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意外と知っている曲(チェロ) [最近のお気に入り]

趣味でチェロを習っているのだが、
チェロを習っていて、チェロがけっこう好き~(楽器自体も、チェロ音楽もチェロの音色も)
ということを話題にすると、
──チェロってどんな曲があるの?
──何を弾くの?
……みたいな話題に当然なっていく。たいていうまく説明できない。
曲名自体が通じにくい。

チェロという楽器を知らない人に会ったことはない。まず居ないですよね。
『セロ弾きのゴーシュ』という童話を宮沢賢治が書いているくらい、
相当、昔から日本でもなじみ深い、知名度満点の楽器である。
そのいっぽうで、
チェロの曲ってとくに知らない……
というリアクションをする人が少なくはない。

で、「えと、こういう曲とかが……」と説明をしようとするも、
わたしの歌う謎メロディー、
らーらーらー らーらーらー ちゃーララー
(ちなみにこれはサン・サーンスの『白鳥』のつもりである)
とかで、まずもってスムーズには通じないのだった。
だから私も心が折れる手前で、すんなり諦める。

だって単純に相手をますます困惑させるいっぽうですし、
わたしの微妙に恥ずかしい空回り具合も、次第にいたたなまれなくなってきますし、
話もどこにも進みようがない。あ、これ誰も得しないやつじゃん?

でも今の時代、有難いことにYoutubeたるものが、ある!
しかも全世界、各国の名だたるチェリストが自ら公式に、
あるいは所属レコードレーベルなどを介して公式に、
ばんっばんライヴやコンサートなどをアップしているのだ。
贅沢!

同じお馴染みの曲であっても、
本当に驚くほどテンポや曲のインタープリテーションがみんな違っていたりする。
それらを聞き比べながら、
……これが良い~
……この曲はこの人の、ここの部分がすごい好み~
とかやってると、本当にあっという間に時間が過ぎていきます。ええ。
ニコニコ動画となんら変わらん。

というわけで、
チェロの有名な曲、
……みんな実は知っている──曲名と曲が結びついていないだけで、まず一度は聞いたことがある、
……発表会では、これらの曲を弾けるようになりたくて、皆、がんばるのだという人気曲、
……圧倒的難易度だが、チェロの音色、チェロという楽器をこうも弾きこなすチェリストに乾杯!
みたいな名曲を、私が独断と偏見で選んで、リストアップしておきます。
厳選です。

共通言語として、これらの曲が通じると大変、嬉しいし、
超有名なだけあって、老若男女、人種や民族を問わず誰にとっても響く曲が多いはずだから、
皆さん、聞いてみてほしい。
ちなみに私が現時点で弾けるのは、この中ではサン・サーンスの『白鳥』だけです。

いつか近いうちに必ず弾けるようになりたい曲もあれば、
なんらかの諸事情……吸血鬼になるなどして、不老長寿にでもならぬかぎり、
今のままでは、おそらく一生弾けるようにはならないのでは……?
という曲もある。

なお、超ざっくりな基礎知識として。
チェロは、F字孔寄り(正確には駒寄りというか……)で弦を押さえるほどに、
音がとりにくく、弾きにくくなります。
F字孔寄りの弦を多く押さえなくてはならない曲ほど、
概して「難易度高め」になります。

また、重音(複数の弦を同時に押さえる。ピアノで言う和音のような……)は難しい。
単純にいって、複数の弦を同時に押さえ、その複数の弦を同時に弓で均等にかき鳴らすのは、
力がより必要になりますし。
かといい力わざだけでは音が割れるし、
複数の音の音程が、わずかずれるだけで顕著に気持ちの悪い響きになりかねないので、
重音につぐ重音といった曲は、「難易度が超高い」です。

サン・サーンス『白鳥』

https://youtu.be/3qrKjywjo7Q
Yo-Yo Ma, Kathryn Stott - The Swan (Saint-Saëns)
ヨーヨーマ演奏。
馥郁とした音色というのは、まさにこういうチェロ。

フォーレ『夢のあとに』

https://youtu.be/WqY3yyckcvI
FAURÉ "Après un rêve" - Maxime GRIZARD - 1er prix de violoncelle 10-13 ans FLAME (et Prodige 2017)

子供用のチェロ(?)で、
パイプ椅子に腰かけて、半ズボンで、
(チェロって、太ももで楽器のとんがってる部分とかを押さえて弾くんで、生足だと絶対に跡がつく)
立派に弾いちゃうのか君は、である。

なお私が、フォーレ『夢のあとに』を初めて聞いたのは、
『北の国から’95 秘密』でした。

蛍がすごい年上の医者(妻子持ち)と不倫して、雪深い寒村にかけおちして、
その時のことを打ち明けるときに、この曲が流れるんですよね。
「すっごく評判の悪い先生……でもチェロを弾くのよ……」とか言ってね。
燃え盛る暖炉の前に、たしかチェロが置いてある回想で、この曲が流れる。

自分の息子よりも若いような看護婦(蛍)に手を出し、妻子を捨てて駆け落ちして、
無医村まで落ちのびてきて、貴重な医者なのに「評判の悪い先生」であると称されるという、
まあ、ろくでもない身持ちの悪い奴に決まっているのだが。

ここで、この曲が流れつつの「チェロを弾くのよ……」
で、とたんに見どころのある男に思えてしまう魔法。

きっと誤解されがちだけど、蛍が、申し分のない彼氏(緒方直人)を捨て、
倫理観をも捨てて駆けおちしちゃう、
そんな魅力を兼ね備えた男に違いないのだ……
だって、より雪深い場所へと若い看護婦と駆けおちするのに、
チェロ一つを大事に抱えて逃げるんだぜ……
と、むりやり視聴者を納得させてしまうのは、全てこの曲の力なのであった。
(その医者とやらが実際に登場するシーンは、ついぞないのだから、なおのこと。)

同じ『夢のあとに』を、こちらのチェリストの演奏でも、どうぞ。


https://youtu.be/Xdjosc8HIhI
Sheku Kanneh-Mason - Fauré: Après un rêve for cello & piano

こちらのチェリストは英国のロイヤルウェディングで演奏して、一躍、世界的に有名に。
チェロ界隈では無論その前から注目されていた実力の持ち主。
前述の少年がなにしろ、もろ少年なんで、一方こちらはすごい大人に見えますが、
彼は1999年生まれなので、相当に若手です。

ラフマニノフ『ヴォカリーズ』

https://youtu.be/PGIZfsKvKgU
S. Rachmaninov - «Vocalise». Narek Hakhnazaryan

この曲は通して聴くと、
後半の曲の締めかた(この動画だと4:16~あたりから)が、
いわゆる「エモい」旋律です。

次も同じくヴォカリーズですが、こちらは電子チェロでの演奏。


https://youtu.be/SVyza9jzw18
Luka Sulic - Rachmaninov Vocalise

ヴォカリーズについては、こちらの演奏が電子チェロにもかかわらず、
私は一番好きかもしれない。
とてもエモい。
「エモい」といういい方は本来あまり好きではないんだが、
この曲の場合、とくに後半が本当にとてもエモい。
(むろんチェロの先生は、エモいなどという言葉は一言も絶対に発しない)

弾いているチェリストは、皆さん御存知、有名な2CELLOSのうちの一人。

ポッパー『コンチェルト・ポロネーズ 作品14』

https://youtu.be/Fk6zQvjzli0
Nana - ポッパー:コンチェルト・ポロネーズ 作品14(ライヴ)

演奏しているNanaは欧陽菲菲(Love is Overの歌手)の姪っ子です。

華やかで情熱的でみずみずしく、アップテンポで切れのある弾きかたなのが、好きです。
山場部分で映像が終わるので、切れないVer.はこちら→https://youtu.be/3LXZfWMtorM

フォーレ『エレジー』

https://youtu.be/5kpPq0ITOs0
Luka Sulic - Elegy (Fauré)

ドラマチック。
こちら演奏者は前述の、大人気・2CELLOSの一人のわけですが、
2CELLOSってさ、パフォーマンスの派手さばかりが前に出て、
正直、あんまり好きではないというかさ、(カッコいいだけじゃん、かっこいいけどな!)
……大体、弓をぼっさぼさにしたまま、
いかに激しく弾いて弓毛を切ったかを競うようなのって、結構ありえないんですけど。
……と思うところも、なくはなかったのだが。

彼の正統派のこのチェロの演奏を聴いて、一気に悔い改めた。心の中で土下座した。

サラサーテ『ツィゴイネルワイゼン』

https://youtu.be/eBPIXiBTjDM
Luka Sulic - Gypsy Airs (Concert for Japan)

従来、ヴァイオリンで演奏される曲。
ヴァイオリンだとむっちゃくちゃ高音で、時に奥歯が痛くなりそうなほどキンキンな演奏もあるため、
個人的にチェロだと、すみずみまでじっくり聴きこめる気がします。
骨太で、懐が深い響きに。

後半になるにつれて、カメラワークが本当に最悪で
(なんで演奏の山場の超絶技巧で、伴奏や観客ばっかり撮ってるの)
(20秒ごとにカメラを切り替えないと死ぬの?)
スケートで例えるなら、4回転ジャンプの着地の瞬間や、
ストレートラインステップの最中に、観客と解説者ばっかり撮ってるようなもんで。
Youtube上でも、英語で書かれた苦情が世界各国から、ものすごい。
演奏が素晴らしいだけに、悔やまれる。
(なおこちらは、日本の311の震災の折に、日本のために催されたコンサートのようです。)

ジャゾット『アルビノーニのアダージオ』

https://youtu.be/kn1gcjuhlhg
HAUSER - Adagio (Albinoni)

弾いている人は、2CELLOSのうちの、前述とは別の、もう一人のほうです。
2CELLOSってさー(中略)
なんだかんだで(中略)
この正統派のチェロの、渾身の演奏を聴いて、
心の中でただただ、ひれ伏した。表現力が圧倒的。

この曲はクラシカルな系譜にあるものの、実際のところ発表されたのは1958年と、
第二次大戦後。
この手の音楽にしては、新しい曲のうちに入るのでは。

もう少しリストアップしたい曲があるのだが、
長くなりすぎるので今回はひとまずこのあたりで。

いずれ、洋画で印象的に使われていたチェロの名曲もいくつか、
リストアップしたいと思っています。


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ゲーム審神者歴も四年半を過ぎ、ますます [最近のお気に入り]

こちら友人のブログ経由で知りました。楽しい。

【MMD刀剣乱舞】響喜乱舞【多キャラ】

https://www.nicovideo.jp/watch/sm35078296

全ての刀剣の組み合わせの妙が見事。
あの組み合わせ、この組み合わせ、いずれもほぼ網羅されていて、素敵。
最古の刀から順に時系列に登場しだすところも、
一緒に踊る刀剣のグループ分けのしかた、舞台演出も、いちいち意味や配慮が滲み出ています。

人生ならぬ刃生にとってのアイコニックモーメントが要所要所、
随所に配置されてもいて、わかってらっしゃる、実にわかっていらっしゃる……。

中盤になると、私好みの暗いシーンも多くなり、
そうだよね……彼ら、刀の付喪神であって、
実際に自身の刀身で、人や化物を斬ったか否かは置いといても、
殺しの道具のアイコンだったんだから、ただキラキラしいだけではいられないよね……。

そんなところもちゃんと表現されていて、
でも基本は賑やかで楽しい路線を見失わないのが、とっても刀剣乱舞らしいです。

これだけの刀剣男士を実際に味方にできたら、
審神者たるあるじは、結構な力を持っているよなあ。
采配次第では、なまじのマフィアよりは強くなれそう。
時代を越えた知恵の権化でもありますしね、刀剣男士って。
(なのに一周回っておおらかすぎて、ちょっと馬鹿っぽい、人知をそこはかとなく超えた言動も和む。)

力はあるけど、空母とか爆撃機とかを相手にする戦争は絶対できない……
世界征服とか〇〇の覇者とか全国統治とかならない、この微妙な匙加減の設定も、
少なくとも私がソーシャルゲームで長続きしている理由の一つな気がします。

いっぽうこちらは、上の動画とは全く趣が正反対のとうらぶ動画。
(動画というか紙芝居的な。)
ちょっと沈んでいる時など、この動画を見ると、とりあえずなんか気分が上がる。
見るほどに味わいが深くなるスルメ動画である。

【MMD刀剣乱舞】超難の苦無強すぎくない?

https://www.nicovideo.jp/watch/sm32475085

ゲーム中で実際、本当にこんな感じだったなあ。
コミカルなテンポと会話が癖になります。
敵の襲撃を受けるあたりからの展開が妙にリアルで、不定期につい見る。

ゲーム上の太刀がみんな鳥目で、
夜目が利かず夜戦に向かない設定なのは、つくづく秀逸よなあと。
実際、鳥の名前の刀剣はみんな太刀だから、
暗がりで小回りが利かないこと以上に、謎の説得力があるんですよね。


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『コンチェルト・ダスト』新装電子版制作中⑥ [ニュース]

「あれこれ進捗状況をアップしてるっぽいのは、もう分かった。
で、実際どれにするんです?」
という感じになってきた恐れもあるかと思われ。
電子新装版のデザイン部分をまとめておこう。

決定版『コンチェルト・ダスト』 電子新装版デザイン(まとめ)*
https://www.canva.com/design/DADbx6Zhoy4/gwywLu--aZfV3Y7buzJR5A/view?utm_content=DADbx6Zhoy4&utm_campaign=designshare&utm_medium=link&utm_source=sharebutton

スライドです。
表紙化粧扉 → 目次()→ 章扉(序章一章二章)→ あとがき扉奥付

微調整もしたので、決定版のつもりです。
ただ実際にKindleにアップロードした時、どう見えるか……に、左右される部分はある。

「はっきり言って受け手(購入者や読者)にとったら、作者がこだわってるっぽい事しかわからん。
そんな、ちみっちゃい部分、気にならないんですけど……」
みたいな点は、作り手の私にとっては、この場合それこそあんまり気にしない。

一つ一つのこだわりは伝わらなくても、別に構わないのだ。
ただその手の一つ一つのこだわりが、
作品全体の雰囲気や世界観を具現化する上で、無駄ではないから。
こだわりが大切と思っているのは、文章や物語の構成においても然り──。
たんに文章で物語を書き表していれば、自然に雰囲気が出るわけじゃない。

小説自体(文章、物語の構成、扱っている特定のトピック等)に関して、
自作語りをするのは正直、得意じゃない……というか異様に消耗する。
──当世風に言うならば、MPが削られる。
だからこれまでも、新しい単行本が出るときや、雑誌に短編が載るときなど、
概して私は装画家さんによる表紙絵、挿画についてだとか、
装丁についてなどを、強調してアピールしがちな部分がありました。

誰に水を向けられているでもないのに、
自作品について作者がやたらと語りだすの、浅ましい気がしないじゃないし。
(ズレた質問に対応するのと同じくらい疲れもするし。)
その自らの抵抗感に抗わねばならぬだけの労力が、惜しくもある。
書いた小説に関して、あれこれ説明するのは、
「全力で漫才したあと、いちいちギャグの説明をする感覚」的な、徒労感に陥るもんですよね。
書き終えて、やっと色々な争点をなだめつかせたのに、寝た子を起こすのか、と。
(余程のことがなくば、そっとしておきたい。)

いっぽう電子版の装丁デザインに関しては、基本的に畑違いのぶん、
抵抗感なく、進捗アップだの、思い入れ具合だのをかいつまんで語りやすいです。

=====
*canvaの透かしが入っている部分は、ダウンロード購入後には消えます。
*All Rights Reserved.


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『津軽』の乳母のタケさん [た行]


https://youtu.be/pVEiAkuU5_4
越野タケさん未公開映像を披露/五所川原
(東奥日報の関連記事https://www.toonippo.co.jp/articles/-/192657

撮影当時は昭和56年とか。昭和56年いうと太宰が亡くなってから33年ほど。
動画の越野タケさんは、そうすると、この2年後に亡くなっていることになります。
昭和56年当時は、この動画で語られている、太宰の妻の美知子さんは健在です。

昭和56年、私はというと生まれていました。はい。
まだむっちゃ幼少期だし、むろん太宰治を知らなかった。
まだ誰か親しい者、家族の死に直面することもない年代で、
その約3年後に直面してからは、子供ながらに人生観が「使用前・使用後(当社比)」になり、
いつも記憶をさかのぼり、年代を振り返るときには、その節目の年を目安に、
ああ、あれより前か……とか後か……と数える癖がある。

私が無邪気な幼少時代全盛期だったこの頃には、
こういう津軽の世界が、まだ現役で、現実と地続きでちゃんと残っていたんだなあ、と。

動画の津軽弁、キャプションがないと、わたしには聞き取れない。
何度か動画を繰り返して慣れてくると、普通に5割くらいはキャプションを見なくともわかってきます。
東北出身の人にはもっとダイレクトに伝わってくるんだろうなあ。

太宰の小説はモノローグの語り口がフランクで、
当時の他の作家と比して、持ってまわった小難しい言い回しがほとんど無い。
これは太宰が青森出身だから──つまり濃い津軽弁が第一言語、
いわゆる共通語は太宰にとって第二言語にあたるから、
と言われることもありますよね。

太宰は、住んでいた三鷹が空襲に遭って、
家族でまず、妻の実家方面の甲府に疎開する。
そこも焼きだされ、自分の故郷である津軽方面に妻子連れで、ボロボロな状態で疎開する。
太宰は、放蕩息子だったこともありつつ、
盲腸の手術をきっかけにバルビツール中毒になったあとは、
しばらく軟禁状態だったあげくに勘当されて、独身時代に生家からは既に縁を切られている。
だから命からがらの疎開でもなければ、まず故郷に戻れないんですよね。

そういう状態で津軽に疎開した一連の話は、ちょくちょく後期のいろんな短編に出てくるわけで。
そのへんの短編を読んだことがあると、この動画はかなり感慨深いものです。


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『コンチェルト・ダスト』新装電子版制作中⑤ [ニュース]

「決定版・表紙・コンチェルト・ダスト電子版」*制作者:中里友香

表紙のカタカナ・タイトル部分を改めた。
カタカナのフォントというのは、あまり好ましい感じのが見あたらず、
──Canvaにかかわらず、カタカナフォントに力を入れているフォントって、
そもそもあんまり見ない気が……。

個人的には、アールヌーヴォーっぽいカタカナフォントが欲しい……。
(アールデコっぽいのは辛うじて見あたるのだが……。)
かといい自作フォントを簡単に作れるほどのスキルも、またPCメモリの余裕もない。
──なにしろ先月の、ノートラダム大聖堂部分焼失のニュースをきっかけにして、
期間限定・PC版無料ダウンロード配布となっていた「アサシンクリード ユニティ」も、
私のPCでは、まったくもって容量が足りなかったのだ……。

これまで進捗upしていた電子版『コンチェルト・ダスト』のカタカナタイトルの入れ方は、
自分でこしらえておいて何だが、どこそこ決まってない。なんかダサい……。
フォントに頼れぬならば、なおのこと、レイアウトのデザイン性が命。
一旦寝かせたりしていたのを、ようやくこれで自己満足できる程度には仕上げられたかなと、
少なくとも現時点では感じています。

地味に情報量を増やしているのだが、前よりすっきり見える気もするし、
見ようによっては、ほんの少しだけ夢見がちにキラキラしく、
なんらかの欠片が降るようにカタカナが落下して、タイトルワードをなして映るかと。
多分これで行きます。

縦書きなのだから右から左だろうに、なぜなんだ……
と思われる人もあるかもしれないが、
英字タイトルをはじめ、著者名など、すべて左から右への横書きなので、
単純にそれら文字列をまたいで右書きにすると、視線がごちゃつく。
軽く乗り物酔いみたいになる。
左から右、かつ上から下に読む過程で、おのずとすんなり目に入るレイアウトにしてあります。

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『コンチェルト・ダスト』新装電子版制作中④ [ニュース]

章扉「序奏」、「あとがき」も仕上げた。
「目次・白」を、前回アップしてから更に少しだけ手を加えたりもした。

Concertodusteverparts2.png

上の3点はいずれも同じサイズなのに、
こう並べると真ん中が一番小さく見えるという、錯視が起こりますね。

ほぼ決定版『コンチェルト・ダスト』 電子新装版デザイン(スライド)
https://www.canva.com/design/DADYT6VgguA/qRTxxUjOCDFWUqLn8QhLdw/view?presentation

表紙化粧扉 → 目次()→ 章扉(序章一章二章)→ あとがき扉奥付
の順*

奥付の文字部分は、暫定的なものです。

-目次・白
マーブルのレイヤーをうっすらと敷いたのですが、
清潔感を損なわぬ程度に、ひび割れ、あるいは血痕のようにも見えたらなお良い──。
地味にあれやこれやと位置を試したりしました。

-章扉(序奏)
ローマ式の円柱と、石造りの三角破風が象牙色の外壁を晒しながら日光を遮っている。(後略)

……と、作中序盤に登場する屋敷内の霊廟、その外壁の質感に見えるなら、とても良し。
それが無理でも、こういう紙質のペーパーってあるよね、と。リネン混とかのやつ。

-あとがき扉
平面的な構図なので、奥行きや深みが感じられるように、
実はかなりのレイヤーを重ね、明暗や透明度を調節している。
(平面的すぎると飽きが来るので……。)
この章扉はそこはかとなくアールヌーヴォーを目指しています。

絵画や名画ではなく、
パブリックドメインで見つけたステンドグラスの写真を選んだのは、 
あとがきは作品世界とは別次元だからです。
といっても、本の余韻をみすみす壊したくはない。
本の後半にかけてちりばめてあるエッセンスを、なるべくたくさん盛りこんだ。

あとがきは物語とは別次元なのをクリアに表したかったので、題字のフォントも変えました。
本来、題字を違うフォントで見せるというのは、
普遍的ではないらしいが(←以前、ある編集部から、そう指摘されたことがあるのだった)。

海外デザインでは同じ題字を、扉と表紙とで、異なるフォントやパターンで見せるというのは、
別段、珍しくもないんじゃなかったかなあ……。

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『コンチェルト・ダスト』新装電子版制作中③ [ニュース]

1コンチェルト・ダスト新装電子版スクショ.png

コンチェルト・ダスト新装電子版スクショ.png

コンチェルトダスト電子新装版奥付.png

『コンチェルト・ダスト』 電子新装版デザイン(スライド)
https://www.canva.com/design/DADYH0oxCYU/UVj5G0_Ij_dsPyo6PKSnRA/view?presentation

表紙化粧扉→目次()→章扉()→奥付の順。*

Kindleの小説本は、画像ファイルがJPGファイルしか使えないので、
JPGに変換したときベストになる状態で、作っているつもりです。
上記スライドはJPGにする前の時点で公開しているので、
実際にKindleで見るのと、異なって映る部分があります。参考までに。

奥付の文字部分は(仮)です。少し変えるかも。

-表紙
1900年あたりの楽譜の表紙っぽさを意識しつつ、
作品世界の雰囲気を垣間見せられるようにしたかった。
ゴシック要素は抑え気味に、しかし忘れずに。
両脇背面に星空のレイヤーを置いています。

-化粧扉
絵の背面レイヤー、左側は星空を敷いており、
右側の背面レイヤーには大理石(マーブル模様)をうっすらと配置して、
いずれも透過性や明暗をいじっています。

ピアノの鍵盤をどことなくイメージさせる図形をシンメトリーに配置した。
この鍵盤チックなシンメトリーで、登場人物の対比と共通点を、そこはかとなく表したくもあった。
この化粧扉は情報量が多いので、
いかにスッキリ見せられるかに苦心しつつ、これが意外に楽しかった。

-目次
早川書房で『コンチェルト・ダスト』単行本を刊行時、
目次と章扉のデザインは「作品舞台と同年代の楽譜の装丁をイメージできるようにしたい」
というのが私の要望で、
時間の許すかぎりではあるが、ぎりぎりまでイメージに寄せてもらった。

個人レーベルでの電子化にあたって、早川書房にお願いして、
この目次と章扉のデザインを私が買い取らせていただき、画像データをいただきました。
その画像データは、そのままだと、単行本のページ数が記載されていて使えない。
サイズも不都合が出るので、
加工してもOKと許可をいただいた上で、買い取らせていただいたのだ。

単行本にはない、天使のオーナメントや文字、
あるいはページの上下を飾るオーナメントを、
白黒のページにそれぞれ、ちょこっとあしらっています。
単行本時のイメージを損なわず、さらにいっそう思い描いていた状態に近づけられたかと。
単行本をお持ちの方は、比較して見ていただいても良いのかも。

当時、この白ページと黒ページは、黒鍵と白鍵をなぞらえてもいた。
またこれはギュンツブルグ陣営と、クルゼンシュテールン陣営の対比も暗に意味していた。
両陣営、赤・ゴールド系(フェニックスと蜂蜜色)と、青・シルバー系(蒼龍と銀の蘭)であると、
作中で描写あるいは言及していますが、紙の単行本だと表紙以外は色彩を使えない。
そこで、対比を白と黒で表してもいました。

-章扉
前述のとおり、章扉は単行本のデザインを早川書房から買い取らせていただいたので、
第一章の扉は、サイズ以外はそのままで使わせてもらっています。

第二章の扉は、単行本時の白い扉に、大理石模様のレイヤーをうっすらと重ねてみました。
マーブル柄の章扉と思っていただいてもいい。
古びて滲んだセピア色の紙に見えても良し、と。

-奥付
ノルウェイの画家によるノルウェイの景色。
作中でノルウェイについて言及するシーンがあります。
また、この小説の最後のページの空気感と、
この絵がもたらす透きとおった空気感が、つながっている気がしたのであった。
両端の星空は雪のイメージも兼ねています。

選んだ絵画はいずれも『コンチェルト・ダスト』の舞台と、ざっくり同じ時代の作品。
エミール・ギュンツブルグや、ユリアン・フォン・クルゼンシュテールンは、
こんな風景の渦中に存在していて、
あるいはリオネラ、ドラガもかつてはこういう景色を当然のように目に映していた……
と彷彿とさせてくれる、絵画の作品世界です。

というかKarl Wilhelm Diefenbachの『ヴァイオリン奏者』を最初に見つけたときに、
「あ……! この谷、この風景、コンチェルト・ダストのエミールのいる世界観、そのまんまだ!
というか何なの……この少年、ほぼエミールじゃん……! この表紙で電子版を作りたいなあ」
と意欲がむくむくと湧いてきて、
次の瞬間にわたしはCanvaを開いて、チクチクと表紙を作り始めていたよね。

いずれもパブリックドメインの、著作権フリーの古い絵画です。
パブリックドメインの作品は、商業利用も無制限、アーティストの明記も必要ない。
加工もいくらでも好きにほどこし本題で、部分利用・切り取りもOKという、ほんまもんのフリー。
その恩恵を最大限に享受させてもらって、このたび制作がかなった。

せめて画家と作品に敬意と感謝を表し、次に記します。
==========
表紙
中央
Karl Wilhelm Diefenbach (1851-1913)
『ヴァイオリン奏者』

両脇外枠
Aubrey Beardsley (1872-1898)
『How Queen Guenever Made Her A Nun』(部分・外枠の蔓模様のみ)

化粧扉
左上
John Atkinson Grimshaw (1836–1893)
『November』(部分)
1879年

右上
Fernand Lungren (1859–1932)
『The Café』(部分)
1882/84年
(The Art Institute of Chicago所蔵)

左下
楕円の額縁の右
表紙と同じ(部分)

楕円の額縁の左
Karl Wilhelm Diefenbach (1851-1913)
『星への問いかけ』(部分)
1901年

右下
John Atkinson Grimshaw (1836–1893)
『Autumn Morning』(部分)


Aubrey Beardsley
『How Queen Guenever Made Her A Nun』(部分・外枠の蔓模様のみ)

奥付
Harald Sohlberg (1869-1935)
『Fisherman's Cottage』1906年(部分)
(The Art Institute of Chicago所蔵)

*追記*



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『コンチェルト・ダスト』新装電子版制作中② [ニュース]

『コンチェルト・ダスト』新装電子版制作中①の続き。

既にある本をKindle化するだけなのに、
そんなにやることってある?
と思われるだろうし、私自身も内心そう思っていたのだが、始めてみると、これが結構ある。

本当は「こうしたかった」のに、様々な事情からできなかったりした部分を、
なるべく当時、思い描いていた状態に、理想に近づけていこうとしている。
作品としての精度を上げる作業をしているので。

同作を知っている人なら、どこの部分を直しているかわかると思うが、
こんな箇所もチクチクと作り直しています。
チラ見せ。

Canvaであらかた作り、Windowsペイントで仕上げた。カーニングに気を配った。
MikahNameTagtrimmed.jpg

この部分は実際に単行本になってみてから、
「アルファベット名が横書きで見られる、図を挿入した状態で、見せれば良かったかもなあ」
と痛感したので。

ドラガン・ラクロワがMikahという猫の名前を、
「たしかミラァといったかな」
と、猫の首輪についていたペンダントスタイルの名札を目にしたときを思い起こして、発言する。

通常の縦書き表記の渦中に、アルファベットを混ぜて書くと、
わかりずらく、目線が上滑りしやすいんですよね。
(ミカとミラァじゃ、けっこう違うじゃん。ドラガって実は抜けてんの?)
と、思われかねない……。

実際は、ご覧のとおりで、KとRは書体によっては相当、似て見える。
(加えてドラガは実のところ出自がキリル文字文化圏でもあるからな……。)

こういうのは具体的に見せてわかってもらったほうが、
より作品の精度が上がって、より身近に引き寄せて味わってもらえるのではと。
私たちは日本語で暮らしている以上、
KとRが似ていて時として間違いやすいと、まず日々痛感して生活してはいないですよね。
アルファベットを多用していても昨今まず装飾体とかに触れはしないし、
タイピングなら、こういうミスはあまり起こらないですしね。

かといい、
「実際KとRは似て見えるものである」
というたぐいの文章を入れるのは避けたかった。
作品の内容を左右するほどの意味はないのだし、文章の流れがいたずらに妨げられるだけだから。
そこは実際に見て、感覚的に、なるほど間違えるかもなあ……確かに──。
と思ってもらったほうが、共感度(?)が高まるわけで、
そのためには、こちらのほうが一目瞭然だなあと。

むろん、この形式にしても、そうと気づかない人ならば、
まあ気付かなくても、仕方ない程度の些細な部分です。
(何度も言うが、本筋には差しさわりが無い。)
全ての人に一読でわかるように小説を書くことは、不可能だし、
親切な文章を書きすぎると、くどくなって鬱陶しい。それはもう小説ではなくて手引書になってしまうから。

ですので、まあこんな感じに、
当作品の初版の味わいを損なわないようにしつつ、
足さず、減らさず、
本来あるべき精度を高めて、補強していく作業をしています。


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『コンチェルト・ダスト』新装電子版制作中① [ニュース]

『コンチェルト・ダスト』
Kindle版を個人レーベル「黒十字療養所出版部」にて刊行すべく、鋭意制作中です。
いや、ゆったりペースで制作中かな。

コンチェルト・ダスト(早川書房)』はありがたいことに紙の本の在庫が、いまだ健在です。
藤原薫さんの装画が表紙になっております。背表紙にも装画が。
本の装丁も『カンパニュラの銀翼(早川書房)』のハードカバーと並んでも遜色ない、
かなり高級感あるあつらえにしてもらえて、素敵な本です。
コンテンツとしてだけでなく、物としての本の質感をも愛する者にとって、うれしい本です。

ですので電子版を出す必要性を、正直、私はこれまであまり感じなかった。

え、じゃあ『カンパニュラの銀翼』や、『みがかヌかがみ(講談社)』なども紙の在庫が健在だけど、
電子版もあるよ。なんで?
そう思われるかもしれない。
これらの本は、紙の本の刊行時に、
「いずれ電子化もしますので、いいですよね」という連絡が来て、
私はただ流れ作業的にOKサインを出すだけだったのだ。

わたしは『カンパニュラの銀翼』に至っては、
電子版の確認作業すらしていない(機会を与えられていない)。
その必要性もあまり感じていない(理由は後述)。

みがかヌかがみ(講談社)』も同様で、
ただ『みがかヌかがみ』の時点では、もう私は、
電子本はフォントが明朝とゴシックのいずれかにしか変換できないらしい、
というのを知っていた。
「フォントによって語り手の変化や、雰囲気の変化をつけている部分があるので、
フォントが異なる部分は、せめて字下げ処理にしてください!」
と伝えることができました。

じゃあ『カンパニュラの銀翼』はどうなんだと思われるかもしれませんが、
この作品は紙本の文庫版が出ていることもあり、
電子版が、1年に1冊も購入されていないのである。

いやぁ、呆れるほど電子版の購入がない本でして。

すでに刊行されている電子本を取り下げてまで、手を入れるべくもない。
編集部を騒がせて、あまつさえ嫌な顔をされるかもしれないリスクを冒すまでもないだろう。
そっとしておきたい……というのが現状。

──なにしろ、生ずるとしても字面の体裁の問題。
内容が変わっているわけではない。コンテンツとして支障は出ない。
あくまで紙の本が入手できないときの、救済策という位置づけの電子版だし、
文庫版『カンパニュラの銀翼 (ハヤカワ文庫JA)』も出ているのにもかかわらず、
電子書籍をより好んで買う人は、
もとより本と同じ読み心地や、リーダビリティを求めていないのだ。
コンテンツの入手で構わない、と割り切っている人ばかりだから──

そう分かってきたから……。

出版業界では昨今、電子版の伸び率が目覚ましい。
いまや本は完璧に、電子版が紙の本にとってかわったかのような言いぶりをされることも珍しくない。
とくに経済界などでは、もっぱらそんな見識だし、
出版業界の人間ですらそういう見方をする傾向がますます強くなっている。

しかし私の『カンパニュラの銀翼(第2回アガサ・クリスティー賞受賞作』の例しかり、
現実は全然そんなことないんですよ。

その一方で、書店がどんどん潰れているのは、やはり電子版の普及のせいも大きいらしく、
ネット書店ですらも倉庫に在庫を保管しなくなってきている。

これは先日、編集者にメールで訊ねてわかったことなのですが、
たとえば『みがかヌかがみ』(紙書籍版)
アマゾン以外のネット書店だと、いずれも倉庫に在庫が無い。
出版社に問い合わせて、取り寄せる必要がある、と表示されるんです。
現実はというと、講談社の在庫は、実は健在なのだ。

 もう少し詳しく書きます。
 たとえば楽天ブックスだと、現時点では、
 [メーカー取り寄せ/
 通常6~16日程度で発送
 商品確保が難しい場合、3週間程度でキャンセルとなる可能性があります。 ]
 
 と出ます。
 もう1年以上も、こういう状態で表示されているのです。
 アマゾン以外のネット書店は、いずれも似通った状態です。 
 以前は、この手の表示が長らく出るときには、もう版元の在庫が絶版間近と思って相違なかった。
 
 だから、在庫が厳しいのかな……?
 講談社に問い合わせたところ、在庫は依然、健在とのことなのだ。

では、なぜ倉庫に置いておかないのか……?

「各ネット書店の事情を全部、把握しているわけではないので、はっきりとは断言できないが、
昨今、どこの書店も在庫縮小傾向にある。リアル本に割く規模をどんどん減らしている。
というのも代替品として電子書籍があるからOKという考え方が、一般化してきているから」(要約)

という編集部からの回答であった。
……なるほどね。

担当編集者も、私のような作家にとっては、この状況が深刻で、
命取りにもなりかねないと分かってくれてはいるんです。
「ほしい本がすぐ手に入るのがネット書店のメリットなのに、
数週間もかからないと入手できないで、《取り寄せ》と出ると、
それだけで購買意欲が損なわれてしまいますね」(要約)

(そこまで分かっているのに私達は成す術なく手をこまねているしかできないのか……)

リアル書店で本を常時、平積みに置いてもらっている作家ならばいざしらず。
ネット書店で入手してもらうくらいしか術がないのに、
そのネット書店すら在庫管理を怠る傾向があり、
「本が無いなら電子版を買えば良いじゃない?」
……oh……

コミックの電子版普及が目ざましいのは、よくわかる。
コミックは、電子版のほうがむしろメリットがありますから。
たとえば、本だと見開き絵などが歪んでしまうけれども、
電子版だと、本の咽にあたる部分も、まっ平らに広々とクリアに見える。
見開きを多用する作品などは、紙の本より美しく見やすい。

上記の理由から、私も『ゴールデンカムイ』は電子版を購入してます
(北海道の未開地を表現するために、見開きが多いよね、あの作品)。

ほかにも、カラーがカラーのまま見られるという利点もある。
連載時にはカラーが素敵だったのに、コミック化されたら扉絵が全部白黒……となりがちな作品も、
電子版を購入することが多くなりました。

蔵書スペースの問題を解決するのにも、一役買ってくれる。
コミックは概して小説本より、圧倒的に場所を食いますからね。
『進撃の巨人』とか、こんなに長くなると知っていたなら、最初から電子版を入手したわ……。
当初は、いま既に出ている巻数よりも短めで終わりにする予定だと、
作者が発言したのを見かけていましたから……。
いや、作者が描きたいように描くべきことを描けるのが一番好ましいので、
ここまで紙の本で揃えたら、最後まで紙版コミック購入でついていきますけれどね。

だからそう、漫画ならではのメリットは少なくないんですが、
小説本は電子版におけるメリットを、正直、ほぼ享受できない。
なによりフォントが2種類しか選べないし。
(これは技術的な問題だから、徐々に解消されてくるのでは? と期待してもいるが。)

やはり一定以上の長文の小説、長編小説は、紙で読むのが最も読みやすいというのは、
さまざまな実感としてあるわけだ。
電子書籍は、小説本にとって紙書籍にとってかわれるものでは絶対ない。
ただ以前ほど「ありえない、読めない」というほど、使い勝手が悪くもない。
タブレット端末は進化してきているという実感も同時に、わいてきていて。

これも何度か言ってきているけれども、
出先とか、入院先とか、いつでもどこでも読めるから、
電子本も捨てたものではないもんだと。
電子版ならではの利用価値もあるなあと。
その可能性を頭ごなしに否定してつぶしてしまうのも良くない、と思い至りまして。

私の場合、単行本は『コンチェルト・ダスト』だけが電子化されていません。
ありがたいことに『コンチェルト・ダスト(早川書房)』は紙の本の在庫があるのだから、
中里友香の個人レーベル『黒十字療養所出版部』にて当該作品の電子版を出すならば、
単なる縮小再生産にしたくないし、そうする必要もない。

新装版にして出します。
電子版のメリットを私なりに最大限に引き出したいな……と、試行錯誤中です。

電子版用には、あとがきもつける予定でいます。
あとがきでは、ここでは触れにくいことも、ちらっと言及するつもりでいます。

に続く~


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童子切安綱@東博忘備録 [た行]

ちょうど一か月前になるのか、
国宝太刀・童子切安綱にまみえんがため東京上野の東博に赴いた。
近くで用事があったので遠回りして寄ってみた。2月7日木曜のことである。

ONLINEゲーム『刀剣乱舞』では、
新刀種「剣(つるぎ)」である白山吉光(はくさんよしみつ)がこのほど実装されましたね。
重傷回復機能というヒーリング力が搭載されていて、
……刀剣乱舞もやればできるんだ! 喜ばしいね!

神聖なルックスにひきかえ、口を開けば圧倒的なロボ色の白山吉光。
皆さん大いに面喰らったのでは(……少なくとも当初の私はかなり面喰らった)。
見た目の期待値と、中身とが正反対。きたかこのパターン、刀剣乱舞のお得意技。

一期一振が包容力ある「いちにい」であるところが補強された一面も見られ、とても嬉しい。
白山くん、粟田口で良かったね……。
粟田口一族じゃなかったら浮きまくって、当本丸にすんなり馴染めたかどうか、
ゲーム審神者の私は自信がなかったよ。

実は前々から薄々、感じているのは私だけじゃないだろうけど、
一期一振ってひょっとすると粟田口吉光と名がつくと、途端にものすごく盲目的、
ものすごくザル勘定になるんでは? 
もう粟田口なら誰であろうと何であっても受け入れますぞ、粟田口吉光唯一の太刀である兄として!
という姿勢がもろ見えで、流石のいちにいであった。

この白山吉光がやってくるとわかるまで、
刀剣乱舞・新刀剣実装というニュースに、
「お? ついに童子切安綱くるか。いやいやあるいは石田正宗」
と、ささやかれても居たわけだが、その両方が東博に展示されていたのである。
見に行かなくっちゃ、であった。

童子切安綱──天下五剣であり国宝でもある。
刀剣乱舞では、大包平が回想で名前を出してはっきりと言及するので、実装は確定済み。
今のところは未実装で、どんなルックスと戦闘力とキャラ設定で出てくるのかは全く謎です。

たとえもし「刀剣乱舞」でゲーム審神者をしていなかろうとも、
一介のゆるい刀好きとして、この刀は私は絶対に見ておきたい。
東博にあるからといって、いつ展示の機会が巡ってくるともしれないし、
……季節が夏だったら、私は悠長に出歩けない……。
ゲーム内で実装されてからでは、きっと混むよね……。
本日は体調も気候も好ましくある……と、その日、せっせと足を伸ばしたのだ。

たどりつくまでの通り道、上野の不忍池では、ポールにいちいちカモメが休んでいて、
白い胸羽がふっくりして風にそよがれていて、愛おしい……。
失礼ながら、カメラを向けさせていただいた……。

一瞬、え……! なっ? みたいな感じに、私に反応して、
飛び立とうか、様子見する鳥たちなんですが、すぐに、
あ、この人はただの鳥好きだ……。
あ、この距離感の丁寧な詰めかたは、ただの鳥好き……。

ピリッとしかけた鳥はおのおの居ずまいを元通りにすんなりゆるめ、
居るよね、こういうただの無害な鳥好き人間って……
と、私は生あたたかく流し見されて、近寄るのを黙認されるのであった。
あ、なんか幸せかも……と私は涙ぐんだ。まじめに。

DSC_0701.JPG

雀、鶺鴒(せきれい)や、鵜なども居ました。

東博に着いたのは午後4時半前だったか。
5時には閉まるので、お目当てに直行します。
以前はもっと遅くまでやっていた気がするんだけど……。
(と思ってチェックしてみたら、11月1日が例外的に21時までやっていた。)

お目当ての刀剣に直行する、その刀剣部屋にたどり着くまでの手前に、
見事な鞍が。

IMG_20190207_161437.jpg
IMG_20190207_161504.jpg

巴模様の螺鈿(らでん)の出来栄え、美しさ、これが平安時代作な事といい、状態の良さといい、
重要文化財なのも納得の風格です。
どんな貴人が使っていたのか。それとも飾り物だったのかなあ。

で、刀剣。
童子切安綱は、かつて三日月宗近が展示されていた、
私が勝手に三日月の指定席と思っている区画に在った(と思う)。
2018年4月には大包平が展示されていた、その隣にあたるかと。

正面に来たとたん息を呑む経験は滅多にないですが
(……たとえば私は三日月宗近には、そこまでときめかなかったのであった、
多分に、裏側展示されていたせいだと思うんだが。)
童子切安綱は存在の傑物感が並大抵でなかった。

三日月宗近(天下五剣)のすらりとした優美さと、
大包平(国宝)の威風堂々振り、
その二物を兼ね備えている、まごうことなき逸品なのが、素人の私から見ても、一目瞭然でした。

堂々と立派でありつつ、美しい。 
白眉。……といってもその存在感においてであって、
色としては白刃というより、鋼の黒が勝っている印象だった。

比較対象が無いので、写真だと良さが映りにくいかもしれないんですが。
大振りな一振りをまるまる映すのですら、困難なので(ファインダーの枠に入りきらない)……。
それにしても今回は写真がうまく撮れていなかった……。
一応載せます。

IMG_20190207_161824.jpg

IMG_20190207_161830.jpg

天下五剣でありつつ、かつまた国宝でもある童子切安綱が、
ゲーム内でどんな刀剣男士として実装されるのか。
ますます楽しみになってきました。

石田正宗は、先日、小龍景光が居たブースに在ったかと。
石田正宗を見るのは二度目です。
2015年春の大関ヶ原展で、
京都から骨喰藤四郎が、両国の江戸東京博物館に出張展示。
同時に、個人所有の蜻蛉切も同じ江戸博にやってきたときだったと思う。
石田正宗も来ていたのだ。
刀剣乱舞に実装されてもいないし、他にも数々の刀剣が展示されていたなか、
それでも石田正宗は鮮明に記憶に残っている。

刀の棟(刃ではなく背中側)に、二か所、大きな切込傷が入っていたからです。
物打ち(切っ先三寸の一番切れるところ)と、腰元(刀の反りが入る部分ですね)の部分。

当時、大関ヶ原展に行ったとき友人と、
「あっぶな~」
「ここで敵の刃を防いだのか、間一髪じゃん」
「しかも二回も! 打ち込まれて!」
と、言い合ったのを覚えている。
江戸博では、二か所の傷がよく見えるように展示されてもいた。

今回、屈みこんで見上げたら、その二か所の傷痕が目印となって目に飛びこんで、
……あ、いつぞやの! 君だな!

DSC_0724.JPG

DSC_0725.JPG

そのほか、加州(清光ではない)や、
来国光の太刀なども。この来派の太刀は茎の生(うぶ)っぷりが超きれいで、目を引いた。

長船派の小太刀があって、地肌は長船特有の華やかさで大層きれいなのだが、
体格のバランスがホビットみたいで異色だった。

南北朝時代の青江の太刀もありました。
現在、丸亀城にある、にっかり青江を、わたしは生で見たことがないけれども、
青江派、ものものしい威圧感があって、ちょっと大陸を思わせる身幅の広い、大振りで。
なめらかに釉薬をかけたみたいな艶感のある刀なんですね。
凄味があった。
にっかり青江も、もとはといえば大太刀だったのを、
時代に合うように大脇差にすりあげられたんだっけ……。

ミュージアムショップに寄りましたら、2018年秋に京都で大々的に催された、
──特別展「京のかたな」匠のわざと雅のこころ──
この図録が平積みで置いてあり、
ラッキー! 

価格で言うと、そこそこのお値段ともいえるけど、
刀剣の百科事典のように使える感じですらあるので、かなりの割安感でした。
当時、行きたかったけど到底行けなかったので、
このたび飛びついて買ったわけですが、図録すなわち写真集ですので、
良い紙を使っていて、見た目以上に重い。
こういう本こそ通販で買いたい。
だが少なくとも私がチェックした限りでは、どこの通販でも入手不可だったのだ。
道中、持って帰るのが重たすぎて、そこは正直かなりこたえた。

(いずれの写真もクリックすると拡大します。)

2019年3月壁紙カレンダー無料配布 [ニュース]

2019年3月デスクトップカレンダー、作りました。
よろしければデスクトップ背景にどうぞお使いください。

2019年3月に選んだ絵は、Arthur RackhamのUndine (1909)。
英語読みでアンダイン。
水の妖精・ウンディーネです。

アンダインというと、『よんでますよ、アザゼルさん。』という漫画で、
思いこみ激しく嫉妬深く、見てくれもちょっとなんか微妙にぬめっとしている「アンダイン恵」
というエキセントリックな悪魔として登場していたのが印象的すぎるので、
ここではウンディーネって呼ぼう。

春先はドーバー海峡を含むイギリス海峡(またの名を英仏海峡)の波が荒れている、
というのを私はたしか、映画『ある貴婦人の肖像』で知った気がするのだが……うろ覚え。
作中で、ニコール・キッドマンが素朴で快活な娘時代を経て、劇的に暗く美しく変貌を遂げ、
ヴィゴ・モーテンセンが、わりと端役なんだけど非常に印象的なアメリカ人の役をしていた。
そこんとこは、とてもよく覚えているんだが。

さておき、春風でうねる波とのびやかなニンフの姿が、
なんとなくヴィーナス誕生の絵柄をも想起して、
3月の季節感に合う気がしたので、選びました。

今回でデスクトップカレンダー配布を、ひとまずいったん終わりにすることもありまして、
2点ずつ(計4点)作ってみました。
西暦が左側にあるか、右側にあるかの差です。
ご自身のデスクトップの様子をかんがみて、使いやすいほうをどうぞ。

◆ダウンロードの仕方
下記のサムネイル画像をクリックし、原寸大を表示。
右クリックで「デスクトップの背景に設置」で設置完了です。
(あるいは右クリックで「名前をつけて画像を保存」をしてから、壁紙に設定。)

PCのアスペクト比に準じて、使えそうなほうを選んでください。
PCのデスクトップを右クリックして「画面と解像度」の項目を開くと、わかります。

◆1920px×1080px:PNG横長ワイド版のデスクトップ向け。
2019 Free Calendar Wallpaper March-r* (4.18MB)
27.png

2019 Free Calendar Wallpaper March-l* (4.17MB)
28.png

◆1440px×900px:PNG(2.73MB)こちらは従来PCの画面サイズ。
2019年3月壁紙カレンダー-r*
1.png

2019年3月壁紙カレンダー-l*
2.png

背景のデザイン部分は、大理石のマーブル柄と、星空の写真とを重ね合わせ、
透過性や明暗・彩度などを加工して、作っています。
波とも星雲ともつかない仕上がりが、そこそこ気に入っている。

2018年2月から始めた、このデスクトップカレンダーの無料配布、
2019年3月分、今回でひとまず終わりにします。
趣味の範囲を出ない……というか自分用に作っていたので、
お粗末様のお目汚しな点もあったかもしれませんが、私自身は楽しんでやれました☆

ヴィンテージで著作権フリーの好みの絵柄が一定数、集まったら、
うずうずしてくるだろう。
そうなったらまた作りたいと思います。

*All Rights Reserved.
無断転載や二次配布を禁じます。

海と毒薬、鯨と水銀 [あ行]

日本のIWC脱退と、捕鯨再開について報じられたのは2018年12月末。
つまり一か月余しか経っていない現在進行形のニュースなのにもかかわらず、
年末年始を挟んだせいもあってか、なんだかすっかり過去の話になっている節がある、
クジラ肉と捕鯨の話題。

いろいろな見解、
つまり伝統を守るとか、日本の食文化を守るとか、
いやいやクジラは今でも立派な現役の郷土食であるんだとか、
一方で、国際世論とのバランスとか、動物保護の必要性とか、協調路線の重要性とか、
政治・経済・環境・文化の見地から、当時はさまざまな議論を見かけた。

そんな中で、あれ……どうして誰も指摘しないんだろう……
そう私が感じていたことが一点、あったのだ。
年の瀬とともに、なんだかんだでこの話題は世論のタイムラインをずいずいと流れていって、
当時は立派な炎上案件も、今ではすっかり下火の話題になった。

実際、より深刻な……たとえばインフルエンザ脳症とか、
耐性菌みたいな、他人事では済まない生命の危機にかかわるニュースが浮上する中で、
沖合・遠洋の捕鯨は、(べつに関係者でもないし)まあ遠い話題として流していい。
人の健康や生死に直結する問題でもなさそうだしねえ。一見すると。

別段、わたしは積極的に捕鯨やIWC脱退について、
その議論の情報を熱心に集めていたわけではない。
だからひょっとすると、私のあずかり知らぬところで、
誰かがちゃんと指摘していたのかもしれないんだが、
──今ちょっとググったところでは、出てはこない……。
なので、どうしてもちょっと引っかかるため、ここでひっそり指摘しておきたいと思います。
なぜ誰も水銀の危険性について話題にしないの、と。

水銀の危険性についてざっくりと把握するにはこちらの記事を。

魚介類・鯨類の水銀についてのQ&A - 日本生協連
https://jccu.coop/food-safety/qa/qa02_02.html

2003年に作成され、2015年更新されています。
リンクが切れたりしたら困るから、重要事項を下記に部分的に抜粋しておこう。
改行位置はいじっています。
気になる方々は、上記URLの全文を読んでね。

=========(抜粋はじめ)

サメ類、深海魚類、鯨類(鯨、イルカ)など
メチル水銀濃度が高い水産物を主菜とする料理を週2回以内
(合計で週におおむね100~200g程度以下)にすることをお勧めします。

鯨肉のうちイルカ(歯鯨類)の肉には特に高い濃度のメチル水銀が含まれるため、
ごくたまに嗜む程度にされることをお勧めします。

◎妊婦、幼児、近く妊娠を予定されている方へ

メチル水銀は特に胎児の中枢神経の発達に影響を及ぼすとされています。
 
妊婦、幼児、近く妊娠を予定されている方は、
マグロ類(マグロ、カジキ)、サメ類、深海魚類、鯨類(鯨、イルカ)など
メチル水銀濃度が高い水産物を主菜とする料理を週1回以内
(合計で週におおむね50~100g程度以下)にすることをお勧めします。

サンマ、イワシ、サバなどメチル水銀濃度が低い水産物を控える必要は特にありません。

鯨肉のうちイルカ(歯鯨類)の肉には特に高い濃度のメチル水銀が含まれるため、
妊婦、幼児、近く妊娠を予定されている方は、イルカ肉の摂取を控えることをお勧めします。

なお、イルカ肉が「ミンククジラ」「クジラ」等と不適正な表示をして販売されるケースもあるのでご注意ください。

(抜粋おわり)=======

ごく一部なので、詳細はURLの記事全文に目を通すことをお勧めします。

また下記の、厚生省による報告書も参考までに。
こちらは長いので、必要なところだけざっくりとでも良いと思うけれども。

鯨由来食品のPCB・水銀の汚染実態調査結果について
https://www.mhlw.go.jp/houdou/2003/01/h0116-4.html
平成13年の調査結果・平成15年に発表されたもの。

なお、厚生省のデータや調査報告書について、
上述の日本生協連の記事内でいくつか指摘がある。
そちらも一部、抜粋を。

=======(抜粋はじめ)

〇なお、厚生労働省は生データでは水銀濃度が高い魚種でも検体数が少ないものについて、
追加データも取ることなく対象魚種から外していることも問題です。

〇妊婦(胎児)に次いで感受性が高いと考えられる幼児や一般の人に対する注意喚起がない。
厚生労働省の注意事項では、対象をもっぱら妊婦及び妊娠の可能性のある方に限っていますが、
その他の方にもメチル水銀は有害です。

(抜粋おわり)=======

厚生省の報告書のほうであっても、ちょっと目を通しただけで、
あ、これ結構、危険な奴です……もっと吟味して周知しなくて良いんですか?
……という案件は、散見されます。

例を挙げると、
「国民全体から見た鯨の摂取量は魚介類と比べ1g以下と極めて少ない。」

……そりゃそうだよね。
少なくとも私の身の回りで鯨肉を食する人はいない。
だからこそ、日本の世論もまっぷたつ、という部分がある。
私を含め、鯨肉は完全に過去のもの。

でも、一部エリアでは日常的に食べている人がいる。
鯨肉を欲している人もいて、なんだかんだと根強い人気と需要が確実にある。
みんながちょっとずつ食べているわけじゃないんですから。
国民全体で摂取量を割ったって、まったく意味がない。
一部の人が極端に消費しているわけですから。

そんな彼らは、水銀の危険性について、きちんと把握できているのか?

とはいえ当時は商業捕鯨もしていない。
鯨肉市場は限られていた。
問題が大きく取り沙汰されなくても、仕方なかった──
と、行政側や供給者が言い逃れできる状況にあったんだろう。

今後は、注意喚起が絶対必要になってくる。
なのにまったく、見かけないんですよね。
健康な大人にとってもメチル水銀は有害なのはもちろんなのですが、
鯨肉の栄養価の高さなどにのみスポットがあたって、
仮に病人や、老人などが食したら、どんな被害が出うるか。
メチル水銀は精神障害も生じます。
病気のせいで精神がおかしくなった、年のせいで認知症になった、
そんな誤解でうやむやになっているうちに被害が拡大しかねず、
その手の想定に対する対策、危機回避は、果たしてきちんと講じられているのかな……?

水銀中毒の危険性を考えるにともない、私はこの記事を思い出したので、

参考までにこちらを。



共通テーマ:グルメ・料理

2019年2月壁紙カレンダー無料配布 [ニュース]

2019年2月デスクトップカレンダー、作りました。
設置しておきますので、よろしければデスクトップ背景にどうぞお使いください。

2019年2月に選んだ絵は、ジェームス・マシュー・バリーの『ピーターパン』の前日譚である、
『ケンジントン公園のピーター・パン』に、
Arthur Rackhamが絵をつけたものです。
"Peter Pan in Kensington Gardens"の挿画の一葉。

 なお、2018年9月にデスクトップカレンダーに選んだ妖精と雀も、
 出典はこのピーターパンです。

絵のタイトルは“Linkmen running in front carrying winter cherries”
タイトルというか、説明文── キャプションですね。
妖精たちの舞踏会のシーンで、松明持ちの妖精が、来賓者を案内する場面の挿画。
(Linkman、ここでは劇場などの案内係の意。)

私がこの絵を選んだのは、単純に「ふくろう可愛い。好き」であり、
鬼灯がある時点で、2月はふさわしくないのでは?
と一瞬、思いもしたけれど、
鬼灯って乾燥させて飾ったりもするからさ……良しとしよう。

乾燥させた食用ホオズキは、実を食べたりもしますよね。
昨今、日本産のも出回っている。
私は海外食品を扱っている雑貨屋とかで、たしか英国産のを買っていた。
あの酸味とドライフルーツ特有の甘さのコンビネーションにやみつきになって、
一時期、アホみたいに食べてました。食用のは、おもに黄色い実で。

子供の時に生のホオズキの赤い実を、家で一ツ、食べたことがあったけれど、
あれも甘いプチトマトっぽい味がしたよなあ(同じナス科)。
今は生で食するとか、乾燥ものであっても火を通さないで食べるとか絶対しない……
アレルギー症状が出たら怖すぎる。
野菜もフルーツもいずれを問わず、クッタクタになるまで、
むかしの軍隊並みにぐっつぐつに火を通したものしか食べられない。

啓蟄(けいちつ)を想起する絵だなあという気がしたので、2月にしました。
啓蟄は太陰暦の2月なので、
現在にあてはめると、3月に相当するらしいんですけど、
厳密なことは、脇に置いておこっか……。

◆ダウンロードの仕方
下記のサムネイル画像をクリックし、原寸大を表示。
右クリックで「デスクトップの背景に設置」で設置完了です。
(あるいは右クリックで「名前をつけて画像を保存」をしてから、壁紙に設定。)

PCのアスペクト比に準じて、使えそうなほうを選んでください。
PCのデスクトップを右クリックして「画面と解像度」の項目を開くと、わかります。

◆1920px×1080px:PNG(3.56MB)横長ワイド版のデスクトップ向け。
2019 Feb Free Calendar Wallpaper*
2019 Free Calender Wallpaper fairy vintage1920px×1080px(5).png


◆1440px×900px:PNG(2.36MB)こちらは従来PCの画面サイズ。
2019年2月壁紙カレンダー*
2019壁紙カレンダー・無料ダウンロード1440px×900px(7).png

2018年2月から始めた、このデスクトップカレンダーの無料配布、
一年(つまり12か月分)でやめるつもりで始めたのですが、
中途半端な時期になるので、いっそのことと、
2019年3月分まで、やります。
2018年度末で、いったんちょっと区切りをつけよう、と。
来月でひとまず最後にします。

今回の2月のデスクトップは、
7月、9月の次くらいに、デザインの仕上がりが気に入っているかも。
(ネット上で著作権フリーで入手できるこの原画の画像がやや粗いのは、少々悲しい。)

実際にデスクトップの背景に置いたときの、見やすさという点で言えば、
先月の1月がダントツでした。

*All Rights Reserved.
無断転載や二次配布を禁じます。

† Hyde黒ミサBIRTHDAY1/29 † ライヴ・ヴューイング@新宿TOHOシネマ [は行]

“HYDE ACOUSTIC CONCERT 2019 黒ミサ BIRTHDAY”
ハイドの誕生日に、ハイドの出身地である和歌山のビッグホールで行われるコンサート。
そのライヴ・ヴューイング@新宿TOHOシネマに行ってきました。

年末のラルクリスマス・ライヴの感想レポ的なものを書こう書こうと、思っている間に、
Hyde黒ミサBirthdayのライヴ・ヴューイングの日がやってきちゃったわけなのだった。
今回の黒ミサも、MCを含めた詳細はあとで書く予定ですが、
いまこの熱の冷めやらぬ時に、短く書いておきたい。

とにかく昨年よりスケールも、完成度も、アレンジも、何もかもが桁違いに、とてつもなく良かった。

昨年の黒ミサは「……んん、オーケストラというか室内音楽みたいな感じ……」
と、少々、私は出鼻をくじかれたし、
「黒ミサとは名ばかりで、実際は冬のクリスマスムードの音楽ばっかりだな……」
とも感じたのでしたが、
今回はこれら(私にとっての懸念)を払拭する陶酔感がすごかったんだ。

もう出だしから、好きな曲のオンパレード……。
黒ミサという看板にたがわず、ガッツリとゴシックな曲で占められていて、
かといい飽きないようにゴシックの色々な面を映し出す、多層な曲調のナンバーで構成されている。
そうでなくとも、アレンジの仕方がもう、いちいち最高です。
そうかこれがハイドの世界観を煮詰めたり昇華させたりした、結晶なんだな……。
そういう結晶の数珠つなぎ。

新鮮なアレンジというよりは、曲の良さを掘り下げて、深みを出していくアレンジであって、
新規開拓というより、もう実家に井戸掘っちゃう感じだ。
かと思うと新曲披露もありました。曲も歌詞も美しいナンバーで、
そうか時には掘った井戸から温泉も出ちゃうのか、おお滾々と湧きいずるよ。

何層にも深みと驚きとがたたなわっていて、
ハイドの声は張りと光沢と声量があって、最高でしたし。
MCもソロならではの、胸中をファンにだけ素直に吐露してくれるような、
本当に言いたいこと、言うべきことを、
時には言葉を探し探ししつつ、きちんとみっちり伝えてくれようとする心意気を感じる。

そして最後の最後に、ゴシックとはかけ離れた、驚きの展開が……!
いくらBirthdayのサプライズにしたって、ちょっと、どうなんだよ……!

私、自分は勿論のこと、
人がサプライズで当惑したり面食らっていたりするのを目の当たりにするのが、わりと苦手です。
いくら悪戯心からではなく、100%まごころ善意サプライズであれ。

サプライズの「裏をかく」という性質上、
余程でなければ、諸手(もろて)を上げて、喜べないんだな……。
カミュの『異邦人』に、
立身出世した男のまあ善意によるサプライズが最悪な結果を招いた事件について、
その新聞記事を、主人公が刑務所で読む場面があります。
あれ、ほかのどのシーンよりも強烈に覚えている。
あの心境、すごい的確。すんごくわかるですよ。

今回、
え、サプライズの度合いというものがあるだろうによう……と思いました。
最高の歓喜溢れるサプライズではあるんだけど、タイミングってのがさ……と。

いくら私がラルクファンであろうとも。
ラルクの中で好きな曲がほぼKen曲な気がするほどで、
ハイドとKenが仲良くしゃべったり、セッションしたりするのを見たり聞いたりするだけで、
嬉しく楽しく、しおれた心も活気に満ちだして、元気がわいてくるにしたってよ。

本来ならば超絶嬉しいはずなんですが、
ハイドがガチで面食らっているのを目の当たりにして、
(度が過ぎんだろ……!) 
と、一瞬、かなり苦々しく感じてしまった。

アリーナじゅうは超・大盛り上がりで、全員が立ち上がっての大歓声。

これって……ケネディ大統領の誕生パーティに、
マリア・カラスが圧倒的歌唱力でトスカだかカルメンだかを歌って、観衆をノックアウトしたあと、
いきなり遅れてマリリン・モンローが登場した状況と、よく似てないか?
モンローのコケティッシュなHappy Birthdayが、
その場のすべてをさらってしまったという。

これまでハイドが、インターミッションもなく、みっちり2時間以上をかけて積み上げてきた、
涙がこみあげるほどの感動渦巻く、魂のこもった錬成陣をだよ。
ゴシックの陶酔感に満ちた霧が立ちこめていたような、空気感をだよ。
家に帰ってもどっぷり余韻に浸ろうと思っていた宝物のようなひとときをだよ。
Kenが現れたとたんに、一気に薙ぎ払って、場をさらってしまったじゃんか。
ハイドのコンサートなのに……。

Ken、ラルクリの時も思いましたが、確実にスリムになりました。
一時期は、ちょっと葉加瀬太郎に似てきて、なんだか心配だったんだけど、
ずいぶんとシュッとした。
トークも面白かったけどさ。
ラルクの時よりトークが良かったんだけどね。ハイドへの愛と気遣いに満ちてもいた。

で、状況を呑みこんだハイド、たちまちソロのHYDEの顔から、ラルクのHydeの顔になり、
その豹変ぶりを映すスクリーンを目にしながら私は、
ラルクのハイドが大好きなんだけどね、たしかにラルクのハイドの笑い方が大好きなんだけどさ。

今回ばかりはソロのHYDEのままでも良かったのに……。

昨シーズンは、ハイドとKenのMC、二人で笑いあっている状況に、
クスリともニコリともしていなかったアコースティック&クラシックの楽団メンバー。
今回はつられたように一緒に笑ったり、無言で相槌のように頷いたりしていた。
メンバーの面子がすこし変わったのか? それとも進化したのか。

Kenがギターを弾きだします。
え、待って、なんの曲やるんすか? 
とか慌て気味に笑っていたハイドも、
結局、よく温まった咽で、慣れた調子で歌いあげていきます。
“White Feather”
本来、ノリの良いロックな曲なのが、
今回バックのアコースティック&クラシックの楽団が、
ラルクでは聞けないアレンジと音色で、リズミカルに美しく盛り上げていく。
さなかに白い羽毛がステージに、かつまた和歌山の会場じゅうにたくさん振ってくる。

HydeもKenも、ファンへのサービスとばかりに仲良しで、
もう何なんだよこれ……ちっくしょう、心憎いぜ、超良いんだもの……。

この最高具合、なんかずるい気が!
色々とやられたな……想定外の密度の濃さ……。
漫然とではなく、一喜一憂しながら楽しみましたよ、ええ。

(Kenを登場させるタイミング、登場方法の演出方法には、
改善の余地があるとは大いに思ったけどもね。
サプライズする瞬間を、音……音楽でつくりだすというのは、
サプライズされるミュージシャンにとっては厳しいと思う。
すべてを背負って、全身全霊をこめて、地元の和歌山ビッグホールでの初コンサート、
魂を投入してやっている最中に。
締めの一番大事な場面で、いきなり突然、想定にない音楽が、
自分の知らない間合いで演奏されだす……そんな恐怖があっていいのか。
一生懸命打ちこんできた人ほど、ものすごく当惑するに決まっている。
それをサプライズ大成功って、喜べるかなあ……。サプライズじゃなくてドッキリじゃないか。
あの瞬間、本当に私はむちゃくちゃ興が覚めかけた。
Kenがドッキリに利用されている気がして居たたまれなかったし。
せめて暗転からのライトアップとか、なんかやり方があるだろうに。
サプライズ内容自体は素敵だったんだから。)

まあ、よくよく考えてみれば、
Kenの登場ですべてがしぼんでしまうような程度の黒ミサBirthdayではなかった。
濃厚と書いてリッチとルビをふる感じの充足感に満ちていた。
あとHydeはファンが大喜びしているのであれば、結局自分も喜んでしまうんですよね。

ほぼ大寒の寒さの中を帰宅しても、熱が冷めやらないので、
とりあえずここに書いておくことにしました。

追記(2019/3/31)



共通テーマ:音楽

サンファン展に行ってきた──Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2の世界展 [さ行]

 L'Arc-en-Ciel LIVE 2018 L'ArChristmasの詳しい感想は必ずアップするつもりでいる。
 が、時系列を意識していると、順繰りに、滞りそうなので……。

12月に終わったばかりの『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2
3期制作も決定して、ファンとして嬉しいかぎり。今からもう楽しみである。
その世界展に、友人と行ってきました。

年も明けたばかりの2019年1/6日曜@西武池袋本店・別館2階。

私が池袋に最後に訪れたのは、
第2回アガサ・クリスティー賞受賞作『カンパニュラの銀翼』を刊行して、
池袋ジュンク堂まで、早川書房の人に連れられて、サイン本を作りにいったときだ。

6年ぶりになるのか……。

以前、『萩尾望都原画展』に一緒にいった友人と、
このたび同じ池袋西武デパート別館に向かったのですが、
「ここに二人でくるのが久しぶりすぎる……」
あとで当該ブログで確認したら、2009年12月であった……。
5年とかくらい前、と言い合っていたんだけど……。

サンファン展、なにしろ開催期間が短くて、1/2~8まで。
年明け早々すぎるし、一週間足らずです。
もっとみっちりやればよいのに~。

スペース的には、さほど大規模って感じはしないですが、
中身的には大規模展示で、広告に偽りなし。
かなり密度が濃いし、充実しているしで、大満足。

ごく一部を除いて写真撮影が基本的にOKだったので、
来客者はみんなスマフォや、デジタル一眼レフなどを片手に、撮る撮る写真を撮りまくる。
もう布袋劇の人形の撮影会ですよ、ちょっとした。
もちろん私も携帯で撮りました。

みんな、器用に画面上のズームを駆使して撮るなかで、
私はおもに生ズーム
(自分自身が近づいたり遠ざかったり、中腰に屈んだりしてフレーム内におさめんと頑張る)。
でも恥ずかしがらずに果敢にいっぱい撮ってきたよ……。

照明が薄暗いのと、来場者を写真に入れないようにするのが結構、難儀で、
きちんと撮れているのは少なかった……。

目ぼしい人形を撮った写真のうち、まあまあ見られる写真で、ざっくりスライドを作った。
ほぼ経路順に並んでいます。

サンファン展2:スライド中里友香撮影)
全29枚です。

凜雪鴉(りんせつあ)は、とかく写真映りが良い。

1期から使い込んでいるせいか、それとも煙管を常に持っている設定のせいなのか、
手の指がかなり黒ずんでいた。
また、衣装の青い裾模様、写真では綺麗に見えるけれども、おもいのほか安っぽい素材。
ただ、とにかく後ろ姿から何から全身にみなぎっている美麗ぶりがすごい。
さすが掠風竊塵(りょうふうせつじん)だよ、ってな感じ。

凜雪鴉の一見優美な衣装に比べて、
浪巫謠(ろうふよう)の衣装の作りこみは本物。尋常でなく格が違う。
いちいち刺繍だしビーズだし……オートクチュールや伝統衣装も顔負けの美しさよ。
もと宮廷楽士の吟遊詩人だけあって、装いかたがプロだ……。
それとも宮廷内の信奉者からの貢物ででも、あっただろうか。
こりゃあ、浪巫謠が凜雪鴉を一目見るなり、
「あいつ偽物」
的な発言をかまして軽蔑するのも、無理はなかったのだね。

衣装がきれいと言えば、蠍瓔珞(カツエイラク)も相当、ファンシーでした。
指に毒を仕込んでいるだけあって、手元の作りこみも気合が入っている。

殤不患(ショウフカン)の装いやキャラが、あまりに浪巫謠と正反対で、
その対比ぶりが生で見るとわかりやすかった。
その殤不患の写真が無いのは、
どう加工しても来場者が映りこんでしまったからで、撮ってはきています(が載せられない)。
同様の理由で、蔑天骸(ベツテンガイ)もスライドに居ない。
……そう、2期のキャラをメイン展示ですが、1期のキャラの人形もありました。

刑亥(ケイガイ)が、生で見ると、想定していたより地味でおとなしいのが意外でした。
物語に登場すると、あの物腰、ライティングと、棘を含んだあでやかな声で、
うわぁ面倒くさい姐さんが出てきた、……という毒々しく派手な印象なのに。

作中では三下の雑魚って感じで次々に出てくる玄鬼宗(ゲンキシュウ)が、
実物を生で見ると、黒ずくめで格好良かった。

私の大好きな殺無生(せつむしょう)──
ストイックな殺し屋、律儀な悪党、高潔な一匹狼、まさしく剣鬼。
生まれたときから人の優しさに触れたことがないために、
凜雪鴉の甘言にホロッとほだされ、赤子の手をひねるように騙される、
映画版『Thunderbolt Fantasy 生死一劍』*が、実に哀れなのだったが──
別名・鳴鳳決殺(メイホウケッサツ)である彼の布袋人形は、作中や写真で見るよりも、
(髪の色がすんごい紫なんだ……)

あとで見直したら、
呆れるくらい殺無生と浪巫謠の写真が圧倒的に多かった。
ルックスの好みが大変にわかりやすい、わたし。
もちろんルックスだけでなく、キャラクターとして、声も役回りも性格も含めて、
殺無生も、浪巫謠も(おしゃべりな聆牙こみで)、相当好きです。

浪巫謠はみんな大好きらしく、
クリアファイルなどのグッズも、浪巫謠(&聆牙)だけ、一番に売り切れていた。


https://youtu.be/AImWnxx8IZQ
*Thunderbolt Fantasy 生死一劍 予告編

新年1月壁紙カレンダー無料配布 [ニュース]

近々L'Arc-en-Ciel LIVE 2018 L'ArChristmasについてのもうちょっと詳細な感想をアップしようと思っている。

その前に、新年が明けた。
2019年デスクトップカレンダーを設置しておきます。
よろしければ、デスクトップ背景にぜひどうぞ。

2019年1月に選んだ絵はArthur Rackhamによる"The Lamb and the Serpent"
直訳すると「子羊と蛇」──この聖書的な単語の並んだタイトルが、
はたして童話やおとぎ話のたぐいであったのか、だとしたらどういう話だったのか、
今回、私に調べはついておりません。絵に子羊の姿も、蛇の姿も描かれていない。

◆ダウンロードの仕方
下記のサムネイル画像をクリックし、原寸大を表示。
右クリックで「デスクトップの背景に設置」で設置完了です。
(あるいは右クリックで「名前をつけて画像を保存」をしてから、壁紙に設定。)

PCのアスペクト比に準じて、使えそうなほうを選んでください。
PCのデスクトップを右クリックして「画面と解像度」の項目を開くと、わかります。

◆1920px×1080px:PNG(3.42MB)横長ワイド版のデスクトップ向け。
2019 Free Calendar Wallpaper Jan*
2019 Free Calender Wallpaper fairy vintage1920px×1080px(4).png

◆1440px×900px:PNG(2.28MB)こちらは従来PCの画面サイズ。
2019壁紙カレンダーJan*
2019壁紙カレンダー・無料ダウンロード1440px×900px(6).png

新年あけて、平成最後の一月です。
平成最後の~が分かっているというのは、史上初めてでもありますね。
平年より格段ぬくい12月から一気にバタバタっと、冬が加速してきました。

そういえば年末NHKの紅白は、
刀剣乱舞のミュージカル部隊登場に、
ゲーム審神者の一人として私は内心ハラハラしていたのだったが(初鑑賞です)。

蓋をあけたら、あの狭い舞台上の至近距離で、ブンブンと長ものを振り回して、
危なげなくキレッキレ。
(衣装をもうちょっと高級感ある風合いにしてくれないか……とは思うけれど、
そうすると、おそらくあんな風には動けないのだ。)
各刀剣男士入り乱れ、殺陣っぽい演出だからそれぞれ違う振り付けで、
一歩あるいは一手まちがえば、物凄く危なっかしくて危険な行為になりかねないのに。
おそろしくストイックな稽古をしているんだろうなあ……というのが、伝わってきました。

*All Rights Reserved.
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ラルクリ2018@東京ドーム初日12/19参戦 [ら行]

水曜日、L'Arc-en-Ciel LIVE 2018 L'ArChristmas(12/19初日公演)に行ってきましたよ!
1年8か月ぶりのラルクライヴ!
1年8か月ぶりの東京ドーム!
無論、両日参戦を狙ったが、初日だけチケットが取れたのだ。
それでも十分にラッキーであり、満足である。

夏頃だったか、ラルクがクリスマスライヴをやる! と発表がありまして。
よっしゃ、チケット取るぞ、
と意気込んで、チケットボードの落選に次ぐ落選のあと、
ようやくラルクモバイル会員経由で、よーし取れた……!
……という頃はまだ、
わたしは本当に行けるだろうか……というほど体調がいかれポンチで信用できなかった。

だから、この日のために体調管理に心血を注ぎ、
調整してきたといっても過言でないのだ、本当に。
今となっては健康不安もほぼ解消されて、
不調に対してもある程度、対策を取れるようになって、
本当に無事に行ってこられた。

私は今回、一塁側の席なので、
まず40~41番長嶋ゲートを通過。
ラルクライヴ史上初の試み、チケットボードの電子チケットオンリーによる、
身分証照合の混雑という難関を抜けていく。
これ、時間までに座席にたどりつけるのか……?

なんだかんだで、蓋が開いたら、
今回はクリスマスをテーマにしているだけあって、雪の白を基調にした演出で、
明るく華やか、あるいは穏やかで幸せなクリスマスムードを意識したナンバーが大半を占めていた。

そのためライヴ参戦! アドレナリン急上昇中! 没入!
という感じはあまりなくて、
α波がいっぱい出てるのがわかる……浄化と癒し効果がすごい反響するよ……な、体感空間でした。

私自身、途中で具合が悪くなるとかいう事態にもならずに、
(あの混雑の渦中で具合が悪くなると、
楽しいはずのライヴがアウシュヴィッツ的空間になりうるのを、私は知っている)
じゅうぶんに満喫できて、本当に幸せだった。

……というか今の自分は幸せなんだなあと、やんわりと……ひしひしとかな……実感した。
メリークリスマス!

ってなわけで、詳細な感想は後ほどアップします♪

DSC_0622.png
(↑見知らぬ参戦者の方々が映りこんでいるので、加工済みです。)

DSC_0624 (2).JPG

違和感@『西郷どん』最終回 [あ行]

大河ドラマ『西郷どん』の最終回を見ていたんですが。

……尚、私は『西郷どん』を初回からきちんと見てはおらず、
西郷隆盛が奄美に流されたあたりから、ほぼ毎回見ています。

龍馬と会ってから戊辰戦争あたりまでに、一旦、かなりな独自解釈が展開されて、
こちらとしては興が覚め、つまらなくなりまして。
徳川慶喜と西郷隆盛とのあれやこれやが、いくらなんでもフェイクすぎて呆れてきてしまい、
魅力に欠けるよ、この西郷どん……と、しばらく流し見していたのですが、
新政府になってからの、西南戦争で、ぐんと面白くなりました。
(正確には、鶴瓶の岩倉具視が出てこなくなってから、俄然、良くなった。)

正直、戊辰戦争の描きかたは解せないことだらけだったので、
だったら西南戦争に、もう少し時間をさいてほしかったが。
最終回にかけてのラストスパートは毎度楽しみだったし、
今回も、中身の濃い最終回で、
満足……!
……という感動が高まってきていたところに。
え? 
西郷どん、自刃しないの?

腹を撃たれて、終わり?
いやいや嘘でしょ。
待て待て、撃たれたあとに、城山で自刃するのが西郷隆盛じゃないか……。

昨今の時代劇は、欧米文化を意識しすぎで、妙な具合になっていまいか。
こと、切腹に関して。
追い詰められて自刃したっていうのが、聞こえが良くないから?
事実なのに。(追い詰められていないで、誰も自殺なんてしませんし。)
西郷隆盛は自刃するのが肝であるのに。
西郷隆盛は、ときに誰よりも侍らしくない、でも最後の侍なのだ……
という象徴的な行為なのに。

お茶の間テレビでの残酷描写を避ける、という意味合いではないと思うんですよ。
人斬り半次郎こと中村半次郎、すなわち桐野 利秋が額に銃弾を受けて死ぬ場面は、
ガッツリやりましたからね。
そのあたり、残酷といえば残酷だが、事実だし、とても良かったので、
この分でギッチリやっていくんだな、という心意気を感じていたのに。

最近は、切腹シーンに見せ場を作らない。
それは時代の流れで仕方がないとしても。切腹すらしないなんてありなのか。
あれじゃ、ただの撃たれ死にじゃん。
やられ負けじゃん。
侍の切腹は大切なのに。
侍は自分の死に場所と、死に時を自分で決める。
自分の進退を自分で見極める。だからこそ侍なのに。
「最後の最期まで敵の手に容易に落ちるを良しとしない」
という、武士の意気地があるのに。

映画『ラストサムライ』では、メイキングにて西郷隆盛を引き合いに出しています。
ラストサムライ(渡辺謙が演じたキャラ)は西郷さんがある種、モデルであると言っている。
そのラストサムライも切腹しない。撃たれて死ぬ。
それはいいんですよ。ハリウッド映画ですから。
切腹したら、むしろ嫌だ。
ハリウッド映画で日本人が切腹なんかさせられたら、おぞましいわ。

それにラストサムライのあの死に方は、どっちかというと、むしろ限りなく土方歳三の死にかたで、
馬上で敵に総攻撃をかけ、撃たれて落馬して死ぬという。
あれはあれで相当、最後の侍として華々しく敗れるんで良いのである。

けれども日本の大河の時代劇が、西郷隆盛の自刃を避けるのはなぜ。
幾度もNHKの大河ドラマや、年末時代劇やらで、西郷隆盛についてやるのは、
西郷さんの功績とか人柄とか、良いことも(時には悪いことも)語り継いでいくんだよ、
という人物だからなんじゃないの?

フィクションを交えて変えたりして、全く差し支えないOKな点と、
新しい見方を盛りこんで、新鮮味を見せるところと、
そこは変えちゃダメだろうっていう、要所要所の既成事実があるだろうに。

最後、エンディングのあとに、
大河の舞台にゆかりのある土地をたどる、数分の番組枠内で、
アナウンサーによるナレーションが、
「銃弾を受けた西郷、波乱の生涯に、自ら幕を閉じました」
と言うだけでした。
あくまでも切腹とか自刃という言葉を、とことん避ける大河ドラマよ。
せめてそれ、大河のナレーターである西田敏行が、大河の作中で言ったなら、まだ形になった。

切腹文化が汚点であれ美点であれ、それをてんで無かったことにするのは、
いくらなんでも無理があるだろう。
むしろ全く触れないあたりが、
「気にしすぎてんのがわかって日本、痛々しいよ。日本=ハラキリって思われたくないから?」
「ドラマで無かったことにすれば、切腹なんて文化何それ知らないって押し通せるとか思ってんの?」
という感じで、
起きてしまった事実を変えようとしてくるあたり、かなりな違和感に囚われました。

ドラマとしても、自刃すべき登場人物が自刃しないので、今一つ締まらないし。
いくら『敬天愛人』だからって、天を仰いで本当に終わりなのかい……。
むしろ『敬天愛人』をテーマにしていた西郷どんが、切腹して肉体は地に伏すからこそ、
「敬天愛人」という心意気が際立って光るんじゃないか……。

陽だまりが向こうにあってやや肌寒い感じの曲調 [は行]

この間たまたま深夜のテレビをつけたら、とある映画の宣伝番組をやっていて、
その時にテーマソングとしてバックに流れていた曲が大層ツボ。
画面の片隅にクレジットが出ていた、
斉藤和義「カラー」
というのをググって買おうとしたところ、予約注文受付中。
オッケー……と、欲しいものリストに入れたままタイミングを逸していたのだが、
ようやく聴いた。

ちなみに私は斉藤和義は殆どと言ってよいほど、知らない。
えと、ほらあの「セロリのひとだよね」……ちがう、それは山崎まさよしだ……。
あ、じゃあSMAPに楽曲を提供してた人……ちがう、それも山崎まさよしだ……。

斉藤和義は、ええとじゃあ、ちょっと雰囲気のあるモブって感じのルックスの人だ……?
吉本芸人(明石家さんまだったかダウン・タウンだったか忘れた)のトーク番組に出たときに、
「コンサート会場ではみんな自分のことを好きで、みんな自分のことを一心に見ているのに。
そのファンの誰ともつきあうことが、まあ実際、ぶっちゃけ手を出すとか無理じゃないですか。
ホテルに帰って一人で猛烈に空しくなるんですよね……」
しみじみ零して、呆れられていた人だったかしらね……?
記憶がおぼつかないぞ。

というレベルなんで、今回初めて、きちんと聴いたのだったが、
私の大好きだった英アーティスト(つか今も好きだ……)のTravis味が物凄く喚起される。
私は、来日した海外アーティストの単独ライヴに行ったことがあるのは、Travisだけです。
だがTravis、最近あんまりガンガン活動している気配が感じられない。

私がTravis味と感じるのは、
それっぽく言えば、おそらくUKサウンドの、
ポスト・ブリットポップテイストの強い、
オルタナティヴ・ロックとか、そういう音調や世界観なのだろう。
それ系の音楽が好きな人は、斉藤和義、通ずるところがありますよね!
……共感と同調をそこはかとなく求めている。

日本では、Travisよりも斉藤和義のほうが圧倒的に認知されているから、
「斉藤和義が好きな人はおそらくTravisも好きだと思う。
もしも聴いたことがないならTravisはお勧めだよ!」
という文法のほうが、正しく伝わるのやもしれない……。


斉藤和義 - カラー [MUSIC VIDEO Short]
https://youtu.be/WPHMYFpgzNo

1:04~からTravis味を感じます。
フルヴァージョンだと、くわえて2:24~もそうですし、
3:04~からは、もうずっとそんな感じで、特に3:42-43あたりの音がとても好きなんだ。

以下に私の好きなTravisの曲、
私が勝手に代表曲だと思いこんでいるものを貼っておきましょう。

Travis - Side (Official Video)

https://youtu.be/VK3Q4SLVkAU

トラヴィスで一番好きな曲はこの「Side」
曲も好きだし、歌詞もとても良い。
……And when time is running out you wanna stay alive……
あたりから、いつもちょっと泣きそうに。

TravisのオフィシャルミュージックビデオがまるまるYoutubeでシェアされているほど、
Travisのこの曲は昔なのか……。
というか海外ではちょっと古くなると、オフィシャル側が惜しみなくYoutubeにのっけますよね。

Travis - Re-Offender (Official Video)

https://youtu.be/0v5TMgimk6U

12月壁紙カレンダー無料配布 [ニュース]

2018年12月のデスクトップカレンダーを設置しました。
使えそうでしたら、デスクトップ背景にぜひどうぞ。

2018年12月に選んだ絵は「ルンペルシュティルツヒェン」
イギリスのイラストレーターWarwick Goble(1862年-1943年)作。
英国で刊行された『The Fairy Book』に収録。
「ルンペルシュティルツヒェン」はドイツ発祥のグリム童話だから、英国の妖精のお話ではない。
この童話、タイトルはすんなり言えなくとも、知っている人は多いだろう。

〇ルンペルシュティルツヒェン
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/ルンペルシュティルツヒェン

〇ルンペルシュティルツヒェン - グリム兄弟 - Grimmstories.com
https://www.grimmstories.com/ja/grimm_dowa/rumpelstiltskin

これ系の話は実に多い。東西を問わず、どこででも見かける。
ご存知、名前や真名を取引相手に知られてはいけないというネタ。

さらには、王様を目前にして、窮地に陥っている貧しい娘に、
まれびとや異端者(この場合はドワーフ)が、あれこれ手助けを申し出て、
実際に人知を超えたすごい手助けをしてやって、ひきかえに娘から大切な物をもらおうとする。

マレビトは娘に何度もチャンスを与えていった結果、
最終的には対策を講じられ(この場合は真名を知られて)自滅する。
等価交換どこいった。よく考えると、なんだかこいつが一番、気の毒じゃない……?

 ちなみに、シェイクスピアの『ヴェニスの商人』は、これ系の民話を下敷きにしているのでは?
 どうなんだろうか。
 「ルンペルシュティルツヒェン」では、ドワーフにあたる役回りを、
 ヴェニスの商人ではユダヤ人の金貸しが負っている。という構図に、私には映ります。
 グリムのほうがシェイクスピアより後の人間だろう、と思われるだろうが、
 グリムは欧州土着の民話をまとめ上げたのであって、
 もとはその手の民話が根付いて在ったはずなので……。

まあ、ドワーフが相手の弱みにつけ込み、若い女を見くびって、もらおうとするものが、
度重なるごとに図に乗ってくるあたりで、ここらでピシッと締めなくてはダメ。
それは確かなのである。
だから、あまり違和感もなくすんなり読めるのだが、後味の悪さが残る。

『黒十字サナトリウム』でも、吸血鬼の民話として、
これ系の話をまじえている部分があります。
これ系、つまり「しっぺ返しを喰らうマレビトの話」と言おうか。
王様を前にして、窮地に陥っている庶民の娘に手を差し伸べるのが、
ドワーフではなく吸血鬼というパターン。

ミシィカが柩の中に入れられて「生きたまま」埋葬されていると気づいたときに、
ぼんやり記憶によみがえってくる吸血鬼伝説の民話のひとつとして出てくるわけだ。
(覚えておられるだろうか?)

あの場面に挿入した民話エピソードは、
実際のアルメニアの民話をベースに私が手を加えているが、
吸血鬼部分のくだりは、ルンペルシュティルツヒェンの類型だった。
名前うんぬんは無かったけれども。かわりに聖水とヒレハリソウなんだけれども。

いずれにしても、どう考えても、王様がけっこうひどいのだが、
娘は、王様と首尾よく結婚するに至るという……。
貧しくて美しい娘が、王様と結婚すれば、
まあ何があっても倫理観がどうあってもめでたしめでたしなんだよという、
当時の世相を反映した剛腕ぶり、民話特有のお決まりのパターンであるよなあ。

この絵を12月に選んだのは、
色彩や衣装などがクリスマスシーズンのイメージにマッチすると思ったからです。
お好みに合ったら、ぜひどうぞお使いください。

◆ダウンロードの仕方
下記のサムネイル画像をクリックし、原寸大を表示。
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夏が過酷だったので、このたびの冬はせめてもしのぎやすいと良いな。

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和泉守兼定@土方歳三資料館 [あ行]

兼さんにまみえるために!
日野の土方歳三資料館に!
行ってきましたよ! 11/18日に。

DSC_0614.JPG
(クリックすると拡大します。)

新選組や、その鬼の副長・土方歳三、
沖田総司、斎藤一あたりは、まぁなんていうか、誰もが通る道ではないかと思われ。
私も例外ではないのであった。

新選組発祥の武州に住んでいるのに。
司馬遼太郎の『燃えよ剣』を読むと、前半なんて土地勘があるというのに……
土方歳三資料館に行ったことがないなんて。
と、かねてより、ずうっと行きたいと思っていたのだ。

しかし土方歳三の子孫のかたが自宅を改造して、
不定期にオープンしている、小さな資料館です。
GWの時期に開くと、いつも激混みであるという情報で、腰が引けていた。

土方さんはいつでも何かしらのメディア作品に登場していて、いつも人気キャラだし、
ゆえに土方歳三資料館の開催日は混雑を極めるとの話で、
それは土方歳三の愛刀、和泉守兼定が刀剣乱舞で一躍、脚光を浴びる前からなのです。

刀剣乱舞で和泉守兼定が広く知れ渡るようになってからはもう、
長蛇の列が半端ないともっぱらの噂……。
これはもう数年は無理だなと諦めていたのですが、
今年の秋は、刀剣ファンの意識は多くが京都に向いている。
『銀魂』も連載が今年の夏に終わっている。

まあゴールデンカムイは絶賛連載中だし、ほかにもあのゲームやこのゲーム……とありますが、
以前よりは、ましだよきっと! 狙い目かも!
と赴いて、果たして、大正解であった。

JR中央線の立川駅から南口に出て、
多摩モノレール立川南駅から、3駅目です。
多摩モノレールに乗るのは初めてで、多摩川を越えるときに若干テンションが上がる。

荷物が多かったので、万願寺の駅でコインロッカーを使いました。
立川駅では、どこのコインロッカーも全滅で、鍵が一つも残っていなかった。
万願寺駅のコインロッカーは、数は少ないけれど、ほとんどがあいていたので助かった。
(土方歳三資料館にコインロッカーはありません。)

なお私が一番最初に新選組という存在を知ったのは、
年末時代劇の『白虎隊』で、
土方歳三を近藤正臣、
近藤勇を夏八木勲、
沖田総司を中川勝彦(しょこたんの夭折したお父さん)が演じていた作品。
当時、私は小学生だった。

次は映画の『御法度』で、これは私世代はみんな好きだったですよね?
沖田を演じた武田真治が、めっぽう良かったのが記憶に残っています。
ご存知、司馬遼太郎の『新選組血風録』に収録されている短編数編をベースに、
大島渚監督が撮った映画ですが、
沖田の何が良かったって、司馬遼太郎の沖田がそのまま映画に出てるよお……という。

からッと無邪気で、隊士みんなに好かれていて、
病で臥せりがちでも、腐らず、明るく、
なにより太刀筋と勘が良い。
という沖田のまんまだった、あれは。

私がそう感じただけではなく、エヴァの庵野監督が、
NHKのトップランナーの収録で、武田真治に直接そう言っていましたものね。
「いやあ、沖田、すごく良かったじゃないですか、御法度の!」

「いえいえ、あれは大島監督がお弁当くれるっていうから、行ったら
(ちょい役だと思っていたら)、思いのほか……」
と、武田真治が笑いながら謙遜して答えていた、
その一連のやりとりはオンエアではすべてカットされていた。

その新選組血風録の作中で、沖田総司が菊一文字を使うので、
刀剣乱舞をプレイし始めるまで、私は沖田が菊一文字を所持していたと信じ切っていた。
ごめんよ加州清光、おかげで初期刀にしそこねた。

『銀魂』でも沖田は菊一文字RXを使っていますし、
司馬遼太郎の作品は、歴史物の教科書的な立ち位置にあるから、
後発の作品が司馬遼太郎をお手本に、作中のネタをどんどん使うんですよね。

司馬遼太郎の作品内で、近藤勇が贋作の虎徹を使いますが、
一説によると実は本物で、薩長の歴史改竄、近藤へのネガティヴキャンペーンにより、
「贋作だった説」にされたという見解もあるとかですもんね。

そんな司馬遼太郎作、土方歳三を主人公にした『燃えよ剣』では、
土方歳三は名刀である和泉守兼定を、
ある種、闇ルート的な方法で破格で手に入れ、それをずっと使います。

本当のところは松平容保が第十一代兼定を、京都守護職の折にお抱え刀工として雇い、
この第十一代兼定=二代目以来の「和泉守」兼定が鍛刀したのが、
土方歳三の愛刀「和泉守兼定」で、
会津藩主・松平容保が歳三に下賜したものであったそうです。
今回、資料館に行って、知りました。

資料館の手前に新選組饅頭だかが出店で売りに出ていて、
そこがごったがえしていたので、一瞬、長蛇の列かと慌てましたが、
資料館には待つことも、列に並ぶこともなく、すんなり入れたのでした。
刀剣乱舞の審神者と見られる人はチラホラ、
あとは往年の歴史ファン、新選組ファン、土方ファン、といった年齢層の高い面々。

入館料500円で、靴を脱いで、下駄箱において上がります。

肝心の刀剣、和泉守兼定は、とにかく大振り。
長くて、身幅もあり、立派!
刀剣乱舞で当初、太刀組に入れられていたのも頷けます。
一般的な打刀の概念で打刀と言われても、俄かには信じがたい。
時代的に打刀として括られているのですよね、おそらくは。

国宝太刀・大包平よりは小さいけれども、
石切神社の御神刀である平安の大太刀・石切丸よりは、ゆうに大きい。
厚みもあり、したたかに野太く、頑丈そうで、何よりすごく重そうなのが見て取れる!

個人経営の資料館なので、ライティングがスポットライト的に当たってはいないため、
地肌の美しさを堪能する、といった感じの鑑賞はそこまで出来なかったし、
写真撮影も禁止。
それでも刀の前にかがみこんでショーケースにへばりついて見るだけの余裕はあり、
皆、順繰りに、そうやって鑑賞していけます。

和泉守兼定の磨いた地肌が鏡のようになって、私の顔が映ったときには、
一瞬、すごく不思議な気分に囚われました。
この刀剣に、土方歳三は己の姿を映してみたことが幾度となく有っただろう。
架空の人物のように思えていた土方さんが、
和泉守兼定という刀剣を通じて、
地続きで、私までつながって感じられてくるみたいな、奇妙な実感があった。

刃文は一見して、白くモクモクッと雲居に漂う感じです。
専門用語的にいうと、おそらくモクモクっと感じる部分は、
「……三本杉の頭が比較的揃う高低差のない互(ぐ)の目……」(土方歳三資料館のパンフより抜粋)
であったり、
雲居に漂う感じは、
「小沸出来で匂口冴える」(同パンフより抜粋)
に、あたるのではなかろうかな。

箱館にて、土方歳三が市村鉄之助に託して、
日野の生家まで届けられた当時は、刃こぼれが凄かったようです。
綺麗に研いであるので、いまは刃こぼれは見られません。
刀剣以上に、ある種、目を引くのが、その和泉守兼定の拵(こしら)え。

鮫皮の柄に、柄巻は「幅の狭い黒糸の小菱巻」
このグリップ部分がよれて擦り切れていて、土方歳三の手汗とか握力とかの名残が、
当時そのままに、まざまざと目に見えるのだ。

刀剣乱舞的に見るならば、随所に兼さんの衣装に反映されている、
鞘の色、鞘尻の形、ポイントの鳳凰など……
本当に和泉守兼定……一色です!

土方歳三資料館にある名刀、和泉守兼定は、
土方歳三とは切っても切れない刀で、
代々、数々の武人や貴人に受け継がれてきた名剣・名刀と異なり、
唯一無二、土方歳三ひとりの刀! 
……なのでした。

個人的に私は、土方歳三は京都で新選組副長として御用改めをしていた時代よりも、
戊辰戦争で敗戦色が濃厚になって、
甲府城で戦うあたりから、どんどん好きになる。
もろ司馬遼太郎の『燃えよ剣』の影響です。
なにしろ猛スピードで進化していく疾走感が物凄く、
大政奉還後、北へ北へと、やがて箱館に着いて、アボルダージュの海戦のところで超滾る。
その箱館時代に共に戦った榎本武揚が、
のちに土方歳三について語った台詞、
『入室伹清風』という書額も展示されていました。
おおお……。

また資料内で興味深かったのが、
「碧血碑」(へきけつひ・へっけつひ)という言葉。
かの有名な乙女ゲー『薄桜鬼*』で、
『薄桜鬼 碧血録』というヴァージョンが有るらしいことは知っていた。
数年前に、ある仕事関係の人が、
「薄桜鬼、へっけつろくって……サブタイトルがダサすぎる……」
といったような事を口にしていたからである。

「どう書くんですか?」
と、私。
「碧い血とかいて……」
「字は素敵ですよね?」
「でも響きがさぁ……」
碧血とかって、中二病すぎて痛すぎる、というニュアンスに聞こえたが、
私は適切な反論ができなかった。

今回、土方歳三資料館の展示物で、
碧血という文字を見つけ、
碧血録という言葉は中二病的なサブタイなんかではなく、
箱館戦争の旧幕府側の死者を弔った「碧血碑」にちなんでいたのだな、と初めて知ったし、
もっというと、その碧血碑という言葉は、碧血という故事由来の言葉にあやかっているのだ。
いろいろと発見があった。

土方歳三資料館は、
土方歳三の京都時代の鉄兜や、鎖帷子の具足や、
歳三が読んだ、豊玉発句集などの展示もあって、
パンフレットも満足のいく内容。

万願寺駅から徒歩で近いですし、
日野には他にも、新選組・最年長の源さんこと井上源三郎資料館とか、
土方歳三のお墓とかもあるので、足を伸ばしても良さそう。
土方歳三資料館のもよりの万願寺駅は、かなり長閑な風景の広がる場所で、
立川駅で乗り換えたときよりも、周辺は確実に肌寒かった。

資料館はこの連休も開いていて、和泉守兼定の展示は25日まで。
刀剣好きのみならず、新撰組好きや幕末好きは、見にいって損はありません。
小規模で地味ですが、ときには通説とは異なる土方歳三の実像に迫っていて、
中身が濃いので、おススメです。

DSC_0615.JPG
(いずれの写真もクリックすると拡大します。)
この立て看板の文面だけでも、既に内容が濃い。

DSC_0616.JPG
資料館の向かいの道路に、綺麗な水路が流れていました。

*なお薄桜鬼について


小龍景光@東博備忘録 [か行]

刀剣界隈では現在、京博近辺が大層にぎわっている御様子。

さすがに京都に行くのは色々と無理……な私は、
10日ほど前の11/1木曜日に、東京上野の東博に行ってきました。
国宝太刀・小龍景光にまみえるためであります。

近くで恒例の野暮用があったので、
帰りに寄れたら寄るぞ……自分の体調とか天候とかと相談して、
行けたら行くんだぞ……と、精神的にスタンバっていたのだ。
行ってみたら、すんなりと行けて、すんなりと見れ、ラッキーでした。
午後4時半くらいだったかと思いますが、全体的にかなり空いているほうだったかと。

刀剣・小龍景光は、今春に大般若長光が展示されていたブースにありました。

その前に、まず来派の太刀が目についた。
来派といえば国宝の明石国行が刀剣美術館にあって、
(現在は確か京都まで出張してるんですよね)
2016年3月に、私はまだ古い建物だったころの初台にあった刀剣美術館まで見に行った。
その時の印象が、大胆不敵でふてぶてしい印象でした。

うお、これ来派だね! 
と、今回、姿を見てすぐにわかる感じで来派の太刀が展示されていました。
なにが来派っぽい特徴として私に認識されうるのかが、自分でもはっきり言いきれないのだが、
全身の姿と、切っ先のサイズ感と形、その角度だろうか。

粘り強そうな全身の姿に引きかえ、
切っ先が、小口で、きっちり、さっぱりとしている印象。
もっというと、来派の太刀の切っ先に、いつも私は、塩(ナトリウム)の結晶みを感じる。
(刀剣については様式美的な決まった表現法があるし、
あくまで私が受けた印象なので、こういう言い方が果たして適切なのかはわからん。)

IMG_20181101_162546.jpg
DSC_0574.JPG
(クリックすると拡大します。)

で、目当ての小龍景光。
こちら国宝です(クリックすると拡大します)。
IMG_20181101_162619.jpg
IMG_20181101_162625.jpg

『刀剣乱舞』のゲーム上の付喪神としての姿は、相当、華やかで、
スーパー美麗で、スラっと線が細くて、腰もほっそいモデル体型。
夜な夜なダンスパーティとかに呼ばれてそう。
(なお『刀剣乱舞』では、小ではなくて小表記だ。)

そのくせ性格はつかみどころのないスナフキン風。
清廉潔白な主を求めているし、
矢立(筆記具)や羅針盤を持ち歩いているという図録の説明とか、
内番での台詞によると、農作業も厭わないし、実際のところはアウトドア系ですよね。
羅針盤を持ち歩いているのは、まさか無茶苦茶、方向音痴だからとかではないだろう……。

刀に限らず、国宝の品というのは、異様な存在感であったり、
精彩を放ちまくって、周囲からあきらかに浮いているケースが少なくないと思っている。
が、小龍景光は、ぱっと見、派手ではありませんでした。
少なくとも私は、ザ・国宝という印象をすぐに抱きはしなかった。

細身で端正だなという第一印象でした。
刃文も繊細。
どちらかというと、ほっそり華奢な存在感。

来歴が、
──楠木正成が持っていて、その後、農家などにわたりもしたが、
井伊直弼の所有から桜田門外の変を経て、
明治天皇に献上される。そして皇室御物から戦後、東博に──
という、なかなかな波乱万丈振りなので、
その歴史的価値を鑑みての、国宝なのかな……?

DSC_0578.JPG
(クリックすると拡大します)

茎と刀身の身幅がほぼ同じに見える。
付喪神としての姿のスラッと背が高くて細身なのも、伊達じゃないんです。
要するに本体が細いのだ。

生で見ると、
この茎寄りの刀身に掘られた小さな倶利伽羅龍が、
龍というよりは、龍の骸骨っぽくみえる。
つうか龍の標本、もっといえば人間の背骨の標本を思わせる。

小さい龍が、小さい三鈷杵(さんこしょ)に留まって絡まっている形をしているのだが、
龍の足もとが、葦に留まっているヨシキリとかの鳥っぽい。

東博HPのこの写真がわかりやすいだろうか。
https://www.tnm.jp/uploads/r_collection/LL_C0012572.jpg

「覗き龍景光」とも呼ばれていると、『刀剣乱舞』のゲーム上で本人が語っていますが、
たしかに龍の彫り物は数あれど、ちょいと趣向が異なるというか、
小さい彫り物だけれども、特徴的でした。
「覗き龍景光」と呼ばれている所以はおそらく、これ、
ハバキを外した状態で展示されていることからも分かるように、
上の写真の来派の太刀のように、本来、金のハバキを装着して使う段になると、
龍がほとんど隠れる。(そもそも龍の下半身は茎部分にさしかかって彫られていますしね。)
それで、さも龍が覗き見ているような格好になるからだと、想像つく。

で、その裏側。
東博の刀剣ブースは、基本的に一面しかまともに見られない。
せまい裏側に身を滑らせて(空いていたし)裏側を見ますと、
梵字が!

『刀剣乱舞』の図録で、
小竜景光の靴底(ミリタリーブーツの裏側)に梵字があるのが載っていて、
芸が細かいな!
と感じ入っていたのだ。

そもそも小竜景光のイラストレーターさんの図録ページ、
内容が濃すぎて、私には嬉しい悲鳴なんですよ。
情報が充実しまくっていて、ありがとう何このページこのアングル最高じゃん、
と、眺めまわしていたのであったが……。

刀身裏側の、刀の茎近くの彫り物を見たとたん、
「あ! これ見たことある! あの靴裏の梵字のネタは、これか!」
と、俄然テンションがあがりました。

もちろん写真に撮ってはみたが、裏でライティングも不十分で、てんで撮れていなかった……。

小龍景光の美しい存在感を実感したのは、
撮った写真を、あとできちんと見たときです。
写真映りが良い。
写真だと実際よりも大振りに見える気がするし。

ぞんざいに2枚ほどしかシャッターを切れなかったのに、
その2枚がこの出来なので、かなり写真映りが良いといえる(当社比)。
長船派は概して皆、刀身の写真映えが良い気が。

東博は、一階の出口近くで、
アイヌのマキリなども展示されていました。
いつもアイヌ文化のところは、なるほどねーへー……と、わりと流して見ていたのだった。
今回、漫画『ゴールデンカムイ』を読むようになって、
展示物がまったく違って目に映るようになった。

ラピュタでムスカが手帳を繰りながら碑文字を指でたどって「読める……読めるぞ……」
というシーンがありますが、あれと同じで、
(マキリが何か、どう使われていたか、今の私になら分かる!)

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(いずれの写真もクリックすると拡大します。)

東博は英語と日本語のキャプションの非対称ぶりが、
どの作品でも、いつもけっこう甚だしいのが目につく。

DSC_0590.JPG
(クリックすると拡大します)

英語のキャプションを読まないと、マキリは男女ともが携帯したとか、
その彫り物はおもに男性がこしらえたとかが、わからない……。 

二階では、世界文化遺産になった『長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産』
の特別展示がありました。
狙って行ったわけではないが、
見ておきたかった展示だったので拾いもの。

信者が隠し持っていた小さいメダイ(メダル)の数々とか、
踏まれてすり減って、ところどころツルツルになっているマリア像の踏み絵など。
大半が長崎奉行所の押収品です。

キリスト教文化が日本の地で「密教化」して、
最早キリスト教なのか、隠れ蓑にしている仏教なのか、
どちらともつかぬ一種異様な「隠れ」に変貌を遂げていった片鱗を見られた。

歴史がそれを「まがいもの」として断ずることも出来ただろうし、
なにしろ「隠れ」なのだから、展示物に派手さは皆無。
日陰の産物特有の、うすら寒さも伴います。

その日陰ぶりが世界遺産ともなった肝でもあり、醍醐味でもあるわけで。
興味深いエリアだと思うのだが、まるで人目につかないがごとく、
部屋に入ってくる人もほぼないし、誰か来ても素通りで、ガラガラだった……。

日が短くなるこの季節、
5時半ごろに東博を出たら真っ暗でして、
建物にプロジェクションマッピング(?)が。

DSC_0612.JPG
DSC_0609.JPG

音などの演出はなく、ひっそりとライトアップされているといった程度なのが却って趣があった。

無印とゼロ [ま行]

アイススケート・グランプリシリーズ、フィンランド男子フリー、
羽生結弦選手の演技、圧巻でした。
一つ一つの技の完成度がすっごい高いのみならず(ジャンプだけでなく)
その技と技のつなぎが見事に自然。
技はキレッキレなのに、つなぎは信じられない程なめらかなので、
内容が濃くて、競技をジャッジするというより、ただもうう引き込まれて見入る。
贅沢すぎる……。

閑話休題。

さて先日、2018年夏アニメの感想を遅ればせながらアップしたら、
シュタインズ・ゲート(無印)と、
シュタインズ・ゲート ゼロへの熱がじんわり再燃してきてしまいまして。
無印での伏線……と、当時は思ってもなかった部分も含め、
ゼロでのその見事な回収ぶりの確認も兼ねて、動画を漁っていたのだった。
成果をここに置いておこうかと。

まずはシュタインズ・ゲート ゼロのMAD動画。
これ原作ゲームはもちろんのこと無印も入ってますよね?

【MAD】 シュタインズ・ゲート ゼロ

https://www.nicovideo.jp/watch/sm33925410

El Psy Congroo(エル プサイ コングルゥ)
岡部倫太郎もとい鳳凰院凶真が、
アディオス、Break a Leg(好転を)、God Bless You……的なニュアンスで使う言葉なんですが、
私はこれ、ググりましたからね。
エリエリレマサバクタニ的な言葉かと思ったんですよ。
真面目に(ラテン語とか?)と思ったからだよ!
なお、オカリンによる中二病的造語であり、この言葉に特に意味はない

【シュタインズ・ゲート ゼロ】鳳凰院凶真のシーンまとめ

https://www.nicovideo.jp/watch/sm33926543

↑このまとめ動画の冒頭シーンの前、
再起不能状態だった岡部だったが、
地下抵抗組織として戦っていたラボメンの力を借りて、
2036年の戦場から3000回近くもタイムリープを繰り返している。
なにしろ一回でタイムリープできる時間に限りがあるから。

毎回タイムリープの都度に、ラボメンの力を借り、
敵勢力をかわすために走って走って走り続けて、
やっと2011年7月7日に戻ってきたわけで、
その開口一番、盟友ダル君にむかっての台詞が、冒頭のシーンですから。

(これって、走れメロスだ……!)
と、内心で突っ込みを入れたのは私だけではないと思っていたが、
どうやら私だけだったようなので、ここでひっそり言っておく。

『魔法少女まどかマギカ』の鹿目まどかだって、12話で魔法少女になるというのに。
常識人(仮)に成り下がっていたオカリンが、
鳳凰院凶真(狂気のマッドサイエンティスト)のペルソナに変身するのに、
21話もかかったのだ。やんややんやの歓喜の嵐で、すぐメロスどころではなくなった。

ゼロ(2期)が、無印(1期)の伏線をどう膨らまし、どう回収したか、
正直、細かいところは忘れていたので、次の動画で復習しました。

【シュタインズ・ゲート】 鳳凰院凶真のシーンまとめ【ゼロ】

https://www.nicovideo.jp/watch/sm33854400

↑無印(13分28まで)と、ゼロ(13分29~)の鳳凰院凶真。

無印時代は、おかりんの中二病設定とか鳳凰院凶真とか、
心底、鬱陶しいと思って、日常描写は流し見していました。
くっだらないなあと辟易しながら、
「はやく本題をやってくれ」「物語を動かせってば」と思っていたのに、
苛酷で鬱展開が盛りだくさんなゼロのあとで見ると、懐かしいし、微笑ましい。

鳳凰院凶真の名ゼリフを集めてみた

https://www.nicovideo.jp/watch/sm15020475

一期シュタインズ・ゲート(無印)時代の鳳凰院凶真とラボメンの日常描写。
なんだろうか、この優しい世界は。
コメント付きで見るとラストが凄い。

11月壁紙カレンダー無料配布 [ニュース]

朝には肌寒く、でもお天気だとまだまだ日差しも強いし温かい。
日増しに昼間は短くなって、日没になると日中の気温が嘘のように途端に冷えこむ、
一日の中に、四季があるようなこういう季節が、
個人的には一番好きです。

2018年11月、
遅まきながらデスクトップカレンダーを設置しました。
使えそうでしたら、デスクトップ背景にぜひどうぞ。

2018年11月に選んだ絵は、イギリスの挿画家アーサー・ラッカム(1867年-1939年)による、
グリム童話『強盗のおむこさん』の絵。
グリム童話は幼いころから親しんできましたが、
『強盗のおむこさん』の話は、今回わたしは初めて知った。

なにしろ、おばあさんの様相が、白雪姫に毒リンゴを渡す魔女タイプとも異なるし、
意地悪ばあさんには見えないけれども、
単に善良なおばあさんという感じではなく、
やたらと不穏なのが、目を引く、この絵。

のどかな情景に見えても良さそうなのに、
なんだろうこの謎な空気感……。
どんな状況に置かれると、こういう挿絵のようなシーンになるんだろう、
と、原作話を辿り当てたのですが、
読むと、成るほどと納得するしかない。

〇強盗のおむこさん
https://ja.wikipedia.org/wiki/強盗のおむこさん
ウィキペディアのざっくりあらすじ

〇強盗のおむこさん - グリム兄弟 - Grimmstories.com
https://www.grimmstories.com/ja/grimm_dowa/goto_no_o_mukosan
全編ヴァージョンですが、全部読んでも短いです。

ジャックと豆の木と、青ひげを掛け合わせたような話ですが、
ジャックと豆の木のようなファンタジー要素がほぼ皆無といっていい。
青ひげのような、若い女性の好奇心を(不当に)戒める「教訓」も含んではいないので、
童話というより、もはや「クリミナルマインド FBI vs. 異常犯罪」のレベルです。

暗い森に棲んでいる「金持ち」が道案内に灰をまいて、
標的にした粉屋の娘への道しるべにするところ、
その灰が夜には風で消えてしまうことを想定しているところ、
それを見越して……というよりも何より、その「金持ちの求婚者」から不快感をかぎ取った娘が、
ポケットにエンドウ豆をしのばせて、一歩ごとに落としていくところが、
非常にリアル。

 じゃがいもが普及する前のヨーロッパでは、
 貧しい家ではソラ豆、エンドウ豆が主食だったと聞きますしね。
 麦はある意味ぜいたく食材ですから……。

「人食い」なんて、一昔前……いや二昔前の自分だったら
「童話にありがちなダークファンタジーアイテムだこと」
と思ったかもしれないが、
この人食いは、もろカニバリズム、というかコンクリート詰め殺人事件的な異常性犯罪の匂いが、
芬々(ふんぷん)としすぎている。
おそらくは実際に起きた異常事件が、
民話として後世まで伝わったのではなかろうか。
ですから童話というより、民話ですよね。

童話としては刺激が強すぎるので、おそらく子供が読むのにふさわしくないと、
日本では童話として提供されていないのではないか。

著作権が切れたネット画像での拾い物でしたが、
残酷場面を切り取らず、その一歩手前のシーンで、
美しい素朴な絵柄なのに不穏な空気感を掻き立てる。
このアーサー・ラッカムの絵は秀逸ですよね。
アーサー・ラッカムの画集などでこの絵を見かけることは、日本ではまずないかと。
当時のイギリスではこれが童話として、きちんと読まれていたわけなんだなあ。

これを11月に選んだのは、絵の色味が秋を髣髴とさせたからと、
食料の用意をしている、鍋や水甕が見える台所なのが、
『大きな森の小さな家』『大草原の小さな家』などで見られる、
冬ごもり前の食糧貯蔵のイメージと重なったからです。

今回、色味を2種類ずつ作ってみました。
(アーサー・ラッカムの絵自体は同じです。)
お好みのほうを、よろしければどうぞ。

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もう秋ですが(2018年夏アニメの忘備録) [ま行]

夏アニメの忘備録をざっくり記しておこうと思っていたのに、
気付けば10月が終わっておりまして。
ひとつには、3期からNHKで日曜深夜に放送していた進撃アニメが、
10月のかなり中途半端な時期に、
……え、なにこのエンディング怖い……ここで切るんですか?
次回の#50は2019年4月ですって……?
と、面食らわせてきたせいもあって、いろいろとタイミングを逸したのだった。

2018年夏アニメ(わかってるよ今は秋だよ)で、個人的に大ヒットだったのは、
『シュタインズ・ゲート ゼロ』

もちろん『シュタインズ・ゲート』時代から見ていましたが(再放送ですら何年前だ)、
基本的にこのアニメ、スロースターターなんですよね。
当時も登場人物のオタク描写におけるアクが強すぎて、
これ本当に面白くなるんだろうな……!?
と、何度挫折しかけたか。

それでも原作ゲームの評判が良かったし(私は未プレイ)、
絵が常に必ず、きれいで、作画崩壊とか無縁。
また洋画好きやSF好きからしてみれば、
『ドニー・ダーコ』『バタフライ・エフェクト』『バックトゥーザフューチャー』『ターミネーター』など、
お馴染みタイムパラドックス系のエッセンスが、そこかしこに、こってこてなので、
ホームグラウンドだなこれ……と。

切るに切れずに、惰性で見ているうちに、
あ……今回はかなり良いわ。
あ、これは超いいわ……。

『シュタインズ・ゲート ゼロ』に関しても、前半は(これを見続けるの正直きつい……)
主人公の岡部倫太郎(akaオカリン・鳳凰院凶真)が誤った世界線を選んだ末の鬱展開を、
これでもか、これでもかと、見せられて、
もういいよ……となりかける。

それでも見続けていたのは、
親子描写がやたらと涙を誘うからでした。
親子描写と言っても、常識的にいってみれば無茶な親子描写で、
まずは、ダル君と鈴羽。
その仲良し具合の心温まること。

アスリート系美少女バイト戦士・鈴羽、
その父親にあたるダル君(ハイスペックおデブ系超オタク、成りもでかいが人間としての器もかなりでかい)、
この二人、つまりタイムトラベルしてきた娘・鈴羽と、父ダル君は、傍目には同年代ですからね。
だから表向き、兄妹っぽい振りをしつつ、
内輪ではがっつり親子の会話をしているのが、なんとも微笑ましかった。

ダル君は、未来においては鈴羽の母親となる美女に、現時点ではまだ告白もしていない。
付き合ってもない、どうせキモオタだもん、と僻んでいるのを、
鈴羽が、「父さん、うかうかしてると母さんに愛想つかされちゃうよ」等々、
なにかと背中を押す匙加減が、絶妙におもしろく。
とても優しい間柄なのだった。

あと又、まゆりとかがりの母娘関係。
未来のまゆりが、孤児のかがりを養女にするわけですが、
現在のまゆりと、未来からやって来たかがりは、母娘とはいえ、同年代なわけです。
でも友達関係には決してならずに、かがりはまゆりを「ママ、ママ」と、けなげに慕いまくり、
まゆりママは今はまだ少女なのに、
わけもわからず一生懸命「かがりちゃん」と応えようとする。
血もつながってないし、年齢的にも全然親子じゃないのに、
ちゃんと母娘なのが涙ぐましく凄かった。

記憶喪失な美少女のかがりが、未来のまゆりとの記憶を取り戻して
「まゆりママ……!」と泣くシーンは、
SFじゃないと絶対にできない秀逸な設定で、
目が離せない……。
そうこう思っているうちに、
PTSDの治療と称して、かがりがレスキネン教授に洗脳を受けていた研究所の所在が明らかに。

その施設を、オカリンと萌郁(もえか・ハイスペック眼鏡美女)が発見するシーンはゾクっときた。
壁一面に、おそらくはかがりの血で「ママ助けて助けてママ」といった文句が書きなぐってある。
荒れ果てた隠れ部屋が出てきて、エンディング……となった神回で、
(これは間違いなく神アニメだ、心して見なくては)と、
以降、私は襟を正して見るようになりました。

回を重ねるごとに、怒涛の面白さに加速度的な拍車がかかり、
20話の『盟誓のリナシメント』が決定打。
未来の「ルカ兄さん」の中性的なカッコよさと成長ぶり、
戦闘の末の死に感動したのは、私だけではないはずだ。

おかりんが遅まきながら本領発揮しだしてからはもう、
また今回も神回だったな、ハラショー!
と、胸熱展開の連続で、
長い前半の伏線も、
シュタゲ時代からの伏線すらも、バンバン回収されて、
最終回は最高の大団円でしたね。

何層にもわたる面白さがある話を紡ぐには、
こみいった設定の地盤を確立するまで、
前半、ある程度の時間や容量を食うのは、いってみれば当然なのだよな……。

2018年夏アニメ、
ダークホース的に最高だったのは『天狼 Sirius the Jaeger』
しかしこのアニメを見ている人が身の回りに全然いない。
ネット上をググってみても、圧倒的に少ない感触があった。
AT-XやTOKYO MX、BS11、チューリップテレビ(富山の地方局らしい)でしか
放送していなかったからかと思われる。
私はTOKYO MXかBS11で見ていました。

あとはネットフリックスで見られるので、海外では人気だったのかもしれません。
日本ではこのアニメの存在を知っている人自体が少なかった……。
私自身も当初、全く見るつもりはなかった、それどころか知りませんで。
テレビをつけたとき、たたたま1話をやっていて、途中から見たのだったが、
なにしろアニメーションの良さを目の当たりにしたら、たちまち目を離せなくなったのだ。

『ジョーカーゲーム』と『WOLF'S RAIN』を掛け合わせたような世界観で、
時折、ハガレン味も感じたりしましたが、
全12話でギュッと面白さが凝縮されていた。
この手の舞台と設定は、下手すると目も当てられない使い古したバッタもんぶりが甚だしくなりがち。
そんな駄作をいくつ見てきたか分からないし、いつ切ろうかな、というつもりで見ていたのだったが、
『天狼』はキャラも世界観も設定も、すべてが際どいところでうまく機能していて、
素晴らしく疾走感があって、面白かったです。ほろ苦い最終回も良かった。
兄ミハイルが吸血鬼としてではなく、人間として〇〇〇を迎えるシーンにはしんみり来ました。

兄思いの狩人の弟ユーリィ(主人公)と、
幼かった弟ユーリィをかばって吸血鬼にされた弟思いの兄ミハイル(cv櫻井孝宏)の、
兄弟のいざこざ加減が、ああそうさ、好きだとも!

主人公の性格が(設定ではなくて性格・気性が)、
この手の世界観の作品には珍しいタイプで、
世間擦れしていない朴訥とした青年。
知的で寡黙で控え目で、内に熱さを秘めていて、一途。
戦闘時は野性味あふれて一直線でも、本質的に高潔な魂の持ち主なので、
はっちゃけすぎない感じが、良かったんだと思います。
その主人公をはじめ、主要キャラも敵役も脇役も、キャスティング全般が最高でもあった。

人狼の血を引くことに関しての解釈については、
私の観点とシンクロ率が一致です、
という感じでしたが、
対する吸血鬼については、
(私の信ずるところの吸血鬼とは、種族も宗派も徹底的に異なる……)感が強かったのは否めない。
でも第3話、主人公ユーリィの子供時代の話──兄ミハイルとのドッグヴィルの村での話──で、
完璧に心をわしづかみに持っていかれたので、些細な価値観の違いは仕方がない。
その別宗派ぶりを含めて楽しめた。

なんでこんな面白いオリジナルアニメを、ひっそり放送しているんだ……と感じていましたが、
今後、どこかの放送局で、じわじわとまた再放送したりしないのかなあ。


TVアニメ『天狼 Sirius the Jaeger』狩人編PV-Jaegers Ver.-
https://youtu.be/mAaQS0_9zao


TVアニメ『天狼 Sirius the Jaeger』本PV-Main Trailer-
https://youtu.be/SvUGTXUI9H0


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