸が!
まごうことなき本物です。
中央のケースにあるので、表も裏も見られます。
同じショーケースに、大小という感じで、
上に石切丸、下に小狐丸と並んで展示されてました。

石切丸、刀剣乱舞では大太刀となっていますが、実際の神社では太刀と分類されていました。
太刀とあったが、刀剣乱舞の石切丸に相違ない。
(刀剣乱舞の公式刀剣カレンダーでも、ここ石切神社の石切丸が載っています)。

御神刀であり、ご神体なので、写真撮影はできませんでしたが、
本当に大きく、立派な刀(刃長76.1センチ)。

三条の刀の特徴ともいえようか、
切っ先がシュッとすぼまり小さめなので、豪快には見えない。品があります。

小狐丸は、ぱっと見た瞬間の印象といえば、
三日月宗近にそっくり!
小さい!
「三日月宗近より一まわり小さい、三日月宗近」
という感じ。
三日月宗近と同じ刀匠の手による太刀だと、一目でわかる。

何がそうも似ているかというと、
切っ先です。
東博の三日月宗近はかなり大きい刀でしたが(刃長80センチ)、
スリムに見えて、大振りに感じなかったのは、
切っ先がシュッと小口で上品だから。
小狐丸も然り、同じフォルムで先細にしまっている、スッと慎ましやかな切っ先で、
三日月宗近よりひとまわり、ふたまわりほども小振り(刃長53.8センチ)。

ゲーム内では「大きいけれど、小狐丸」と名乗るそうですが
(……うちの本丸には居ないからよくは知らんが)、
小狐丸という名前は伊達じゃない、小さい太刀です。
小狐丸という名前だけれど、太刀なのだという「大きい」であり、
石切丸と比べるならば、3分の2ほどもあったかどうか。
とはいえ50センチ余りあり、
また平安人は平成人よりも小柄だったでしょうから、
十分に太刀として通用したろう。

石切丸と小狐丸は、いずれも三条らしさはあるものの、
三日月宗近と小狐丸ほど、激似ではない……。

小狐丸と三日月宗近は三条宗近・作。
石切丸は三条有成(三条宗近の息子ともいわれている)作なのだそうだ。
なるほど。そんな感じです。

ゲームでも、小狐丸と三日月宗近が同じイラストレーターの絵によるものなのは、
そのあたりを考証してあるんでしょうね、きっと。
そういえば小狐丸の紋は、石切劔箭神社の紋と酷似したモチーフが使われていますよね。
(石切丸の紋は似ても似つかないが。)

宝物庫展では、
刀剣乱舞に登場していない、
かつまた石切丸のように重要美術品の神剣などでもなければ、
小狐丸のように能に登場するわけでもない、
いわゆる無名の、しかしとても美しい1600~1700頃に打たれた「忠國」という脇差(50.6センチ)が展示されておりまして、
切っ先が大きく、乱れ刃の刃文があでやかで派手だけれど、
乱れ刃=女形という刀剣乱舞の刷り込みイメージが必ずしも該当しない。
妖艶な人斬り庖丁ビジュアル系が、異彩を放っておりました。
歴史的に有名な人物が使っていたとかでもなく、
刀剣乱舞に実装されることはまずないだろうが、かっこいい……良い脇差だ……素敵。
人だかりが無いのを良いことに、熱心に見ていましたら、
道すがら駅から一緒に来てくれた、おばあさんに、
「あんさん、刀、好きなん?」
と言い当てられました。

宝物庫展には神輿(みこし)も展示してあって、
おばあさんの話によると、夏にはこの神輿を担いだ先頭を、
神主さんが白馬に乗って、市中をねり歩くんだそうです。
「このあたりじゃとても珍しい、東京じゃどうかしらんけど、このあたりじゃねえ」
いやいや東京でも珍しいです。そんなの見たことありませんもの、聞いたのすら初めてです。

宝物庫展を見終えて、
北授与所で「石切劔箭神社御神宝」の図録をゲット。
もちろん石切丸も小狐丸も、展示してあったものすべてが全頁カラーで載っている46ページ。
1200円だったか。拝観料もなかったのだし、即買い。
やった……! 

本殿のところに戻ってきて、おばあさんとちょっと名残惜しく、ご挨拶を。

――あんさんに会わんかったら、わたしこんな宝物庫展なんて毎日来てても知らなかったわ
――ここまで一緒に来られて、本当に良かったです。とっても助かりました
――気ぃつけて
――お気を付けて、お元気で!

さっぱりと別れて、
私は駅に向かいました。
帰りは下り坂、新石切駅にすぐ着きました。

大阪人はどことなくアメリカン気風? [あ行]

大阪で一泊し、
9/23日13時10分新大阪発の新幹線のぞみで東京に帰る予定。
それまでに、ちょっと大阪のどこかに行ってみたい……。
そう思っていた私は、当初、海遊館を考えていたのですが、
海遊館のHPを確認すると、案の定、ものすごい混みよう。

せっかく大阪まで来ているのだし、
大阪じゃないと行けないところ……行きたいところ……

《石切劔箭神社:いしきりつるぎや神社》はどうだ!
刀剣乱舞の石切丸(大太刀)、小狐丸(太刀)のモデルとなる刀剣が御神宝として存在し、
地元の人には石切さんと呼ばれて親しまれている。石切神社を訪れてみようと思い立った。

キャラの発祥地や元ネタをたどる、いわゆる聖地巡礼が、
ここではほんと文字通り聖地巡礼なので、一瞬、躊躇する。
そもそもいくら石切丸や小狐丸という刀があるにしろ、
ただ神社にお参りにいったところで、当の刀を拝めるわけじゃ……

HPで調べてみたら、なんと! 
9月20日~23日にかけてだけ、限定的に宝物庫展示を行っていると!

なにこの運命的巡りあわせ。
今までのなんだかんだ結構、生きてきてる人生で、
大阪まで自発的に乗り込んできたのは、初めてである私が、
たまたま一泊する、その日程に合わせたかのように、
宝物庫、展示してるのね! 刀、拝めるのね! 
僥倖、ほんとに僥倖なんで、こんなの行かないわけがない。

石切さんには、石切駅と新石切駅とのアクセスがある。
新石切駅のほうが駅から徒歩5~7分と近い。
ハイアットの最寄り駅・中ふ頭

コスモスクエア駅で乗り換え

大阪市営中央線・一番線の電車に乗り、
16駅、しめて所要時間46分。

一度乗り換えればいいだけ、行き方もわかりやすい。
帰りは新大阪に着かなければまずいが、新大阪へのアクセスも悪くなさそうです。

ならば!
新石切側から攻めよう!
朝8時半すぎに出発しました。

ところで大阪の人はみんな歩くの速いの?
ハイアットの最寄り駅である《中ふ頭》まで「徒歩三分です」とホテルの人に教えてもらうも、
3分なんかじゃ絶対無理だし、常にそんな感じでした、大阪。
わたしはハイヒールでもなければ、そこそこ歩くの速いのだが、
歩きやすい靴にもかかわらず、
大阪人の徒歩概念は上り坂とか、ものともしないのか。

さて目的の電車に揺られて、カタカタと進み、
大阪市営中央線は、時間帯なのか、進む方面なのか、終始がら空きでした。
駅についてみると、山がそこそこ迫っていました。
海側から山側へ来たのだ。

事前にネットでググっておいたのだが、
駅にコインロッカーがあるかないか、サイズや値段がわかるという、
今は本当に便利になった。調べによれば新石切にコインロッカーはある。

軟弱な私は、場合によっては荷物を送ろうか、タクシーを使おうかとも考えていたのだが、
実際に着いてみると、たしかに300円のコインロッカーが。
連休中で埋まっているかと心配だったが、
ニ、三、使われているだけで大半は鍵がついている。良かった。
大きなボストンバック一個は問題なく入るサイズで、
さっそくここに泊りの荷物を押し込み、
新石切駅に降りた。出口5番。
快晴。暑かった。

帽子にサングラス姿でうろうろ。
出たとたんに、石切さんへの方角がまったくわからない。
駅の出口までは、石切神社は5番出口、
と書かれていたので、
もうすこし看板的な表示が出ていると期待していた。人通りも極めて少なく、途方に暮れ、
行きがかりの私服女子高生らしき人に尋ねるも、
「えっと~」と彼女も周囲の看板らしきものをぐるりと目で探し、「ごめんなさい、知らないです……」
「いいんです。すみませんでした」

若い人は知らないっぽい。
今度は駅からすぐの交差点を渡ってきた、おばあさんに尋ねました。
「石切神社ってどっちに行ったらいいかわかりますか」
「これから私も行くとこです、一緒、行きましょう」
「あ……はい!」
救世主到来です。

おばあさんは茶色い晴雨両用の日傘をさしていて、私にさしかけてくれる。
わたしは帽子もサングラスもしているし……でもわりと、もやしっこなんで、
日傘をさしかけてもらえると、やはり暑さをしのげる。
しかし、私はおばあさんよりも背丈があるので、おばあさんはのびあがっている。
「あの、大丈夫です。では、持ちましょう」
私が傘の柄にやんわりと手を伸ばすも、
「いやいややや、あんさんほんとスタイル良くてまぁ」
と、断固謝絶、親切な上に褒めてまでくれて、どうしたらいいんだ私は。
素直に、えへらえへらと喜びながら、おばあさんの歩幅に合わせてくっついて進みました。
久しぶりの孫気分で。
普段は見知らぬ人と、こんなふうに同行することはまずないですが、即座に安堵してノコノコくっついていく、こういう時の人を見る目が、私は我ながら優れている、というか運が良いのだ。

「どちらからいらっしゃったん」
「東京から……」
「えぇ……!!?」
「いや、あの用事が! 用事(ラルク)があって! 今日帰るんです、その前に、どうしても来たくて」
「あらーいい所きたわ、あんさんほんと、良いところいらっしゃったわ」
「そうですか?」
えへへ、と喜ぶ。

この石切神社、刀剣乱舞をやっているかたはご存知だろう、
石切丸が、しょっちゅう加持祈祷のことばかり口にして、
戦いよりも加持祈祷が優先、
というか戦いそのものも、穢れをいかに断ち切るかにかかっている。
石切丸のセリフの十中八九が加持祈祷にまつわる中身であるように、
加持祈祷に特化している。厄払い、病魔を祓う専門の神社であるのだと。

(なお、小狐丸のキャラについては知る由もありません……うちの本丸に出現してませんので……。)

「やっぱり今の時代は癌でなくなる人が多いでしょ、
命にかかわるといえば、やはりがんが一番多いねえ」
「そうですよね……」
「たとえば息子がガンになって治療や手術を受けることになったとしたら、
親はそのとき何をしてやれるって。何もできない、そんなとき、
やはり石切さんに通って、手を合わせる、そういう拠り所なんだって、
先日、新聞にも載ってましたよ」
と、おばあさん曰く。

「ほんと、そうでしょうね」
上っ面な返事ではなく、
わかる超分かる、家にも子供のころ生死にかかわる病人が居たから、この思考回路は身近に知っている、
という内心を込めつつ、寡黙に同調します。

病気、病魔の悩みならなんでも祓ってくれるのが石切神社らしい。
東京からはるばる来るなんて、身内に重篤な病気の人がいると思われたら、なんかすまない。
「この期間に限って宝物庫展をやっていて、それが目当てなのだ」
私は早々に打ち明けました。

「そんなん好きなん?」
「はい、わりと」

こっちのが近いからこっち通っていきましょう、と。
おばあさんは歩調がしっかりしていて、つかつか進む。
心臓が悪いから石切さんに毎日通っているそうで、毎日、一時間半、歩いているそうです。
「……毎日、一時間半……!」
オウム返し。そうだよ今日は休日なのに、休日もだ、凄い。
「はちじゅうしぃやで、わたし」
「え、お……若く見えますね!」
最近のお年寄りは、見た目が若いというのは知っていたので、
こう見えて、77、78くらいでいらっしゃるかなあ、と思っていたけど、
84には全然見えませんでした。

孫が東京にいるけど東京にはめったに行かんわねえ、
そうなんですね~

などと、のんきにおしゃべりしつつ、上り坂を10分かそこら、
(気分的には上り坂なんで、15分くらいかかった気もする)
のぼっていくと、神社が左手に!

石切劔箭神社
http://www.ishikiri.or.jp/

それまで閑散としていたのに、神社に来たら、俄然、人が。
賑わっている。
ぎゅうぎゅうではないが、なかなか混んでいました。
お賽銭を入れるまでに、2、3列は待つ感じ。
ぎっしりとした行列になっているわけではなく、まばらな、ふんわりとした列なので、
皆、ゆるい人垣をかいくぐりお賽銭を入れて、てんでに手を合わせる感じ。
頃良い盛況ぶり。
休日だから、普段より人の出があるらしい。

そういえば、おばあさんは、うんと手前の鳥居をくぐる時点でも小さく一揖(いちゆう)してましたね。
何気なく普通に通っちゃったわたしは、おっと……と立ち止まり、そういった小さなチグハグを経て、
手を清めて、そのあとお賽銭を入れて、
二拝、二柏手、一拝礼で合掌……と、
おばあさんの見よう見真似でわたしも手を合わせていると、
せっかくきたんだから、どうせなら鈴も鳴らしたら、と促される。
ガランがらんがらん、と太い縄に自分が振り回されるようにして鈴を鳴らして、
なむなむ……じゃなかった、祓えたまえ、きよめたまえ……。

おばあさんが宝物庫展の場所を尋ねてくれ、(完璧に孫状態。助かりました)
おばあさんと一緒に宝物庫展を見ることに。
拝観料はなんと無料で、
ちょっとした別区画への閾(しきい)を超える感じで、
たしか一度階段を上がり、
それから半地下……? 程度まで階段を下りていきました。

~つづく


共通テーマ:旅行

ラルカジノ本番@9/22大阪夢洲 [ら行]

さてラルカジノ@9/22大阪夢洲。
私のシートは23Kブロック。
中央よりやや後ろ。かなり端(Ken側)でした。

16時25分。ラルクがリムジンでライヴエリアに入場。
ラル札(ラルクのメンバーの顔が描かれた1ドル紙幣風のお札)が、
ぶわっとばらまかれ、舞い上がる中、バブルなイメージでリムジンが入ってきた。

きゃぁぁぁあ!と観客が総立ちで沸いたのだが、
何に沸いていると思えばラル札に沸いており、
取れる人はお札をおっかけてキャッチしようとし、
……え?
いやいや待て待て、アーティストが入場してるぞ、ほんまもんが目の前にいるのに、
追いかけるのはお札?
エセ札とはいえ、お札の力ってすごい……。
花吹雪や、銀テープなら、ここまでみんな追いかけないよね……。

ラル札は、ハイド札もあれば、ユッキー札も、Ken札も、てっちゃん札もあるので、
皆、ほしいのはわかる、花吹雪やテープと格が違うのではあるのだが。
ハイドをはじめ皆、微妙な顔をしてました。苦笑い。

各自がステージにつく。
ユッキーはターバン姿で、ドラムセットのところにいるからよくわかる。
Kenも白いスーツ姿が遠くからでもよくわかる。
Tetsuyaも、ショッキングピンクのベースが、遠くからだと赤くよく見えて、目星をつけられる。
ハイドの衣装が赤系のトランプ(?)の柄物で、これが背景の演出画像とまじりあって、
ブラウン管テレビの色の色彩混合みたいになって、まったく見えない。

たいていハイドが一番、遠くからでも見える恰好をしているもので、
ひらひらと上着の裾が長かったりするから、
ハイドが動くたび(彼が一番よく動いてくれる)、
ひら、ひらっと輪郭がきらびやかさなふちどりを演出するのだが、
今回、最終日の登場衣装、まったくの迷彩状態。

スクリーンに大きく映し出されるハイドは黒い眼帯姿で登場。
なので、スクリーンを見ていればいいのですが、
実際の人物と、スクリーンに映し出される姿とを交互に見比べ、
双方を視野にいれて全体像を把握したり、スクリーンのズームで眺めたり……ということをしたい、
ライヴ参戦ならではで。
しかしハイドに関しては、最初のほう、全くそういう真似ができない、
ハイドを探せ状態で始まりました。

01.SEVENTH HEAVEN
02.Driver's High

いきなりノリのよいメジャーなナンバーで始まります。

03.Pretty girl

三曲目にしてハイドが間違えました(笑)
この瞬間に、まず来てよかった~と思うから不思議だよラルク。

「けど いつもそこまで~」
と歌い、
しばらく間奏が入るべきところで、「そう いつもここまで~」
突っ走って歌い続けたハイド。
二番は「けど いつもそこまで~ そう いつもここまで~」
と続けて歌うんですが、一番では先走りすぎなのです。
間違えるときはいつも突っ走って間違える感が、ファンとしては楽しい。
突っ走って歌い切ったところで、ハイドが、
え……? あ、
あ~

という顔になり、あぁぁぁやっちまった感いっぱいで頭部に手をやったとき、
観客は大喜び(私も含め)。
一気になごむ。大失笑。
普通、アーティストが間違えると、ピリッと緊張感が走ったり、違和感でザワついたり……
ところがラルクのライヴだと、皆、よっしゃ見れたぞやったぜラッキーと会場全体がどよめくのである。
DVDなどでは、間違えたところがスマートに編集されていることがほとんどなので、
ライヴならではの、素に近いアドリブの仕草が見られるから、
みんなこの手のハプニングが大好きだ。

そのあと、ふて寝を装い、ステージに横たわって、頬杖ついて歌って見せるハイドが、
それでも野太い声が出ているところに、かえってほれぼれとなり、会場は余計に沸くのであった。

ここで短いハイドのMC。
登場時のラル札に「みんな、めっちゃお金に心奪われてた、目奪われた」
といったようなことを言及するほど、あれはちょっと想定外な感じでしたよ、確かに。
初日の発言で一気にネット上で拡散されてました、おなじみの(?)
「お金で何でも買えるわけじゃない。お金で買えるものは~」
「ほとんど~」
二日目最終日には、ほぼコール・アンド・レスポンス状態に。

04.Blurry Eyes
05.flower
06.and She Said

このへんは割と初期の、すがすがしい爽やかな、ノリのよいメジャーな曲。
なんとなく私はチェッカーズ風味のラルク、という感覚でつい聞いてしまいがち。
そのころ私はがっつり留学中で、
オンタイムではあんまり知らなかった、あとから遡ってアルバムで聴いた曲。
観客がみんな一緒に口パクして口ずさむ系のノリです。

07.ROUTE 666

ダークでロックで好きな曲。
イントロが始まったとたん、どわ~ッと会場がどよめいて沸く。
2番以降あたりから、Tetsuyaのベースがべべべべーべべべべべべべンと響いて、
横隔膜にズンズンくるのが、物凄く心地よかった。

ここでKenの恒例下ネタ、短いMCが入ったかと。
下ネタって狭い空間で、限られた人員で繰り広げられると最低なのだが、
東京ドーム5倍の広さの夢洲で、5万人を相手に、マイクを通して発言される下ネタは、
たとえいかに下品でくだらなかろうと、ご挨拶でしかなく、皆、やんわりとあたたかく見守る。

よく昔のアニメで、遠くの船に合図を送らねばならないのに適切な布がなく、
女性がスカート脱いで振る、みたいなのがあったんだが、
そんな感じに近いかも。
やだあいつスカート脱いでふるなんて卑猥……下品……誘ってんの、
とは絶対ならない、そういう感じです。
もはや勇気に近い。

08.HEAVEN'S DRIVE

ここで後方のセカンドステージに移動。たしかこの時点でハイドが白い衣装に着替えてきたかと。

かつてDVDで見ていたときは、このステージ移動がいつもイマイチ意味が分からなかったのだが、
ライブに行くようになって、ひしひしと有難味を感じるのだった。
これがラルクの醍醐味の一つでもある。
後方シート側でも生で良く見える。

セカンドステージで演奏されている間中、わたしは肉眼で見てました。スクリーンではなく。
ただ、ほとんどの人はスクリーンで見たいらしく、スクリーンは前方にしかないので、
後方ステージ上でハイドがMCをするにも、歌うにも、観客は振り返って前方スクリーンを見ていて、
ハイドは観客の背中に向かって、しゃべり、歌い、という構図が今回すごく違和感があった。
後方にもスクリーンがあったら便利なのに(味スタか日産スタジアムのときは有ったかと……)。

そのせいか、どうなのか、ハイドがしまいには、
ステッキに留まっているオウム(剥製かと)を合いの手にして、作り声で喋りだし、
ハイド「……こいつ、めっちゃ便利」

「みんなこんな所までほんとよく来たよね……僕なら来ません」
と、ハイドが「……ほんとすごいラルヲタだよね……」と嬉しそうに笑い、
ラルクを語るとき、ラルク・アン・シエルのメンバーは誰でも、
自分一人では決してラルクではなく、
4人集まってラルクなので、どことなくラルクを少しだけ客観的な、俯瞰的な言い方で語るのである。
(……いや待て、ラルヲタってTetsuyaが大嫌いな言い方では)
と思ってたら、「すごいドエルですね」と言い直してました、ハイド(笑)
ターバン姿のユッキーを見ながら「ユッキーは気分良いときしかターバン巻きませんからね」
星形のついた衣装のTetsuyaを見ながら「てっちゃんは気分良い時しか星の衣装着ませんから」

09.Wind of Gold
10.It's the end
11.MY HEART DRAWS A DREAM

MY HEART DRAWS A DREAMは毎度恒例の、サビ部分後半を会場全体で合唱です。

海風に吹かれつつ、風を感じるナンバーで。
だいぶ日が落ちてきて、あたりは薄闇に。

ここで再び正面のステージへ。

12.trick

ドラムのユッキー含めて、このナンバーだけ全員ギターを持って、
最初ユッキーから、順々に皆が、ヴォーカルをやった。

全員でギターをひっさげ、ギターのネックを持って立ったとき、
化け物退治でそれぞれが、マグナム、ライフル、マシンガン、バズーカで戦ってたのが、
全員同じサイズの機関銃をかまえて、一斉射撃を始めるみたいな、
物騒で不穏なカッコよさが立ち込めた。

13.REVELATION

”曖昧な 理想~♪”
というフレーズで、皆、
Yeah! いえい!
″愛を 示せ~♪”
てやっ! 
って感じに腕を振り上げたり、サイリウムを掲げたりする。むろん私もやる。

14.CHASE

ここでほぼ完ぺきに日没を迎え、前方のステージはキラキラしく光線を放ち、
華やかな演出画面が映し出されて、
それでも何が美しいかと言えば、後方に暮れなずんでいる真っ赤な夕焼けで、
おどろおどろしいくらいに赤い。
ハイドがステージから真正面の夕焼けを感じて歌っているのがわかる。

KenもTetsuyaも、またいつもストイックな感じなドラムを繰り広げるユッキーですらが、
皆、テレビなどでは見られないのびやかさ、
すんごく気持ちよさそうに、すがすがしい朗らかさいっぱいで演奏していて、
周囲には、海と、夕焼けのすごい赤が西側に残っている広ーい夜空と、
荒れ野原と、5万のファンと(スタッフと)、あとラルクだけ。

目障りな邪魔なものが一切ない。
あとただ音楽があるだけ。
この自由な感じがたまらない……この解放感が野外の良さ、
自分たちだけの音楽がどこまでも続いていくような疾走感なのか~
と実感しました。そこだけラルク天国、ラルカジノの楽園色に染まってくる。

15.XXX

この色っぽいムーディなナンバーは盛り上がりますが、
画面に映し出される演出画像の一部が、女性ダンサーのくねくね踊りで、
この演出が、場末ストリッパーとか、安キャバレーとかの色で、
一昔前のカラオケボックスに流れる画面みたいで安っぽかった。
あえて……なのだろうが、
XXXの耽美さはこの手の、場末の安酒とネオンの、レトロみだらなエロさと正反対の妖艶さ……

もうライヴ自体が楽しくて、曲はいいし、ライティングで目がくらむし、
正直、演出画像の端っこなんてどうでもよく、
男女とも、ほぼみんなハイドを見てますし、わたしもハイドを見ることにしましたが、
(この演出、てっちゃん嫌いそう……すごく苦手そう……!)
つか私がこの手の演出をラルクでやられると苦手なんだな、と内心でチラッと思っていました。
実際のところTetsuyaがこの演出をどう思っているかなんて知る由もないのですが、
Anemoneという曲のPVの演出を正直すごく、好ましくない!
と思っていたらしいTetsuyaですから、
だとすると、これはAnemoneのPVと通じると。

しかしXXXは魅惑の曲なので、また野外だとそういったことも、たいして気にはならない。

16.TRUST

今回のライブは終始この手のポジティヴな曲調なのがほとんどでした。
野外の解放感と、曲の伸びやかさがベストマッチ。
音響としては、野外は音が散ってしまいがちなので、
ずっしり聞きこむ系の濃いバラードなどは、合わないのかも。

ここでハイドのMC。
ハイドはずっと、おしゃれ眼帯をしていて、
(いや……たしかに私、眼帯キャラ好きだけども……だけれども)
顔で言うなら、ハイドの一番の魅力は何といっても目、両目じゃないか?
両目が見たい~と思っていましたら、
いつの間に眼帯を外して両目に。
その魅力たるや……自分の両目の目力の素晴らしさを存分にわかっていて、
だからこそ眼帯を外すだけで、うわ……美人……という演出の効果を最大限に発揮する。
特殊効果なみに成立するという、
なんとも心憎い技でした。

両目の本気モードで、観客全員がハイドの美しい両目のとりこになりつつ、新曲の発表を聞く。
「……夏らしいシングルをと……思っていたんですが……今になり……」
大丈夫だよギリギリまだ夏でいけるきっと*。

17.Wings Flap 新曲

明るいメジャー系のさわやかな曲で、
ここではないどこかに連れて行ってくれそうな飛翔感に、ちらっと切なさがよぎって、
ラルクの良さは、目の前の現実とは違うどこかにつれていってくれそうな、
現実逃避力の高い世界観。
旅たつ、飛び立つ、羽ばたく、その手のフレーズがもともとラルクの曲には多いのですが、
この、どこかに行ってしまおう感、風にさらわれて行こう感が、野外にぴったりな上に、
とてもラルクらしい新曲でした。

18.Lies and Truth
19.Link
20.HONEY
21.STAY AWAY
22.READY STEADY GO

このへんはもう、こってこてにラルクです。

暗くなる前は、野外ゆえに解放感はあるものの、
観客とラルクとの視線のばらつきのようものも生じて、
共通の音楽を介在してはいるものの、
てんでが勝手に楽しんでるような、
クラブでラルクの生演奏で、好きに踊ってるみたいな感じでもあった。

完全に夜になり、照明によって観客の目線もステージ一点に集中し、
終盤にかけてのラストスパート。

ハイドもほかのメンバーも、ライヴ後半ゆえ体力的にきつくなってきているに違いないのに、
終盤特有の観客の熱に押され、溢れたぎるパワーがすごくて、
この刹那的なひと時がライブコンサートの中で超絶、楽しい。

この終盤、本来、息切れしているであろうに違いないのに、
どこから出てくるのか、ぐわーっと歌うハイドの歌声がどんどん威力を増す感じが、たまらない。
もっと、もっとだ、ああ終わらないでほしいなあと思うわけです。

「さて永遠に終わらなければいいんだけど……終わりの時は来るもので……」
といったハイドの発言があって、
そういえばハイドが夢洲(ゆめしま)を、「行くぜ、ゆめしま~」とか言ってたわけですが、
ゆめすと呼んで、
「ああ……これ今まで何度、間違ったか……」とか言い直していたときに、笑いが起こった、
私を含め、皆、安心していたんだと思う。
関西出身のラルクでも、夢洲はなじみのない、今宵かぎりの特別エリアなのだ。
「こんなところに集まって、こんな夜は一生忘れないよね」
忘れません。

23.Pieces

ラストにPiecesが聞けるのは本当に嬉しかった。
と同時に、ああこのライブは終わりなんだな……と実感します。

最後に花火があがり、ハイドが投げKissしてラルカジノは終わりました。

帰りのシャトルバスに同乗している人たちが、皆、髪色がアッシュで、
アッシュな髪色はやってんのかな?
と思いつつ、ホテルに帰り着いてみたら、靴から脛当たりまで砂で真っ白になっていて驚いた。
帽子を脱いだら、帽子で隠れていた部分の髪色と、髪の裾のアッシュ具合と歴然と差がついており、
ハロウィンで裾に白っぽいエクステをしている人みたいになっていた。
砂埃凄かったんだ……。

*(シングル発売は真冬らしいです・笑)



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往路→ラルカジノ:L'ArCASINO@大阪夢洲野外LIVE 2015 9/22 [あ行]

行ってきましたラルカジノ!
私が行ったのは最終日の9/22火曜(9/21が初日)。
いやぁ、今回は会場にたどり着くまでが、正直なところ過酷でした。

そもそもラルクがライヴやるよとフレが出たときに、
まず大阪のホテルと、大阪までの交通手段を手配できるか、予約できるかが第一関門。ラルクのライヴチケット自体の先行販売よりも、数か月前にである。
会場は制限退場なので、場合によってはライヴ終了から3時間かかりますと。
その場合、どう考えても東京に帰ってこられない。いろいろ目算をたててはみたが、泊り以外に方法がない。

シルバーウィークのど真ん中、しかも夢洲。どこです、そこは、なんて読むの?
ユニバーサル・スタジオ・ジャパンに近い埋め立て地・ゆめしまで、
なぜよりにもよって激混みするシーズン、
かような場所でやるんでしょうかねと不平タラタラ思ったのは内緒(もう時効よね)。

いや、もちろんガチでいうなら、
ソロでそれぞれ今まさにガンガン活動しまくっているラルクメンバー全員のスケジュールが合うのがこの時期だったんだろうとか、
暑すぎて急病人続出するような時期を避け、寒すぎで急病人続出するような時期も避け、
野外でライヴやれる季節というのが日本ではものすごく限られているとか、
公共交通手段がある程度確保できるアクセスの場所を、
しかも虫やら蛇やらの被害が心配なあまりライブに集中できない……とかいう危険の少ない場所で(それでもでっかい熊蜂が一匹飛んできた一瞬、自分を含め周辺がピリピリと不穏になりました)、
避雷針を立て、大雨程度ならば決行なんで、そのとき大雨が降っても全員が安全に帰宅できる交通手段を確保できる、
一度に5万人を集客でき、そのための設備を用意できる、
ラルクのメンバーがライヴを気持ちよくできる場所。

そんなこんなを考慮に入れたうえで、
人類未踏ならぬバンド未踏的なことをやってのけるのが好きなラルクがパフォーマンスするとなると、
時と場所が実に限られるのだろうとか、そんなことは、承知のうえでだ。 

アリーナとかも屋外ですが、
今回の夢洲のような完全野外、私は参戦したことがない。
ラルクが野外ライヴしていた昔のDVDを見るたび、
いいなぁ……あの時のあの場所に行けた人たちマジ、僥倖だなぁ……。
野外ライヴは絵になるし、いっそう羨ましさを煽る。
そう、かねがね痛感していたからこそ、行こうと心は決まっていたが、ハードルも高かった。

ラルカジノ特設ホームページを確認するにつけても、
これは体力に自信がなく、野外が苦手な人は不向きなので遠慮すべしと、
直接的表現はないが、再三にわたって示されているわけで、
……はたして私が野外を得意としていたときが一度としてあっただろうか。

チケットを無事に発券してから、ふと真面目に真剣に具体的に気にかかりだす。
事前に脳内でいろいろ想定してみたつもりではあるが。大丈夫なのか。

高校時分ですでに茶道部でごまかしようもなくインドア派でしたし、
中学の時の部活はバドミントン部だったりで、
スポーツやってもあくまでインドア。
野外なんてちょっとした恐怖です。(なによりもトイレ環境が一番に恐怖。)

アメリカに留学して、野外の良さを少しは理解しましたが
(……欧米人は何かっていうとすぐ外で楽しみたがるので)
少なくともカリフォルニアとか、あるいはカナダの西側などは、
湿度温度、もろもろ込みの天候の環境が、日本と比べて段違いでいつでも良いんです。

体調管理、体調管理……
前日なんて緊張と不安のあまりに食事もまともにのどを通らないレベル。横になっても、眠れない。
ぶっちゃけ数年前の自分の授賞式の前日のほうが、よほど心穏やかにスヤスヤ眠れていたぞ。
いつだってライヴ前日はワクワクして、眠り浅いよの、浮かれポンチ病なのですが、
そんなご機嫌なふらふらとは異なり、今回は心配すぎて眠れない。
案の定、当日の体調はすぐれないのであった。

そもそも大阪を良く知らなかった。
修学旅行で駅に降りたことがあったかな、通過しただけだっけなという程度で、ほぼ初めて。
ラルクの夢洲会場へのシャトル発着場所コスモスクエア駅も、コスモ・スクエアと気づくまで、
コスモス・クエア……クエアってなんだろ……何語だろう……ってくらい分かってない。
私には、なまじな海外よりも、よほど不安感をあおる都市なのだった。

おまけに夢洲、てんで良くわからない。
埋め立て地で、なーんにもない、住んでる人とか誰一人としていないわけで、
その手のまったく想像もつかない僻地に向かうのが、はっきりいって嫌であり、
ラルクがライヴやるのでなければ行きたくもないのです。

ライヴ一日目に参戦した人たちが、ツイッター等で当日の様子をあれこれアップしていて、
この生情報が、ものすごく役立ちました。
9/21の夜にこの情報に触れ、これで具体的に対策を立てられた。

――つまりトイレは案の定過酷で、建設現場などに置いてあるボックス型のが並んでいる状態。どこもかしこも万博も顔負けの長蛇の列であることとか(……そりゃそうだよ、トイレ完備のアリーナですら行列だもの)、雨でないのは幸い、ライヴ日和の好天、そのぶん砂利と砂がものすごい埃っぽいからマスクがあると良いとか、靴もそのつもりで行けとか、シャトルバス発着場所近辺にはコンビニも自販機もすぐ見当たらない(……あったとしても、万人単位分あるわけない)飲み物は各自、持参していかないとピンチであるとか、日中暑いから帽子は必須とか、日が暮れると寒いから上着持参必須とか。

わたしはポカリスエットを一本完全に凍らし、一本そのままで持ち、あとホッカイロも持参。
旅先で食べ慣れないものを、食べ慣れないタイミングで、
雑に噛み砕き、胃に流しこむと、消化不良を起こしかねない。
万一、おなか壊したり吐き気なんぞ催したら、このトイレ環境劣悪なエリアでライヴどころの騒ぎじゃない。
わたしは乗り物のうちでもバスが猛烈に苦手で酔いやすいので、
前日からやんわりと食を絶ちつつ、当日は朝6時半から絶食しました。

脱水症状を起こすと大変やばいし、尿毒症でも起こしたら洒落にならないので、
常にポカリスエットをちびちびと飲み続け(12時間で500ミリを2本あけるペースでした)、
胃カメラするよりはポカリ飲めるから余裕かな。
空腹なので、のぞみ内のエアコンが寒くてこたえる。
まさか使うまいと思ったカイロを開封して実装し、
……ライヴパフォーマンスしてくれるのはラルクであって、
わたしは無事にたどり着けさえすればよい。元気にその時間を過ごせればよいのだ、
登山したり遊泳するわけじゃなし、いっくぜ~!

新大阪に12時23分に到着。行く先々で女性トイレがものすごい行列。
通常、誰でもそうでしょうが、日常生活の行動範囲内で、どこにどういうトイレがあるか常に頭にインプットしていますよね。混雑状況とかも。それが旅行先というのはよくわからないから、とりあえずあったら行っとこう、という人も多いし、本当に長旅でピンチで我慢していた人たちもいるし、そういう人の連なる行列に出くわすたびに、待つのはたとえ15分程度であれ、ストレスがすごい。
なんせこのシルバーウィークによ!

頭のどこかでいつもトイレの心配です。

新大阪から大阪まで向かうも、通常ならば所要時間5分とかからぬ一駅の電車が、
茨城(と聞こえたけどそんなことはないか?)どこぞで発生した人身事故で30分~50分の遅れ。
それでも動いていたのでよかった。
本来5分のところを途中で停まって20分はかかった気がする。
大阪駅から出発する、ホテル・ハイアット・リージェンシーまでのシャトルバス13時に乗れなかった。

発着場所を案内所で聞き、
(事前に地図を調べて持参していたが、混雑した初めての大阪駅、方向音痴気味の私に、わかるはずもないのだった)
次に出るのが13時30。待つ。ひたすら待つ。
30分足らず、普段ならどうってことないのだが、
不慣れだし、旅の荷物を持っているし、ライヴ参戦が控えているので、
ただとにかくガード下の、ガードレールのところで突っ立って待つ。日陰でよかった。

ウェスティンやリーガロイヤルホテルのシャトルバスは頻繁に、
しかもきちんとしたのが行き来していましたが、
ハイアットはバンであり、30分に一回で、なかなかに不便。
補助席も全部使って、待ってた人員が全員かろうじて乗り込む状態。
チェックインできたのが14時過ぎ。
少し慌てました。

ここからラルカジノのライヴ会場に向かうのだが、
会場には公共の交通手段はなく、ラルカジノのシャトルバスに乗る。
その発着場所・コスモスクエアには、
14時までに着くのが推奨、と公式ツイッターが前日に発表していたのですよ。
ライブは16時から。
道中の所要時間は15分程度なのだが、なにしろ人数が多い。

部屋でライブ用に荷物を入れ替え、身支度を準備万端にして再出発。
ハイアットからコスモスクエア駅はわりと近いので、発着場所に15時前には到着。

行列を覚悟していたが、ピークを越しており、
ラルカジノ用シャトルバスがものすごく頻繁に、ものすごい台数行ったり来たりしてたので、
停滞していなかったのは気分的に、すごく救われました。

発着場所はもっぱらTシャツに長ズボンの女性スタッフが案内してくれ、
いやいやでも、ダラダラでもなく、砂埃にまみれて暑い中、女性スタッフが皆きびきびと行動しているのだった。
バスに乗り込み、シャトルバスに揺られて、夢洲特設会場へ。

この道中を行き交うのはラルクのシャトルバスだけ、渋滞等はなく、びゅんびゅん進みました。
周囲は舗装道路と、あとはひたすら荒野と海。
海と言ってもリゾート地の海ではなく、埋め立て地の海なので、もう殺伐としているといったらない。
どこまで進むのか、目算がつかない荒れ野を突き進む。
店一軒あるでなく、ラルカジノの華やかな看板が目に入っても、ときめかない。
不安が増すばかり。
バスを降ろされても、会場までけっこう歩き、会場に着いてもトイレは案の定ものすごい行列で、
心の底から絶食してきてよかったと、これほど感じたことはない。

せめてアリーナクラスでやってくれ、今後はアリーナでと強く願うのであった。

帽子にサングラス、日が照ると暑いので凍らしたポカリを首に当て、
会場は、特設遊園地と縁日状態でしたが、砂埃が煙っていて、何一つ輝かしく見えず、
15時20分くらいには会場の座席に着いてました。
開演は16時の予定ですが、いつも25分遅れで開始するのが通例なので一時間待機。

会場内、やはりいつもよりは男性陣が多かった。
女性は二の足を踏みますよね。
来ている女性陣は、常よりもかなりの割合でどこから見てもラルクのファンと一目でわかる。
前から見ただけとか、後ろから見ただけとかじゃなくて、どこから見てもわかるグッズ装備。
確かに、ここまで隔絶した場所に来ちゃったら、誰の目を気にする必要もないのだ。
わたしも泊りなんだし、昨年のライブグッズ、通販ゲットしたTシャツに着替えてくるべきであったのか……

この……砂にまみれたパイプ椅子、行列、キッチュを目指した張りぼての世界のために、
こんなところまで来てしまって……気おくれがする、
正直もう帰りたい気がするかも。
映画ダークシティの「シェルビーチ」の看板なみに、張りぼてに見えましたし、
映画バクダットカフェ並みに砂っぽくて見渡すかぎり途方もなく居場所がないし、
ハーメルンの笛吹きに誘われてゾロゾロきちゃった、大きな子供って感じで、
ほんとちょっと死にたいくらい、意気消沈。
前後左右に座っている人たちも皆、すごい無言、ぐったり、げんなりしている気配。
こんなにも周辺近隣を気にしなくて良い環境なのだから、
せめてラルクの曲やPVが、ガンガン掛かっていれば元気も出そうなものなのに。

……ラルカジノというカジノの設定なので、ルーレットとスロットの回る効果音が、
場を盛り上げるために耳障りに流れているだけで、かえって空回りして騒がしいばかり。
日が翳ってきて、涼しい海風が吹いてきてくれたのが最大の救いでしたが、
その分よけいに、この張りぼての世界に連れてこられてしまった、虚しさが募り、げっそり……。

それがだ。
ラルクのライブが終わる前には、帰りたくない……! 終わらないでほしい……!
最終日、今宵かぎりの竜宮城ラルカジノ、
永遠に続いてほしいと心の底から全身でそう切に願っていたんだから、すごいよラルク。
魔法か。
いや魔法だと後々、醒めたり色褪せたりするマジックで一時的だが、
いまだ醒める気配はない。魔力だ。

ラルク登場により、ライヴ会場がラルクという存在で一気に、スパーンと、
このうんざり気分を払拭したかというと、必ずしもその手の無条件の神っぽさでもなかった。
存在もだけど、やはりライヴの中身が良かった、そうでなきゃ来ないよこんな無理してまで。
そりゃまあラルクが出てきた時点で、即、総立ち。
わたしも7割がた晴れやかな気分に一変してましたが、
特効薬が血をめぐるみたいな効果のまわりかたをした今回のライヴ。
何段階か効き目の段階と、周期のような階層があり、
これがMAXだな、と思うとさらにぐるっとまわって次のMAXに行くぜ、
という経路をたどって、
終盤手前あたりの新曲披露で、
……これだからラルクのファンはやめられないんだ、と爽やかに強く自覚するのであった。

今まで私が行ったラルクのライヴは、
ここに魔法陣を敷いたら、すごい純度の高いでっかい賢者の石の結晶ができそう、
という会場の研ぎ澄まされた空気感が充満する感じがありました。
今回は、ゴシックや高踏的にしびれるような陶酔感とは対極。
野外のちょっと泥臭い、ロックでキッチュで原点回帰っぽいカジュアルなラルクであり、
解放感、楽しさ発散がすごい。ラルク主催の宴(えん)たけなわ・もちろん酒類ゼロで。

ほぼ飲まず食わず眠らずでフラフラのはずなのに、
いまラルクきめてる最中だから、超元気だから!
細かいことはどうでも良くなる、エネルギーがすごかったよ、野外。

……ちなみに、これはあくまで私個人の感じかたですから、ほかの人がどう思ったかは知らない(笑)

以前の自分のライヴレポまがいのブログ記事をふりかえってみたときに、
《ハイドは金のラメを織り込んでいる衣装》と記述している。
でもどうやら、あとでオフィシャルが出した写真等で確認するに、ラメは入ってないのかも……
照明のせいだったのか、その時の雰囲気で私にはキラキラまじりに映ったのか……

と、今回もそういうのは多分にあるかも。

よくライヴの感想で「号泣した」と書いているツイッター等を見かけもするが、
私が行ったライヴで、実際に号泣している人を目の当たりにしたことは一度もないんで、
あれは主に心の中の心象風景的なことを語っているのか?
(DVDとかではそんなシーンも見かけますが)。

目的がバラバラな烏合の衆ではなくて、皆一つの楽しみのために集まっているので、
一体感があるとはいえ、
やはり会場は広い。人数も多い。
場の空気感がもう誰が泣いてても全然わかんない感じなのかもしれないが。
「号泣した」という書きこみを見かけるたびに、
いつもちょっと、(え……なに、そんな感じなの)と、
引き気味になったりする、あまのじゃくな私なんですが、
なんだかんだで超絶楽しい……元気になれる、超良かった、
というのが押しなべて私のバイアスを通した今回のライヴ参戦体験です。

長くなったので、具体的な曲目等の感想は、
~つづく♪



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初文庫化『カンパニュラの銀翼』 [ニュース]

第2回アガサ・クリスティー賞受賞作、文庫化です。



『カンパニュラの銀翼』(ハヤカワ文庫JA)
http://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000012818/
535ページ/2015年9月17日刊行

文庫化にあたり、単行本における誤字・脱字等を修正しました。

以前、当ブログでも書きました、ラテン語のスペルミスもちゃんと直しました。
修正できる機会に恵まれて良かった。
また単行本で〈ウェーバーの法則〉と二回連続して出てくるところ。
等しい重さの二つの物体は小さいほうが重たく見えるという錯覚は〈シャルパンティエ効果〉なの……。
いずれも英訳版をチェックしていたときに発見したミスでした。
英訳版は4月に英訳チェックの初校を仕上げてから、
(……いやゲラで届いてないので、ラフのチェックか)
なんら音沙汰もないので、どうなってるのかわかりませんが、
はからずも今回の文庫化の予習として、逐一、細かく見直す良い機会とはなった。

文庫本と、単行本とは、字面の見え方がちがうので、リーダビリティが若干、異なってきます。
文庫本でも単行本と同じリーダビリティを保てるように、
改行位置や句読点を変更し、字面を調えたりといったような手は加えております。

文章字体の言い回しを変えることは、よくよくでなければしていません。
ごくまれに、やっています。
例えば、単行本では改行して、
「大丈夫だと元気なところをトミーに見せたら」
となっているシーン。
文庫本だと改行しないで、「大丈夫だと元気な姿をトーマスに見せてやったら?」

表紙絵を描いてくださったのは、単行本のときも魅力的な表紙絵にしてくださった、鈴木康士氏。
単行本の時とはまた違った趣の表紙絵となっており、必見。
文庫版の表紙絵、どなたにお願いしますかというお問い合わせが編集側からあったとき、
「……? 鈴木さんに決まってるじゃありませんか、いやむしろ鈴木さんダメだからこその、お問い合わせなのだろうか、NG食らったんでしょうか私」と、内心で動揺を覚えたほどで。
鈴木さんほど『カンパニュラの銀翼』のシグモンドをばっちり的確に表現してくださる人はまずいまい。

窓枠は封蝋のモチーフになっており、そこが個人的にものすごくグッときます。
色々なメッセージが紙片で届く、その幾枚かは封蝋で留まっていたにちがいなく、
そんなところを窓枠で再現とは、心憎い演出……。
何点かラフ画を拝見させてもらったのですが、
黒の背景に封蝋の窓枠を目にしたら、もうほかに迷う余地はなかったです。

この封蝋の中央十字のしつらえの、重厚感あるテクスチュアの格好よさ。
左上の窓の奥に、うっすらと見える風景が醸しだす距離感。
絵の中に吸いこまれそうな奥行きがある、とても素敵なカバー絵です。

黒いシックな背景と、窓の世界の色とを邪魔せぬよう、
封蝋の赤味を再現していただくにあたって、
「ドライトマトのオイル漬けのドライトマトの色くらいでお願いします」
という私の面倒くさい注文にも、
クリスティンがつけていたブローチの形、
そのとき着ている服のデザインに至るまで、
こまごまとしたところまで気を配っていただいております。

表紙絵のエリオットは、一見すると、私が思い描いているエリオットと違っています。
私のイメージでは、もう少しスラッとのびやかで、笑顔が優しく思慮深そう。
まだ荒削りの素朴さも残る、チャーミングな若い男。
ただのインテリじゃない、よく見ると、目の奥に野心的な光がチラつく。

この表紙絵のエリオットは、アンドリューの仮面をつけているときのエリオットです。
いつも伏し目がちで能面さながらの無表情を装っている。
正体を隠しおおして、内実では萎縮しているがゆえに、なんとはなしに、ぎこちない。
そんな頃のエリオットですね。

シグモンドの美しさは言うにおよばず……
単行本も素敵でしたが、
ヨーロッパ的な空気感は、文庫版の表紙絵のほうがいっそう濃く伝わってくるようです。



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当初は妹のオムライスメッセが予言能力開花の暗示かと思ってた [た行]

あ、Charlotteの1-6話、振り返り上映・一挙放送を、8/15日にやる!
今期のアニメでかなり楽しんで見てる作品です。
もしもまだ知らなくて、見てみようと思った人がいたらぜひ、この機に!

http://live.nicovideo.jp/watch/lv230744111
「Charlotte(シャーロット)」1話~6話上映会

おそらく今が折り返し地点だから、
今後どうなるか、何ともわからないけど、
少なくとも6話まで、わたしはかなり好きである。

6話までの、わりとほのぼの展開のうちに、わずかよぎる不穏なフラグのバランスと、
頻繁に繰り広げられる丁々発止のやりとり? が、小気味よくて。

7話からの、過酷展開必須な感じが、なんとも心の準備を要する……。

日常の謎 [ニュース]


メフィスト 2015 VOL.2 (講談社ノベルス)

メフィスト 2015 VOL.2 (講談社ノベルス)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2015/08/06
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


本日発売の『メフィスト』 2015 VOL.2 「日常の謎」 という見開き2ページのコーナーに、
エッセイを寄稿しています。
作家自身がかねがね興味を抱いている題材にまつわる謎などを書くコーナー。
わたしはエドガー・アラン・ポーの翻訳をした際、遭遇した謎について、
やみのいろ
というタイトルで書いています。
116-117pに掲載されております。

一か所、
再校のときに書き加えた117p上段の≪等々≫の文字が意図していない太字になっております。
この≪等々≫部分は、改行一字下げしたつもりが、そのへんもうまく伝えきれておらず、
思ったとおりに反映されていなかった。
再校の段階になって新たに手をいれるのは、よくよくの修正点でもないかぎり、
あまり賢明でないとわかっているのだが(確認できないので)、
ついちょくちょく手を入れたくなる性分(それでより良くなる場合も多々ある)。

誤字脱字でもなく、内容に差しさわりがでるわけでもなく、体裁の問題なので、
ここで言わなきゃ、おそらく誰も気にしないレベルなのですが、自戒も込めてひっそり告白しておこう……。

内容は、謎について語るだけでなく、
けっこうあっさり私なりの答えを提示し解説を試みたりしているので、
トピックの性質上、ネタバレ要素もあります。
そこはネタバレというよりは、必要な情報として受け止めていただきたい。

1840年代に書かれたポーの短編や詩なので、
170年ほども経って今さらネタバレって言わないか。
「告げ口心臓」なんて「耳なし芳一」顔負けのネタバレ・タイトルだからね、原題がそもそも。
むしろ言わずもがな教養の範疇か……。

実際の翻訳本は、
このブログで告知したように、本来、今年9月に発表される予定だったのですが、
来年の10月に発刊が延期となったもよう。
わたしはとっくに初校まで仕上げてるんですが、
アンソロジー翻訳本ですので、
皆さん、多忙な方ばかりで、
ポーの和訳版の発表は後回しになったようです。

私は翻訳分野で新米だし、遅れられるはずもなく、
長編執筆を含め他のすべての仕事を後回しにしかねない勢いで、
気合入れまくって一人で結果的に場違いなくらい早く仕上げてたみたいで(笑)
張りきりすぎだったかな。

実際の翻訳本を読みこむ前の予備知識、
前情報といった感じで今回のエッセイに目を通していただけると、
あるいは倍、何層にもわたってお楽しみいただけるかもしれません。

追記(2015/10/5)



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ブラウザ環境 [は行]

このサイトはSafari推奨です、
と以前、書きましたが、
Firefoxでも大丈夫です。

私自身、ここ1年くらいFirefoxをメインに使って、
当サイトのあれこれを確認しています。

アクセス解析を久しぶりにチェックしたところ、
しかし圧倒的に多いGoogle Chrome勢……
ぶっちゃけ閲覧ブラウザがIEでないかぎり、もうなんでもよろしいかと思われ。

このサイトはIEでの閲覧は推奨しません。
すごく読みづらいから!


裏の姿 [あ行]

気付けば刀剣乱舞のことばっかりブログに書いているが、
べつに刀剣乱舞ばっかりやっているわけではありませんよ、念のため。
今となっては、さほど……。毎日、内番と鍛刀だけは怠らないが。
わが本丸では、運営により配られた《おふだ》も、一枚たりとて御利益はありませんでした。

とはいえユーザーが爆発的に増えたおかげであろう、
あちこちでリアル刀剣の特集を組んでくれるし、
ニコニコでもどんどんキャラモデルが美しく登場するしで、お祭り状態だから、つい。
花火があがっているうちに楽しみたい。

そんな刀剣乱舞、21日に運営からの告知で、
「和泉守兼定(太刀)、同田貫(太刀)、大倶利伽羅(太刀)の刀種が、
明日より太刀から打刀に変更となります」と。

青天の霹靂で、私は目を白黒させている。

太刀か打刀かを決めるザックリなポイントとしては、
サイズ、時代、銘の位置などが挙げられるが、
一概に言えない。
あと実際、使い手がどう使ってたか、ってなあたりもポイントかと思うが、
このへんは最近では皆、知ってる情報かと思うので、ここでは割愛します。

問題は、彼らのもととなる刀が実際、打刀分類かもしれないんだよとかいうことよりも、
(いやいや、だって、そんなことこっちは薄々、勘付いている上で、
設定を呑んでプレイしてたんですよ。
太刀だねそうだね、キャラデザも性格も役割もまさに太刀って感じだもんねそうだよね、
と、信仰してたわけだから)

「ないがしろにされるべきでないのは、こいつは信仰を揺るがす問題なんだ」ってことです(笑)

……実際の信仰も結構そういう、外から見れば「どうでもよくね?」ってところに、
ユーザー(信者)にしてみたら許しがたい地雷があるのだろう。

「ええとこれまでキリスト教と一線を画していたユダヤ教(太刀)ですが、
イスラム原理主義過激派組織と戦うために、
プロテスタント(脇差)と手を組んでもらいます。

そのためユダヤ教(太刀)は、明日からはキリスト教です。
カソリック(初期刀)や正教(打刀)と同類となります。
みんな仲良く開眼してね」

と、いわれるような通達です。面食らうでしょ。

「もとを正せば、ざっくりだけど、
ユダヤ教の聖典や訓えが、キリスト教の旧約聖書の元になってるわけだからさ。
むしろ分裂したのが正されたと考えるべき。喜ばしい事態だよ」
とか周囲が言っても、ユダヤ信徒の気持ちを逆なでするばかりで、火に油を注ぎかねない。

……んなこと、こっちは百も承知でユダヤ教徒やってきたんだ、と言われそうです。

子供のころ、
「ナチスは、ユダヤ教徒であろうと、カソリックに改めれば強制収容所送りにしない」
という場面を映画で見て、
「なんでみんなカソリックに改宗しないんだ、馬鹿真面目にもほどがある」
と思ってたが。

改宗する人が出るのは当然だし、改宗する者たちを咎められはしなくとも、
とてもじゃないが改宗なんかできない、という信徒がいるのも、至極当然なのだよな。

という、ここまでは前ふりで、
今回のブログの本題は、
東博に展示されていた三日月宗近の展示方法を目の当たりにしたときの、違和感について。
今回の太刀・打刀の刀種変更の一悶着のさなかで、
ふと思い起こして気になったので記しておきます。

一般的に、銘は刀の正面に入っています。
流派によって裏に入れたりもするが、一般的に正面。
正面とは、刀を帯びたときに外側にくる部分。

だから展示した時には、茎(なかご)=つまり柄(つか)側を左に。
そのとき銘が見える、正面の状態で展示されるのが一般的です。

その状態で、刀身が刃を下にうつぶせて、背中を反っていたら太刀。
刃を上にして山なりに置かれていたら打刀、というのが、ざっくりな見分けかたになるわけです。
銘がない刀もあるし、まあ色々と、例外はあろうかと思う。

脇差の骨喰藤四郎みたいに、素敵な彫りが施されていると正面がわかりやすい。

いっぽう東博に展示されていた国宝の三日月宗近。
こいつは茎(なかご)が右側に置かれていました。
刃先が左側にくるかたち、
通常とは左右逆向きで、展示されていたんです。

なんで?
深い意味があったのかな。

ほかの刀は軒並み左側に茎(なかご)がきて、切っ先が右側に配置されていたのに。
その三日月宗近ブースの違和感が奇妙すぎて、
「美しい」とか味わう以前に、
なんかしっくり来ないモヤモヤ感のほうが募った。

海外に輸出された左右反転漫画とか見ると、
すごく気持ち悪くて、すんなり内容を咀嚼しがたくなる、あの感じですよ。

おそらくは、三日月宗近と呼ばれるゆえんの、
三日月型のうちよけが沢山わかりやすく刃紋に出ている面を表側に見せるためか?
と推測できるんだが……。

それとも三日月宗近は切っ先を左にしなくてはならない、お約束とか作法でも?

ちょっとググったところ、根津美術館で4年前に展示されてた三日月宗近は、
左側に茎、右側に切っ先という、ごくごく一般的な正面展示をされている。
三日月宗近特有のお作法はなさそう。

とすると、やはり話題の三日月の打ちよけを見せるため?

解せぬ。
正面あっての裏の顔だと思うのだ。

もし三日月を見せるためだったら、
正面は正面として配置して、
裏に回って見られる状態にしてほしかった。
東博はスペースも広いし、
前からも後ろからも見えるショーケースに入っている展示物もいくつもあったのだ。
正面と裏がはっきりわかる展示にしてほしかった。
しれっと左右逆に置かれているのが、気色悪かった。
(んで誰ひとりとして、その事実について言及してないよ……)
着物のあわせを逆に着付けている人を見ちゃったときの感触。
絵の向きを変えて展示したら大変な間違いであるように、
そこはちょっとさ……天下の東京国立博物館がなんでもありなんて、ありなのか……と。


善後策と泥縄のあいだ [さ行]

関東甲信越は梅雨明けして、
昼間は晴れたかと思うと、夜はものすごく蒸し暑い……。
校正しおえた原稿を出しに、夜、外に出てみると、
どこからともなく生あたたかい風が……。
なんだこの絶好の怪談日和。

幽霊ずっとスタンばってます、って感じの空気感が周囲に立ち込めているではないか。

……というわけで、ニコニコで見つけた関連動画をいくつか置いておきます。


【刀剣乱舞】意味が分かると怖い本丸エコノミー回避【MMD紙芝居】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm26490308

ご存知の方も多いかと。
怪談の中身としては、さのみ怖くはないのだが、
怪談特有の間(ま)が絶妙で、場合によってはじわじわとくる。
コメつきのほうが怖くないです。


【ニコニコ動画】【MMD刀剣乱舞】(続)意味が分かると怖い本丸次回予告【じっとり青江】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm26510392

こういう怪談特有の雰囲気、あなたも好きですよね?
怪談って日本の風物詩ですからね、
風流だなあ。
美意識や情緒が一抹も感じられない怖さってのは怪談失格で、
怪談と呼んでいい代物ではないと私は勝手に定義している。
……いやだから、それは単に怖い話だから!

アメリカでは、幽霊ものやホラーが流行るのはハロウィン前後の秋が多かった。
次にやはり夏。
私が居た頃だと、シックス・センスとか、ブレア・ウィッチ・プロジェクト、アザーズとかが夏公開で。
また夏休み→片田舎にティーンが旅行→殺人鬼の出現というホラーは定番です。

日本の○○は世界一だ、という流言は十中八九が嘘で、
世界はもっと広い。
日本の○○は世界一だとか主張してる人物の、視野の狭さをアピールするだけ。
そこをあえて、どうしても日本随一は世界のピカイチだと主張せねばならぬと強いられたら、
日本の「怖さ」が醸し出す気色悪さはわりと天下一品ですよね、と答えたい。

つづき


まぁなんにせよ、一つの目的のために存在するモノは強くしなやかで [ま行]

え、刀剣乱舞にはまってんの? なんで?
ってなリアクションをされもしますが、
んなもん、刀剣が大好きだから--。

これまでも私は『黒十字サナトリウム』や、『黒猫ギムナジウム』などで、
密かに刀剣描写に励んでいます。
黒猫ギムナジウムでは刀剣自体は出てきませんが、
273ページで怜さんを日本刀に譬えてあれやこれや書いているのも、
なにも刀剣を引きあいに出す必要性はないわけで、ただもう日本刀が好きだからです。
短編だったら『セイヤク』において、
刀剣好きな世界をかなり露骨に繰りひろげています(……刀剣だけじゃないけども)。

刀剣の付喪神・擬人化系ゲームだったから始めたのであって、
これが単なるガチャゲーだったら、興味をそそられませんでした。
元の持ち主はなんであれ全員死んでいて、
あまつさえ刀剣自身も消息不明になっていたりする実情を踏まえた上で、
刀剣同士がキャッキャウフフ、
意気揚々と戦ったり鍛錬したりする設定なんてツボるに決まってるじゃありませんか。

それまで、生刀剣にお目にかかれる機会といえば、
大体が、城見学にいった折に併設されている、美術館と名うった宝物庫展示場の隅っこ。
相手は埃かぶったようなショーケースの向こう側に、展示の詰め草みたいに、
ただ並べられているだけ。スポットライトなど皆無。
よどんだ自然光の下で、味気ない配置で羅列されている場面でした。

磨きこまれてもおらず(磨いて輝きを保つのは、きっと結構お金がかかるのだ)
鉛色、鋼色の人斬り庖丁の風情まるだし。
物騒かつ剣呑な道具っぽさが、あからさまだった。
少なくとも私がこれまで見てきた刀剣たちは。

それが最近ではピッカピカに磨きこまれ、仄暗い展示室で、美しい光線を目一杯にあびて、
美術館の目玉、花形展示。
滅多にお目にかかれない刀剣も続々、お披露目状態。
こんなに美しかったのか……とあられもない姿を、潔くさらしてくれて、
そんなの嬉しいに決まってる。

ちなみにわたしは刀剣が好きなのであって、
刃物が好きなのではないので、
包丁を眺めていても、軍用ナイフを見ていても、
何もそそられないどころか、むしろあんまり気分が良くない。

たぶん刀剣の前時代的な懐古趣味に見え隠れする悲哀とか、
今となっては無用の美、
『銀魂』の高杉の言葉を借りれば、
「刀は斬る、刀匠は打つ。侍は……。まぁなんにせよ、一つの目的のために存在するモノは強くしなやかで美しいんだそうだ」
潰すには惜しい、潰しの利かない厄介な美意識が尊いのだ。
こんなにも美しく輝かしいのに残忍な人殺しの道具なのが……すごいゴス。
七宝やアメジストでキラキラした携帯用の毒薬壜を眺めるのと、同じ気分。

だから同様のゲームで、有れば、はまるだろうなあと思うのは、
劇薬を含めた歴代のお薬擬人化ゲーム。
1918年ごろに流行した嗜眠性脳炎(眠り病)とか、スペイン風邪などから始まって、
次々に伝染病を倒して時代を遡っていく。
しまいには欧州の黒死病とかを殲滅していく。浪漫だ。

刀剣乱舞の刀剣は歴史を改変させないために頑張るわけですが、
いっぽう劇薬を含めたお薬たちはパラレルワールド的現代の奇病、謎の伝染病解明に乗りだし、
特効薬を見つけるために過去の病気の生サンプルを得る使命を負って、旅に出るのだ。
ペスト医みたいな恰好の敵と戦う。
アルコールや蒸留水、ヨードなどの馴染みの消毒道具を装備して。

刀剣乱舞のこんのすけにあたる役割は、白い伝書鳩さん(昔は医師が患者とやりとりしたり、ワクチンを運んだりするのに、伝書鳩を使ったりもしたそうなので)。
審神者にあたるのが薬の調合師、薬剤師。

誰か制作してほしい。
課金するから。

オールドな弦楽器の擬人化ゲームも、あったら胸熱です。
楽器は「一つの目的のために存在するモノは強くしなやかで美しい」道具である以上に、
そいつがもたらす結果も美しい。
……それゆえに美しいだけの役立たずともなりうる裏腹さが危うくて、おいしい。
弦楽器界隈って古ければ古い程、価値が出てくる特殊な世界なので、時代を遡る魅力にもってこい。
短刀→ヴァイオリン
脇差→ヴィヨラ
打ち刀・太刀→チェロ
太太刀→コントラバス的な役割で、
ゲームが展開していくにつれて、レア弦楽器を入手しつつ進むのです。
敵は文化大革命的な架空の国粋主義プロパガンダ部隊。
クラシック音楽や西洋の楽器、文化などを目の敵にして抹殺する連中である。

『Hunter×Hunter』のセンリツが負ったような呪いを解くために、
特定の弦楽器で、特定の楽譜を弾きこなさねばならず、
散りじりに分散した楽譜の欠片を拾い集めていく。
弦楽器の擬人化――ガルネリ一族とか、ストラディヴァリ・ファミリーとか、その写しとかが登場。

最終的にはレア弦楽器でカルテット的な部隊編成を組み、
拾い集めた楽譜を繋ぎ合わせて、美しい楽曲を奏でるのだ……
というのだと燃える。

……ちなみに、



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看板に偽りなし [最近のお気に入り]

オンラインゲーム『刀剣乱舞』の呪われた相模国の審神者(初日組)でして、
当然のように三日月宗近・小狐丸の難民です。

ひょっとして、呪われた相模国と呼ばれているくらいだから、
三日月宗近と小狐丸が揃うと、相模では呪詛でも発動しちゃうのか。
……と、逆にワクワクしちゃうレベル。

それどころか長曽祢虎徹にも会えてませんし、
明石国行なんて、三条大橋の都市伝説なんじゃないのかしら。夢のまた夢。

わたしより数か月あとに刀剣乱舞の審神者をはじめた友人は、
早々に明石以外の全刀剣を入手していて、心、折れる私です。
友人は、長曽祢虎徹が4振もあるんですよ!

我が本丸で鍛刀して出た初めての大太刀は「じゃーん真打ち登場」の蛍丸だったので、
派手に戦ってくれる彼は数か月前に早々にカンストし、無敵。
(その後も蛍丸は3スロットすべてに精鋭兵を入れて、畑仕事の内番で偵察力をあげると、
大太刀なのに夜戦でも物ともしない活躍ぶりをみせます。)

おかげで審神者レベルと戦績ばかり着々と上がりはするが、肝心の刀剣は揃わないまま。

うちの本丸の刀剣受取箱は常時、100以上で、
一日せっせと刀解のノルマをこなしても、いたずらにあの人やこの人が増えるばかり。

当初は刀解をするのが非常に心痛んで、せめても錬結にいそしんでいたのですが、
もはや手持ちの刀剣全部がフルスペック満タンで錬結の意味がない。
新顔の刀剣がドロップしないから錬結する相手がない。
二振目を育ててみたりしているけど、徒労感がマックス……

近頃は、刀解になんの良心の呵責もともわなくなり、日課を機械的にこなせるように。
刀解率が高いのは、圧倒的に、カッカッの人(山伏国広)ですが、
歌仙兼定、和泉守兼定も、ドロップ率が非常に高いんで、
必然的に『輪るピングドラム』の「こどもブロイラー」状態ですりつぶす。

けっして嫌いな刀剣じゃないんだけど、
一推しってわけでもなかった二人なんですが、
そんな私が見ても、この動画は息を呑みました。
正統派のかっこよさ!

【MMD刀剣乱舞】 月陽-ツキアカリ- 【刀派 兼定】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm26336944

(動画が若干、重いみたいなんで、すいてる時間帯に高画質で見るのがおすすめです。)

これは仮に刀剣乱舞を一ミリも知らない人にとっても、かっこよく見えると思う。

かたや雅を愛し、
かたや、かっこよくて強~い! 
兼定二人の、まさに刀剣乱舞の図が、看板に偽りなし。
この動画のup主の、目から耳に抜ける感じの美意識演出たるや。
いちぶのギャグもなく、闇落ちもない、
これっぽっちの、ほのぼのさもない。いちずにまっすぐなカッコよさ追求しています。

かたや細川の打刀で、
かたや土方歳三の太刀なので接点もない。
同胞意識とか薄そうな、ドライな距離感を保ってる感のある二人のとりあわせが、
後半になるにつれて殺気だって美的迫力を増すので、ほれぼれします。


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二極化 [な行]

先日、大沢たかおを、かなりお好きな女友達に久しぶりに会いました。
とても真面目できちんとしている友人なのですが、
以前、大沢としお、とわたしが言い間違って、プチマジ切れされたことがあります(笑)
大河ドラマ『花燃ゆ』を見ているそうです。
もちろん、たかおが出ているから。

私「伊勢谷の松陰先生がいくらイケメンだろうとも、
美形の高良健吾がいくら高杉をやろうとも、あの大河ドラマを見続けられる根気はなく……」

いっぽう彼女は、大沢たかおが出ているかぎり、見続けるつもりのようです。

私「ひょっとして、ちゃらちゃらしてない男の人が好き?」
友人「あ、うん」
私「あー大沢たかおって誠実そうだもんね。実際のところは全然わかんないけど。ほんとは超ちゃらちゃらしてるかもしんないけど。そこは我々は知る由もないわけだし、テレビからうかがい知れる範疇においては」
友人「えー、もしも実際にちゃらちゃらしてたら、やだなあ」
私「……やっぱ、やなの? そこは大好きな大沢たかおでもいやなの?」
友人「いやだなあ」
私「そっかぁ。わたしチャラチャラしてるの、けっこう好きだけど。駄目?」

ここで双方、微妙に話が嚙みあわなくなってきているのですが、
わたしは二次元設定、
正確にはこの場合、2.5次元上の話をしており(ドラマとか芸能人とかの話題だったので)、
しかし、おそらく彼女は当然のように三次元のリアルな場面を想定して話をしているのです。

しかし二次元の延長線上に三次元があるわけですから、まったく別物というわけでもない。
ただ次元が違うのみ。

彼女は、私の小説を好意的に読んでくれるのですが、
いつぞや『黒猫ギムナジウム』のときに、「猫目坊と狭霧だったらどっちがいいとか訊いてもいい?」
と尋ねたところ、猫目坊を、かなりお嫌いみたいでした。
というか眼中にも無いようであった。
なるほど原因はチャラさ……。
内実がどうこうではなく、チャラっぽい外見と雰囲気なだけでアウト。

今日、こんな記事を見つけました。

【中身編】「友達でいよう!永遠に!」と女子が思う男性の特徴 2位「チャラい」男性
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=60&from=shared_ranking&id=3431804

記事によれば、ありえないのは、
1位 食事のマナーが悪い 47.0%
2位 チャラい 43.3%
3位 頭が悪い 39.7%
4位 ナルシスト 37.6%
5位 話がつまらない 34.4%

なるほど。

しかし食事のマナーをはじめ大変スマートに行動し、
頭が切れる知恵者で、己の分をよくわきまえていて、
話が超面白いうえに……チャラい。
それって感じの良いイケメンかと。

そもそもスマートに行動する切れ者で、話が超面白いって時点で、ある程度チャラついて見える。
――くそまじめの堅物で逆に面白すぎる、阿呆すぎて滑稽などというケースを除いては。

服装やしゃべりかた、趣味などから、いかにも真面目そう……という地味タイプのほうが、
警戒されない分、ここぞとあらばナルシスト全開でせっせと粉をかけ、
したたかで器がちっさかったりする。
そんな村上春樹の小説の主人公気取りのつもりなのか?――的な「文化系オヤジ」が、
わたしの本を読んでくださる読者層の界隈では忌み嫌われているというのに。
(文化系説教ジジイにモテない方法http://togetter.com/li/237431

ちょっと前に、チャラ男VS中二病を拗らせすぎた文学系少女(http://togetter.com/li/793297
このまとめが話題になったりもしていたのに。

データ取ってるパラダイムが違うのか。
チャラいの定義が異なるのか。
棲み分けの問題かしら。
それともあれか、ひとまずチャラいのは嫌いだと言っておくツンデレ的な作法なのか。

いろいろと乖離を意識します。

『世界のかわいい小鳥』 [最近のお気に入り]

このブログを読んでる人は、
私の作品を読んだことがある人が大半かと思うし
私の作品を読んだことがある人なら、
この作者ってば、小鳥大好きなんじゃないの、というのは薄々、勘付かれてるような気がする
(小鳥だけじゃないけど)。
その中で、私の作品を好きなんだよと思ってくれる人がいるとするならば、
うち大半が、小鳥が嫌いなわけがあるまい、となから信じている。

つまり、このブログを読んでいる人は、小鳥好きであろうよ、
という強引な論法を組み立てた上で、
最近見つけたこの本が、思いのほか超お勧めです。

世界のかわいい小鳥 世界のかわいい小鳥

本屋で小鳥や仔猫の写真集があると、
ひととおり手にとって見てみる癖があるんですが、
ふーん……思ってたのと違う、いっぺん見ればもういいや、
であったりする。

なのにこれは何気なく期待もせずに手に取って頁をめくったら、
たちまち離しがたく、家に連れて帰るよ! 買ってくるから!
という小鳥好きにはたまらない一冊でした。
変ないい方ですが、外れ部分が全くない。小鳥好きのハートをがっちりホールドです。

家で何度も開いては、はぁ……溜息まじりにうっとり眺める。
先日は身内(←この人もそこそこ小鳥好きかと思われ)に自慢げに持参し、
「見る? どれがかわいい? どれが好き? ちなみにわたしは25pの青いエボシガラさんが一番かわいいと思う超好み。どの小鳥も超かわいいけど、あえていうならば! 72pと73pのソウシチョウさんも綺麗。美人!」
と、頼まれてもないのに語りだすレベル。
「このツバメ、飛行中に足を完璧に仕舞ってんのよ、飛びたったときと着地するときだけ足を出すんだよ、飛行機みたいなんだよ、すごいよねえ。んで小鳥の何がかわいいかって、軽さだよね。穂先に座ってんだよ、こんなやわやわな穂の上で、羽休めしてるんだよ。まじかわ……」

===以下ネタバレ===
巻末に、監修の人による小鳥談義がわずか載っているのですが、
「この中で一羽だけ種類の異なる小鳥が混じっています、どれかわかりますか」
という類の質問に、
「コゲラ!」
即答です。
(小鳥好きは多分みんなそう。)



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着せ替え [か行]

色々あっても、その時に書かないとブログって更新できないままに過ぎていきますね。
自転車を10年ぶりくらいに買い替えたよ、やったね!
……というレベルの色々ですが。

友人たまきさんの新作のお人形(今回はエイサ・バターフィールド君似の少年ですよ)を
見にも行きました☆
エイサ君のうちでも『ヒューゴの不思議な発明』の頃のエイサ君という感じです。

「少年時代のイライジャ・ウッドにも似せてる?」
「イライジャは以前、女の子の人形を作った時、ぼんやりイメージしてた」
なるほど! 好きなものって、意図せずとも作品に滲み出るんですよ。

たまきさんのお人形のおとなりに飾ってあった若者のお人形も、
超、とある女優に似てました。
「似てる! あの英国人のちょっと変わった個性派女優に似てる、ええと、ええと……美人なのに(あるいはそれゆえに?)汚れ役が好きなのかエキセントリックな役ばっかり演ずる、中性的なあの……切れ長で瞼がないかんじの、いつもぱっくり目を開けてる感じの」
名前が出なくて、んぐんぐ言っていると、そのお人形の作者登場。

「あ……ティルダ・スウィントンですか? 好きなんです。え、似てますか?」
「似てます。というか、ティルダ・スウィントンがモデルなのかと……」
「いえ、特に……」

ティルダは女性で、人形は男性なのだが。
ティルダ・スウィントンって、元来、全然まばたきしなそうな人です。

たまきさんのお人形にむかってサービスショットをお願いする私。
「この坊ちゃん、セーラー襟の内側、中ってどうなってるの、脱がせられる?」
と変態的な無理を言い、たまきさんに見せてもらう。
セーラー襟のスカーフをたまきさんに結び直してもらうエイサ君似の人形の、
この子……服も自分でまともに着られないで執事にやってもらうだなんて、まったく坊ちゃんね、
という雰囲気が際立って良かったです。

たしか以前も、
ドレス姿の人形に向かって、
「この子どうやってこのドレス着てるのかなあ、この襟元はどうなってるの、見たい……見たいなあ」
と熱烈に眺めていたら、たまきさんが師事してる先生がやってきて、
「実はこうなってますよ~実際にこの時代の女性の服もこんな感じで」
と軽く脱がせて見せてもらったことがあった気が……。
「下は? ペチコートですか、ペチコートだ!」
とかそういやぁキャッキャしてたよね自分。

「お人形って着せ替え欲がわくよね~」(by たまきさん)

まさにそれです。


に……日常系 [な行]

今期開始のアニメでとりあえず今のところ一番面白いな、と思っているのは『血界戦線』です。
なぜか身のまわりで見ている人をまったく知らないので、
さりげなくお勧めしておこう……。

背景絵が込みいっていて毎回眺めてるだけでも楽しいし、
人物がリズミカルに動くし、
声優は実力派ぞろいの、うわあ良いキャスティング……だし、
主題歌はBump of Chickenだし、
良い意味で安心して見ていられます。痛快。

1話は、ん?
という謎テンポとカオス展開で、さすがに良くわかんなかったのだが、
2話から、ぐんと面白くなり、ははーんこういうテイストかあ、と理解して、
3話は3話目にしてもう安定の小気味良さです。

血界戦線 #01「魔封街結社」
http://www.nicovideo.jp/watch/1428306932

血界戦線 #02「幻のゴーストワゴンを追え!!」
http://www.nicovideo.jp/watch/1428915744

エンディングを何っ回も見てる……。キッチュに動くよなあ~。

サムチャとか銀魂とか、カウボーイ・ビバップぽさもあるかもな、という類の
「うさんくさい犯罪がらみの日常系?」が不足している視聴者には、
これだよこういう弾け具合のだよ……と。
キャラにみんな愛嬌があります。

TVアニメ『血界戦線』PV第3弾
http://www.nicovideo.jp/watch/1426826885
忙しかったらこのPVだけでも最後まで見てみて……。

===
先日、大関ヶ原展に行ったレポを忘備録をかねて書こうかなと思ってブログに来たのだが、
気が付けばアニメのこと書いてるうちに、
個人的にタイミングを見失った。
まあいっか~。




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ロケ地どこだろう [ら行]

昔は相当なテレビっ子だった私ですが、
ここ十年、テレビを視なくなりつつあります。
といっても好きな番組は録画しといてガンガン見ますが、
とりあえず家に帰ったら、明りつける前に……カーテン閉める前に、
テレビをつけとこうよ、
という生活がいつしか、とりあえず家に帰ってきたら一番にPCの電源を入れる。
大抵の人がそうではなかろうか。

録画した番組は当然のごとくCMをとばして視るし、
アニメなどは、ものによってはOP・EDをとばせば正味20分ですから、
一時間で見ようと思えばまとめて3本見られる。
生で見てたら2本しか見られない。この差は大きい。

CMがオートスキップになっている番組ならいいんですが、
そうでないとチクチクと早送りする。

……あ!
長年のテレビっ子センサーに反応するCMがあると停止して、見ます。

このCMがなんか好き。
風景、ボート、こういう格好している新垣結衣も、台詞全体のスタンスも。
CMって綺麗事のつまった偽善のかたまり、
欲をオブラートに包んだ気味悪い世界を、
いかに魅力的に見せるかが勝負。
なのに、媚のない感じに見せるところが、目を引きます。


https://youtu.be/YW-qP05pRiM
GMOクリック証券「Life is FUN」30秒

いろんなヴァージョンがあるようだが、私はこのヴァージョンが好き。
旅したくなるよね。
しかし最近のヨーロッパはいささか不穏すぎる……。

んでもってこのCM、昔トヨエツがやってた『焼酎貴族TRIANGLE』のCMシリーズを彷彿とさせる。
ちょいさびれた欧州の東側文化圏っぽい地域を旅していくCMの世界観がそっくり。
ことに郵便局ヴァージョンや、
美女と湖畔でボートに乗っているヴァージョンが似ていたと思うが、
次のヴァージョンしかYoutubeで見あたりませんでした……。


https://youtu.be/Wwo-DPv7MpE
KIKKOMAN TRIANGLE 豊川悦司 「黒いBar」篇


ティーポットって鳥のかたち [た行]

あ……羽生選手の世界フィギュア選手権ショート・プラグラム見逃した……。

テレビ画面を前に呆然としかけていたところ、このCMですごい和んだ。

かわいい。
ひたすらに。

小鳥にかぎらず、猫でも、犬でも、うさぎでも……
CMにかわいい系の動物を登場させるのは常套手段ですが、
作り手が正直なところ全然、小鳥好きじゃないんだ、というケースは、鳥好きには看破できます。
えっへん。

好きじゃない人が変に媚びてアピールすると、
昔よくあった、お祭り用にカラーリングされたヒヨコ
(現実にわたしは見たことないが)みたいな雰囲気を全面に醸しだし、厭な気分にさせられる。

これは小鳥が好きな人が作ってるよ、きっと!
着地するときのふわっとよぎる間(ま)とか、首の傾げ具合とか、胸羽の柔らかそうなカーヴとか!
極甘な小鳥であれど、卑屈さをさほど感じない、小鳥の愛嬌をわかってらっしゃる。
(実際の小鳥はもう少し足が大きく踵部分の親指?が長いけど、
そんなことも気にならないくらい、小鳥の可愛さを生かした造形ですよ。
地下足袋はいてるみたいな感じで、これはこれで又かわいいじゃないの。)


AGFブレンディ スティック ティーハート ぼくの好きなフルーツティー 篇
https://youtu.be/fd0aCliBZLg

小鳥のティーポッポというらしい……。
ティーポットとかけてるのか……
ついでに桃も美味そう。
こういう世界観がけっして嫌いではないというのもある。

初めて見たけれど、そこそこ前からあるCMのようです。


デフォルトのセイフティネット [た行]

先週、身内の野暮用で、
戸籍謄本やら、登記簿謄本やら、名寄帳とかを、遠くまで取りに出向いた。

亡くなった身内が百一歳で、なにしろ当時の事情を知っている人間がもうほとんどいない。
電話だと手間取るし、郵送じゃ嵩張るし、いちいち面倒でもう埒が明かない。
わたしが行って状況説明して、一発で的確にもらってくるべし……
と、遣わされたんである。

わたしはオフィスに勤務しているわけではないので、
……ほら、だって働いてないでしょ、時間に融通きくでしょ、という役目に陥りがち。
……土日も日夜も問わずに働いているともいえるんだがな。

たしかに安易に人に頼める案件でもなかったし、
司法書士に頼むと、いたずらに時間を食うばっかなので、
自分らで出来ることは……と、ガタンゴトンと電車を乗り継いだ。

一時間半あまりで、茨城県にある目的地に到着。
茨城県に行くの生まれて初めてです。

不慣れな場所で、不慣れな用事。
101歳で亡くなった身内の本家があった場所ではあり、いまだに所縁(ゆかり)や名残はあれど、
もはや誰も親戚縁者は近隣に住んではいないのです。

「こちらが最も古い明治の戸籍になります。これより前は、江戸になり戸籍が現存していません」

江戸!? 

そんなんばっか。
亡くなった人は大正生まれですが、その生年等を記した戸籍の《戸主》
いまでいう《筆頭者》から辿りあてないと、
生まれと血筋を証明できないので、こういうことになるのです。

「……すみません。この地番(登記簿に記載されている)から、
実際の番地(地図にある住所)を辿るには、どうしたらいいんですか?」

とか尋ねる私。
専用の地図を見せてもらって、概要を把握。

役場から、現地に出向いて、私なりに視察。
地元の詳しい人に挨拶したり……
身内の用事といえども、わたしは初めて知ることばかりで、探偵みたいな気分です。

タクシーに乗って「本町〇〇〇番地をお願いします」と頼んでも、
「ん? あー、旧市名でいうと、どこら?」
統廃合のおかげなのかな、現在の町名よりも、旧市名がいまだに使われている。
行政の御都合もわかるけど、正直、不都合です。
「……ななけん……町」
「しちけん町ね」

超異邦人のわたしは、観光地でもない場所なのに、思いっきり旅人で、
そんな不安要素の高い、短い滞在の間で、出会った知らない人みんなが、丁寧で親切でした。

東京から水戸に引っ越した知人が、
人が親切、みんなが親切!
と、メールをくれたときには、
……東京だって、そこそこみんな親切だし、日本人はデフォルトが丁重だよ?

……と訝しんでいたのですが、本当に親切だった。茨城。

東京の人間も基本は親切ですが、
もっと投げださないで懇切丁寧に、過不足なく手を貸してくれるかんじ。
呑みこみきれない内容を、「はい? つまり……」と聞きかえせるだけの猶予をくれる。

その分、まずコンビニがほとんど見当たらない。
ほとんど店がない(……あるにはあるんだろうけど、店かどうか一見にしては、判別がつかない)。
ファミレスすら見あたらない。
タクシー乗り場がない。
役場前に一台のタクシーも停まっていない。
流しのタクシーを捕まえようとしても、タクシーが通過しない。
タクシー会社に電話しないと来ない。
タクシー会社に電話しても、うち今、出ちゃったんで……よそをあたってください、と。
傍の人に訊いて、大きいタクシー会社を教えてもらって、またかけるのであった。

高層マンションとかもけっこう建っているので、過疎化ではないんだろうけれど、
地方都市というほど栄えてはおらず、
東京郊外ほど店がない。
初めて訪れる者にとっては、ものさびしいの。

まったく見知らぬ土地で、用事を済まさねばならぬ、心細さ。
不安に囚われるのを払拭せんと、気を張りまくる私。
グーグルアースで下見したのが実際すごく役立ちました。

「そんなんでよく未成年時分から単身アメリカに留学したよね」
とか、
「それでどうして思いついたら突然、海外旅行とかも行くんだろうね」
と言われますが、
もっと違う感触です。

携帯が暗くなり、充電が切れて、至急連絡をつけたいのに公衆電話が見つからない……みたいな。
暗くなると続々店が早じまい……道に迷って駅にもどこにも、たどりつけない。
そんな身近で地味な切迫感に似ている。

全国展開しているチェーン店とかが見あたらない、目印のない場所を、
徒歩で、てくてく……。
日本人で、日本にいるのに、知ってる景色も風景もない。
落ちつき場のない、寂寥感なのですよ。

遠方ってほど遠方じゃないけど異邦の土地で、かえすがえすも親切で丁寧な応対をしてもらって、
本当に助かりました。
親切が倍、しみるのであった。

で、逆に――あの状況下で、もしも悪意のある人間に行き当たり、
あやうい目にあったなら、
精神的なショックも凄いし、とことん逃げ場がないなあと。
親切がセイフティネットなんだな……と。

ちなみに、訪れた土地には、
かつては蔵に刀剣がゴロゴロあった、と小耳に挟んでいた。
ひょっとしたら、ほんまもんの、生刀剣を手にできるのでは!
という下心は、あえなく見事に粉砕されたのだった。

蔵なんて、跡形も無いんじゃないか!
どこに蔵があったのよ、まじで? いつの話。

「いや……おまえのお父さんが子供の時に、お祖母さん(私の曽祖母か)に、
《この蔵の刀剣はあなたにやろうね》と言われてたっていうレベル……」

でも、それ……少なくとも戦後でしょ?
戦時中に闇米と両替せざるをえなかった、ってわけでもなく。どこに消えちまったんです、一体。


エーテルとクロロフォルム [あ行]

まだやってんの……!?

……と周囲の人間に言われるんですが、いまも『カンパニュラの銀翼』の英訳チェック中です。
今月末には終わらせたいが……。

なんか途中で英訳者のかたの集中力が若干、尽きてきている感が……
一文やフレーズのみならず、段落がごっそり抜けている箇所も少なからずあり、
単なるケアレスミスなのか。
と思うと、恣意的な省略と思われる部分も多く、
どうやら面倒くさくなると、ざっくり中身を変えて省いちゃうのよね。ダチョウとエミュのくだりとか。
……ややや。ここまるっきりないぞ。
あ、全く身に覚えのない単語の羅列が……。
いずれもが、省かれたり変えられたりしては困る重要なポイントなのである。

で、私が英語で文章を書きくわえたり、
書き直したりせねばならない箇所も……という有様なのである。
そこはしかし外国語なので、すらすらとは捗らないのである。予想以上に。

むろん、私一人でこんな大量に訳せる筈がなく、訳者さまさまなのです。
英訳者が言語能力が長けていることは予想がつくのだが、
根本的に小説のなりたち、小説というものの何に気遣いが必要か……が、
若干Questionableなのは否めない……。

誤訳はもちろん、
物語に齟齬が生じる訳というのは困りものです。
訳文のテストだったら、けっして間違いにはならなくも、
単に、英訳文が文法ミスなく仕上がっていれば、
小説として通用するというわけじゃない場面は多々あるのだった。

たとえば。
81~82頁くらいに出てくるシーンで、
重傷を負って担ぎこまれてきたベネディクトに、殺してくれとシグモンドは頼まれる。
が、シグモンドは医者に命じるのだ。

《医者はガーゼにエーテルを染みこませ、ベネディクトの口元にしばらくのあいだ押し当てた。》

The physician moistened some gauze with ether and held it steady under Benedicts's nose.

と訳されています。全く問題ない。

で、後になってその時の出来事をシグモンドが回想し、エリオットに告白する。
かいつまんで当時の状況を説明するシーンが340頁目。
ここに至るまでに、当然すごく色々なことがあったわけで、訳者は忘れてしまったのだろう。

《私は医者に頼んで薬を嗅がせて、ベネディックを無理やり眠らせたんだ。》

この場面では、特に何の薬剤で麻酔をかけたか具体的に明記してはいないのですが……。

I had the doctor force him into sleep with chloroform.

→私は医者にクロロフォルムで彼(ベネディック)を無理やり眠らせたんだ。

クロロフォルム使ったことになっちゃってるのよ。
眠らせる薬→クロロフォルムと訳したのでしょう。
別に間違いじゃない、訳文としては。

しかし小説の翻訳としては大いに間違っている。

エーテル使って眠らせたので、ここで麻酔薬(narcotic)とせず、
あえて具体名を入れるのならば、前訳のとおりにether(エーテル)と訳してくれないと困るんだ。
クロロフォルムとエーテルはまったく別物の薬剤。
クロロフォルムは当時、etherほど普及していません。歴史背景の描写としても欠陥があるかと。

この話、幻想文学という把握もされていますが、ミステリーでもあるんで、
薬剤の名前が変わっていると、まるで他意があるかのように。
シグモンドが意図的に、エリオットに当初と異なることを織り交ぜて話しているのか?
エリオットを騙すつもりなのか?
それとも当初の記憶が覚束ないほどになっている?
……とか色々な齟齬が生じてきて、物語が成立しなくなる。
断じてクロロフォルムではいけない。

又、たとえば家系図のところ。

《リリィ・ウェラーは、エドガー・ヒューと結婚し、娘ラヴィニア・ヒュー、息子ヘラルド・ヒューを産んだ。》
――(中略)
《ヒース・コレットはラヴィニア・ヒューと結婚した。二人の間にできた子供は――(後略)》

ここで、ラヴィニアが最初、Evaniaと訳されています。
ヘラルドもGeraldoとなっている。
まず私はGeraldoをHaroldと直すのですが、
多分これは訳者のかたが、〔Haroldとしたいのなら、日本人はハロルドと書くのではないか。
ヘラルドの語感を生かすのならGeraldoのほうがそれっぽい〕と思いたったのだろうと予測。
わかります。直しますけれど。

で、ラヴィニアも、私のイメージではLaviniaのつもりだったのだが……とEvaniaねえ……
……どんなもんかしら、
と、次の《ヒース・コレットはラヴィニア・ヒューと結婚した。》の英訳を読み進めると、なんとLaviniaとなっている。

……ぬ。
語感で名前を訳するんなら、せめて統一してくれないと、
その都度、その都度の感覚で訳されては、いただけない……。
Evaniaと、Laviniaでは別人です。
それだとトミー・コレットが、誰の血を脈々と受け継いできているのか。
その重要な血縁が、途切れてしまうではないか。
齟齬が生じ、辻褄が合わない、小説のミスになってしまう。

たぶんパッと見て、大した意味がない一文に思えたのかもしれませんが。
大きな瑕疵に繋がってしまうんです。

不老長寿(eternal youth)を、Immortality(不死身)と訳されていたりとか、
こういうレベルの、文法上は誤訳とも言いがたいが、
小説上は、おもいっきり誤訳というのが物凄くあります。
不老長寿=不老不死と思ったのか?
しかし作中でしっかり、「不死ではない」と言ってるそばから、Immortal、Immortalって、
もうわけが分からないよ……(笑)

わたしは小説家になるまでは、大学の研究室の非常勤勤務でしたが、
そこで学術論文の翻訳チェッカー的な仕事も、わりと折にふれて携わる機会がありました。
この手の作業にある程度、馴染みがあるし、
一人の目では大量のミスがすり抜けてしまうのはわかります、なにしろ母国語じゃないから。
母国語だって、初校・再校と校正が必要なのだ。

学術論文は小難しいといえども、小説ほど長くない。
長いものは、チャプターごとに担当の学者がそれぞれあてがわれる。
学術論文・翻訳アンソロジー的な一冊を作り上げるのも、わりと一般的。
そんな短い訳でも、下訳チェックの時点で、ざっくざっく考えられないようなミスが……。
……こちら本当に専門家が訳してらっしゃるの、まじで。
……みたいな状況も珍しくなかったもの。
(日本の一流大学系で、自分の研究室を持って、留学経験もあって、おまけに准教とかじゃなく、教授だったりするお歴々でもです。)

他の作家の方々は、誰しもこの手の地道な作業を自分自身で網羅してきているんだろうか?
英語にアレルギーの人はどうなるんだ。

何ヶ月を要しても、一円にもなりはしないが、ただひたすら自分の小説への情熱で、
しこしことやる。
(しこしこ……とは最近、辞書の意味からやや外れた用途を多く見かけるが、本来の意味で、しこしこと。)
そんな作家って少ない気がする。みんな私よりもずっとスケジュールが差し迫って忙しいだろうから。
このわたしでもスケジュールのやりくりに困るほどだ。
こういう作業嫌いじゃないから……救いですが。

有名作家は、物語を精読・熟読したうえで、校正してくれる優秀な英訳チェッカーが居るのかも。

あ、でもたとえば村上春樹とか、当人も翻訳をしたりと、
それでいてまた海外で通用する英訳作品を出している作家は、
自分の英訳作品にも、やはり隈なく、目を通していると考えるべきだろうなあ。

そんなですが。

「ああ。そうしておくれ」
(292p、シグモンドの台詞)

→"See to it that you do not, please,"

……と訳されているのに出会ったときは、
この語調、まさにシグ! 本来、語るべき英語でまんまシグ!
と痺れたりと、
そんな素敵な英語も盛りだくさんなので、
私自身、できあがりを猛烈な不安とともに、物凄く楽しみにしながら、進めています。



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まぜるな危険 [ま行]

ゴシックとスポーツを掛け合わせたヘルスゴスというファッションが海外でトレンドである、
という記事を、写真と合わせて見かけたんですが、
――いや……これ忍者じゃない?
日本ではまだ認知度が低いがこれから高まるかも知れません的な記事なんですが、
――いや……認知度も何も……忍者だし……。
いろんなジャンプ漫画、ジャンプ系アニメで、この手の忍者系・中二ファッション、見尽くした感が。
最新トレンドどころか、とてもあるあるな既視感が。

そういえば以前、映画Kill Billで服部半蔵に刀を依頼するエピソードがあって、
「なんで忍者に刀を依頼するんだ。日本刀といったらサムライでしょうに! タランティーノは日本映画を大好きなんだから、そこはきちんと押さえてほしかったのに……」
とか、私がぶつくさ口説いたら、
「忍者と刀って違和感ない。べつに」
と反論されたことがあります。Kちゃんという友人でしたが、「そこは別になんら問題はない。忍者って刀で木葉を切ったりするんじゃない?」

えええ……忍者といったら、まずは飛び道具系じゃないかなあ~、
刀は単なる武具として使いもするけど、
日本刀に魂を感じる典型といえば、やはり侍を置いては……

とか、私はいつまでも腑に落ちずにいたもんです。


モフモフ [ま行]

基本的に、北極グマは温厚で高い知性があるけれども、
野生動物ゆえに、いつ何がどういったリアクションを引き起こすかは全く想定できないから、
人間は必ず70フィート(約21メートル)以上の距離をとっているそうな。
それ以上近づいてきそうになると、クラッカーを鳴らすことにしているらしい。
ホッキョクグマはそのクラッカーがどういう警告か理解している。

……とか英語でナレーションが入っているこの動画。
元来、食うか食われるかの関係の、100%野生のホッキョクグマ 対 飼い犬。
双方じゃれてて、もふもふ交流している。
雪上のフロンティア最先端は寒そうだけど、あったかそうなのだった。

もふもふ成分がなごむ!


https://www.youtube.com/watch?v=JE-Nyt4Bmi8
Polar bears and dogs playing

《犬を抱きしめる野生のホッキョクグマ:http://skaihahiroi.blog.fc2.com/blog-entry-865.html》という最近の記事から私は辿りついたのですが、
この動画自体は8年近く前にアップされてました。




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刃の向きと殺傷力 [や行]

米国留学時代に、格闘技とか護身術などに詳しい知人が居ました。
詳しいだけでなく、自分自身も格闘技をやっている人が、
男女問わず、日本人でちらほらと居ました。

見るからに格闘技やってますね、という見てくれの人もいれば、
か弱い女子に見えて、有段者である人とかも。
折あらば、いろんな逸話を披露してくれるのだった。

けっこう前の話なんでうろ覚えですが、北海道出身のとあるその人は、

「地元の公衆トイレで、女の人が不審者に襲われて殺されちゃったんだけど、
その数分前に自分も同じトイレ、同じ個室を使っていたの。
もし数分前にわたしが襲われていたなら、ぜったい撃退できた。一人救えたのに」

本物だな……すごい自信! と感銘を受けた記憶があります。

かれらは護身術のコツとかを、折あらば会話の端々で教えてくれ、
また口コミでも、友人伝いに耳に入ってくるのでした。
そんな彼らが口を揃えて言う、一番怖いというのが――。

「時代劇で、父上の仇!とか言って、たすきをかけた娘さんが、
小柄(こづか)を両手で握りしめて、銅回り――帯の脇に据えた状態で、
タッタッタッタと全身で、ぶつかるように突進してくる、あれが一番、殺傷力が高い。こわい……」

剣をブンブン振り回す殺陣は、喧嘩の仕方としては上等かもしれないが、
回避する術がなくはない。
大抵の武器には、対抗できる護身術、対処法がある。

いっぽうで、上記の方法だと一番、避けにくい、躱(かわ)しにくい。
振りはらおうとか、奪い取ろうとか絶対に試そうとせず、
身近にあるもの投げつけ盾にして、一目散に逃げるが賢明。

かつて『踊る大捜査線』の映画でも、
青島刑事が、副総監・誘拐事件の犯人を確保する際、
踏みこんだ容疑者宅で、その母親に刺されて重傷を負います。
いきなりドン、と背後に女がぶつかってきて、
青島刑事が振り向いた次のシーンで、包丁でぶっすり刺されているって分かる。

……これだよ、これが怖いやつだよ……リアリティだ……

いつしかそんなふうに映画を見るようになってました。

で、刃の向き。
出刃包丁を普通に持って殺すのと、
刃を上にして殺すのとでは、殺傷力が違う、と。
力の入り具合が違うのか。
本気度も違いますよね。

ざっくりとした話ですが、
刃の向きが上向きだと《明確な殺意あり》。
刃の向きが下向きの、通常の使い方だと、
《無我夢中の正当防衛》という主張が通りやすい、
……そう一般に言われています。

で、映画とかアニメとかでも、わたしはその辺にわりと注意を払って、つい見ます。

海外の中世時代の剣は諸刃(もろは)で両刃だったりもするけど、
海外だって、ふつうのナイフは片刃だ。

気合の入っているアニメなどで、
手習い程度で刀を振るっていた登場人物が、
真剣になったとたん、俄然、刃のほうを上にし、斬りこみだしますよね。
この登場人物……本気だ……制作サイドも本気だ……と、
見ているほうもビリビリと来るわけです。

こないだまでやってたFate/Stay night(UBW)の、
セイバーとアサシンの戦いなど、顕著でした。


Saber vs Assassin 2014
http://youtu.be/v0R_CdqHtM8
(セイバーとアサシンの剣闘シーンを抜粋してまとめてあるyoutube。)

本気モードが上がると、打ち合い中の刃の角度がどんどん上向きに。
アサシンの刀は長すぎだと思うし、その切れ味で鍔(つば)がないと、自分の指まで落とさないか。
……という点はさておき。だってこの人たち英霊だし。

鑑賞のみならず、自らが小説を書くときも、刃の向きの殺傷力は、意識しつつ書いています。
刃の向きに関して、なんら関心のない人にとっては、どーでもいい描写かもしれなくも、
そこには必要な意味、こめたい状況描写が。
伝わる人には伝わってほしい、そういう心理を投影して書いていたりする。

いま『カンパニュラの銀翼』の英訳チェック中なのですが、
シグモンドが袖の内側の仕込んでいた、銀のナイフを使うシーンで。
《シグモンドは左手でベネディックの肩を強く摑み、抱き寄せると右腕を背中にまわした。
右手の短剣を裏返して刃を上にし、自分向きに逆さに手首を返すと、~(以下略)~》

小さな武器で(おまけに膝を突いた体勢なのだ)、
必要最低限の力でも、すみやかに最大限の殺傷力を及ぼせるだけの努力と工夫として、
ナイフを裏返し、わざわざ刃を上にする。
動揺しつつも、そのひと手間を取るだけの冷静さを保ってもいる。
短い文だけれど、シグモンドの本気度がひっそり表われる行為なのですが、
英訳では、シグモンドが刃を上に向けるフレーズが、なんとそっくりカット。

Sigmund gripped the baron's shoulder firmly with his left hand, and threw his right arm around his back as if to embrace him. Turning his right wrist so that the blade faced back towards him,~(以下略)

無いぞ……刃を上にする一文が見あたらない。

前文の原文で、銀のナイフと書いているものの、
この文章では、短剣としているため、両刃のダガー(dagger)の類だと思われたか。
それで刃の向きを変える描写が、辻褄があわないと、削除されたか……?
そう想像しかけたものの前文できちんとknife(ナイフ)と訳されている時点で、片刃。
当該文章の短剣=bladeとなっている。
bladeって必ずしも両刃なのかなあ、両刃だとしたらそこから指摘せねばならないわけだが……。
(ここでは短剣というよりも、むしろ刀身という意味で使われていると思うのよ。)

そもそもhim his が一文に多い文章で、
ひとつの文に、
his left hand、
his right arm、
his back、
him
と、つぎつぎ出てくるが、これちゃんと通じるのかしら?

his left hand→シグモンドの左手
his right arm→シグモンドの右腕
his back→ベネディクトの背中
him→ベネディクト
という意味で、
合間にSigmundともBenedictとも書かれてないのに、
himやhisの代名詞が誰を指すかが、同文のうちでスイッチしている。

himがベネディクトを指した、つづく次の文頭、Turning his right wrist→
シグモンドの右手首……。
これ初読の読者にすんなりと区別がつくのか。混乱を来さないか?

どう赤ペンを入れたらいいか、思案中。

楽天グリーティングの不具合 [ら行]

新年のご挨拶や、結婚した友人へのお祝いメールなどを、
楽天グリーティングで出すことも多いのですが、
まれに肝腎のメッセージが真っ白の、空白になることがある様子です。

通信をリフレッシュして見ていただくか、
ブラウザをいったん閉じて立ち上げ直していただくか、
あるいは、楽天グリーティングのカードのプレゼンの枠下にある、
メッセージを読むというところをクリックしていただくと、
上の窓のメッセージ画面は真っ白であっても、
メッセージ文章が出てくるようです。

私も以前、身内からもらった楽天グリーティングが、
しかしメッセージに一言もなく、
なぜ……
と思って直接訊いたら、
そんなことないよ! 色々書いたよ! むしろ長々と!
と。
別のPCで試したら、ばっちり読めたことがあります。

PCの機嫌にもよるので(同じPCでも、すんなり出る時と、まったく出ないときが……)
お手数ですが真っ白い場合は、ちょっと色々試してみてください。

わたしが真っさらの空白で出すはずもなく。
そんなの出すくらいならば最初から出さない。

スマフォの友人や身内に、携帯用の年賀メールを送ったら、
昨年は着信さえしていなかった。
場合によっては使えないな……と自覚してはいたのですが……。
(スマフォ対応していない――とヘルプページに載っているのを最近、知った。)

色々と書きたい私としては、
楽天グリーティングならば長く書きこんでも威圧的にならないし、
華やかで、なにかと使い勝手もよく(……ときに活動時間が非常識だったりする私には、送信の時刻設定を簡単にできるのが凄い魅力)、
ついつい利用しております。

最終回、ルシフェルが登場するも無言だったのは、せめて一声!と思ったけど [さ行]

『神撃のバハムート』最終回、面白かった!
30分だけど、2時間映画を見たくらい濃密にワクワクした!

子供の時、単純に何も考えず、
新しい世界と、新しい物語とに超ウキウキし、
テレビにかじりついてワクワクしていた冒険ファンタジーの感触が、ガンガンに蘇りました。

日本人スタッフで固めたクォリティたっけーアニメを毎週テレビで見れちゃうことに、
感謝せずにはいられないほど贅沢だった。
課金ゲー、おそるべし。

広告費に莫大な予算をもっていかれ、
実際にアニメに携わっているスタッフは、雀の涙しかもらえない……という噂の、
ブラック企業も顔負けなほど火の車、低賃金と、悪名高いアニメ業界。

だがこんなにも、課金ゲーで得たお金を惜しみなくアニメ制作に投入するとは。
なんて清々しく正しいお金の使い方なんだ、Cygames!

通常、苛酷な労働は、
働き手が居なくなるがために、
賃金が高く設定されてくるのが世の習いですが、
アニメ業界の場合、わりとブラックなのがデフォルトだろうと、
――やりたい!
――アニメの仕事がしたい!
という、なり手が尽きないので、
皮肉にも環境が改善されないのかも……。

アメリカでは脚本家協会だかが、ゴールデングローブ賞の時期になると、
いつも賃上げ交渉してる気がする。
日本でも立身出世した有名で有力なアニメーターとかが、
労組的な……メーカーが春闘とかやってる、あれ系の立ち上げたりしそうなもんなのにね。

そう先日、友人に話したら、
「日本のアニメ界隈の住人って、率先して権利を主張し、組織的に動くとか、
待遇を交渉するとか、そういうのもともと苦手な性格そう」
あーそっかー。

そんな中でバハムートは徹頭徹尾、胸熱でした。


turn up [た行]

いまだ『カンパニュラの銀翼』を英訳チェック中です。
ふだん、原稿の進行状況を、ブログにアップしない私ですが、
カンパニュラは既に出版されている話だし、
ここでブログを読まれるかたの大半は、内容を既に御存知かと思うので、気軽に語りやすい。

一冊のあれだけの分量の本を、
一人の訳者が、最初から終わりまで訳しているので、
思い込みによる誤訳が散見されるのは致しかたないこと。
私が自分自身ではぜったい英訳しきれない、豊富な語彙と表現力ですし、
大半はほぼ完璧に近い、美しい英訳。
ただ、なかには興味深い誤訳も見つかるわけです。

わかりやすい例だと。

シグモンドが、屋敷のカンパニュラの花を、
夏になったらミュリエルにぜひ見せたい――と思うシーンで、
《釣鐘草(カンパニュラ)の青紫の花が》
と書いている、この《青紫》が、
《green-purple》と訳されていたりします。
Oh...

日本語では《青々とした》などと、かなりのケースで、
青が本当は緑色を指しているので、
青紫→green-purpleと、深読みしたのでしょう。
わかる、わかる。
しかし、green-purple……緑と紫の花びらって、どぎつい。

ラベンダー色(laveder)とか、藤色(mauve)としても良かったんですが、
カンパニュラの花の色を語るのに、ほかの花の色を引き合いに出すのは、どうなのさ……。
それゆえ青紫色と書いたので、
ここはbluish-purpleと直したりするわけです。
(ちなみに欧米人がいうpurpleは、
日本人がイメージしている紫よりも、やや赤紫寄りな気がします。)

また、厳選して書いた言葉を、あっさり訳されていると、
違うそこはNoooo!
……みたいな、私ならではの、こだわり部分も出てきます。

たとえば、シグがミュリエルの右手から、手袋の裾をめくり上げるシーンで。

そもそも、この訳者の癖なのか、欧米人は一体にしてそうなのか……、
右手とか左手とか、
こっちの腕からあっちの腕にシーツの束を持ち替えた、
などと、わたしが手や腕のことについて細かく書いている部分、
わりと端折ってあります。
右手→hand 左手→hand
右腕→arm 左腕→arm みたいな感じ。
まあそこは、へえそうなんだー……で気にしない。

ただ《ミュリエルの右手から、手袋の裾をめくり上げた》
→Sigmund removed the glove from her...(以下略)

これ、ちがうぞ……! 
remove the gloveだと→手袋を片方取りさる。手袋を片方脱がせる。
(gloves じゃなくてthe gloveだから、片方なのはわかる。)

実際は、手袋を完全に取り去ったのではない。
(そう、シグはあの場でけっして呆気なくすっぽり手袋を脱がせる真似に及んではない。)

ミュリエルの右手の手袋の裾をめくりあげて、
そのわずかな手の甲の素肌に、目を伏せて、キスするんだよ。
その時の二人の距離感と関係性を表す大事なとこ!
脱がすこともできるけど、あえて少しめくりあげ、
そのほうがデリケートで、エロい。
色気が増すから。

めくるというと、flipとかが出て来るんですが、
flipというと、ひっくり返す、ぺろん、ペラんとした感触で、なんか違う。

たぶんturn upだな……(袖口を折り返すような感じ)
Sigmund turned up the hem of the glove from her…(以下略)となるかなあ。

一つ懸念材料の英訳に行き当たると、
しっくりくる、赤ペンを入れるだけの適切だろう英単語をたどりあてるまで、
なかなかに頭をひねります。 


ラ音 [ら行]

いまも『カンパニュラの銀翼』をちくちくと英訳チェック中です。
遅々として進まずに時にはジリジリするも、
興味深い発見が、ちょくちょくあります。

誤訳をチェックするわけですが、
なにしろわたしの英訳を担当してくださってる訳者は、
読解力や英訳力のみならず、センスもピカイチ、と読んでいてヒシヒシわかるので、
いちいちもって興味深い。

たとえば《虎落笛》とか、どう訳すんだろう…….。
hissing soundとかか?
と思っていたら、
rimeflute
と造語してありました。

《虎落笛とは、冬に窓を吹き抜ける隙間風の音のことだ。》
という原文を、
→冬に窓を吹き抜ける隙間風の音のことを、シグモンドが住んでいる地域では、rimefluteと呼ぶのであった。

といった感じに。すごい。rimeとは、霜で覆われ凍てついた窓とかを表す単語。
なあるほど。

いっぽうで素敵な誤訳にも出会います。
もういっそこれでいいじゃないか、と思えそうな素敵誤訳。

さきほどの虎落笛を、原文で私は《連続性乾性ラ音。喘鳴音にもよく似ていた。》
と例えているんですが、
この連続性乾性ラ音のラ音というのは、ラッセル音という意味の、医学用語の略語です。
ラッセル音とは、ドイツ語のRasselgeräuschとかいう、
キシキシ……ガタガタ、ガラガラ、軋むような雑音、
という単語からどうやら来ているようです。
さすが医学用語はドイツ語仕様だった日本ならでは。

このラ音という語感が、日常語とかけ離れていて、
わずかに異様な響きと字面が、個人的にちょっとたまらなくて使ったのですが、
この乾性ラ音、英訳するとdry raleのはず。(連続性ラ音とするならばrhonchus。)

で、その《ヒュウヒュウと糸を引くように漏れ聞こえてくる連続性乾性ラ音》が、
……なんとラの音階の喘鳴音と、訳されている。
a drily whistling string of A naturals escapigng one after another.
と、すっごく詩的に誤訳されているのだ。

糸を引くように――とあるせいで余計に弦楽器とAの音を彷彿とさせたのかもしれません。
(糸を引くように、とは納豆や蜘蛛が糸をひくように、粘っこく、音が絡まりつつある感触なのだが。)
……私自身も、ラ音という語を初めて知った時には、ラの音かと一瞬、思ってみたりもしましたが。
ドレミファソラシドのラの音がする、絶対音感的な意味合いとは異なるわけです。

誤訳ですし、原文の意図と異なりますから、そりゃ直しますが、
これまでの文体から推し量って、
ラの音階で喘鳴音が聞こえるようだ――と表現しそうに思いこまれたのだろうなあ……
(たしかに我ながらそんなふうに書きそうだものなあ)

躊躇いがちに、せっせと赤ペンを入れていくのであります。


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逆効果 [か行]

次のニュースにびっくらこいた。

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海外経験は漏えいリスク 秘密保護法で内調

 海外で学んだ経験や働いた経験があると、国家機密を漏らす恐れが高まる―。10日施行の特定秘密保護法の制定過程で、同法を所管する内閣情報調査室(内調)がこうした考えを関係省庁に示し、学歴や職歴の調査が必要と強調していたことが7日、共同通信の情報公開請求で開示された政府文書で分かった。

 文書は内調が2011年11月、内閣法制局との会合で示したメモ。

 海外の学校や国内の外国人学校で教育を受けた経験、外国企業での勤務経験も挙げ「外国への特別な感情を醸成させる契機となる」「外国から働き掛けを受け、感化されやすい。秘密を自発的に漏えいする恐れが存在する」としている。
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これ、本気?
どんな裏が隠されているのか。

国家の中枢に居る官僚も、
エリートたちは一年やそこらハーバードだかに留学させてもらったりして、
海外の見聞を培うことも珍しくないはずでは。彼らもスパイ視するのか?

で、海外の教育機関や研究機関が合わずに、さっぱり使い物にならなくて帰ってくるか、
あるいは、海外でがっつり学んで学位やら技術やらを会得して戻ってくるかで、
大抵、海外を敵視する人は、海外生活が合わなかったり、
第一外国語が苦手とか、その手の案外、シンプルな理由なのだが、
個人が海外を毛嫌いする権利はいくらでもあれど、
国家が海外を嫌って敵視していては、お話にならない。

海外経験組と、国内派で、派閥争いでもやってるのか?
そもそも《国家機密》を知りうる海外経験者って、
おのずと海外赴任経験のある官僚(大使)とか、外交官とかに限られないか?
その良くわかんない派閥争いのせいで、無関係の多く、優秀な人材までが、
とばっちりを受ける法律が出来るのは勘弁。

要するに、国家がなんかお前気に入らないな、と思った時に、
お、海外経験あるじゃんか、と突っついて、
海外生活を理由にしょっぴける、ってことになってきますよね?
フルシチョフ政権か!
思想が合わないと、シベリア送りにするんですかね!?

国家的な接待をも受けうる、イチロー選手とか、スケートの羽生選手とか、
彼らもスパイ視してチェックすると?

日本の職場の待遇に不満をいだいて、
中村教授のように頭脳と技術とともに、出て行っちゃうパターンもけっこう見られるが、
有能な人にとって魅力的な環境を提供できないからといって、
スパイ視するのは本末転倒ぶりが甚だしい。
そんなこといってると頭脳はどんどん情報とともに流出しちゃうし、
なぜ有能な頭脳が海外に流出するか、その体質を見直して、対策を講ずるべきだろう。

また海外の過激派に与しやすい安直な人とは、
世界を知らない、特定の思想や哲学を持っていない人たち、
いわゆるノンポリ温室育ちのほうが、免疫がないゆえに洗脳されやすい。
案外、容易に感化されやすい傾向を、無視すべきでないのを、ご存じないのか。

国内に居たままでも海外と接することは可能な現代で、
《純粋培養》で育てられた、抵抗力ゼロの脆く軟弱な世界観では、
世界を相手にしたときに、容易に毒される。
赤子の手を捻るように籠絡されうるのに。

海外に対する抵抗力を高めていくためには、
海外で鍛えられている人員こそを登用すべきなのに。
適材適所がある。

過激派組織IS:アイエスや北朝鮮に対する過剰防衛反応なのかなあと、考えてはみるのだが、
海外駐在経験や、海外留学経験を尺度にして、
スパイや危険因子に目星をつけているようでは、
肝心なスパイや危険因子を見逃すことになりかねない。

海外経験者は、海外の良さも、日本の悪さも、
口に出そうと出さなかろうとある程度、身に染みていますが、
同時に海外の悪さも、日本の良さも、一般の一定以上にはリアルに分かっていたりします。

スパイ活動をしたり、情報漏えいに至る、
現在いる状況や所属する組織、国家を裏切るという人は、
現時点の自分の環境に、強い不満を抱いて、ストレスをためている人なんです。
スパイを徴募するスパイマニュアル的な文献を漁ると、このポイントが明確に見えてくるものです。

ストレスのない人などいない。
しかし人間、保身を考えますから、
どんなにストレスをためていても、
自分の存在価値を正しく認めてもらえる環境にあるならば、
人は簡単に裏切り行為に出られないものです。

むしろ自分の立場を顧みず、
裏切り行為に出ても構わないほどに困窮したり、ストレスが蓄積していないかどうか。
追い詰められていないか。
そのストレスリスクの尺度を明確に見極める戦略が練れないかぎり、
不審か否かを海外経験で線引きしても、
的外れな軋轢ばかりを生むだけなのではと思います。

海外経験は運転手の車輪であって、
高濃度に圧縮されたストレスという特殊燃料がないかぎり、暴走しないとしたら、
車輪のある車を軒並み検問チしても無駄で、
燃料をチェックすべきなんです。
暴走するのは車輪のある車ばかりとはかぎらない、
たとえば船の場合だってあるのです。

この良くわかんないニュースを流して、
なにか重要な意図が透けぬように、煙幕でも張っているのだろうか。
真に受けて良いのかどうかすら、悩みます。


誤字発見しました ○pœnis ← ×poœnis [ニュース]

いま第2回アガサ・クリスティー賞受賞作『カンパニュラの銀翼』の英訳原稿を、
せっせと英訳チェックしています。

訳者Matt Treyvaud氏の美しい英訳文は、細やかなごまかしのない文章で、
原文のニュアンスを一分も損なわず訳すことに専念しているのが伝わります。
(この訳者は夏目漱石作品や、萩尾望都作品を英訳しているそうです。)
ここは英語でこう言うのかあ、ほんとこの表現ぴったりだ……等々
わたしは、じっくり読みこみながら、しみじみしたり、感心したり、
知らない語彙に続々と出会ったりしています。

いっぽうで、訳者の文間までも読み取って訳する能力に長けているせいゆえか、
解釈の相違、先入観ゆえの誤訳? 
と、おぼしき部分もちょくちょく散見され、わたしは赤ペンを入れていきます。
おっと、ほおお、とか興味深く、読んでいる最中です。

また単純な意味の取り違えや、ニュアンスの解釈のふり幅が異なるとか、明らかな誤訳、
などにとどまらず、
けっして間違ってはいない、ただし作者のわたしからすると違う、これを意図していたのではない、
という箇所も出てきます。

たとえば、鏡台。
――クリスティンが鏡台の抽斗(ひきだし)にしまっておいた、
小鳥の剝製の小箱を取り出すシーン。
鏡台をmirror standと訳してあって、言語上、間違いではありません。

でも、ミラースタンドっていうと一般的にこういうの(画像)です。

いっぽう私が思い描いていたクリスティンの鏡台は、ドレッサーです。
上記のようなミラースタンドとは違うわけです。
なんでドレッサーという単語が使われていないんだろうか……。
調べると、イギリス英語ではドレッサーといえば食器棚を指すらしい。
アメリカではドレッサー=化粧台だと通じますが、
お話の舞台は英国ですから、ドレッサーじゃ駄目なわけです。

ではイギリス英語でわたしが思い描く、鏡つき化粧台は……というと、
dressing table (画像)になります。
そういった箇所も、手を入れていきます。

そんなこんなで読み進めていたら、原書のほうにミスを発見。
つまり わたしが書いた原文が 間違っている!
おおお(泣)

急ぎここで訂正いたします。
ラテン語が間違っています。
===========
(誤)poœnisと書いてますが、これ間違いです。
(正)pœnis
oが一ツいりません。
===========

うああああ。
pœnisは英語だとpainが派生語。
意味は英語だとpenalty、punishment、(figurative) executionとなり、
わたしは作中において《咎》と訳している単語です。

あとまたラテン語で
===========
(誤)deoreleonis
(正)de ore leonis
正しくは途中で二ヶ所、スペースがあきます。一つの単語ではない……。
===========

『カンパニュラの銀翼』に目立った誤字は無いと思っていたのに、面目ないです。
(……細かいところ、このルビは前に出てきた時点でも、ふっておけば良かったなあ、
などと気に掛かる些末な箇所はありますが、別に間違いという程のものではなかった。)

今回、気付いた箇所はラテン語で、ひょっとしたらバレない箇所だったかもしれません。
これまで読者のどなたからも指摘を受けたことはなく、
(むろん優しい読者が目を瞑ってくれた可能性は大いにある)
また校正もスルーだったわけですから、
しかし知った以上は言わないと気が済みませんでした。
ラテン語が得意なはずのあの登場人物が、スペルミスしてたなんて困る。
de ore leonisに関しては、筆記体の綴り字がつながってdeoreleonisと読めたとも解釈できるが、
pœnisに関しては言い逃れが難しい。

お目汚しで、すみません。

原書を修正する機会に恵まれましたら(増刷が出たりする機会があるならば)
その時に、必ず修正いたします。

……ショックでしたが、気付いてよかった。
英訳をチェックする機会がなければ、たぶん一生気づけませんでした。