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小龍景光@東博備忘録 [か行]

刀剣界隈では現在、京博近辺が大層にぎわっている御様子。

さすがに京都に行くのは色々と無理……な私は、
10日ほど前の11/1木曜日に、東京上野の東博に行ってきました。
国宝太刀・小龍景光にまみえるためであります。

近くで恒例の野暮用があったので、
帰りに寄れたら寄るぞ……自分の体調とか天候とかと相談して、
行けたら行くんだぞ……と、精神的にスタンバっていたのだ。
行ってみたら、すんなりと行けて、すんなりと見れ、ラッキーでした。
午後4時半くらいだったかと思いますが、全体的にかなり空いているほうだったかと。

刀剣・小龍景光は、今春に大般若長光が展示されていたブースにありました。

その前に、まず来派の太刀が目についた。
来派といえば国宝の明石国行が刀剣美術館にあって、
(現在は確か京都まで出張してるんですよね)
2016年3月に、私はまだ古い建物だったころの初台にあった刀剣美術館まで見に行った。
その時の印象が、大胆不敵でふてぶてしい印象でした。

うお、これ来派だね! 
と、今回、姿を見てすぐにわかる感じで来派の太刀が展示されていました。
なにが来派っぽい特徴として私に認識されうるのかが、自分でもはっきり言いきれないのだが、
全身の姿と、切っ先のサイズ感と形、その角度だろうか。

粘り強そうな全身の姿に引きかえ、
切っ先が、小口で、きっちり、さっぱりとしている印象。
もっというと、来派の太刀の切っ先に、いつも私は、塩(ナトリウム)の結晶みを感じる。
(刀剣については様式美的な決まった表現法があるし、
あくまで私が受けた印象なので、こういう言い方が果たして適切なのかはわからん。)

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DSC_0574.JPG
(クリックすると拡大します。)

で、目当ての小龍景光。
こちら国宝です(クリックすると拡大します)。
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『刀剣乱舞』のゲーム上の付喪神としての姿は、相当、華やかで、
スーパー美麗で、スラっと線が細くて、腰もほっそいモデル体型。
夜な夜なダンスパーティとかに呼ばれてそう。
(なお『刀剣乱舞』では、小ではなくて小表記だ。)

そのくせ性格はつかみどころのないスナフキン風。
清廉潔白な主を求めているし、
矢立(筆記具)や羅針盤を持ち歩いているという図録の説明とか、
内番での台詞によると、農作業も厭わないし、実際のところはアウトドア系ですよね。
羅針盤を持ち歩いているのは、まさか無茶苦茶、方向音痴だからとかではないだろう……。

刀に限らず、国宝の品というのは、異様な存在感であったり、
精彩を放ちまくって、周囲からあきらかに浮いているケースが少なくないと思っている。
が、小龍景光は、ぱっと見、派手ではありませんでした。
少なくとも私は、ザ・国宝という印象をすぐに抱きはしなかった。

細身で端正だなという第一印象でした。
刃文も繊細。
どちらかというと、ほっそり華奢な存在感。

来歴が、
──楠木正成が持っていて、その後、農家などにわたりもしたが、
井伊直弼の所有から桜田門外の変を経て、
明治天皇に献上される。そして皇室御物から戦後、東博に──
という、なかなかな波乱万丈振りなので、
その歴史的価値を鑑みての、国宝なのかな……?

DSC_0578.JPG
(クリックすると拡大します)

茎と刀身の身幅がほぼ同じに見える。
付喪神としての姿のスラッと背が高くて細身なのも、伊達じゃないんです。
要するに本体が細いのだ。

生で見ると、
この茎寄りの刀身に掘られた小さな倶利伽羅龍が、
龍というよりは、龍の骸骨っぽくみえる。
つうか龍の標本、もっといえば人間の背骨の標本を思わせる。

小さい龍が、小さい三鈷杵(さんこしょ)に留まって絡まっている形をしているのだが、
龍の足もとが、葦に留まっているヨシキリとかの鳥っぽい。

東博HPのこの写真がわかりやすいだろうか。
https://www.tnm.jp/uploads/r_collection/LL_C0012572.jpg

「覗き龍景光」とも呼ばれていると、『刀剣乱舞』のゲーム上で本人が語っていますが、
たしかに龍の彫り物は数あれど、ちょいと趣向が異なるというか、
小さい彫り物だけれども、特徴的でした。
「覗き龍景光」と呼ばれている所以はおそらく、これ、
ハバキを外した状態で展示されていることからも分かるように、
上の写真の来派の太刀のように、本来、金のハバキを装着して使う段になると、
龍がほとんど隠れる。(そもそも龍の下半身は茎部分にさしかかって彫られていますしね。)
それで、さも龍が覗き見ているような格好になるからだと、想像つく。

で、その裏側。
東博の刀剣ブースは、基本的に一面しかまともに見られない。
せまい裏側に身を滑らせて(空いていたし)裏側を見ますと、
梵字が!

『刀剣乱舞』の図録で、
小竜景光の靴底(ミリタリーブーツの裏側)に梵字があるのが載っていて、
芸が細かいな!
と感じ入っていたのだ。

そもそも小竜景光のイラストレーターさんの図録ページ、
内容が濃すぎて、私には嬉しい悲鳴なんですよ。
情報が充実しまくっていて、ありがとう何このページこのアングル最高じゃん、
と、眺めまわしていたのであったが……。

刀身裏側の、刀の茎近くの彫り物を見たとたん、
「あ! これ見たことある! あの靴裏の梵字のネタは、これか!」
と、俄然テンションがあがりました。

もちろん写真に撮ってはみたが、裏でライティングも不十分で、てんで撮れていなかった……。

小龍景光の美しい存在感を実感したのは、
撮った写真を、あとできちんと見たときです。
写真映りが良い。
写真だと実際よりも大振りに見える気がするし。

ぞんざいに2枚ほどしかシャッターを切れなかったのに、
その2枚がこの出来なので、かなり写真映りが良いといえる(当社比)。
長船派は概して皆、刀身の写真映えが良い気が。

東博は、一階の出口近くで、
アイヌのマキリなども展示されていました。
いつもアイヌ文化のところは、なるほどねーへー……と、わりと流して見ていたのだった。
今回、漫画『ゴールデンカムイ』を読むようになって、
展示物がまったく違って目に映るようになった。

ラピュタでムスカが手帳を繰りながら碑文字を指でたどって「読める……読めるぞ……」
というシーンがありますが、あれと同じで、
(マキリが何か、どう使われていたか、今の私になら分かる!)

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(いずれの写真もクリックすると拡大します。)

東博は英語と日本語のキャプションの非対称ぶりが、
どの作品でも、いつもけっこう甚だしいのが目につく。

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(クリックすると拡大します)

英語のキャプションを読まないと、マキリは男女ともが携帯したとか、
その彫り物はおもに男性がこしらえたとかが、わからない……。 

二階では、世界文化遺産になった『長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産』
の特別展示がありました。
狙って行ったわけではないが、
見ておきたかった展示だったので拾いもの。

信者が隠し持っていた小さいメダイ(メダル)の数々とか、
踏まれてすり減って、ところどころツルツルになっているマリア像の踏み絵など。
大半が長崎奉行所の押収品です。

キリスト教文化が日本の地で「密教化」して、
最早キリスト教なのか、隠れ蓑にしている仏教なのか、
どちらともつかぬ一種異様な「隠れ」に変貌を遂げていった片鱗を見られた。

歴史がそれを「まがいもの」として断ずることも出来ただろうし、
なにしろ「隠れ」なのだから、展示物に派手さは皆無。
日陰の産物特有の、うすら寒さも伴います。

その日陰ぶりが世界遺産ともなった肝でもあり、醍醐味でもあるわけで。
興味深いエリアだと思うのだが、まるで人目につかないがごとく、
部屋に入ってくる人もほぼないし、誰か来ても素通りで、ガラガラだった……。

日が短くなるこの季節、
5時半ごろに東博を出たら真っ暗でして、
建物にプロジェクションマッピング(?)が。

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音などの演出はなく、ひっそりとライトアップされているといった程度なのが却って趣があった。